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魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~

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Eipic22スカリエッティ~Jail & Prison~

 
前書き

 

 
ミッドチルダ東部に在る森林地区。その深くに在る洞窟の奥に、プライソン一派のアジトがある。

「ガンマ。ケルベロスとオルトロスの格納車両に、追加のミサイルは転送し終えたな?」

居住区にあるプライソンの研究室。そこに彼、プライソン・スカリエッティは居た。10代前半ほどの少年という外見。薄紫色の髪はもっさりボサボサ。瞳は金色でツリ目。縦ストライプの青いYシャツに黒のベスト。紫色のジェストコールを羽織っている。

『ウチが任された仕事にミスするとでも? ムオーデル、グレンデル、共に10機ずつを転送完了。完全完璧、非の打ちどころ無し』

プライソンに答えたのは、“スキュラ”の三女であるガンマ。20歳ほどの女性で、深紅の髪は前と後ろ共に30cm程あり、顔は前髪の所為でまったく見えない。“スキュラ”共通の衣服である白のブラウス、赤いリボン、裾付近に白のラインが1本入ったプリーツスカートを身に纏い、個人で違うオプションとして、黒のトリミング・コートを羽織っている。

「ならいい。大事な時に弾切れなど、悔やんでも悔やみきれんからな」

2人が話しているのは、南部荒野地区に設置した巨大砲台2門を備えた列車砲・“ディアボロス”が有する巨大レールガン・“ウォルカーヌス”の放つコンテナミサイルの補充の件だ。ミッドチルダの管理局・聖王教会に対して戦争を仕掛けるため、その準備を進めていた。

『父さんの方も、プリンツェッスィンとゆりかごの方、ちゃんと調整してる? ミッド制圧にはゆりかごが必要なん――』

『当り前でしょう! プリンツェッスィンとプフェルトナーの調整は、この私と一緒にしたのだから!』

別のモニターが突然展開されたと思いきや、映し出された少女が声を荒げた。ガンマは『アルファ。声のボリューム、いっつも高い』と呆れ果てた。少女の名はアルファ。ブロンドのウェーブの掛かったロングヘア。“スキュラ”の長女にしてリーダーで、プライソンの助手を務めている。“スキュラ”共通の衣服に、オプションとして藍色のブレザーを着ている。

『プフェルトナーへ施した洗脳技術、コンシデレーション・コンソールもちゃんと機能し、ルシリオン・セインテストを撃破できた。プリンツェッスィンへのレリック移植施術も、問題なく済んだもの』

そう言って胸を張るアルファに、「俺に何か用でもあったのか?」プライソンが話を振る。すると彼女はハッとして、『はい。レジアス・ゲイズから再三にわたり、コールが入っているのですが・・・』と、プライソンに通信を繋げた理由を語った。

「レジアス? そんなもの放っておけ。俺にとってはもう利用価値の無い人間だ。局に捕まろうが自害しようが・・・いや、最後に挨拶くらいはしよう。繋げ」

『はい。では、繋ぎます』

アルファがそう言った直後、レジアスの『プライソン、貴様!』そんな怒声が轟いた。モニターにデカデカと映るのは、顔を真っ赤にして怒りを露わにしているレジアス・ゲイズ。ミッド地上本部の防衛長官を務めている中将だ。

「御機嫌よう、ゲイズ中将」

『ふざけるな! とうとうワシらに牙を剥きおって!』

「当たり前だろう。俺は犯罪者だ。権威の円卓に入っていたから、円卓メンバーには逆らわない? 馬鹿め。寝言は寝て言え。俺はお前たちの技術提供を。お前たちは俺を逮捕せずに見逃す。その利害だけで成り立っていた。そこに信頼など一欠片も無い」

『その利害は変わらず一致していた! それなのに何故だ!』

「いや。もう利害は異なった。俺の目的は、初めから管理局という組織への恨みを晴らすことだからな。ほら。もうお前たちと仲良し小好しのフリをする理由はあるまい? 故にレジアス・ゲイズ。お前や最高評議会その他とはこれで契約解消だ」

『おのれ・・・! 後悔するなよ、プライソン! 必ず貴様に正義の鉄槌を下してやろう!』

「何を馬鹿なことを言っている、レジアス・ゲイズ。お前にはもう正義を語る資格などない。お前もすでにこちら側、悪の道に踏み込んだ犯罪者だ」

『黙れ! ワシは、ワシはミッドの地上の平和を――』

「面倒くさい奴だ。とにかく、俺はお前たちを許さない。さようならだ。良い残り人生を」

レジアスの言葉を途中で遮ったプライソンは、一方的に別れを告げて通信を切った。そして彼は「レジアスとはもう話すことはない。回線を全て遮断しておけ」とアルファへと指示をした。

