| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

エターナルユースの妖精王

作者:緋色の空
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

マスター現る!


「わあ…」

フィオーレ王国東方、商業都市マグノリア。その街中。
右手で庇を作り、ルーシィは満面の笑みでそれを見上げていた。その隣で、何だかんだここまでついて来てくれたニアが「おお」と、珍しく素直に驚いたような声を上げる。
どん、と街の一角に構えられた、三階建てと思われる建物。高い位置に飾られた旗には妖精の紋章、両端に妖精のモチーフを飾った看板には、“FAIRY TAIL”の文字。

「大っきいね」

そう、ついに来たのだ。
ハルジオンの一件から逃げ切って、列車に乗って、あの港町で別れるはずだった彼も連れて。

「ようこそ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)へ」

そう言って、ハッピーがぴょんと跳ねた。






マグノリア唯一の魔導士ギルド、それが妖精の尻尾(フェアリーテイル)だ。
その建物の中では、所属する魔導士達が談笑したり、酒を飲んだり食事をしたり、数名のグループで仕事を探したりと、それぞれが思い思いに過ごしている。揃いのワンピースを着た女性がお盆にジョッキや料理を持った皿を乗せてあちこち動き回る中で、ナイトキャップのような形をした帽子を被る男が、近くを通りかかったウエイトレスに声をかけた。

「ミラちゃーん!!こっちビール三つお願い!!」
「はいはーい」

声のする方に顔を向けて答えたのは、銀髪の女性だった。
前髪を縛り、ウェーブがかった腰ほどまでの髪を下ろした、ルーシィも読んでいた週刊ソーサラーでグラビアモデルを務めていた美女―――ミラジェーンは、注文された通りにビールを三つお盆に乗せ、テーブルへと向かっていく、と。

「ミラちゃ~ん」
「はいはい、何かしら?」

軽く手を上げて呼び止める声。煙草を咥えたリーゼントの男だった。
その男が煙草をいったん離し、口を窄めてふうと息を吐く。ゆるりと吐き出された煙がゆっくり上り、まるで意思を持つかのようにくるりとハートマークを作り出す。

「今度オレとデートしてよぉ」
「あ!ズリィ、抜け駆けすんなよ」

ぽわん、と続けて二つ。お得意の煙魔法で作られた、ピンク色の三つのハートがミラへと向けられる。それに対しミラは困ったように笑う。このくらいはいつもの事だ。

「もぉ…」

だから、ミラの動きに迷いはなかった。
お盆を持っていない方、空いた左手を数度振る。

「あなた、奥さんいるでしょ?」
「どわ――っ!!うちの嫁なんかに変身するなよォ!!!」

ぽん、と音を立てるのと同時に、ミラの華奢な体が大きく膨らんだ。もこもことした髪に垂れた眉と目、大きめの鼻と口。ワインレッドのワンピースがはち切れそうだ。
彼の嫁姿のままにっこりと笑えば、即座に顔を背けられる。浮かぶ汗に半泣きの顔、情けない姿に周囲からは笑いが起こった。
と、そんなこんなでデートの誘いを往なしたミラの目が、ギルドの扉の方を向く。ぽわ、と変身を解きながら、見えた姿に「あ」と声を上げる。

「ただいまー!!!!」
「ただー」

目を吊り上げ、勢い任せに駆け込んでくるナツと、その足元でマイペースに手を上げるハッピー。その横には満面の笑みのルーシィと、喧しいのが嫌なのかむわりと香る酒の匂いが嫌なのか、顔を顰めるニアがいる。

「ナツ、ハッピー。おかえりなさい」
「またハデにやらかしたなあ、ハルジオンの港の件……新聞に載……て」

大きく笑い声を上げながら、ジャージを着た出っ歯がナツに声をかけた、が。

「てめェ!!!火竜(サラマンダー)の情報ウソじゃねェかっ!!!」
「うごっ」

黒い、楕円のような形の何かが見えた、と思ったら体が思いっきり吹っ飛んでいた。見えたそれがナツのサンダルの裏だと判断するより前に、ナツの怒りがヒートアップする。テーブルがあるとか他にも人がいるとかお構いなし、容赦なく巻き込んでいく。

「あら……ナツが帰って来ると、早速お店が壊れそうね」
「壊れてるよ―――!!!」

そしてミラは笑っていた。うふふ、なんて声を漏らしてさえいる。これには先ほどのリーゼントも思わずツッコミを入れて、目の前で始まった喧嘩にニアは絶句していた。

「誰かナツ止めろー!!」
「ぎゃふっ」
「てめ……ナツ……」
「痛て……ハッピーが飛んで来た」
「あい」

帰って来てからまだ三分も経っていないだろうに、気づけばテーブルがいくつも壊れている。喧嘩の周囲では数人が囃し立て、一人ずつ巻き込まれてはお返しと言わんばかりに自分から混ざっていく。ナツが顎を蹴り飛ばし、ハッピーが顔を横に引っ張られ、巻き添えを喰らった誰かが苛立ったように拳を振り上げる。

「凄い…あたし、本当に…妖精の尻尾(フェアリーテイル)に来たんだあ」
「これ見て再確認って…それでいいのか……?」

帰って来るなり乱闘開始、それでもルーシィの興奮を上回りはしなかったようで。
頬を染めて思わず呟いたルーシィに、水を差さないよう出来る限りの小声でニアがツッコんだ。





―――が、事態はその上を行く。ルーシィの憧れもニアの呆れも置いてけぼりに、こちらが追い付かない速度で上へ上へと事態は進む。

「ナツが帰って来たってえ!!?てめェ……この間の決着(ケリ)つけんぞ!!!コラァ」

派手な音を立ててこちらへ走ってくる青年がいた。
黒髪に垂れ気味の目、右胸に刻んだ紺色の紋章。下げた十字架のネックレスが小さく音を立てる。顔立ちは十分美青年と言って問題ないレベルだが、それ以前に問題が一つ。

「グレイ……あんた、何て格好で出歩いてるのよ」
「はっ!!!しまった!!!」

しまったじゃねえよド変態。出かかった言葉をニアは必死に飲み込んだ。顔を背け口を押さえて必死に堪えた。別に吐き気を催した訳ではない、断じてない。あまりの事態に呆然としたルーシィに気づかれなかったのが幸運だろう。
現れた青年―――グレイと呼ばれた彼は、上半身裸だった。というかパンツ以外何も着ていなかった。確かに今は七月だがそういう事じゃない、夏だからってパンツ一丁は頂けない。
声をかけた女性も、呆れているのか一つ溜息を吐く。

「これだから品のないここの男どもは……イヤだわ」

溜め息一つ、と思ったら、そのまま足元に置いていた樽を軽々と持ち上げた。明らかに女性の細腕では重いであろうサイズのそれを抱え上げ、テーブルに座ったまま中身を体に納めていく。漂う匂いからして中身は間違いなくアルコール、この光景にはルーシィも目が飛び出そうだった。というか軽く飛び出ている。
視界の隅で、「オオゥ!!!ナツゥ!!!勝負せェや!!!」「服着てから来いよ」と、言われたにも拘らずパンツのみのグレイと事の発端ことナツが喧嘩を始めていた。

