| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

相模英二幻想事件簿

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

File.2 「見えない古文書」
  Ⅱ 6.6.AM9:25


 朝食を頂いた後、私は館の周囲を調べるために外へ出た。
 この館の周りには、一見木々が鬱蒼と生い茂っているように見えていたが、その中を散策できるよう道が整えられていた。恐らくは、一部の木々を伐採しつつ作られたのだろう。無論、これを保つために庭師も雇っているのだろうと考えつつ歩いていると、目の前に三十歳前後の男性が姿を見せた。
 いきなりのことに私が目をパチクリさせると、その男性は「驚かせたようで、申し訳ありません。」と言って頭を下げた。
「いえ、こちらこそお仕事の邪魔をしたようで。」
 私はそう言いながらも、その男性を観察した。服装からして庭師のようだった。
「私は佐原と言います。このお屋敷で庭師として働かせて頂いてますが、貴方は…奥様のお客人ですね?」
「はい。私は相模と言います。こちらに来た時には必ず寄る様言われてましたので、休暇がてらにお邪魔させて頂いています。」
 私は笑みを浮かべながら、そう当たり障りの無い様に答えた。
 この如月家にはかなりの財がある。現在は投資家として知られ、それ故に知人も多い。こう言えば、大概は仕事上の知人か何かと考えるだろう。
「そうですか。では、貴方はご自分で会社を?」
「ええ…まぁ。小さいですが、警備会社をね。」
「へぇ…!それは凄いですねぇ!」
 そう話をしていた最中、道の先から会話を止めるように怒鳴り声が響いた。
「佐原、何油売ってるんじゃ!」
「あ…こりゃヤバい…。」
 声を聞いた佐原さんは、頭を掻きながら苦笑した。
「お仕事中に失礼しました。私は暫く厄介になってますので、また顔を会わせるでしょう。早く行かないと今にも跳んで来そうですから、早く行って下さい。」
 私も苦笑混じりにそう返すと、佐原さんは「すいません、失礼します。」と言ってそのまま走って行ったのだった。
「しかし…こんな広い土地、一体どうやって管理してるんだか…。この道だって端から草が生えそうだってのになぁ…。それにさっきの声…老人じゃなかったか?」
 私はそんなことをブツブツと呟きながら、周辺の調査を再開したのだった。
 暫く歩いて行くと、幾分拓けた場所へと出た。そこは休憩スペースの様で、中央には噴水が作られていた。座って休める東屋もあり、それは木材で作られた温かみのあるものだった。恐らくは、ここを作った時に切った木を使ったのだろう。
 だが…何だってこんな遊歩道みたいなもんがここにあるんだ?この館の主が散策するため…とは考え難いんだがなぁ…。だからと言って、町の人達のためってことはないな。ここは私有地なんだから、まず入ってはこないはずだし。
 私は不思議に思いつつ、目の前の噴水へと近付いた。周囲には彫刻が施され、中央には天使らしき像が据えられていて、如何にも外国趣味な噴水だ。
「ガブリエル…か?」
 その像は手に百合を持っていたため、私はそう呟いた。
 その時、後ろから突然声を掛けられ、私はギョッとして直ぐ様振り返った。すると、そこには七十歳くらいの老爺が立っていた。
「すいません。林を散策していたら、偶然この場所を見つけたもので。」
 私は直ぐにそう言ったが、老爺はこちらを睨んでいる様だった。立入禁止だったんだろうか…?
「お前、この土地のもんじゃねぇな?」
「ええ…。如月夫人のご厚意で、お屋敷へ宿泊させて頂いています。出身は東京ですよ。」
 私がそう説明するや否や、その老爺の態度がコロッと変わった。
「ああ、君が相模さんかい。こりゃ失礼したのぅ。奥様から聞いとるよ。」
 何だかなぁ…。どうも肩透かしを食らった気がして苦笑しつつも、目の前に立つ老爺へと返した。
「失礼ですが…お名前をお聞きしても?」
「おお、こりゃ失敬した。わしゃ、このお屋敷で庭師をしとる木下っちゅうもんじゃ。かれこれ五十年近くもここで働いとるよ。」
「へぇ…五十年ですか。では、如月家代々の当主に仕えていたわけですねぇ…。」
「まぁのぅ…。ま、ここで立ち話もなんじゃな。あそこで座ろうて。佐原、こっちに茶を持ってこい!」
 そう言うや、木下さんは私を東屋へと連れて行き、そこへ一緒に腰を下ろした。そこへさっき出会った男性がお茶を持って現れたのだった。
「先程は…。」
 私は苦笑混じりに佐原さんへと挨拶すると、向こうも同じように苦笑しつつ挨拶を返した。
「なんじゃ、佐原にはもう会っとんたんか。」
 私達に面識があると知り、木下さんは幾分残念そうにそう言った。
 暫くは他愛無い話をしていたが、ふと私は例の数え唄が気になり、目の前の老爺に尋ねてみようと考えた。歌詞を全て知りたいと思ったからだ。
「そうさのぅ…わしも全て覚えとるわけじゃないが、二番は確か…こうじゃったなぁ…。」
 そう言って木下さんが歌ったものは、これまた奇っ怪な歌詞で、私も隣に座っていた佐原さんも眉を潜めてしまった。