『畏まりました。では、レジアス・ゲイズからのコールは全てシャットアウトします』

アルファがそう応じ、モニター越しに聞こえてくるキーを打つ音が静まった研究室に響く。そんな静寂の中、『父さん。侵入者』ガンマより聞き捨てならないそんな報告が入った。アルファは『なんですって!?』と驚きを見せたが、プライソンは「ほう?」どこか楽しそうな声色だった。

『モニターに出すから、その後どうするか改めて指示を』

『迎撃に決まっているでしょ!』

『アルファうるさい』

「まぁ待て」

ガンマの映像から研究所へと続く洞窟内部の映像へと切り替わる。モニターに映る侵入者の姿に「っ!」プライソンですら目を見開いた。洞窟内を歩いているのは「ジェイル・・・!」だった。ジェイル・スカリエッティ。プライソンにとっては弟にあたる男だ。

『それに、トーレ、チンク・・・!』

ジェイルの前後に控えているのはシスターズのトーレとチンク。アルファは視線だけで人を殺せるような殺意に満ちた目で、モニターに映るトーレとチンクを睨みつけた。

『疼く・・・! 斬り飛ばされ、吹き飛ばされた、私の腕と脚が・・・!』

かつてアルファは、プライソンの同業者でもあるプロフェッサー・ヘンリーに拉致された実験用素体の子供を奪還、そしてヘンリーとその一派の殺害という任務のため、彼らの移動研究艦へ侵入したことがある。そこで、ジェイルの命で子供の保護に乗り出していたトーレやチンクと交戦した。接戦を繰り広げたが、2対1という状況の中でアルファは敗れた。トーレには右腕を斬り落とされ、チンクには左脚を爆破された。

『アルファ。顔がキムチ鍋みたいになってる』

『はあ!? キムチ鍋!?・・・って、何!?』

『あー、知らないならいいよ。ただ、まぁ赤くなってるって言いたかっただけだし』

『ああそう! 父さん! 迎撃の許可を、汚名返上の機会を! あの時受けた屈辱、必ず晴らしてやる!』

怒りと憎悪で顔を真っ赤にしているアルファに、「やってみろ。指揮権はお前に預ける。ただ、ジェイルは無傷でここまで通せ」プライソンは迎撃許可と条件を出した。

『あ~りがとうございます! 私と同じように腕と脚を斬り飛ばし、吹き飛ばし、恥辱を味わわせてやる!』

怒りから一転、喜色満面の笑顔を浮かべたアルファ。そんな彼女のテンションに水を指すがごとく、『あ、クラッキングを受け――』ガンマがそう漏らした直後、全モニターが真っ赤になり、デフォルメされた真面目顔のウーノと意地悪く笑っているクアットロのイラストが映し出された。

「こうも簡単に俺のラボを突き止めるとはな。だがそれが面白い。ガンマ!」

くつくつと笑うプライソンは、研究所のセキュリティも担っているガンマの名を叫んだ。すると全モニターが正常に戻り、『弱い、弱い』卵型の椅子に座ってふんぞり返るガンマの姿へと切り替わった。

『父さん。このままクアットロ、ウーノとの電子戦へ突入するから』

『ガンマ! その前に防衛戦力を出撃させて!』

『ワーウルフなどの準備も完了したし。いいよ。これより第一種警戒態勢に突入。ジェイル以外の兵力を通せんぼ。父さん、ジェイルとはどこで・・・?』

「お前たちのトレーニングルームに誘き寄せろ。そこでなら、じっくりゆっくりと弟と語り合えそうだ」

そう言ってプライソンはデスクチェアより立ち上がり、首を回してコキコキと鳴らした。向かうのは、“スキュラ”やシコラクスにスキタリスと言った人型戦力、彼女たちの固有武装の調整などを行うためのトレーニングルーム。彼女たちが全力で暴れても問題ない頑強な造りだ。

「ミッドチルダ戦争への前哨戦だ、楽しもうか」

・―・―・―・―・

洞窟内を歩くジェイルらスカリエッティ家。先頭を行くのはチンク、次いでジェイル、最後にトーレの順だ。

『こちらウーノ。これよりクアットロと共にラボのシステムにクラッキングを開始します』

『ドクター。私とウーノ姉様はおそらくそちらに手一杯になるかと思いますぅ。トーレ姉様、チンク。ドクターの警護、しっかりとお願いします~』

「当然だ」「承知している」

モニター越しで交わされるシスターズ達の会話。ウーノとクアットロはどうやら離れた場所に居るようだ。しかしそれも仕方のない事。ウーノには一切の戦闘能力が積まれておらず、クアットロも前線で戦う部類のスキル持ちではない。共に後衛なのだから。