「くだらん」
「!」

と、次は背後。二メートルはありそうな巨体の男が、低い声で呟く。

「昼間っからピーピーギャーギャー、ガキじゃあるまいし…(おとこ)なら拳で語れ!!!」
「結局ケンカなのね……」

背中には“一番”の文字。学ランを着た銀髪の男性が、特に混ざる理由はないが喧嘩の中心へと殴り込む。よく考えたら今喧嘩している人たちの半数は喧嘩する理由がないのだがそれはさておき。

「「邪魔だ!!!」」
「しかも玉砕!!!」

だが、混ざった先は中心部。いがみ合う割に息がぴったりなナツとグレイのアッパーを受け、見事に放物線を描いて墜落する。混ざった先が悪かった。

「ん?騒々しいな」

続いて現れたのは、ブルーレンズのサングラスをかけたイケメンだった。オレンジの髪に柄のシャツ、ファーの付いたコート姿。青いレンズの奥から、静かに大乱闘を見つめている。

「あ!!“彼氏にしたい魔導士”上位ランカーのロキ!!」
「何だそれ」
「週刊ソーサラーのランキングよ」
「…あんな、どう見ても顔だけの奴がいいのか?」

不思議そうに、心底不思議そうに首を傾げたニアが、くいっと顎で示した先。

「混ざってくるねー♪」
「頑張って~♪」
(ハイ消えたっ!!!)

両腕で二人の女性の肩を抱き、だらしなく頬を緩ませた上位ランカーの姿があった。女性の方もやたらと甘い声で抱き着いている。そういった声を嫌うニアがぶるりと身を震わせ、腕を擦った。
その横でルーシィは思わず倒れる。四つん這いが崩壊したような、顔を床にくっつけた体勢で、ここにきてようやく異常さに頭が追い付いてきた。

「な……何よコレ……まともな人が一人もいないじゃ……」

破壊音や飛び交う声に、そんな小さな呟きは飲まれていく。このギルドに憧れているのは事実、入りたいと思う気持ちも変わらない。けれど、それにしたって呆れはするもので。伏したままのルーシィに合わせるようにしゃがみ込んだニアの、「落ち込むな、元気出せ」と言いたげな目が優しかった。というか合わせてしゃがんでくれた事自体が彼にしては優しい行動だった。因みに目が語っているだけで実際には何も言っていない。思ったとしても照れくさいから言わない、それがニア・ベルゼビュートという青年である。いわゆるツンデレだ。クーデレでも可。

「あらぁ?新人さん?」

と、そんな二人に声がかかる。柔らかなソプラノだった。この喧騒の中でも不思議と耳に入ってくる、そんな声。
穏やかな声にルーシィが大きく目を見開いて、ニアが気怠げに目線を上げる。

「!!!!ミ……ミラジェーン!!!!キャー!!!本物~!!」
「?……ああ、雑誌の」

反応は対照的だった。一瞬で身を起こしテンションの上がったルーシィに対し、記憶を漁って漁ってハルジオンで連れが見ていた雑誌を思い出して、ニアは淡白に呟く。序でに、この女性は確実に自分より年下であると本人を見て確信した。写真では年齢がいまいち計れない。
にこやかな笑顔で、二人の前にしゃがむ女性。この状況に押し潰され隠れそうになっていた二人を見つけてくれたミラに、ニアが目で礼をしてから尋ねる。

「コイツは新入り、オレはその連れで加入する気はない。…いや、そんな事はどうでもいいか。一つ聞いてもいいか?」
「ええ、何かしら?」
「…この騒ぎ、止める必要は?力づくでもよければ何とかなるが」

ニアの言葉で、はっと正気に返る。現在進行形で乱闘は続いている、しかも規模を大きくしながら。テーブルを持ち上げたナツの蹴りが決まり、かと思えば壊れた椅子を持ったグレイが暴れ、更にロキの拳に殴られる。物は壊れるわ破片が飛び散るわ、酒の入った瓶は中身を宙に撒き散らしながら落ちて割れていく。もう何が何だか、どこが中心でどこが端かも解らない。
力づくでも、との言葉に嫌な予感がして彼に目を向ける。その右手には、ここに来るまでに何度か見た、覚えのある本が一冊。あの船の中で、どこか作り物じみた何かを感じさせる騎士を召喚した、それ。
彼がそれを出してきた意味―――止めろと言われれば何人召喚してだって止めてみせるという意思表示に気づいたルーシィは顔を青くして、彼についても、抱える本についても知らないミラは変わらず微笑んだ。

「いつもの事だからぁ♪放っておけばいいのよ」
「……そうか」

すっ、と本が消える。鞄にしまったとかではなく、空気に溶けるように消えていく。何とか事態を回避出来た事にほっとしつつ、ミラの言葉には「あららら…」としか言いようがない。ニアの方も、口では納得したように言いながらも、表情が明らかに呆れを浮かべている。

「それに……」

ミラが何か言いかけた、瞬間鈍い音が響く。ガン、と派手に音を立てた原因―――飛んで来た酒瓶が、ミラの頭に直撃する。

「キャ―――!!!ミラジェーンさんっ!!!」
「おっ…と」

ぶつかり床に落ちていく瓶を、落ちる寸前にニアが受け止めた。右手に乗る重さに僅かに眉を顰め、割れたとしても破片が飛んでこないであろう、壊れたテーブルの陰にそっと置く。
その横で、ぱたっと倒れたミラに、ルーシィが慌てたように呼び掛ける。

「それに…」

が、流石にこの乱闘を「いつもの事」と笑って言い切るだけの事はある。すぐにむくりと身を起こし、にっこりと笑って続けた。

「楽しいでしょ?」
(怖いですぅ―――――!!!!)

ただし、瓶が当たった箇所からは、だらーっと血が流れているが。
こんな状態でも笑ってそんな事を言ってのける姿にルーシィは内心絶叫し、ぎょっと目を見開いたニアが慌てた様子で鞄を漁り出した。ハンカチでも探しているのだろう。だが奥にしまっているのか、そもそも持っていないのかなかなか出て来ない。

「おふっ」
「きゃーっ!!!」
「何だ!?」

と、突如すぐ近くに何かが―――いや、誰かが飛んで来た。元々はテーブルだったであろう破片が宙を舞い、ルーシィの悲鳴で鞄から顔を上げたニアが即座にその手に鎌を握りしめる。そこから間を置かずに手にした得物を振り回し、落ちてくる破片を切断しては落下地点を逸らしていく。いいのか悪いのか、この喧しい状況では鎌を振り回すニアに注目は集まらない。
凄い勢いで飛んで来たその人に目を向ける。黒い髪に何も着ていない裸体、先程パンツ一丁を指摘されていたグレイだった。
……と、ここで妙な事が一つ。今視界にいるのは、文字通り何も着ていないグレイ。だが彼は喧嘩に混ざった際は指摘された通りパンツは穿いていたはず。
嫌な予感がして、目の動きだけでナツを見る。「へっへーん」と意地悪そうに笑ったナツが右手に持ったそれ、ひらりと揺れるそれを見て、ニアは唖然とし、即座に気づく。あれをナツが持っているという事は、そして今その持ち主たるグレイは―――

