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世界最年少のプロゲーマーが女性の世界に

作者:友人K
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24話 日常回その1

 
前書き
 大変お待たせしました。多分、なん分割かになります。 

 
 6月の上旬、花の金曜日。世界各地から女性だらけのIS学園、ゲームからISへの変化と生活にもようやく慣れてきた鬼一は、机の上の授業道具を片付けながらこの後の予定を考える。

 ―――第2アリーナが解放されるのは今日から、か。今日はセシリアさんや清香さん、静寐さんたちとの練習か。

 謎の事件から少し経ち、ようやくIS学園にも落ち着きが取り戻され、IS学園の生徒達も各々の日常を取り戻し始めていた。事件直後は学園内に不安の声などが上がっていたが、たわいない雑談の声が戻ってきている。

 鬼一も例外ではなく、少しずつではあるが日常に帰ってきたという実感がある。

「鬼一、これからの練習はどうする?」

「僕たちは第2アリーナで練習します。せっかくの金曜日なんでアリーナも使う人が少ないですし、集中して練習できそうです」

 自分の席から離れて声をかけてくるのは鬼一と同じ男性操縦者である織斑 一夏。あの事件以来、一夏の雰囲気が少しだけ変わったように鬼一は感じていた。
 今まではどことなく弛緩した空気があった一夏だったが、今はISに関して一定の緊張感を常に持っている。闘志と言ってもいいだろう。それが少しではあるが雰囲気に表面化しつつあった。

 それが良いことなのか、悪いことなのか鬼一には判断できなかったが。

 鬼一から見ると変化は決して悪いものではないと考えている。しかし、今の一夏には余裕が無いようにも感じる。自分を追い詰めているようにも感じられた。

「あぁ、そういえば第2には今日から解放されるんだったな」

「一夏さんは?」

「俺? 俺は今日第1アリーナ。箒と鈴と一緒にトレーニングだな。最近、鈴が滅茶苦茶きっついトレーニングしてくれるから、身体がバキバキだぜ」

 その言葉に鬼一は一夏と鈴のトレーニング風景を思い出した。

 鈴のトレーニングは苛烈、の一言に尽きる内容。現役の代表候補生が受けているトレーニングなのだから、IS素人の一夏にはキツイものがあるだろう。が、一夏はそのトレーニングに泣き言1つ漏らさず受けている。

 ―――どういう心境の変化があったかは知らないけどどんな理由であれ、強くなりたい、という気持ちに間違いなんてない。理由がシンプルであればあるほど、その効果は強くなる。

 次、相手にした時またタフな試合になりそうだ。そう鬼一は考えて一夏から視線を切った。

「鬼一さん」

 穏やかな声色で自分の名前を呼ばれる。それだけで自分が落ち着かなくなる、というのは初めての経験。それも良いことなのか悪いことなのか鬼一には分からない。だけど、悪い気持ちではなかった。
「っと、すいませんセシリアさん。すぐ行きます。じゃあ、一夏さん良い休日を」

―――――――――

 第2アリーナの宙を飛行する2機のIS。時折、両機の間に様々な光が飛び交い、弾丸が交差する。
 損傷著しかった第2アリーナの修理は完璧であり、先日無人のISによって付けられた無数の傷跡は綺麗に修繕されていた。その状態は鬼一たちがよく知っている、以前のアリーナ。それを見ると、ホントに先日の事件は現実だったのかさえ疑問に感じられた。

「……うひゃー」

「セシリアは分かるけど、鬼一くんがここまで代表候補生と戦えるなんて凄いね」

 感心の声を漏らす清香の声と、その清香の心の声を代弁する静寐の声。だが静寐の心境も清香と大差のないものであった。
 一国の代表候補生であるセシリアの実力は疑う余地はないが、その代表候補生に勝ったとは言え、まだISに乗り始めて日が浅い鬼一の実力はまだまだ評価が難しい。そうでなければ2人が感嘆を漏らすわけもない。
 2人はそれぞれ打鉄を身に纏い、シールドエネルギーを回復しながらアリーナの隅から鬼一とセシリアの試合を眺めていた。
 基礎的な操作練習から始まり、ウォームアップが終了したら1対1に試合形式の練習を行っていた。今回は実力差の少ない清香と静寐の組み合わせと、鬼一とセシリアの組み合わせで練習試合を行っている。2人の試合は既に終わっていた。だから鬼一とセシリアの試合を見学していたのだ。