『ドクターもご無理をなさらず。今日という日のために調整していたデバイス・アナンシがあろうとも・・・』

「解っているよ、ウーノ。しかしこの戦いは言わば兄弟喧嘩。娘に喧嘩代行をさせ、当人である私がのんびり待っているわけにはいかないだろ? それに、プライソンも同じ考えだと思うがね」

ジェイルの右手には装飾の施されたグローブがはめられている。ウーノの話ではデバイスのようだ。ジェイルはグローブ型デバイス・“アナンシ”に一度視線を向けた後、「ドゥーエ、セイン」視線を前に戻して、この場に居ないもう2人のシスターズの名前を呼んだ。

『はい』『ん』

新たに展開されたモニターに、ドゥーエとセインが映り込む。2人の背後に映っているのは黄色い明かりに照らされた通路。そこはプライソンの研究所内の通路だった。

「ヴィヴィオとフォルセティの保護は君たちに掛かっている。我々が派手に暴れている間に、なんとしても2人を見つけて救出するんだ」

『ただ、フォルセティの方は洗脳を受けているようよ。おそらくその実力はルシリオン君クラス。戦闘を避け、なおかつ保護しないといけない。本任務では、一番危険なのはドゥーエ、セイン。あなた達2人よ。十分、警戒しなさい』

ヴィヴィオとフォルセティの救出が任務のドゥーエとセイン。セインの固有スキル・ディープダイバーにて、2人は先行して研究所へと潜り込んでいた。ディープダイバーは、無機物内を潜行できる能力だ。最大3人ほどまで同行できるため、セインはドゥーエを伴って侵入していた。

『大丈夫だよ。そのために、対魔導犯罪者用の即効性麻酔銃を用意したんだし』

『セインのスキルを用いたスニーキングアタックでなら、感知される前におそらく撃ち込めるはずです』

ドゥーエとセインの手には拳銃が握られている。セインの言うように、それは暴れている魔導師に対抗するためにジェイルが開発した麻酔銃だ。リンカーコアの働きを一時的に阻害する魔法プログラムが組み込まれている。ゆえに厳密に言えば麻酔ではないが、一時的に意識も失うため、麻酔銃と名付けられた。

「ドゥーエ、セイン。ウーノとクアットロも、任せたぞ」

『『『了解!』』』『了解です~!』

ウーノ達との通信を切ったと同時にモニターも消えた。ジェイル達はそれからも歩を進め、研究所の入口へと到達した。そんな入り口であるスライドドアの前に、「久しぶりね、会いたかった」アルファやグレムリンのⅠ型10機とⅢ型5機が並んでいた。入口の側には、これまでには無かった鉄材が多く積み重ねられていた。

「お前は・・・」

「確か、アルファだったな」

「憶えていてもらえて良かった。私が誰とも知らずに破壊されるなど、私自身が許せないもの」

トーレとチンクがジェイルの前に躍り出て、臨戦態勢に移った。アルファは「IS発動、メタルダイナスト!」を発動した。入口の側に置かれている鉄材が生き物のように動き始め、彼女の側に浮遊し始めた。メタルダイナストは、金属類を意のままに操れるという、アルファのスキルだ。

「ジェイル・スカリエッティ。我らが父、プライソンがあなたをお待ちしています。案内に従って所内を進んでください」

そう言ったアルファの側にモニターが展開され、矢印が表示された。当然「看過できんな!」トーレが声を荒げた。そんな彼女へ「お前たちの意見は聞いてはいない!」アルファも声を荒げ、右足で地面を踏みつける。すると地面から鋼の壁が勢いよくせり出し、トーレとチンクを隔離した。

「ではこちらへ。プライソンの待つ部屋まで何事も無く辿り着けますのでご安心を」

「・・・。トーレ、チンク! 後から合流しよう!」

「「ドクター!? お待ちを、ドクター!」」

鋼の檻の向こうからジェイルを制止する声が聞こえてくるが、ジェイルはそれを聞かずに研究所内へと入って行った。通路内の矢印モニターに従って歩き続け、ようやく辿り着いたのは広大な部屋。

「こうして直接顔を合わせて言葉を交わすのは、生まれて初めてというのもおかしな話だな、兄弟」

「同感だよ、プライソン・・・いや、兄さん」

そこでジェイルとプライソンが、この世でたった2人だけの兄弟が、生誕から60余年と経過した今日、初めて直接会った。だがそれは、永遠の別離を迎える日でもあった。ジェイルは問答無用でグローブ型デバイス・“アナンシ”をはめた右腕を上に向かって振り上げた。