「あー―――っ!!!オレのパンツ!!!」
「こっち向くなー!!!」

ここでようやく自分の格好(というか全裸)に気づいたらしいグレイが叫び、運の悪い事にそんな彼の丁度向かいにいたルーシィが慌てて目を右手で覆う。
つまり彼女は真正面から見てしまった訳で、この状況に気づきながらも少し遅かったニアが振り返り、ぎりっと歯を噛みしめる。周囲が騒がしくなければはっきり聞こえていたであろう程、強く。更に眉を吊り上げ、明らかに怒りの形相で勢いよく床を蹴った。

「お嬢さん、よかったらパンツを貸して…」
「誰か貸すか今すぐコイツの視界から消えろド変態!!!!」
「ごぶっ!!?」

一息だった。僅かな呼吸も挟まずに、殺気すら滲ませた声で怒号を上げる。その声が連れのものである事に気づいたルーシィが顔を向けたその時には、弾丸の如き速度で駆けたニアの渾身の飛び蹴りがグレイを派手に吹き飛ばしていた。
ふーっと威嚇するように細く鋭く息を吐いて、先程までグレイがいた位置に着地する。だがそれだけでは気が治まらないのか、その顔はまだ怒りに染まっている。普段は大抵の事をさらりと流す彼らしくない。

「痛え……誰だお前、新入りか?」

起き上がると同時に近くにあったタオルを腰に巻いたグレイがニアを見て問うが、怒りに震える彼はその問いが耳に入って来なかったらしい。

「このド変態、薄汚いもの人前に晒しやがって……嫁入り前の女の前で何を…!!コイツに何かあったらどうする、オレはコイツの身を預かってる立場だというのに…オレがいながらこんなド変態を近づかせるとは……!!!服を着ろ常識だろうそのくらい!!」
「誰だか知らねえけどド変態って連呼すんな!!つかテメエ何だ、そこのお嬢さんの保護者か!!」
「ド変態だろうどう見ても!!あとオレは保護者じゃない護衛だ!!!」
「ちょ、ニア…落ち着きましょ、ね?」
「何を言い出すかと思えば…今オレはこの場の誰より落ち着いている。今ならあのド変態を綺麗に真っ二つに出来る自信があるぞ、腕が鳴るな」
「絶対落ち着いてないでしょそれ!!」
「それで落ち着いてる訳ねーだろ!!?」

どうやらニアは感情が一定値を超えて爆発すると壊れるらしい。これは長い付き合いのルーシィも知らなかった。きりっと表情を引き締め頷いてみせた彼に、ルーシィだけでなくグレイまでツッコミを入れる。

「ここまで殴りたくなる奴はアイツに次いで二人目だ…絶対殴る、そして服を着てから出直して来い!!!」
「何だコイツ面倒くせえ!!」

が、スイッチの入ってしまったニアは止まらない。何やら呟いたかと思えば、殴ると言いながらまた床を思い切り蹴って飛び蹴りをかましにかかる。真正面からの二回目は流石に避けられてしまった。明らかに絡まれてしまったグレイが叫ぶが、その声は喧騒に紛れてしまう。

「やれやれ……デリカシーのない奴は困るよね。ところで君、どこのモデル?」
「何コレ!!?」

一人取り残されたルーシィを、どこからか現れた現れたロキがお姫様抱っこで口説き出す。が、そのすぐ傍には今、とっても面倒なスイッチが入ってしまったアイツがいる訳で。

「そうか、お前は三人目か」
「え、ぐびゅっ!?」
「きゃっ」

普段のクールさは絶賛崩壊中、面倒スイッチオン、更に普段は徹底的に隠している過保護さを前面に押し出して、相手がイケメンだろうが何だろうがお構いなしに鋭い飛び蹴りをぶっ放す。その拍子に抱えられていた腕から飛んだルーシィはもちろん回収済みだ。この男、仕事が早い。
因みにこの事態、ルーシィが抱えられて声を上げたと同時にニアはグレイから目を離し、しばらく動くなと言わんばかりに一発叩き込み、その場で半回転してそちらに向き直り、ずばんと音を立てて床を蹴り、腕を上げているせいでがら空きの横腹に、ロキにだけ当たるように蹴りを入れている。開始から終了までおよそ十秒も経っていない。
吹っ飛んだロキがイケメンらしからぬ潰れた声を出したが、幸いにも彼を取り巻く女性達には聞こえなかったようだった。というかニアは大丈夫だろうか、主にここまで積み上げてきたキャラ面で。

「ド変態にナンパ野郎か……解ってはいるんだ、ここがお前の憧れた場所であるのは。……だがオレは、ここにお前を置いていくのが流石に不安なんだが」
「あたしはアンタのキャラが心配よ。…あ、だったらニアも一緒に入るっていうのはどう?」
「今のところ一か所に留まる気はない。次の行き先が決まるまではマグノリアにいるが……いいか、次ああいう変なのに絡まれたらすぐ呼べよ。お前は嫁入り前の身なんだからな」

真剣と書いてマジと読む顔でじっとこちらを見つめてくる。水面を思わせる澄んだ水色の瞳が真っ直ぐに目を合わせているのが、少し気恥ずかしかった。

「漢は拳でぇ―――――っ!!!」
「邪魔だっての」

その周囲では復活した学ラン男が、再びナツに殴り飛ばされる。
気づけばギルド中でほぼ全員が取っ組み合いの大乱闘になるまでに発展していた。フォークが宙を舞い、酒瓶が落ちて割れ、椅子が投げられ、テーブルが壊れて積み上がっていく。
その中央、今の今まで我関せずで酒を飲み続けていた樽飲み女性が、持ち上げていた樽を足元に置いた。どうにか無事なテーブルに腰かけ、足を大きく広げて樽に乗せ、苛ついた様子で口を開く。

「あ――――うるさい。落ち着いて酒も飲めないじゃないの」

言いながら、肩から下げた青いバックから何かを取り出す。

「あんたら、いい加減に……」

それは、長方形の何かだった。タロットカード、だろうか。
額に青筋を浮かべた女性の構えるそれを見た瞬間、端くれとて魔導士であるルーシィの背筋を、何か冷たいものが走っていった。

そして、その冷たいものが嫌な予感であったと気づいた時には、既に遅く。


「しなさいよ……」

人差し指と中指で摘まむように持つカードから光が走る。
それは明らかに魔法で―――それを皮切りにしたのかは解らないが、ギルドのあちこちで魔導士達が動き出す。

「アッタマきた!!!!」

ニアに絡まれ吹っ飛ばされていたグレイが、開いた左手に握り拳を乗せる。淡い水色の光を放つ両手から、冷気が溢れていく。

「ぬおおおおおおっ!!!!」

雄叫びが響く。学ランの袖が破け、右腕が変形する。

「困った奴等だ…」

ロキが右人差し指に指輪をはめた。澄んだ音を立てて発せられる光は明らかに魔力を帯びている。

「かかって来いっ!!!!」

事の発端たるナツが、変わらない様子で叫ぶ。上に突き出した両手に竜をも殺すとされる炎を纏い、即座に戦闘態勢を取る。
揃いも揃って魔法使用体勢、魔法を使い出せばただの喧嘩では収まらない。これだけの魔法が一度に激突すれば、下手をすればギルドの建物が吹き飛んでしまうのでは……。