- 四つ四角曲がったら
 五つ五つの佛様
 六つ虚しい血の涙
 何処へ行こうか三途の川を
 ゆるりと流る舟の先 -

「まぁ、こりゃ歌われんようんなって久しい唄じゃて。全て覚えとるんは、もう殆んど居らんじゃろう。聞いて解るじゃろうが、こりゃ数え唄や子守唄っちゅうもんとは違う。何でこんなもんが歌い継がれたかは、もう誰にも分からんのぅ…。」
 木下さんはそう言って空を仰ぎ見、古い記憶を垣間見るような表情をしていたが、ふと我に帰り「佐原、仕事せにゃ今日中に終らんぞ!」と言って立ち上がった。そして私へと振り返ってこう言った。
「もしかしたら、刑部んとこの婆さんが知っとるかもしれんよ。明日辺り戻っとるかも知れんし、聞いてみたらどうじゃい?」
「オサカベ?」
「刑事の刑って字に部屋の部って字でオサカベって読むんじゃ。」
「この町に、その姓は多いんですか?」
「いや、ここだけじゃよ。元々は長い壁と書いとったらしいが、字を変えたと聞いとる。」
 私は首を傾げた。なぜ長壁を…刑部に変える必要があったんだ?全く違う字だ…変える必要性は無かった筈だが…。
 私は少しばかり考えたが、直ぐにそれを中断した。この話は、今の私の仕事には関係ないのだ。飽くまで如月夫人の依頼で来ているのだから、刑部家の内情まで詮索することはない。
「それじゃ、明日にでも伺ってみます。有り難う御座いました。」
 私がそう言って話を終わらせようとした時、木下さんは私へと小声で囁くように言った。
「お前さん…七海嬢ちゃんのことで来なすったんじゃろ?」
「どうしてそうお思いで?」
 私は何ともない風に問い返した。ここで「はい、そうです。」とは言える筈もない。ま、大半の使用人は気付いているだろうが、私自身には守秘義務がある。その為、私自身が肯定するわけにはいかないのだ。
 私から問い返された木下さんは、それでも声を潜めながら私に言った。
「お前さん…もしそうだったら、充分気を付けなされ。前に呼ばれた者等もお前さんと同じ態度を取っておったが…二度と帰って来なんだからな…。」
「帰って…来なかった…?」
 今度は私が声を潜めた。どうやら穏やかな話では無さそうだったからだ。
「途中で帰ったんじゃないんですか?」
「いいや…荷物もそのままに、忽然と姿を消したんじゃ。財布もそのまま残っておったそうじゃよ。警察は行方不明事件として調査しとったんじゃが…未だ見付かってはおらん。」
 そんな話…結城にすら聞いてないぞ…。まさか、この行方不明者まで探せってことなのか?
 あの結城がこのことを知らない筈はない。私だって毎日のニュースは欠かさずチェックしている。なのに…私にこの情報が何一つ入らなかったのは、一体どういう理由なんだ?全く入らない…なんてないだろうに…。
「だがのぅ、その事件は山向こうの町の話として伝えられとったっんじゃ。」
 私はますます理解に苦しんだ。この町の事件の筈だが、それが一山越えた町の話になんて…。
「何故…そうなったんですか?誤報道…ということなんですか?」
 訝しく思い、私は木下さんへと尋ねた。すると、彼は首を横に振ってこう言った。
「奥様の従兄弟を、お前さん知っとるかね?」
「いえ…。」
「飯森前首相じゃよ。」
 私は絶句してしまった。まさか…ここでこんな大物の名前が出るなんて、思いもよらなかったからだ。
 飯森前首相…彼は一度限りでその座を降りたが、その在任中に様々な改革を行い、その全てを成功させた人物だ。現在でも政界に多大な影響力を持ち、その力で影から政界を操っているとさえ言われている。
 だが、彼の名を聞いたことで、私は直ぐ様こう考えたのだった。

彼が事件の真相を覆い隠した…。

 飯森前首相の妻の芳江氏は、現警視総監の姉にあたる人物だ。無論、飯森前首相とも親しい間柄と聞いている。自分に火の粉がかかるような事件を、そのまま放置するとは考え難い。だから…どこにも属してない私に、結城は白羽の矢を立てたのか…。
「木下さん、有り難う御座いました。有意義なお話を感謝します。」
 私はそう言って立ち上がると、木下さんは私へとこう言った。
「探偵さんや。どうか…七海嬢ちゃんと奥様を助けてやっとくれのぅ。」
 私は目を丸くして何か返そうとすると、木下さんは何も無かったかの様に立ち上がり、そのまま仕事へと戻って行ったのだった。
 彼がなぜ私を‘探偵'だと思ったのかは分からない。ただ…見た目だけの老人でないことだけは確かだと言えるだろう。
 私は何だか不思議な気分になった。それは…不安とかいうものではなく、何となく安堵を覚えたのだ。それはきっと、彼が味方だという心強さからきたものかも知れない。

 それがたとえ…見ず知らずの他人であっても…。


 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