「―――ちっ!」

 イラついたような鬼一の舌打ち。その舌打ちに合わせて両肩のミサイルポッドが火を吹く。発射されたミサイルの数々、防御弾頭が鬼一の前面に広がり爆破。一瞬にして青白い光球がいくつもアリーナに作られる。

 セシリアのブルーティアーズ対策、ビット攻撃を無力化し自分が攻撃に移行するための起点。だがそれは明らかに『使わされた』。故に鬼一は舌打ちを零してしまったのだ。

「もう、それはわたくしには通用しませんわ!」

 迂回するようにティアーズが展開される。アリーナにいつも以上にティアーズを広く展開する以上、セシリアは視界を広く持ちアリーナ内の状況を事細やかに理解する必要がある。必然的にセシリアの負担は増大する。一歩間違えればミスを生み出しかねない。

 だが、その程度出来ないでどうして代表候補生を名乗ることができようか。

「―――」

 セシリアの脳内に広がるシュミレーション。
 防御弾頭は大部分の射撃武装を無力化出来る、打ち消すという点においては極めて優れた兵装ではあるが、その性質上決して避けることのできない弱点も眠っている。鬼一もそれを理解している。
 防御弾頭は一度爆発すると広範囲に渡って爆発が『残り続けてしまう』。広さに制限のあるIS学園のアリーナだと、使用してしまえばその広さが更に制限されてしまう。広さが制限されてしまうということは逃げ道がその分減ってしまう、もっと言えば鬼神の機動力を削ることになってしまうのだ。
 防御弾頭の爆発範囲、自分とティアーズの位置、防御弾頭が展開される前の鬼一の位置、鬼一が次取りうるいくつかの選択を制限しセシリアは答えを導き出す。

「―――どっちが正解だ?」

 鬼一は目の前の情報と、以前の情報から思考を進める。

 ―――セシリアさんの空間把握能力なら僕の位置は明らかに見えている。見えているならビットによる包囲を完成させてからの一斉射撃だって可能。必然的にこの爆発の内側で待つのは下策―――。

 両者の間に繰り広げられる読み合い。この読み合いに関しては鬼一が圧倒的に不利。だがそれくらいの不利など鬼一にとっては日常茶飯事。そんな状況からでも自分が勝つ手段を最速で構築。
 鬼一はティアーズによる包囲が完成する前に鬼神を急降下させる。上昇と降下、どっちにもリスクは存在するが、鬼一は降下する方がリスクは少ないと踏んだ。
 上昇なら自分の下は防御弾頭の爆発でティアーズが来ることはないが、自分の背中を上から叩かれる可能性がある。
 逆に降下ならば背中は防御弾頭で守られ、下は地面でフォローすることが出来る。無論、ティアーズの攻撃の危険性はあるがある程度回避出来た。

 鬼一の視界の上部に僅かに映る蒼いIS。その姿を捉えた瞬間、鬼一は瞬時加速で一気に上昇。開いている間合いを詰めようとし―――、

「―――っ」

 そしてそれは失策なのだと悟る。
 銃口を鬼一に向け、ライフルを構えていたセシリアが待ち構えていた。瞬時加速している以上はその狙撃を今から回避することは出来ない。
 セシリアが引き金に力を入れた瞬間、鬼一は自分の右肩を貫かれたような激痛を覚え、そして地面に叩きつけられることになった。

―――――――――

 4人はピット内でそれぞれのISをチェックし、最後のミーティングをする。ISのチェックが完了した4人はそれぞれ思い思いに地面に座り込みながら休んだり、壁に身体を預けながら手元のタブレットで今日の内容の確認、右肩を打ち抜かれてダウンしている鬼一はぼんやりと宙を見上げる。
 ダウンしている鬼一の姿を見るのは始めてではないセシリアはタブレットで試合内容の反省中。清香と静寐は今回からの参加で、鬼一のその姿に心配したが鬼一とセシリアからは「いつものことです」の一言でそれぞれ休むことにした。