「魔法!!!?」
「これはちょっとマズいわね」
「魔法って、え、ニア……!!」

大きく目を見開いたルーシィは、間を置かずに連れに目をやる。ギルドに属していないから半人前扱いを喰らう事もあるニアだが、魔導士としての腕は本物だ。使っているところを見るまで聞いた事もなかった召喚系魔法を操る彼なら、この状況を何とか出来るかもしれない。それでは結局魔法頼りでよろしくないのかもしれないが、魔法に対抗出来るのは魔法だけなのである。
ようやくスイッチがオフになって来たらしいニアは、ルーシィが何を言いたいのは解っているらしい。それでも驚いたようにぱちりと瞬きをして、首を傾げた。

「いいのか?」
「止めなきゃ大惨事でしょ!!で、でもやりすぎはダメだからね。こう、出来るだけ穏便に済ませられる人で……」
「穏便って…アイツ等に一番縁遠い言葉だぞ、それ……まあ、何とかしてみるけどな。期待はするなよ、具体的には、そうだな…柱の一本くらいは大目に見てくれ。死人は出さないようにする」

言うが早いが、音もなくその手に本を持ったニアが、あの時と同じ冷たい目で彼等の方を向く。その唇が、詠唱を紡ぐべくゆっくりと動き出す。

「―――――“平和であれと、君は―――」




「そこまでじゃ」

ズシィ、と重い音がした、と思った時だった。

「やめんか、バカタレ!!!!」



突如、視界が陰る。大きく響いた声は頭上から聞こえて、ニアの詠唱を遮った。
声につられるようにルーシィが顔を上げ、詠唱を止められたニアが苛ついたように目線を上げ――――二人揃って、大きく目を見開く。

「でか――――――っ!!!!」
「はあ!!?」

そこにいたのは、巨人。
頭がギリギリ天井に触れるか触れないかの身長、巨躯を支える太い脚、怒りを堪えるように強く握りしめられた拳。どんな顔をしているのかが逆光で解らないが、怒っているのは声色から判断出来た。
その巨人が現れた瞬間、ギルド中の動きが止まる。カードを構えたまま止まり、グレイと学ランは睨み合ったまま停止、今にも殴りかかろうとしているところで拳を振り上げたままの人もいる。ニアもこの空気に呑まれるように詠唱が続かず、中途半端に開いた本が寂しそうに手元で放置されていた。
と、この空気の中でも変わらず微笑んだままのミラが巨人に声をかける。

「あら……いたんですか?マスター」
「マスター!!?」
(というかこのサイズでいた事に気づかれてないマスターって何だよ、ステルス系魔法か……?)

ニアの疑問に答えはなかった。

「ち」
「フン」
「びっくりしたねー」
「ねー♪」
「酒」

睨みあう二人が顔を逸らし、ロキが女性二人を抱き、また樽の方を向き直る。それぞれ出しかけた牙を引っ込めていく魔導士達を見たニアは少し困ったように息を吐き、何やら一言呟いてから本を消し去った。
そんな中、にっと笑っている奴が一人。

「だ―っはっはっはっ!!!みんなしてビビりやがって!!!この勝負はオレの勝ぴ」

高笑いして見せるナツだが、その言葉は最後まで続かなかった。
重々しい足音を立てて歩いてくるマスターが、見えなかったのか見えていてやった事なのかは解らないが、ナツを思いきり踏んづける。背後から踏みつけられたナツは潰れたような声で俯せに倒れ伏す。

「む、新入りかね」
「は…はい…」

ぴたり、とマスターの目がこちらに向く。巨人の迫力やらナツを踏みつけた事やらがいろいろ重なって思わず声が震え、冷や汗が止まらない。

「ふんぬぅぅぅ……!!」

こちらの返答を聞くと、マスターは力み出した。歯を食いしばり、顰め面で。
その体が小刻みに震え、地均しじみた音を響かせる。その振動がギルド中に伝わって、最早涙目のルーシィが口をぱくぱくと開閉させる。隣で「顔、凄い事になってるぞ」とニアが注意してくれているが、気を回す余裕なんてない。
震える音が徐々に大きく鳴り、マスターの全身を光が包む。そしてその体が少しずつ小さく――――小さく?

「ええ―――――――っ!!?」
「え、は…え!?」

縮む、縮む、縮んでいく。
つい先ほどまで見上げても顔が遠かった巨人が、気づけば膝を曲げてこちらが見下ろす立場になる。ルーシィの膝上程に頭のてっぺんが来る、小柄な老人。二本の角が生えたようなデザインの帽子に、ギルドの紋章がプリントされた服、立派な髭。妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスターであるその人―――マカロフは、くるくると巻いてまとめた書類を片手に、空いている方の手を上げる。

「よろしくネ」

思ってたよりフレンドリーだった。巨人の時の迫力はどこに行ったのか。

「とう!!」

そのマカロフがしゅばっと音を立てて飛ぶ。くるくると全員を回転させながらギルド二階の手すりを目指し―――盛大に、頭をぶつけた。ゴチン、と痛そうな音がする。
事実痛いのだろう。震えながらマカロフは手すりにのぼり、その上から左手に持った書類を軽く振る。

「まーたやってくれたのう、貴様等。見よ、評議会から贈られてきたこの文書の束を」

それを聞いたニアが、こそっと囁く。

「評議会って?」
「魔導士ギルドを束ねてる機関よ。知らない?」
「どうでもいい事は覚えない主義でな」

確かに、一か所に留まる気はないと言い切るニアに魔導士ギルド云々の話はどうでもいいだろう。それが束ねている機関に関する事なら、余計に。
改めて書類に目をやったマカロフが、一番上にあったそれを読み上げる。

「まずは…グレイ」
「あ?」
「密輸組織を検挙したまではいいが……その後街を素っ裸でふらつき、挙句の果てに干してある下着を盗んで逃走」
「いや……だって裸じゃマズいだろ」
「まずは裸になるなよ」
「何だ、そのくらいの常識はあったのか。結構結構」
「何かこの新入り、オレに対して酷くねえ!?」

数回頷くニアにツッコミを入れるが、返って来たのは「オレは新入りじゃない、護衛だ」という返事なんだか何なんだか解らないものだった。因みに本人はきちんと返答していると思っている。