――ガーネットスラッシュ――

五指の先端に付いている鋭利な爪の部分より5本と赤く輝く細い絃が放たれた。プライソンは「問答無用か。ハハッ!」楽しげに横っ跳びして、床に切創を作り出しながら迫り来る絃を躱した。

「プライソン。君は遊び過ぎた・・・!」

――ガーネットランス――

放たった絃を解除したジェイルは右腕を引いて、すぐに貫手を繰り出した。爪より放たれる5本の絃は槍のように勢いよくプライソンの元へ向かう。その速度もあって、「おっと」プライソンの左袖を裂いた。

「面白いデバイスを造ってきたな、ジェイル。端から俺を殺しに来たわけだ。誰の差し金だ? 心当たりが多過ぎて困りものだが」

「我々の生みの親だよ。最高評議会は、君の暗殺を決定した」

「それでお前たちを差し向けたわけだ。てっきり1111部隊が来るかと思ったがな」

ジェイルは白衣を脱ぎ捨て、プライソンはジュストコールを脱ぎ捨てた。共に動きやすくなるための行動だ。ジェイルは右肩をグルグル回して準備運動をし、プライソンは足の屈伸運動を始めた。

「まあいい。誰であれ俺を殺そうとするのなら、受けて立とう。俺もそろそろ本気を出さないとな。兄弟最後の大喧嘩だ」

「見せてみたまえ。天才プライソンの戦闘技術を!」

――ガーネットクロスファイア――

“アナンシ”の爪からそれぞれ10本、計50本の絃が前方に向かって放射状に放たれた。うち数本はプライソンへと向かったが、「なんのつもりだ? 下手くそ」彼は軽く横移動することで全て躱した。が、すぐにその認識を改めることになった。他の絃が壁に反射して、一斉にプライソン目掛けて戻って来たのだ。

「っく・・・!」

それを後退することで回避したプライソンだが、絃は壁に当たれば当たるほどに反射を繰り返し、トレーニングルーム内に絃による結界を張り巡らせていき続ける。それすなわち「逃げ場所が・・・!」無くなるということを示していた。

(ジェイルは・・・、あそこから1歩たりと動いていない? あそこが安地か・・・!)

50本の絃による空間攻撃の中、プライソンはジェイルがその場から動かないことを見破り、迫り来る絃の雨の中を全速で駆け抜けて行く。ランダムのように見えて実は計算し尽くされた絃の軌道。計算で安全地帯を創り出しているのだ。ジェイルは「ようこそ、逃げ場無しの檻へ」ニヤリと笑い、プライソンの背後を絃で封鎖して後退できないようにした。

「お前もだろう、ジェイル!」

「そうだがね。私と君とでは準備が違うのだよ」

ジェイルの左手に突如として出現したのは拳銃だった。モデルはワルサーP99だと思われる。ジェイルは立て続けに引き金を引いて発砲した。プライソンは両腕で頭部を護りつつ直進し、両腕両脚や胴体にも銃弾を受けながらも、「おおおおお!」ジェイルの懐にまで入った。そして振りかぶった右腕で「ぐふっ・・・!」ジェイルの頬に拳を打ち込んだ。さらに空中回し蹴りで、拳銃を蹴り飛ばした。

「っ、子供のような姿をしながら、まさかの肉弾戦とは・・・!」

――ガーネットバインド――

「っと・・・。ふん。馬鹿みたいに銃弾を撃ち込むとは。本当に容赦がないな、ジェイル。体中が穴だらけだ」

プライソンは殴り飛ばされた体勢のまま、絃によって宙に拘束された。

「・・・さすがに、ただの人体ではないわけだね。あれだけ撃ち込んでも怯みもしないとは・・・」

「死に難い体なのは、どうせお互い様だろう?」

プライソンが「ふん・・・!」と力み始める。するとキン、キンと金属音が幾度となく響いた。ジェイルの目線はプライソンの足元だ。そこにはプライソンに撃ち込まれた弾頭が転がっていた。

「鉛玉程度で俺を殺せるとは思わないことだ。そら、行くぞ!」

プライソンを拘束していた絃が一斉に弾け飛び、着地したと同時にプライソンは再び殴りかかった。

「くっ・・・!」

――ガーネットシールド――

ジェイルとプライソンを隔てるようにそびえ立つ絃で出来た壁。プライソンはその壁を躊躇なく殴り、バキバキと破壊した。ジェイルは驚愕に目を見開き、片やプライソンはしてやったりと言った表情だ。

(まさか、これほどの頑強な肉体を持っていようとは・・・!)