 ―――迂闊すぎたな。……防御弾頭の弱点を上手く突かれたというのと、僕がリスクを避けようとする癖を読まれて先回りされたんだ。そして、痛い……。

 仰向けに倒れたまま栄養補給のためのゼリーを身体に流し込む。パックを握りつぶす手に力が入らないが、負けたショックからではない。決して。決してだ。

「鬼一さん、今日もお疲れ様でした」

 自分の頭上からセシリアの声。その声に鬼一は身体を起こして立ち上がる。左手に持っていたパックは袋に入れ、地面に放置していた眼鏡をかけ直す。

「今日も付き合ってくださってありがとうございます。清香さん、静寐さんもありがとうございました」

「ううん、こっちも勉強させてもらったから」

「セシリアもこっちの突然の注文を受けてありがとうね」

 鬼一のその声に清香と静寐の2人も立ち上がって礼を述べる。鬼一やセシリアよりも速く練習が終わった2人の表情に汗はない。それに対して鬼一とセシリアにはまだ疲労が見える。

「ISを学びたい、ということであれば代表候補生の私が拒むわけがありませんわ。協力できることであればいつでも」

 疲労が残っていてもセシリアの表情と所作には優雅さを無くしていない。まさしく、イギリス貴族の名に恥じない立ち振る舞いであった。

「じゃあ、私たちは上がるねー」

「お先!」

「お疲れ様でした」

 ISスーツを着ている2人はそう言ってピットを後にする。

「じゃあ、反省会を開きましょうか鬼一さん」

「はい」

 清香と静寐が立ち去り2人の時間が始まる。男女2人の時間、というと色気のありそうな雰囲気だが両者の間にはそのような空気は微塵もない。そこには強くなるための真剣な討論が存在する。

「ティアーズの攻略についてですけど、これ、もっと違う使い方とか出来ないんですかね?」

 以前からの疑問を鬼一は口にする。

「確かに死角からの攻撃だけでも困りますけど、もっと守りとかでも活かせないんですかね?」

 視覚外から高速のエネルギー弾が飛来してくる、それだけでも厄介。だが単一での、限定的な運用しかしていないのであれば対応手段はいくらでもある。今回に関しては鬼一の対応が対策されて後手に回されてしまったが。

「私もそれは考えていますが、試作のティアーズでは火力不足はどうしても否めません。火力が低いということは威嚇も難しくなってきますから。かと言って貴重な弾道型を威嚇に使うと言うのも……」

 一夏は純粋なインファイター、鬼一は自身の技術や体力を考えて戦術を組み立てるが最終形は近接戦が多い。ありとあらゆる手段を賭して距離を詰めようとする。
 遠距離射撃型のセシリアとは対極の位置にいる2人。足を止めて前進を阻まなければいけないのだが、スターライトmkⅢの威力なら威嚇に使えるがティアーズでは威力が足りない。かと言って今のセシリアでは両方を同時に運用することは出来ない。

「それよりも相手の武装の無力化とかはどうです? もしくはもっと割り切った使い方とか」

「無力化、と言いますと?」

「例えば僕は今、ブルーティアーズの攻略の根底には防御弾道とチェンジオブペースによる奇襲があります」

「防御弾道で自分の安全の確保と相手の視界を封じ、視覚外からの突撃に強引な緩急の踏み込みですわね」

 鬼一自身、1つの対策に固執することはないのだが、様々な方向から攻略を検証しているが結局機能してくれているのは今の方法なのだ。そこからの派生、バリエーションを増やして対抗手段を確立しつつある。

