色を無くしたこの世界で
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ハジマリ編
第20話 木枯らし荘の昼下がり
暖かい日差しの差し込む、木枯らし荘の昼下がり。
まだ梅雨時のこの時期には珍しく連日の快晴を誇っていた稲妻町は、今日も穏やかな風を吹かせては一人眠る少年の髪を揺らしていた。
少年は一人、床に寝そべると幸せそうに寝息を立てている。
そんな彼を覆いかぶさる様に見下す影、一つ。
影は彼が揺すっても起きない事を知ると、大きく息を吸い込み……
「フェイぃー!! 起きろぉー!!」
「うわぁっ!?」
大声を発した。
「な、何っ!?」
心臓が飛び出るかと思う程の大声に飛び起きると、声のした方向に身体ごと向き返る。
するとそこには自分の肩程の高さを持つであろう、水色のクマが睨む様な視線で自分を見つめながら立っていた。
「ワンダバ……」
未だキンキンと響く頭を抑えながらクマのぬいぐるみ――の形をしたアンドロイド『クラーク・ワンダバット』……通称『ワンダバ』を見つめる。
ワンダバはその短い腕を胸の前で組むと「フンッ」とフェイの前に仁王立ちをして、話し出した。
「人を呼んでおいて自分は昼寝だなんて良いご身分だな、フェイっ!」
「ワンダバぁ……起こす時はもっと静かに起こしてよぉ……」
「揺らしても起きないフェイが悪いんだぞっ!」
――一応、普通に起こしてはくれたんだ……
苦笑いを浮かべながらそんな事を考えていると、突然何かを思い出したかの様にワンダバへ詰め寄り。声を上げた。
「それで、頼んでいた事は調べてくれた?」
フェイの言葉に「あぁ」と呟くとその場に腰を下ろし、ワンダバは話を始める。
普段のおちゃらけた雰囲気とは少し違うワンダバの声に、フェイも真剣に話を聞く。
「それが、フェイの調べてほしいと言った【モノクロ世界】と言ったか? 未来で調べてみたんだが、そんな世界線はどこにも存在しなかったぞ」
「そう……じゃあ、『パラレルワールド』って言う訳でもないのか……」
ワンダバの言葉に少し俯き気に考え込むフェイ。
彼がワンダバに頼んだと言うのは、アステリの言っていた【モノクロ世界】の事。
アステリは【モノクロ世界】とは、クロトと言う男が創り出した"特殊な世界"だと言っていた。
その話を聞いて、タイムスリップやパラレルワールドと言った『時空関係』の事情に他人よりも多く関わっているフェイは
ソレが「クロトと言う男が干渉した事で新たに生まれた、どこかの時間軸のパラレルワールドなのでは?」と考えた。
そこで、200年後の未来にいるワンダバに事情を話し、調べてもらっていたのだ。
……残念ながら結果は違ったモノだったらしいが……
「パラレルワールドでも無いって事は、本当にボク等のいる世界とは全くの別物って事なのか……」
――だけど……そんな事が本当にあり得るのだろうか……
口元に手を当てながら考えるフェイを見て、ワンダバはキョロキョロと周りを見渡し始めた。
一通り部屋を見回した後で、ワンダバは首を傾げながら不思議そうな声でフェイに尋ねる。
「ところで、話に聞いた『アステリ』と言う少年はどこにいるのだ?」
ワンダバの言葉に「え?」と目を丸くすると、「アステリなら」と自分の後ろに設置された勉強机を指さす。
自分が眠ってしまう前は、確かあの机に付いた椅子に座って外の様子を見ていたハズだったから。
しかし……
「……アレ、いない」
ぐるりと部屋中を見回して見る。
だが、どこを探してもあの特徴的な黄色い髪は無かった。
「どこに行っちゃったんだろう……」
「散歩じゃないのか?」
ワンダバはそう、お気楽そうに答えてみる。
普通の人が相手なら「そっか」の一言で終わったのだろう。
だが、彼――アステリの場合は事情が違った。
彼は"裏切り者"と言うレッテルを張られた、狙われた身だ。
昨夜もそんな彼を狙う男に出会い、戦う事になってしまった。
勝負は、相手側の棄権と言う事で一応勝つ事は出来たのだが……
――もしその男が、またこの世界に来ていたとしたら……?