焦るジェイルだが、彼にはもう絃による攻撃手段しか残されていない。ゆえに「はあああ!」絃による攻撃を繰り出すしかない。

――ガーネットスネーク――

絃の結界をすべて解除したジェイルは、“アナンシ”をはめた右の手の平をは床に付き、爪より10本の絃を床に這わせて、向かって来るプライソンへと向かわせた。踏まないように心がけて絃の間を駆け抜けるプライソンだが、相手は絃。ウネウネと動いて、プライソンの両脚に巻き付いた。

「やっぱりか!」

「せい!」

プライソンを捕まえるとジェイルは勢いよく右腕を振り上げ、プライソンを天井へと頭から叩き付けた。続けて床に叩き付け、また天井へと叩き付ける。

「調子になるな、愚弟!」

また床に叩き付けられそうになっていたプライソンは、床に両腕を突き入れて体を固定。そして上半身の筋肉で、今度は絃の先に居るジェイルを壁に叩き付けようとした。だが絃を解除され、ジェイルは振り回されることはなかった。しかし同時にプライソンは自由になった。

――ガーネットハンマー――

数mと伸ばした絃の先に直径2mほどの球体を構成。ジェイルはソレをぶん回して、絃の塊でプライソンを押し潰そうとする。

「なんだ、急にぬるい攻撃になったな、ジェイル!」

小柄な体格を活かして接近戦を挑んで来るプライソンだが、小柄ゆえに歩幅が小さい所為で「むお!?」とうとう絃の塊の直撃を受けた。ボキボキと骨が折れる音。プライソンは吹き飛ばされ、床を何度もバウンドした後に壁に叩きつけられた。

「死に難いのなら、死ぬまで攻撃を加えるまでだ!」

――ガーネットスラッシュ――

振り上げた右腕を勢いよく振り下ろし、“アナンシ”の爪より5本の絃による斬撃を放った。床に切創を刻みながら壁にもたれ掛って座り込んでいるプライソンへ向かう。しかし体の頑丈さが異常であるプライソンは、今の直撃ですら何とでもないという風にスッと立ち上り、攻撃範囲外へと離脱した。

「逃がさない!」

斬撃途中だった絃は急に方向転換をし、プライソンの背後に迫る。そして「チッ・・・!」絃はプライソンの両足首に巻きつき、彼を宙へと吊り上げた。そこからまた床や壁、天井に叩き付け始めた。

「おいおい。殺すのならせめて一思いにだな」

(これだけの衝撃ですらまったく堪えていない・・・。同じスカリエッティでも、私では死んでいるぞ・・・)

骨が砕け、筋肉が千切れる音が続く中、それでもプライソンは意識を失うどころか全くと言っていいほどに余裕だ。ジェイルはその不気味さに怖気が走った。プライソンもいつまでも振り回されているつもりはなく、体を屈めて足首に纏わりついている絃を掴み、「ふん!」引き千切った。

「させんよ!」

――ガーネットランス――

宙から床へ落下中のプライソンへ向けて、新たに5本の絃を槍の如く放ったジェイル。プライソンは空中でありながらも身を捩らせてこれを回避。絃は一旦消え、プライソンが着地するかどうかという一瞬に・・・

――ガーネットラッシュ――

50本の糸が、10本1束で構築された大きめの槍となってプライソンに殺到。1発でも入れば後はされるがままに突っつかれまくるのみだ。現にプライソンも最初の1発をもろに受け、壁に叩き付けられた後は成す術なく連撃を受けている。
そしてとうとう、ラッシュ中の絃の束の中から引き千切れたプライソンの左腕がゴロッと落ちて来た。その直後、5束の絃の槍が一斉に弾け飛んだ。光となって霧散する絃の中、プライソンがフラフラとした足取りで歩いてきた。

「俺の体にここまでの損傷を与えられたのは、お前が初めてだよ・・・」

ジェイルから10mと離れた位置で立ち止まったプライソンが微かに笑みを浮かべた。ジェイルは一言も発することなく、「ガーネットバインド!」絃を放ち、プライソンの左手首、両足首、腰、首の5ヵ所に巻きつかせた。

「プライソン。トドメを指す前に、君の本当の目的を聞いておこうか」

「・・・まぁ、お前になら目的を話してもいいな。1つは管理局への・・・、正確には最高評議会への復讐だ。40年前、俺にはたった1人だけ愛した女が居た」

諦観めいた息を吐き、プライソンは語り出す。かつて、自分が人工的な存在で、寿命が遥かに長い存在であり、最高評議会の命じるままに技術を生み出し提供する道具だと伝えながらも、プライソンの側に居ると決めた女性が存在していたことを。当時の管理局員で、裏に潜っていたリアンシェルトに代わり最高評議会の世話役だった、と。