 その対抗手段に対してセシリアが更に対策を組立て、両者の間に生まれる駆け引き。その駆け引きでの勝敗の差がそのまま結果になる。そして今日はセシリアに軍配が上がった。

「例えばですけど防御弾道が爆発する前に撃ち落とすこととかって出来ません?」

 その鬼一の提案にセシリアは虚を突かれたように小さくを口を開けてしまう。

「……軌道が分かれば『置く』ことで対応出来るかもしれませんが、ですがあの弾道はランダムな軌道で飛来してくるので―――」

 飛来してくる防御弾頭、その軌道さえ分かればセシリアはティアーズを先回りさせレーザーを『置く』ことで撃ち落とすことが出来る。だが現実問題としてそれはあまりにも難しい。複数の軌道を同時に読み切って、そこに4つのティアーズを回り込ませて撃ち落とすタイミングを測るなどいくらなんでも現実的ではない。

 だが―――、

「……」

「何か、気づきましたか?」

「確かに落とすことは難しいですが―――奇襲を仕掛けてくる鬼一さんのルートを『塞ぐ』ことは可能ですわ。今回のケースがそれに近いですわね」

 1本のレーザーだけでは鬼一の前進を食い止めることは出来ない。そんなもので怯むような性格でもない。だが、4本のレーザーで完璧に進行方向を封鎖すれば話は変わる。1本と4本では火力差は歴然。それだけの火力があれば鬼一や他の近接寄りの操縦者も前進は出来ない。

「防御弾道は性質上通常の爆発に比べてそれなりの時間残りますし、防御弾道よりも速く移動出来ない以上、奇襲を仕掛けるには必然的に迂回することになります。今までは狙撃による迎撃を選択していましたが、ティアーズによる擬似的な包囲、そして掃射。少なくとも今まで以上のプレッシャーを与えられるかもしれませんわね」

 後はその応用。他の操縦者は鬼一のように防御弾頭を用いることは少ない。自分の技量と身体能力に依存した戦い方をしているのと、攻撃兵装が拡張領域を埋めるのがその要因。

「―――そこにライフルによる狙撃も加わったら後退するしかないですね。きっと」

「それは後日検証するとして―――チェンジオブペースの開発は如何です?」

 セシリアのその問いかけに鬼一は表情が苦いものになる。

「……正直、あまり進みはよくないです」

 ISの歴史そのものが浅いということもあって技術の研究や開発は進んでいるわけではない。正確にはまだまだ手探りの段階というべきか。

「開拓者でもある織斑先生の過去の映像や情報から参考にして、色々とやっていますが技術や身体能力に差がある分、どうしても噛み合わないです」

「……速度差を活かしたシンプルなチェンジオブペースでも、鬼神の基礎性能を考えれば十分では?」

 織斑 千冬という世界最強のインファイター。剣1本で世界を制した人間など今後、そうは現れない。むしろ武装や技術の進化を考えれば2度と出てこない可能性の方が高いだろう。
 剣1本で勝つためには兎にも角にも間合いをどれだけ操作できるかにかかっている。そういう意味では織斑 千冬の間合い管理能力は神懸っていると言ってもいい。その間合い操作の技術として用いられたのがチェンジオブペース。速度の緩急を極めることで相手を後手に回す。
 鬼火のスペックを活かすことを考えるとチェンジオブペースという選択は間違いではない。だけど何かが足りない。今のままでは織斑 千冬の劣化版にすらなれない。根底は間違っていないが、方向性を間違えている。
 鬼一もそれは分かっているがどう進化させるべきなのか分からないのだ。

「それだけでも十分機能しますが、それだけだと簡単に対策されてしまいます。現にそれで鈴さんに対応を許すことになってしまいました」

「あれは鈴さんの対応能力が桁外れというのもありましたが―――それ以前に僕の詰め方があまりにも雑でした。鬼神の速度を十全に活かしているのであれば、本来なら『反応』することも出来ません」