「エルフマン!!貴様は要人護衛の任務中に要人に暴行」
「『男は学歴よ』なんて言うから、つい……」

つい、じゃない。ニアが密かに呟く。
学ランの男―――エルフマンが、気まずそうな顔で頬を掻いた。

「カナ・アルベローナ。経費と偽って某酒場で飲む事大樽十五個。しかも請求先が評議会」
「バレたか……」

今度はタロットカードを構えていた女性だった。
当たり前だ。溜息を吐きつつ内心でツッコミを入れる。

「ロキ……評議員レイジ老師の孫娘に手を出す。某タレント事務所からも損害賠償の請求が来ておる」
「ロクデナシめ」

うっかり声に出てしまった。自分が思っていたより声は小さかったらしく、書類をめくる音に紛れたのが幸いだっただろう。ニアとて、恋する女性二人を敵に回す気はない。女性を怒らせると怖いのは、長年の経験から解っているのだ。

「そして、ナツ……」

がくり、とマカロフが大袈裟なほど肩を落とす。

「デボン盗賊一家壊滅するも民家七軒も壊滅、チューリィ村の歴史ある時計台倒壊、フリージアの教会全焼、ルピナス城一部損壊、ナズナ渓谷観測所崩壊により機能停止。ハルジオンの港半壊…については、目撃者曰くもう一人誰かいたらしいが……」

ぴくり、と隣の奴の肩が跳ねる。

「……本で読んだ記事はほとんどナツだったのね…てか、もう一人って」
「いやあ、誰の事だろうな」

白々しく言い、顔を背ける。目撃されたのは多分彼ではなく彼が呼んだランスロットの方だと思うのだが、結局呼んでいるのはニアなので悪事に加担した事になってしまうのだろう。
マカロフは更に書類をめくりながら、長くなると判断したのか名前だけを読んでいく。

「アルザック、レビィ、クロフ、リーダス、ウォーレン、ビスカ…etc…」
「オレもか…」

次々に名前を呼ばれて行く面々が、気まずそうに目を逸らす。
ポンチョ姿のアルザック、青い髪にカチューシャが特徴的なレビィ、先程ナツに蹴り飛ばされていたジャージ姿の出っ歯クロフ、とんがり帽子に丸い体のリーダス、どうやら問題を起こした自覚がないらしいタラコ唇のウォーレン、タイトなワンピースを纏うビスカ。
こんなにいるのか、とニアは溜息を吐く。よくこれで仕事が入ってくるものだ。

「貴様等ァ…ワシは評議員に怒られてばかりじゃぞぉ……」

怒りを抑え込むように俯き、ぷるぷると体が震える。少しスイッチが入れば感情が爆発してしまいそうな、そんな姿だった。
つい先ほどまであれほど騒がしかったギルドが、一気に静まり返る。誰もが口を閉ざし、気まずそうに俯いたり目を逸らしたり。何も言われていないルーシィでさえぞくっと寒気が走り、直接指摘された訳でもないニアもそっと視線を下げた。

「だが…」

この空気の中、マカロフが言う。


「評議員などクソくらえじゃ」



「え?」

想像していたのとは、真逆の一言を。
左手に持っていた書類が一瞬で炎に包まれる。それをポイと放ると、フリスビーを投げられた犬のようにナツが銜えた。

「よいか…理を超える力は、全て理の仲より生まれる」

そして語り出す。
それは決して説教ではなかった。何をしているんだと怒鳴る訳でもない。

「魔法は奇跡の力なんかではない」

ハッピーは机に座り、ロキが傍らの女性を抱き寄せる。

「我々の内にある“気”の流れと、自然界に流れる“気”の波長が合わさり、初めて具現化されるのじゃ」

ナツが炎を頬張り、相変わらず服を着ていないグレイが腕を組む。カナが目を落とし、エルフマンが真剣な顔でマカロフの話を聞いている。

「それは精神力と集中力を使う。いや、己が魂全てを注ぎ込む事が魔法なのじゃ」

ルーシィも、自然と聞き入っていた。
その隣でニアが何かを思い出すように目を伏せて、何かを呟くように唇が動いたのには気づかない。

「上から覗いてる目ン玉気にしてたら魔道は進めん。評議員のバカ共を怖れるな」

にん、と歯を見せてマカロフが笑う。


「自分の信じた道を進めェい!!!!それが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士じゃ!!!!」



『オオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』

空気を震わせて、大歓声が響く。拳を突き上げ、誰も彼もが笑顔で。
ナツとハッピーが声を上げて笑い、グレイとエルフマンが笑い合い、カナが口角を上げ、ロキと傍らの女性が笑う。ピリピリしていた喧嘩ムードは消え去って、先程まで睨み合っていた同士も笑い合う。
ルーシィもつられるように笑って、隣に目をやればニアもふっと表情を緩めていた。






三日月が出ていた。夜になっても笑い声は絶えず、ギルドの中は明るい。

「じゃあ、ナツが火竜(サラマンダー)って呼ばれてたのか!?他の街では」
「確かにオメーの魔法は、そんな言葉がピッタリだな」
「ナツが火竜(サラマンダー)なら、オイラはネコマンダーでいいかなあ。ねえねえ」
「マンダーって何よ」

クロフ達がナツに話しかけるが、答えはない。無視している訳ではない。ただいま食事中なのである。
ハルジオンのレストランでのように忙しなく食べ進めていく三品―――炎がソースのように絡むファイアパスタ、炎を纏う骨付き肉ことファイアチキン、ジョッキになみなみと注がれたファイアドリンクは初見のニアにはどれもただの炎にしか見えないのだが、それはさておき。

「ここでいいのね?」
「はいっ!!!」

弾む声に目線を戻せば、カウンターに乗せた右手の甲にスタンプが押されているところだった。ぽん、と軽い音がして、桃色の妖精の紋章が右手の甲を彩る。

「はい!!これであなたも妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員よ」
「わあ♪」

ミラが押してくれたそれをキラキラした目で見つめたルーシィは、ステップを踏むような軽い足取りでナツに近づく。

「ナツー!!!見てー!!!妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマーク、入れてもらっちゃったあ」
「よかったなルイージ」
「ルーシィよ!!!!」
「誰だよルイージ」

気づけば空になっている食器三つを前に、盛大に名前を間違えるナツに、ルーシィに続いてニアまでツッコミを入れる。
カウンターの端の席で頬杖を付きながらその様子を見つめるニアに、スタンプを片付けたミラが「ねえ」と声をかけた。

「あなたは入らないの?」
「一か所に留まる気になれなくてな、けどしばらくはマグノリアに滞在するつもりだ。…それで、今からでも泊めてくれそうな宿を探しているんだが……知らないか?」
「そうねえ…だったら、南通りの……」
「ふむ」

街の地図を広げ何か所か指すミラの指を目で追って、一つ頷く。

「そうか…助かった、ありがとう」
「地図、よければ持っていく?」
「いや、気持ちはありがたいが大丈夫だ。覚えた」

昔から記憶力には自信がある、と続ければ、ミラは「そう。解らなくなったらいつでも聞きに来てね」と微笑んだ。席を立ち会釈すると、傍に置いていた鞄を掴みすたすたとギルドを出て行こうと足を進める。