「こんな子供の姿(オレ)でも、愛をくれたたった1人の・・・。その頃、俺は人造魔導師の計画を進めていた。酷い作業だったよ。そんな生死を問わない肉体を実験に使うその計画には、常に素体が必要だった。最高評議会は、いつも通りに素体を提供してくれたよ。ある日、いつも通りに素体が送られてきた・・・!」

プライソンが初めて喜と楽以外の感情を見せた。純粋な怒りだ。彼は続ける。その送られてきた素体というのが、彼女の遺体であった事を。ジェイルはその言葉と感情にあてられ、辛そうに眉を顰めた。

「最高評議会は事故死だと抜かしたよ。どうせ暗殺したのだろ。1111部隊はその当時から存在していたしな。それだけでも俺を怒らせるのに十分だ。だがあのゴミ共は、彼女の遺体を素体に使えと送り付けてきた! 解るか、この気持ちが!」

とうとう怒鳴り声を上げたプライソン。今の彼からは想像も出来ない程に、彼は人間を愛していた。今のジェイルと同じだ。だが、愛する女性を喪った事が彼を狂わせた。

「・・・では何故、最高評議会ではなく地上本部をターゲットにした?」

「もちろん最高評議会を殺してやろうと思った。だがあそこには、究極のモンスター・リアンシェルトが居る。レーゼフェアですら手に負えないというのに、それ以上のモンスターを敵に回すほど俺も馬鹿じゃない。ただ、ある意味で死んでもらうがな」

「なに?」

「お前としても、最高評議会は目の上のたんこぶだろ? あのような老害、居なくなった方が世のためだ」

「・・・・」

ジェイルが黙る。最高評議会が邪魔だと考えているのは彼も同じだった。プライソンは続けて、「そしてもう1つ。これこそが俺の真の、何としても叶えたい動機だ」“スキュラ”達ですらも知らない計画の全容を語った。ジェイルの顔が見る見る内に青褪めていく。

「そ、そのような事のために、そのようなくだらい事のために、ミッドチルダを滅ぼす気だというのか! なんと愚かな!」

「なんとでも言え。さぁ話は終わりだ、ジェイル。殺るなら徹底的にな! 仕損じるなよ!」

プライソンの余裕さに奥歯を噛んだジェイルだが、「言われずともね!」“アナンシ”をはめた右手をギュッと勢いよく握った。ギチギチと音を鳴らしながらプライソンの体を拘束している絃が引き絞られる。
そしてブチッという音と共に、その体がバラバラに千切られた。血の雨が降るとよく言う。今のプライソンは正にそれだった。ドチャッと嫌な音を発しながら床にぶち撒けられた彼の遺体。血の臭いがトレーニングルーム内に満ちていく。

「・・・・こんなにも呆気ない終わりとは」

ジェイルがそう漏らした直後、『こちら救出班』ドゥーエとセインから通信が入った。展開されたモニターには、意識を失っているらしいフォルセティを抱っこしているドゥーエと、意識があるのか目を開けているヴィヴィオを抱っこしたセインの姿が表示された。

『ドクター。ヴィヴィオとフォルセティを発見、保護しました』

「そうかい。それは良い知らせだ。・・・ヴィヴィオ君。はじめまして。私はジェイル・スカリエッティ。君のお母さんのなのは君やそのお友達の友達だ」

少し怯えを見せているヴィヴィオに、ジェイルは優しく自己紹介をした。

『なのはママの・・・おともだち?』

「そうだとも。君やフォルセティ君を抱っこしている私の娘たちもまた、なのは君たちとはお友達なんだよ」

ヴィヴィオの視線がドゥーエとセインに向けられたことで、2人は笑みを浮かべて頷き返した。ジェイルは「今から君たちをお母さん達の元へ送り届ける。もう少しだけ待っていてくれたまえ」そう伝えた。

『うん。・・・ありがとう、ジェイルさん』

「ふふ。どういたしまして。あぁ、そうだ。私の事は、ドクター、と呼びたまえ、ヴィヴィオ君」

『うん、ドクター。ありがとう』

ヴィヴィオはそれだけを言って、静かに目を閉じて眠りについた。

『このまま合流しないで、聖王医療院へ向かえばいいんだよね?』

「そうとも。本局にすぐに搬送したいが、今は教会に預けるのが得策だろう」

『承知しました。では、私とセインは先行して離脱します』

『ドクター、待ってるからね~』

セインが手を降ったところで通信が切れた。ジェイルは満足そうに一息吐き、「トーレ、チンク」へと通信を繋げた。すぐに『はい』と応じる声と共に、2人が映るモニターが展開された。