 リミッターがかかっているのを差し引いても、突き詰めれば相手の反応を置き去りにすることは十分可能の範疇なのだ。それが出来ないということは鬼一の未熟さを表している。

「せめて何かしらのヒントがあればいいんですけどね。如何せん、チェンジオブペースの使い手が殆どいませんからね。ほぼ1人で開拓していくしかないです」

「わたくしも開発のお手伝いが出来ればいいのですが……」

 遠距離射撃型のセシリアと近距離寄りの操縦者である鬼一では畑違いにも程がある。

「いえ、こうやって相手していただけるだけでも全然違います。僕の場合、それ以外の練習もしなければなりませんし」

 基礎的な練習や指導を受けれるだけでも大きく違うというのは、間違いなく鬼一の本音だ。セシリアの理論的な説明を理解出来るというのも大きかった。

「時間も時間ですし、ここまでですね。上がりましょうか」

 ピット内の時計を確認。アリーナの使用時間5分前。片付けも終了している。後は退散するだけ。

「鬼一さんはこの後、どうなさるおつもりで?」

「食事を取る前にもう少しだけトレーニングしていきます。今ならトレーニングルームも使えるでしょうしね。いや、鬼神のスラスターチェックが先ですね。まだ違和感が抜けなくて」

 鬼一のこの後のスケジュールを聞いて顔を顰めるセシリア。少なくとも以前の鬼一がこなしているスケジュールの密度は増していた。鬼一は口にしていないが、自室に戻ったら授業の予習復習や様々な資料チェックや研究もあるのだ。

「……以前よりも量が増えていませんか?」

「ようやく、生活リズムも整ってきましたからね。多少の無茶が効くようになったのと、それと―――」

 ―――もっと強くなりたい。歩みを遅くしている場合なんかじゃない。僕は進む。

 セシリアの心配そうな声に気づいていないのか、というよりもこれからのことを考えていてセシリアの様子を気にしてる状態じゃなかった。

「それと?」

「―――いや、なんでもないです」

 疲労がないわけではない。だが休息も最低限取っている。そのおかげで身体も頭も働いてくれている。誰よりも出遅れている自覚があるからこそ、誰よりもペースを上げなければならない。
 IS学園の生活に慣れてくるに連れて、少しずつ視界が広くなってくる。そうなることで自分が周りに比べて遅れていることが実感。知識面は一夏よりも遥かに進んでいるが、それでも学年のトップクラスに比べれば随分遅れている。実技面に関しては言うに及ばず。代表候補生の足元にも及ばない。

「そういえば鬼一さんはお休みの間はどうするおつもりですか?」

「うーん……まだ何も考えてないですね。土曜日はいつも通り練習で、日曜日はしっかりと休むつもりです」

 休む、とは言っているがそれはあくまでも肉体面の休憩でしかない。身体を休める間にもやれることは多くある。寝るとき以外はほとんどIS漬けの生活と言っても良かった。
 セシリアもそれを理解しているからこそ、ガス抜きが必要だと考えた。

「どこかにお出掛けしたりはしないのですか?」

「今のところは考えてないです。というよりも僕の場合、あまり外を出歩かない方がいいと思うので」

 鬼一にしても一夏にしても、良くも悪くも世間からの注目度は高い。悪い方が多いだろうが。
 まだまだその熱は引いておらず、連日TVや新聞、インターネットでは必ずと言っていいほど取り上げられている。IS学園にも取材の申し込みが後を絶たない。全部食い止めているが。

「単純にここよりも安全じゃないというのと、かといって自分が遊ぶ為にたっちゃん先輩を連れ回すのもあれですし」

 そこまで話して言葉が止まる。

「……あの方ならむしろノリノリで来そうな気がしますが……」

「……なんか僕もそんな気がしてきました」

 普段の言動や行動から考える限り、自分や他人が面白く、楽しめればいい部分が強い。無論、それだけではないが。
 気分転換に外に遊びに行きたいんです、と言えば簡単についてくるビジョンが見える。むしろ、自分が率先して動こうとするのが容易に想像出来た。そこまで考えて鬼一はその考えを振り払うように首を横に振る。

「まぁ、どっちにしても外に用事があるわけでもないので出るつもりはありませんね。日用品なら学園の購買で済みますし、服とかなら通販で十分です」

「じゃあ、学園内にいるということですか?」

「余程のことがない限りそのつもりです。むしろ皆さん外出すると思うので、むしろ学園内の方が落ち着けるかもしれません」

「でしたら一緒にお茶でも楽しみませんか?」

 鬼一の全身に電流が走った。ストレッチを続けていた鬼一の動きがピタリと止まる。その衝撃は言葉に出来ないほどだ。自分の中にある何かを言葉に変換しようとするが、唇が震えて変換出来ない。
 色々なものが身体を駆け巡り、数秒考えてから口を開く。