「あ、ニア」
「宿が決まったら一応伝えておく。何かあったら話くらいは聞いてやるさ」

ルーシィにひらりと手を振って、すっかり暗くなったマグノリアに消えていく。出ていく寸前に足を止めて振り返り、見慣れたニヒルな笑みを浮かべて。
と、それとほぼ同時にナツが立ち上がる。別にニアを追いかけようとか、そういう訳ではなく。

「お前、あんな可愛い()どこで見つけて来たんだよ」
「いいなあ~、うちのチーム入ってくんねえかなあ」
「ナツ、どこ行くんだ?」
「仕事だよ、金ねーし」

だらしなく顔を緩めるオッサン勢を放って、向かう先は依頼版(リクエストボード)
ギルドの一角に設置されたそれにはギルド宛の依頼書が沢山張られ、仕事内容は魔物討伐から探し物、遺跡探索、魔法学校の先生なんてものまで様々だ。

「報酬がいいやつにしようね」
「お!コレなんかどうかな。盗賊退治で16万Jだ!!」
「決まりだね」

足元に寄って来たハッピーと端から端まで目を通し、その中から一枚を破り取る。あとはこれをミラに見せ、仕事を受けたと確認してもらうだけ。依頼書を片手にミラがいるカウンターに目をやる、と。

「父ちゃん、まだ帰って来ないの?」
「む」

ナツのいる位置とミラの間、カウンターのテーブルに座るマカロフの前に小さな姿があった。花なんだか人なんだかよく解らない妙なキャラクターが大きくプリントされたTシャツを着た少年。ナツも何度か見た事がある。

「くどいぞロメオ。貴様も魔導士の息子なら、親父を信じて大人しく家で待っておれ」
「だって……三日で戻るって言ったのに……もう一週間も帰って来ないんだよ……」

涙を浮かべるロメオを見る。じっと、見つめる。

「マカオの奴は確か、ハコベ山の仕事じゃったな」
「そんなに遠くないじゃないかっ!!!探しに行ってくれよ!!!心配なんだ!!!」
「冗談じゃない!!!貴様の親父は魔導士じゃろ!!!自分のケツもふけねェ魔導士なんぞ、このギルドにはおらんのじゃあ!!!帰ってミルクでも飲んでおれい!!!」

マカロフの言葉は、六歳の少年には冷たく厳しく響いていた。見る見るうちに浮かぶ涙が大きくなり、今にも零れそうなそれを堪えるようにロメオは強く拳を握る。

「バカー!!!」
「おふ」

ごすっ、と音がした、と思ったらマカロフの顔面にロメオの拳が炸裂していた。思い切りジャンプしたロメオは拳を叩き込み、着地と同時に涙を拭いながらギルドを走り去る。

「厳しいのね」
「ああは言っても、本当はマスターも心配してるのよ」

その後ろ姿を見つめるルーシィの呟きに、背を向けたミラが返す。


―――ズシ。


重い音がした。
依頼版(リクエストボード)の方から、と目を向けた時には、既にその人はつかつかと歩き出している。

「オイイ!!ナツ!!依頼版(リクエストボード)壊すなよ」

ナツの横で仕事を見ていた男がヒビの入った依頼版(リクエストボード)と食い込むように戻された依頼書を指すが、ナツは答えない。帰って来てからそのままの荷物を掴み、後ろから焦ったように追いかけてくるハッピーにも目を向けず、ギルドのあちこちから視線を受けながら去って行く。

「マスター…ナツの奴、ちょっとヤベえんじゃねえの?」
「アイツ……マカオを助けに行く気だぜ」
「これだからガキはよォ……そういうのはソラ一人で十分だっての」
「んな事したって、マカオの自尊心が傷つくだけなのに」

口々にあれこれ言うメンバーを前に、マカロフはキセルを軽く噛み煙を吹かせた。胡坐を掻いたまま、杖を片手に呟く。

「進むべき道は誰が決める事でもねえ。放っておけい」






「ど……どうしちゃったの?アイツ…急に……」

ナツと出会って、まだ然程日は経っていない。だから、彼はこういう人だと断言は出来ない。
それでも、あんなに真剣で―――どこか怖い顔でいるのには、違和感じみた何かがあった。ナツらしくない、という訳ではないが、似合わない。ああいう顔をするイメージは、正直なかった。

「ナツもロメオ君と同じだからね」
「え?」
「自分と、だぶっちゃったのかな」

背を向け、グラスを磨くミラが呟く。

「ナツのお父さんも、出て行ったきりまだ帰って来ないのよ」
「!」
「お父さん……って言っても、育ての親なんだけどね。しかもドラゴン」

笑って振り返ったミラの言葉に、派手な音を立てて引っくり返る。座っていた椅子ごと倒れ、慌てて椅子を立たせ身を起こす。

「ドラゴン!!?ナツってドラゴンに育てられたの!!?そんなの信じられる訳……」
「ね」

そういえば、ハッピーが言っていた。ナツの使う滅竜魔法は、イグニールが教えてくれたものなのだと。
そしてナツが言っていた。彼の探すイグニールは、本物のドラゴンなのだと。

「小さい頃そのドラゴンに森で拾われて、言葉や、文化や…魔法なんかを教えてもらったんだって」

魔法を。
それなら、そのドラゴンというのは間違いなくイグニールで、そして。


「でもある日、ナツの前からそのドラゴンは姿を消した」


――――ナツの前から、いなくなってしまっている。

「そっか…それがイグニール……」
「ナツはね…いつかイグニールと会える日を楽しみにしてるの。そーゆートコが可愛いのよねえ」

眉を下げて笑うミラに「あはは」と笑い返す。あのナツに可愛いとは何とも似合わない言葉だが、目線を変えればそう見えるものなのだろう。

「…私達は……」
「!」
妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士達は……」

ルーシィの前に出されていたグラスに氷が足されていく。一つずつ、水面を揺らしながら追加される氷の立てる軽やかな音で、ふっと現実に引き戻されたような気がした。

「みんな…みんな、何かを抱えてる……」

切ない声だった。

「傷や…痛みや…苦しみや…」

俯いていて表情は解らないが、悲しそうな、辛そうな声色だった。

「私も…」
「え?」
「ううん、何でもない」

僅かに聞こえた言葉を聞き返すと、返って来たのは変わらない穏やかな微笑み。
けれどそれがルーシィの目には、どこか寂しそうな、無理矢理笑っているような、そんな風に見えた。






「どうした、こんな時間に子供が一人で出歩くのは危ないぞ」

涙を拭いながら夜道を歩くロメオは、一瞬どこから声をかけられたのか解らなかった。俯いていて辺りをよく見ていなかったというのも理由だが、その声の主がどこを見ても見当たらないのだ。まず前を見て、左右を見回し、振り返るが誰もいない事を確認し、また前を―――