「そちらの状況は?」

『私とチンクの足止めを行ったアルファですが、申し訳ありません。破壊してしまいました』

トーレとチンクの足元には、体が大きくひしゃげて機械部品を体のあちこちから飛び出させているアルファの損傷の激しい遺体があった。完全に機能が停止しているようで、銀に輝いていた瞳には光が灯っていなかった。ジェイルからの出来れば生け捕りにしろという命令を遂行できず、トーレやチンクは意気消沈している。そして周囲にはガジェットドローン――グレムリンの残骸が広がっていた。

「・・・残念だが、仕方がない。こちらはプライソンの殺害に成功した。これより残存している兵力を無力化する。私と合流するように」

『了解です』

『すぐそちらへ向かいます』

トーレとチンクとの通信も切り、最後に「ウーノ、クアットロ」と、プライソンの研究所のシステムにクラッキングを行い続けていた2人に通信を入れた。

『はい、ドクター』

『どうなさいました~?』

「プライソンの暗殺を完了した。君らの仕事はどうなっている?」

『まあ! とても喜ばしい知らせです!』

『でもこちらは喜ばしいことなんてないですぅ。とんでもないセキュリティガードが居ます。先程からシステムを奪っては奪い返されを続けてます~』

『ですが、その過程で現在のラボの状況が判明しました。現在、ラボにはガンマ、イプシロンと呼ばれる姉妹が稼働中。アルファはどうやらトーレ達が撃破したようですね。救出対象のメガーヌ准陸尉、娘のルーテシア・リヴィア、アギト、さらにセッテ、オットー、ディードが居るようです。クイント准陸尉、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディは不在のようです』

「なるほど。・・・君たちはこのままセキュリティを完全に掌握したまえ。救出対象は、私とトーレとチンクで保護する」

『了解しました。お気を付けて』

『マップを送っておきますから~』

ウーノとクアットロとの通信も切ったジェイルは、バラバラになっているプライソンの遺体へと一瞥をくれた。小さくかぶりを振って、「往こう」トレーニングルームの出入口へ歩き出したその時・・・

「言っただろ? 殺るなら徹底的に、仕損じるな、と」

聞こえるはずもない声が背後から聞こえた。ジェイルはバッと勢いよく振り返り、「な・・・!?」驚愕に目を見開いた。バラバラだったプライソンの体が再生していっているのだ。胴体から頭、両腕、下半身と生えてきていた。そして切断されていた部位はそのまま残っている。当然、頭部もだ。

「馬鹿な・・・!」

「見ろよ、ジェイル。バラバラにされても俺は死ねないんだよ。だから俺の真の目的が必要なわけだ!」

そう言いながらプライソンは自分の左前腕を掴み、「ハハハ!」笑いながらブチブチっと引き千切った。千切られた左腕を「なあ!」ジェイルへと向かって投げ捨てる。彼はバシッとその腕を叩き落とし、「化け物め・・・!」と吐き捨てた。

「お前も同じだ、ジェイル・スカリエッティ!」

再生し終えた左腕を振るってからジェイルに突撃するプライソン。あまりの衝撃に対応が遅れたジェイルは、繰り出された左拳によるパンチを「ぐふっ・・・!」まともに腹に受けてしまった。車に轢かれたかのように吹き飛ばされたジェイルは、その勢いのままに壁に叩きつけられた。

「見せてみろ、お前の再生力を。この程度ではケロリとして――」

一足飛びでジェイルの元へ向かい、大きくひしゃげた壁に背を預け床に座り込む彼の目前に降り立った。だが、「何故だ、何故・・・お前は・・・」ジェイルの様子にプライソンはフラリと後退した。口や頭から流血させ、折れた腕や足は再生される様子すらない。

「お前も! 俺と同じだろう!? 見ろ!」

プライソンは自分の胸に手を突き入れ、なんと心臓を引っ張り出してソレを握り潰す。さらには自分の首をも捻り千切った。首が床に転がり、その目がジェイルに向けられる中で再生される新たな頭部と心臓。

「お前もこれほどの再生能力を持っているだろう! 何故そんな・・・!」

「・・・見れば解るだろう? 私は、そんな化け物じみた再生力など・・・持ち合わせてはおらんよ。・・・ただ、頑丈なだけだ」

「そんなはずはない! 同じスカリエッティならば、すぐにでも再生が行われるはずだ!」

「・・・ふっ。どうやら最高評議会は、よっぽど君に賭けていたようだね、私と違って。そんな酷い体にまでして・・・。ふふふ。ご愁傷様だ、プライソン。君の真の目的、実行したとしてもおそらく――」