「――――――――――――お茶、ですか」

 なんて気の利かない言葉なんだ、この場に石があれば全力で後頭部をぶつけて気を失ってしまいたかった。

「ええ、家から美味しい紅茶が届きましたの。せっかくですから鬼一さんと楽しみたいと思いまして……如何でしょう?」

 断る勇気もなければ受ける勇気もない。どっちに転んでも後悔する可能性がある。それだったらいっそ、

「……………………僕で良ければ喜んで」

 少しでも楽しそうな方に行く。鬼一が最終的に下した判断は、そんな俗な判断だった。

―――――――――

 鬼一は廊下を歩きながら明日のことを考える。お茶に誘われて、それを了承したまでは良かったが気になる異性に誘われたことなどない少年は、どうするべきか必死に考えていたのだった。
 どんな服装で行くべきなのか、お茶するのであればお菓子の1つや2つを用意したほうがいいのか、英国のお茶に関するマナーを調べた方がいいのか、など色々と思考が彷徨う。

 ―――ガラにもないことを考えてるな、僕。

 浮かれすぎだよ、と自分に苦笑。IS学園で気を張り続けているせいなのか、最近ちょっとしたことで自分が振り回される感じがある。いくらなんでもそれは自分らしくない。
 今までの思考を消すかのように鬼一は首を左右に振る。ISのことを考える時は余計なことを考えないようにしているのだから。思考に不純物を混ぜてしまえば質が落ちてしまう。それは過去が証明してる。
 だからと言ってそれだけではいつかどこかで瓦解してしまう。適度にガス抜きもせねばならない。

 要はメリハリが大切なのだ。

 ふと、最近見慣れた顔が視界に入り込んでくる。友人と言えるほど親しくもないが、知人と言えるほど遠い関係でもない。少々不思議な関係の女生徒。

「あ、簪さん。今日も作業ですか?」

「……そっちも?」

 更識 簪。IS学園生徒会長である更識 楯無の妹にして日本の代表候補生。
 IS学園の大多数からすればそんな印象が先に来るだろうが、鬼一にとってそんな看板などさして重要視してない。そんな鬼一から見て彼女は少々屈折した少女、というよりもコンプレックスを抱えた少女という印象だった。

 至って普通の少女。まぁ、ISに関しての能力は他者よりも頭1つ抜けているが。

 それだけではなく、強烈な願望を持っていると鬼一は感じ取っていたがそこまでは流石に読み取れなかった。

「スラスターの調整ですね。やればやるほど奥が深くて……」
 
面白さや楽しさを感じているわけではないが、言葉通り鬼一はISの奥深さを感じていた。研究すればするほど、試行錯誤を繰り返す度に自分が前進していることが分かるため止めることが出来ない。
 実戦に関わる事柄というのもあるが、自分の日々の成長を1つのモチベーションにしている鬼一にとってはここで止めるという選択肢は存在しなかった。良いことでもあったが、自分のスケジュールを今まで以上に圧迫しているので悪いことでもあるのだが。

「しかし、今日は整備室埋まってるんですね」

「……うん、全部上級生が使ってる」

「上級生が、ですか?」

 普段から整備室は上級生の一部が使っていることは知っているが、それでも全部埋まっているというのは始めてだった。普段なら半分埋まるかどうかだというのに。

「……学年別トーナメント。整備課」

「学年別トーナメント……。そういえばもう少しで始まりますね」

 忘れていたわけではなかったが、1日1日、目の前のことに必死になって生きているとどうしても先のことは記憶の彼方に飛ばしてしまう。簪に言われるまで気づかなかった鬼一。

「そういえば整備課はトーナメントに参加するわけじゃありませんでしたね。確か……あぁ、そういうことか」

「……」

 無言で頷く簪。学年別トーナメントの際、学園にある警備以外のISをフル稼働させることになる。それは普段の整備士だけでは手が到底足らない。必然的に整備課の生徒たちも駆り出されることになるのだ。
 無論、そこでの活動は評価対象になる。だからこそ、今慌てて勉強しているのだろう。

