相模英二幻想事件簿
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File.2 「見えない古文書」
epilogue 8.19.PM1:08
あの事件から二月程経った。
あの後、私と櫪氏は刑部家のゴタゴタを手分けして片付けると、その後は結城に任せ、それぞれの日常へと戻ったのだ。
「しかし…あれを温泉施設へと変えて一般解放するとはねぇ…。さすが如月家といったところか。」
「で、七海さんは?石川家で見付かったってのは聞いたけど、それからどうなったのよ。」
あぁ…そう言えば亜希には話して無かった…。ここであれこれ話してるのもなんだと思い、私は一枚の葉書を彼女に渡した。
「あらぁ、綺麗な花嫁さんね。」
それは、直哉氏と七海さんの結婚式の写真付きの葉書だった。二人はとても幸せそうに笑い合っている。そんな二人の傍らの椅子には、キヌさんの写真が共に置いてあり、それを見た私は目頭が熱くなった…。
この話はこれで終幕だ。あの不可思議な数え唄の出所も分かってないが、恐らくは石川の犯した罪を誰かが知り、それを後世に伝えるために作ったのだろう。もしかしたら、石川自身だったかも知れない。それこそ神のみぞ知る…だな。
この如月家のことは、一般には地下陥没事故として処理され、ニュースでも小さく取り上げられていた。ま、真実を知る必要もなければ、わざわさ事実を公開して騒がせる必要もないことだからな。
如月夫人は軽井沢の別邸へと移ったそうだ。キヌさんのことを知った時、彼女は子供の様に泣いたそうだ。側には飯森さんがいたそうで、ずっと夫人に付き添ってなだめていたとか。あと、木下さんと佐原さんだが、彼らは新たに出来る施設の管理を任されて町へ残った。家政婦の米沢さんも、接客が出来る者が必要だろうと言って残ったそうだ。この三人なら、きっと盛り立ててくれるだろう。
あの山にあった社だが、警察が遺体を全て回収したそうだ。ま、身元不明が主になるだろうがな…。如月夫人の手紙には、近々この社は取り壊し、その跡に慰霊碑を立てると書いてあった。道も整備し直して、ちょっとしたハイキング・コースを作る計画もあるらしい。あの仕掛けのあった地下への道も使いたかったようだが、温泉が湧き出した時、崩れた瓦礫や岩などで完全に埋まってしまっていたそうだ。惜しい気もするが…いや、これで良かったんだと思う。
如月信太郎とその妻子の遺体だが…未だ見付かっていない。温泉が湧き出した時に流されたのは間違いないが、どこをどう探しても見付からないそうだ。だが、如月夫人はそんな親子三人の墓を自らの菩提寺に建て、三人のために葬儀も執り行ったそうだ。如月家の祖…石川が犯した過ちを詫び、そしてこれからを生きてゆくことの許しを願ったとか。
最後になるが、刑部家ではキヌさんの葬儀の後、キヌさんの遺骨を櫪家縁の菩提寺へと移し、そこへ新たな墓を建てて葬ったそうだ。彼女は謂わば櫪家の者としての最後だったのだ。それに敬意を表し、櫪家と同じ寺へ葬りたかったそうだ。それは七海さんと直哉氏たっての希望で、無論、櫪家現当主である夏希氏も了承している。
自分達の未来を守ってくれた祖母。他の誰よりきっと、皆の幸福を願ってたに違いない。そんなキヌさんを…私も生涯忘れることはないだろう。
「あなた、そろそろお客様がいらっしゃる時間じゃない?」
「そうだな。今度はどんな依頼がくることやら。」
「ま、危なくなければ良いわよ。」
亜希はそう言うや、笑いながら出ていった。お茶の用意でもしてくれるのだろう。
「よし、これはあのファイルに綴じてと…。」
少しずつ厚くなってゆく“幻想事件簿"は、表に出ることの無い事件…。これが何の役に立つのかは分からないが、いつか公表するかも知れない。いや…このまま眠らせ続けた方が良いかもな…。きっと、あいつ…藤崎だったらそう言うだろう。
今日も快晴だ。青空には白い雲がのんびりと漂い流れてる。こんな閑な風景とは裏腹の私の仕事は、ともすれば、自ら嵐の中へと飛び込んでいる様なものかも知れない。
だが、自分で選んだ路だ。何があろうと、ただそれを成し遂げるまでだ。
私は昼下りの眩しい青空に、そっと…そう呟いたのだった。
File.2 end
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