「黙れ!」

黙らせるためにジェイルを殴り続けるプライソン。ジェイルは殴られながらも笑みを絶やすことなく、ギラリとした強い光を宿した金色の瞳をプライソンに向ける。それが気に入らないのか「見るな、そんな目で見るな!」プライソンは殴り続ける。歯が折れようが、血反吐を吐こうが、踏み蹴りで骨を折られようが、臓器が損傷しようが、ジェイルは挑発の笑みを浮かべ続けた。

「この・・・! だったら、確かめてやるよ! 我が手に携えしは確かなる幻想!」

「っ!? その呪文は、ルシリオン君の・・・!」

プライソンの発した呪文に耳を疑うジェイル。プライソンの手に黒い西洋剣が握られた。彼は「なんてことはない。なんの力も無い剣だ」そう言って、再生された左腕を今度は斬り落とした。だがすぐに再生してしまう。

「ルシリオンから奪い取ったリンカーコアの一部を俺に移植した。すると、こんな力を得られたわけだ。まぁ所詮、俺は紛い物。武器で言えばこんなチンケな物しか具現化できないがな」

「ルシリオン君・・・すまない」

「いや待て・・・。そうだ、そうだ。俺がこの再生能力を手に入れたのは、彼女の遺体を見た後に自殺を試みた後だ。お前も一度死ねば、すぐに再生されるさ!」

「・・・。ウーノ、ドゥーエ、トーレ、クアットロ、チンク、セイン。・・・セッテ、オットー、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディ、ディード。・・・ありがとう、すまない」

「礼も謝罪も無用だぞ、ジェイル! 再生した後でまた逢わせてやる!」

そうしてプライソンは、ジェイルの心臓目掛けて剣を突き入れた。激しく吐血するジェイルは、「はやて君、イリス君、チーム海鳴の諸君・・・。あとは・・・」それだけを漏らし、静かに目を閉じた。そして、二度と彼が目を覚ますことはなかった。

「・・・俺だけが、不死身というわけか・・・」

待てど暮らせど再生されないジェイルの遺体を目に、そう言ってプライソンは握っていた剣を落とす。剣は床に落ちると同時に魔力となって霧散した。胸に去来する虚しさに、プライソンは「フハハハハハ!」ひとり笑い声を上げ続けた。

「はぁ・・・。アルファ」

『はい。プライソン』

プライソンが通信を繋げたのは、破壊されて死亡したはずのアルファ。しかも彼女は綺麗なままで通信に応じた。

「研究所の内外に居るジェイルの娘たち、どうなっている?」

『はい。ウーノとクアットロは、ベータとイプシロンのスペアボディとの戦闘で意識停止しました。やはり所詮は後衛組。強くありませんでした』

アルファの映るモニターが切り替わり、そこには森の中で倒れ伏しているウーノとクアットロの姿、その側に“スキュラ”のベータとイプシロンがそれぞれ2人ずつの計4人が映し出された。スペアボディ。文字通り替えの利く体だ。それが戦闘を行っていた。

『トーレとチンクは、私のスペアボディを破壊後、デルタとゼータのスペアボディと戦闘。やはり強いですね。スペアボディでは勝てませんでした。現在は格納庫付近にて休憩中です。追撃しますか?』

「いや、いい。プリンツェッスィンとプフェルトナーは?」

『ドゥーエとセインにはトラップに嵌まってもらい、現在は意識停止中。プリンツェッスィンとプフェルトナーは無事に奪還できました』

ジェイルだけでなく、シスターズも全滅に近い最悪の状況だった。プライソンはしばらく黙った後、「ソイツらやジェイルを纏めて地上本部へ届けてやれ」そう指示を出した。

『よろしいのですか?』

「ここに放置していても仕方がないしな」

『畏まりました』

アルファとの通信を切ったプライソンは、「さようならだ、ジェイル」最後にジェイルへと目を向け、そしてトレーニングルームより去って行った。

 
 

 
後書き
サバアーアルカイルヤ。 アッサラーム・アライクム。マサーアルカイルヤ。
予想をされていた方も居るでしょうが、ドクターことジェイル・スカリエッティはこれにて退場です。プライソンとの兄弟対決とこの結末は、すずかを魔導師や技術者にすると決めた時から考えていました。

「なんとまぁ釈然としない私の最期だが、すずか君が私の跡を継いでくれるだろうから、さほど困らないがね。ただ、娘たちを遺して逝くことだけが心残りだよ」

そんなドクターに、皆さま、どうか拍手を!

ちなみに、今話のプライソンの壊れっぷりは、ゼノサーガ・エピソードⅠのアルべドを元にしました。動画投稿サイトで一見の価値ありです。
 
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