 ―――普段から勉強していればこんなバタバタすることもないのに。

 そんなことを考えて、鬼一は顔を青くした。人のことよりも自分のことだ。整備室が使えないと自分にとって笑えない問題になる。

「えーっと、簪さん? もし宜しければで良いのですが、僕も整備室使わせていただけないでしょうか? 邪魔は決してしないので……!」

「……別に構わない」

 この時、鬼一は顔に出さなかったが内心驚きで溢れていた。ダメ元の頼みが受け入れられたのは幸運。

「ホントですか? ありがとうございます!」

「……だけど絶対に邪魔はしないで。それが条件」

「はい、勿論です」

―――――――――

 簪が使用しているデスクとは少し離れた空いているデスクを鬼一は使っていた。IS学園の整備室は、小さくても2人以上で使えるのが多いので鬼一が調整することになにも問題は無かった。
 一度調整に入ってしまえば鬼一は無言になり簪と会話を交わすこともなく、パソコンに映し出されている鬼神のパラメータを追いかけながらキーを叩く。
 簪も自分の作業があり、簪自身作業しながらお喋りをするタイプではないため必然的に室内は静かなものになる。軽やかなキータッチの音だけが整備室を満たす。両者の目には自分らのISしか映っていない。

「……更識生徒会長とは……仲良いの?」

「たっちゃん先輩とですか?」

 仲が良い、それがどういう意味で言われたのかは分からない。世間一般的には仲が良いと言ってもあながち間違いではないだろう。

「僕の勘違いじゃなければ仲が良いと思います」

「……どんな、人?」

「どんなって……まぁ、本人に言わないなら別にいいですけども」

 付き合いの短い自分よりも妹である簪の方が良く理解しているのでは? と言いたくはなるが、家族からの観点で分からないこともあるかもしれない。他者から見てどんな印象を抱いているのか気になったのかもしれない。鬼一はそう考えて言葉を紡ぐ。
 無論、言葉を飾ることはしない。下手な飾りなど目の前の少女にとって不快感を持たせるだけになるだけだと考えたからだ。

「いたずら好き、マイペース、強引、最強、明るい、気まぐれ、ちじ……開放的な人、意地が悪い、素直じゃない、暇に見えて実は忙しい、秀才、寂しがり屋で、強くて―――弱い人」

 そこまで喋って鬼一は簪の表情を横目で見た。モニターを見ていたはずの簪は呆けた表情で鬼一を見ていた。鬼一は内心思わず驚きを感じてしまう。感情の起伏が少ない少女がこのように感情を見せるのは予想もしなかった。

「きっと、そういう人じゃないですかね」

 鬼一は視線を簪から自身のモニターに戻す。

「多分、あの人は周りから完璧超人とか言われているみたいですけど、間違ってもそんな人種じゃないですね」

「……なんで、あなたはそう思ったの?」

「日常で思ったこともそうですが、実際に本気でやりあってみると、あの人の戦い方は超人と言われる一握りの天才のそれじゃないですね」

 対人ゲームにしろISにしろ、戦い方には為人が出ると鬼一は考えている。むしろ、日常的な部分よりも本質が見え隠れしやすいとさえ考えていた。その持論から更識 楯無は完璧でも、超人でもないと評する。

「そういった奴はもっと独善的で独りよがりなんですけど、あの人のはそういうのとは対極の位置にいます。じゃなきゃあんな戦い方も、あんな顔も出来るはずがない。出来るわけがない」

 楯無、か。無いどころかあの人そのものが盾みたいなものだろうに。いや、どこにも盾が無かったから『自分が盾になるしかなかった』ということかな? これも皮肉かもしれない。

「あれだけの強さを手に入れるためにどれだけの努力を積めばいいのか、それを考えただけでも鳥肌が立ちます。涼しい顔してますけど足の裏は真っ赤ですよきっと」

 だからこそ鬼一は楯無に敬意を払う。強いからこそ、その強さを得るために途方もない努力をしているからこそ、一人の操縦者としても人間としても尊敬する。
 月夜 鬼一にとって年齢によって敬意を払うことはない。そもそも、鬼一は年齢などあってないような世界で生きて育ってきたのだからそれも当然。