「うわあっ!!?」
「ん、驚かせたか?悪いな」

見たら、いた。先ほどまでいなかったはずの、ロメオより背の高い男の人。咄嗟に飛び出た悲鳴にぴくりと眉を上げ、謝罪しながらロメオと目線を合わせようとしゃがみ込む。
知らない人、ではない。けれど、知っているというほどでもない。父親を探してほしいとギルドに頼みに行った時に、ギルドから出てくるのを見た、という程度だ。綺麗な水色の目が真っ直ぐにこちらを見つめ、首を傾げる。さら、と髪が揺れた。

「親は?心配するぞ」
「……」

答えられなかった。
それを目の前の青年がどう受け取ったのかは解らない。だが、彼は変わらない声色で問う。

()()()()()()()()
「…え?」

それは、明らかに知っている人がする問いかけだった。驚いて目を見開いたロメオに、青年は言う。

「さっき、ギルドから出ていく時にお前を見た。あそこは、扉が開きっぱなしだからな。少し聞き耳を立てて、しかも対象の声が大きければ十分聞こえる。…こんな時間に魔導士でもない子供が魔導士ギルドに用なんて、緊急の依頼か身内かくらいだろうと思って……まあ、気になったから聞いた」

しれっと言ってのける青年。ぽかんとするロメオにもう一度、今度は反対側に首を傾げて。

「オレでよければ探しに行くが、どうする?…どうせギルド側は自尊心がどうとか何とか言って誰も行かないだろうし、ここは部外者の方が動きやすい。これでも一応魔導士だからな、何とか出来ると思うが」
「…父ちゃんの事、探しに行ってくれるの?」
「お前がオレに頼むというなら、その頼み通りに」

正直、この青年を信じてもいいのかは解らない。けれど、こうやって申し出てくれているのなら縋りたかった。一週間も父親が帰って来なくて、寂しくて、不安で、怖くて、早く帰って来てほしくて、一日でも早くおかえりと言いたくて、早く会いたくて――――。

「……お願い。父ちゃんを、探してほしいんだ」
「了解。ハコベ山だったな?それなら然程時間もかからな…」
「ナツ兄と新入りの姉ちゃんがさっき馬車で行くって言ってたから、多分まだ間に合うよ!」
「……ん?」

何かが凄く引っかかります、とでも言うように顔を顰め、青年が問う。

「新入りの、姉ちゃん?」
「うん、金髪の。さっきナツ兄を追って、ナツ兄と馬車に乗ってハコベ山まで行って、父ちゃんの事探してくれるって。今から追いかければ、まだ近くに馬車が……」
「……その新入りの名前、解るか?」
「え?…ルーシィって、呼ばれてたけど」

そうロメオが言った瞬間、青年が頭を抱えた。文字通り、フード越しに髪をぐしゃぐしゃと掻き乱して。はあ、と大きく溜息を吐いた彼は「そうか」と呟き、立ち上がる。

「どうせ詳細を聞いてないんだろう……まあいい。それじゃあ、行ってくる」
「あ、待って!」

その場で軽く膝を曲げた青年を呼び止める。まだ肝心な事を聞いていなかった。

「兄ちゃん、名前…なんて言うの?オレはロメオ、ロメオ・コンボルト!」
「…ああ、そういえば名乗ってなかったか」

言われてようやく気が付いたのか、青年は一つ頷く。

「ニア・ベルゼビュート。ニアで構わない」







「でね!!あたし、今度ミラさんの家に遊びに行く事になったの~♪」
「下着とか盗んじゃダメだよ」
「盗むかー!!」

カタカタと、心地よい振動が伝わる。ハコベ山へと向かう馬車の中、坂道を行く車内でくわっと大きく口を開けルーシィがハッピーにツッコんだ。

「「てか、何でルーシィがいるんだ?」」
「何よ、何か文句あるの?」
「そりゃあもういろいろと…あい」

片や苦しそうな呼吸をしながら、片や心底不思議そうに問われる。向かいの席に寝そべるナツとその近くの壁に背中を預けるハッピーに顔を向け聞けば、まともに喋れない相棒に代わってハッピーが何かを言いたげに呟く。

「だって、せっかくだから何か妖精の尻尾(フェアリーテイル)の役に立つ事したいなあ~、なんて」
(株を上げたいんだ!!絶対そうだ!!)

どうやら魂胆はバレバレのようだった。
実際ルーシィが何を思ってついて来たのかは本人と、昔馴染みで彼女の事を知り尽くしているであろうニアくらいなので、本当のところは解らないが。

「それにしてもアンタ、本当に乗り物ダメなのね。何か……いろいろ可哀想…」
「は?」

うる、と目を潤ませるルーシィにどうにか反応するナツ。馬車が揺れる度に顔色を悪くし、開いた口から苦しそうに息を吐き、この二人と一匹の中だったら一番騒ぐはずなのに、今はこの場の誰よりも喋らない。喋れない、と言った方が正しいか。

「マカオさん探すの終わったら、住むところ見つけないとなあ」
「オイラとナツん家住んでもいいよ」
「本気で言ってたらヒゲ抜くわよ猫ちゃん」
「しょうがないなあ、ニアも一緒でいいよ」
「何もしょうがなくないし解決してないけど!?」





そんな話から、適当に雑談をしていた時だった。
ガタン、と一際大きく揺れた、と思ったら、馬車が止まる。

「!止まった!!!」
「着いたの?」

途端にナツが起き上がる。顔色も一気に回復し、一気に騒がしくなった。そんな彼に代わってルーシィが問うと、外で馬を引く男が震えた声で返してくる。

「す…すんません……」

はて、何をそんなに震えているのだろう。これが冬なら寒さだろうが、今は七月でむしろ暑い。…にしては隙間から入ってくる外の空気が少し冷たい気も、しなくはない。
気になって、馬車の扉を開く。瞬間、何かが全身を叩いた、気がした。


「これ以上は馬車じゃ進めませんわ」


視界に広がる、白、白、白。山も木も何もかもが真っ白に染まっている。全身を叩いたのは、明らかに時季外れな冷気だった。純白、という言葉を馬鹿正直に再現したらこうなるだろうか。
加えて天候は荒れ放題の猛吹雪。歩き出そうと馬車から出れば、サンダルがすっぽり雪の中に埋もれてしまう。それどころか足首まで沈んでいった。あまりの吹雪に、扉に捕まったハッピーが飛ばされそうになっている。

「何コレ!!?いくら山の方とはいえ、今は夏季でしょ!!?こんな吹雪おかしいわ!!!」

吹き荒れる吹雪が全身を濡らし、冷気が容赦なく体温を奪っていく。吐く息は白く、それで指先を温めようにもすぐに息すら冷え切ってしまった。

「さ…寒っ!!!」
「そんな薄着してっからだよ」
「アンタも似たようなモンじゃないっ!!!」

荷物を背負うナツが言うが、そんな彼は上半身は裸の上にベストのみ。股下の深いズボンに黒い腰巻き、足元はサンダルで、マフラーだけが唯一防寒具といえそうだった。確かにルーシィの服装は、ノースリーブのトップスにミニスカートと雪山は明らかに不釣り合いだが、ナツも人の事を言えるような恰好ではない。