「ボク、ちょっと捜してくる……!」
「え、おいっ! フェイ!」
昨夜出会った……あの、『カオス』と言う男。
アイツが自分達の前から姿を消して数時間……
そのたった数時間で体力を回復し、今またこの世界に来ていたとしたら……
彼等の思惑を潰そうと動いている、アステリの身が危ない。
そう考えたら居ても立ってもいられず、フェイはワンダバの制止の言葉も無視して部屋を飛び出した。
「あら、フェイくん。そんなに急いでどうしたの?」
「あ、秋さんっ」
アステリを捜そうと外に出ると、門の前で掃き掃除をしている管理人の『秋』に声をかけられた。
――そうだ、秋さんなら……アステリが出ていった事を知ってるかも……
「あの、アステリを見ませんでしたか? ちょっと前から姿が見えなくて……」
そう尋ねるフェイの不安気な表情に気付いたのか、秋は安心させる様に「大丈夫よ」と笑って答えた。
「アステリくんなら……ちょっと前くらいに「河川敷に行ってくる」って出掛けて行ったわ」
「もうそろそろ帰ってくるんじゃないかしら?」……
そう笑う秋の言葉を聞いて、フェイはホッと胸を撫で下ろす。
と、後ろからゼェゼェと息を切らしたワンダバが駆け寄ってきた。
「ワンダバ……大丈夫?」
「ハァ……ッ……フェイが突然、飛び出すからだろう……ハァ…………っで、アステリくんはどこに行ったのか分かったのか?」
「うん。なんか、河川敷に行ったみたい……」
「河川敷? どうしてまた……」
「わかんない……」
そんな話をワンダバと共にしていると、ふとフェイの視線の端に黄色いモノが映り込んだ。
なんだと目を凝らしてみると、それは姿を現した。
「……? あれ……フェイ……?」
「! アステリ!」
アステリは家の前で立ち話をしているフェイを見つけると、キョトンとした表情で自身の傍に駆け寄ってくるフェイを見詰める。
「良かったぁ……」
「? "良かった"……? …………あ」
フェイの安堵の言葉にアステリはそう呟くと、悲しそうな申し訳無い様な声色で言葉を発した。
「ボク、また何か困らせる様な事しちゃったかな……?」
「だとしたらごめん」と謝るアステリを見て、フェイは「気にしないで」と笑って見せた。
その表情を見て安心したのか、アステリの表情も明るい物になる。
と。
「おぉ! 君が噂のアステリくんかっ!!」
「わっ! ちょっとワンダバ……ッ」
ワンダバは突然大声を上げると、フェイの後ろから出て、アステリの前へと姿を見せた。
突然現れた喋るクマを見て、さすがのアステリも目を丸くして固まってしまっている。
そんなアステリの様子を見て、フェイは必死にワンダバを止めようとするが聞く耳持たず。
フェイの制止の言葉も押しのけて、ワンダバは自己紹介を始めてしまう。
いつもの事。
目立ちたがり屋なワンダバは、自分をクマのアンドロイドだと認識していないのか……他人の反応なんてそっちのけでこうして喋りまくる。
もちろん相手はそんな喋るクマを見て驚くか、固まるか、逃げ出すかのどれかなんだが……
それでもワンダバは懲りずに同じ事を繰り返す。
天馬や雷門の人達と初めて会った時と全く同じワンダバの言動に、フェイは半分呆れ気味にため息を吐き、「もう!」と大きめの声を発した。
「ワンダバっ! いつも言ってるじゃん! ボク等の時代ならともかく、タイムジャンプした先の人に急に喋りかけたりしたらダメだって!」
「なぜなのだ!」
ワンダバの問いにフェイは「うっ」とばつの悪そうな表情をする。
「だって……ワンダバはその…………他の人から見たら……クマのぬいぐるみ、なんだから……」
「私はぬいぐるみなんかじゃない!! いつも言ってるだろ!」
「いや、そんな事は分かってるよ! けど今は――」
「プッ………ハハハ……」
そんな言い争いをしていると、突然アステリが笑い出した。
アステリの突然の笑い声に「どうしたのか」と二人は揃って同じ方向を向く。
彼はよほどフェイとワンダバのコントの様な言い争いがおかしかったのか、目に涙まで溜めて笑っている。
それはフェイが初めて見た、アステリの本気の笑顔だった。
「あ、アステリ……?」
「アハハハハハ……! はぁー、おかしいッ」
アステリは目に溜まった涙を手で拭うと、乱れた息を整えワンダバに近付いて行く。
と、ワンダバの頭や頬、耳や身体と言った様々な部位を触り始めた。
「お、おい……っ!」
「へー……触った感じもぬいぐるみみたいだねー……」
「私はぬいぐるみでは無い!」
「……アステリ……驚かないの?」
アステリの言動に驚きながら、フェイはそう不安気に尋ねる。
そんな彼を安心させる様にニコッと笑うと、アステリは「そうだねぇ」と話し出した。
「確かに、喋って動くクマのぬいぐるみなんて初めて見たけれど……ボクにとってはこの世界の全てが初めて見るモノばかりだから、そこまでビックリはしないかな」
「だから平気だよ」と笑うアステリの笑顔を見て、フェイは「そっか」と安堵の言葉を零した。
「それにしても、この世界は凄いね。ボクの世界のぬいぐるみは喋ったりしないよ!」
「いや、この世界でも普通は喋ったりしないよ……」
無邪気な笑顔のまま冗談なのか、素なのか分からない調子で話すアステリに、フェイは苦笑いを浮かべながらそう告げた。
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