 『強さ』に対して一定の敬意を払う。そして、その強さを得るためにどれだけ努力をしているかによって価値が決まる。

「ちなみに天才ってどんな人種だと思います?」

「……なんでも出来る人?」

 間違いではない、と思うが鬼一の考えは少々違っていた。

「天才というのはその分野の究極のリアリストにして、自分の欲求や快感に正直、どこまでも走り続ける人間のことです。そういう意味でたっちゃん先輩は天才と言われる超人なんかじゃない。あの人は底意地は悪いけど、自分の欲求のために動き続けれる人間なんかじゃありません。ただ単純に、人よりも平均値が高いです」

 そういう意味では更識 楯無は間違っても天才などという言葉で濁していい存在ではなかった。自分の欲求や快感に従わず、どこまでも理性的に、どこまでも献身的に自分以外のものを守るために抗っている存在が天才と言えるはずがない。

「……でも、姉さんは1人でISを作った」

「普通に考えて無理でしょうそんなの」

「……!?」

 鬼一は断じる。そんなことが出来るわけがないと。そんなことが出来るのは篠ノ之 束くらいしか鬼一には思いつかない。たかだが人よりも多少平均点が高いだけの人間が、ISを作り上げることは出来ないと考えた。そこまでISはヤワな代物ではない。

「僕の両親はIS開発者の中では有名人だったそうです。その直属の上司にいたっては、一部からは生まれた時代が違えば間違いなく天才に相応しかったそうです」

 その事実が忌々しいことこの上ないが、そのことを喋る必要は何処にもない。

「本職の開発者が、天才と言われるに相応しい人間でも1人でISを作ることは出来なかったのに、先輩が出来るなんて到底思えないです」

 となると、考えられることはただ1つ。

「あの人のことだからまた何か変な意地でも張ったんでしょう。なんの為にそんなことをしたのかまでは知りませんが―――いや、予想は出来るか」

 ―――簪さんの為、か。それこそ、喋る必要はないな。それはたっちゃん先輩がいつか言うかもしれないし。いや、言わないか。あの人は。

「……姉さんはなんで……、姉さんを動かしているものって―――」

「それは僕が口にしていいことじゃないですね」

 あくまでも第三者に過ぎない自分がそんな大事なことを言うつもりなど毛頭ない。

「……先輩とは話さないんですか? 姉妹、なんですよね?」

 ―――……この様子だとたっちゃん先輩、まだ喋る機会は設けていなさそうだな。ま、しょうがないか。

「……鬼一は兄とか姉とか、いる?」

「僕に血の繋がった兄弟などはいません。だけど、姉と慕っている人はいます」

「……そう。その姉を超えたいって思ったこととかは? 越えられなくて、辛いと感じたこと、ってない?」

「最高の舞台で倒すことは出来ましたけど、超えたかどうかは分からないです。というか超える超えないとか、そういうことを考えたことはないですね。ですけど辛いと思っていることはあります」

 何を持って超えたのかは分からない。たかだか1回倒しただけで超えたと胸を張るのは少々浅慮と言わざるを得ないだろう。そもそも本人が超えたと認めていないのだから。

 だからといって、もう2度と全てを賭けた戦いをすることもないのだが。

「最後まで走れなかったこと、最後まで背負うことが出来なかったこと。それが今も辛いです。この世界に来てからはどんどん強くなっていますね」

 ―――……今も? 違うな。きっと、ずっとこの気持ちは自分の中にあるだろうな。

「まぁ、あんまり人に聞かせるような話でもないですね。もうちょっと景気の良い話でもしましょうよ。具体的には簪さんのこととか良いですね。聞かせてくれません? 好きなものとか、嫌いなものとか」

 そうして鬼一と簪の時間は過ぎていく。
 
 

 
後書き
 大変お待たせしました。
 感想お待ちしております。モチベーションになっているのでくれると嬉しいです。

 それではまたどこかで。 
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