「そんじゃ、オラは街に戻りますよ」
「ちょっとォ!!!帰りはどーすんのよ!!!」
「アイツ…本当うるさいな」
「あい」

客を降ろすやすぐに帰って行く馬車にルーシィが叫ぶが、返事はなかった。
その馬車の後ろ姿も、すぐに吹雪に隠れて見えなくなる。それを追いかける気力もないルーシィは、一先ずこの場で手っ取り早く暖を取る事にした。

「その毛布貸して…」
「ぬお」

まず、ナツが背負っているリュックから横に大きく飛び出した毛布を引っ張り出す。引っ張られたナツが傾いたが、気にしている余裕はない。くるくる巻かれた毛布を広げてケープのように羽織り、腰の鍵の束を掴む。その中から銀色の鍵を一つ選ぶと、寒さに震えながら腕を高く上げた。

「ひひ…ひ…開け……ととと…時計座の扉、ホロロギウム!!!」
「おお!!」
「時計だあ!!」

鳩時計の鳩を思わせる音と共に、細長いシルエットが浮かぶ。それは徐々に形を整え、置時計から腕が伸び、九時半辺りを指した時計盤の上に顔が現れる。
呼び出されたのは、置時計の形をした星霊ホロロギウム。その時計盤の下、透明な扉の中に振り子のある空間に、ルーシィはそそくさと入っていく。丁度人一人が入れるくらいのそこに入り、扉を閉め、しゃがみ込んだルーシィは何やら口をぱくぱくと動かした。

「『あたしここにいる』と申しております」
「何しに来たんだよ」

それから少し間を置いて、ホロロギウムが喋った。どうやら、外には聞こえない中にいる人の言葉を代わりに喋ってくれるらしい。

「『何しに来たといえば、マカオさんはこんな場所に何の仕事をしに来たのよ!?』と申しております」
「知らねえでついて来たのか?凶悪モンスター“バルカン”の討伐だ」
「!!!!」

ルーシィの顔が明らかに引きつった。寒いはずなのに汗が伝い、凶悪モンスターという言葉に固まってしまっている。予想外だったのだろう。

「『あたし帰りたい』と申しております」
「はいどうぞ、と申しております」
「あい」

ホロロギウム越しに吐かれた弱音に、ナツはどこか投げやりに返した。後方にいるホロロギウムを振り返る事なく、一歩進むごとに足首まで雪に埋めながら歩いていく。




「マカオー!!!いるかー!!!バルカンにやられちまったのか―――!!!」
「マカオー!!」

吹雪の音に掻き消されないよう声を張り上げる。声に合わせて吐き出された白い息が風に流れ、開けた口に容赦なく雪が飛び込んでくる。荷物の上に乗ったハッピーも呼びかけるが、返事はない。

「!」

そんな時だった。何か物音がナツの耳に飛び込んでくる。

「!!!」

猛吹雪の中でも不思議と聞こえるその音を辿って顔を上げると、曇天にくっきりと映える白い塊が数個落ちてくるのが見える。それが雪の塊で、明らかに誰かが何かして落ちて来たのだと気づいた瞬間、雪で白く染まった山の、雪の塊が落ちてきた辺りから大きな影が飛び上がった。
その飛び上がり落下してきた影は、顔が細長く耳が横に長い、猿のようなゴリラのような生き物だった。白い体毛、がっしりとした巨躯、長い尻尾、顔の造形はどことなく人間に近い。

「バルカンだ――――!!!!」

着地と同時に振り下ろされた拳をナツはバック転で避ける。その拍子に吹き飛ばされかけたハッピーが叫んだ。

「ウホッ!!」
「ぬおっ」

が、バルカンはそれ以上攻撃を仕掛けては来なかった。それどころか地面を蹴ってナツを飛び越え、雪に足を取られたナツには目もくれず、一直線に駆けて行く。

「!?」
「人間の女だ♪」

バルカンの向かう先。そこにいるのは、足を取られながらも敵を視界から外すまいと振り返ったナツ――――を距離を置いて見ていたルーシィだった。
ホロロギウムを掴むバルカンの顔が、扉が透明なせいで真正面からはっきりと見えてしまう。だらしなく緩んだ頬、扉がなければ息がかかるであろう至近距離。伸びた舌の先が扉に触れ、そこから唾液が垂れている。

「うほほ――――♪」
「キャ――――――!!!」

ホロロギウムごとバルカンに担がれたルーシィの悲鳴が響く。

「おお、喋れんのか」

その後ろ姿を見送りながら、ナツは掌に拳を打ち付ける。

「『てか助けなさいよォオオオ!!!!』……と申しております」

ホロロギウムが代弁するルーシィの叫びが、雪山に木霊した。







そして。

「何だろう…マカオ以前に助ける必要のある奴が出来た気がする……」

靴とズボンの裾を濡らさないよう僅かに浮いたニアが、雪山のどこかで呟いていた。 
 

 
後書き
こんにちは、緋色の空です。
お待たせしました第三話(実質二話目)、文字数20447文字という「どっかで区切れよ!」と言われてもおかしくない長さでお送りしております。ぶっちゃけ長すぎて変換がいちいちトロくなって、しかも誤変換で固定しちゃって鬱陶しい事この上なかったという裏話があったり。

さて、今回はマカオを助けに行こうの回です。
前半のギルド加入話でのニア君のキャラぶっ壊れ具合が、書いてる身としては楽しいけど読む側どうなんだと首捻りつつだったりします。一応彼は「基本人には干渉したがらない。けど一度懐の深いところに入れると途端に過保護になる」奴でして、今のところルーシィにそれが発動しております。お前は父親か。
というか、書いていたら想定以上にニア君がグレイとロキを嫌い始めていてちょっと困惑気味。これで大丈夫か先が不安ですが、まあ何とかなるでしょう。うん。

と、ここで二つほどお知らせを。
私緋色の空、しばらくは今作を集中的に更新します。EМTもちょこちょこ書きますが、いい加減こっちで主人公を出してあげたいし、早くBОF編とエドラス編をやりたいので。どうしても出したいキャラが三人ほど私を待っている。それ以外でも主人公含め最低六人、三人足して九人……!?おかしいな、この作品は少数精鋭で行く予定だったんですが。

そして二つ目。
今私は、とある賞に応募する(予定の)作品を書いておりまして。
そちらと同時進行、あるいはそちら優先でしばらく(具体的には四月頃まで)頑張らせて頂きます。なので暁での更新が今以上に遅れる可能性がありますが、その時は「ああ、応募作品書いてるんだなあ」と思ってください。まあ応募締め切り四月初旬でかなり急ぐ必要があるんですがね!それでも書くよエターナルユースの妖精王、一ヶ月に一話更新の月刊スタイルを維持したい…!

ではでは。
感想、批評、お待ちしてます。



ニア君の過去エピソードを考え、更にこの話を曲聞きながら書いていたからか、ニア君に恋愛ソングのイメージが定着しつつある今日この頃。まあ過去にいろいろあったけどね彼。
……過去エピソード?ファントム編とか終わった辺りからちょこちょこやります、BОF編でアイツが登場すると一気に進むんだがなあ。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