満願成呪の奇夜
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第20夜 口伝
前書き
失踪したかと思ったか?まだだよ!
などと言ってみたりしつつ、執筆が進んでいない体たらく。
幸いというべきなのか――翌日午前六時の集合時間まで、学徒たちは何の指定行動も強いられてはいない。就寝時間も食堂の利用時間も、全てが自由だ。当然ながら私闘や破壊行為など明らかに呪法師として不適格な行為をすれば話は別だが、『欠落者』というのは問題を起こさないか、もしくは問題しか起こさないかの二択であることが多い。
つまり、問題行動を起こす者はまずいないし、起こす人間はあらかじめ予測がついているから被害をコントロールできる。むしろこの大陸では『無欠者』の方が突発的に事件を起こすものだ。その事実がまた欠落者の選民的な思想を助長している。
少し癪だが、サンテリア機関で欠落者に囲まれてきた自分にとってもこの部分に関しては首肯せざるを得ない。それは無欠者が悪いというより欠落者が分かりやすすぎるのが原因だが。
(その点、ギルティーネさんはどう判別すればいいか分からないから困るんだけどね……)
自分とステディに割り当てられた部屋に連れ込んだギルティーネの髪を梳かしながら、内心でごちる。
彼女は疑いようもなく欠落者だが、言葉を持たない彼女は本当に何を考えて行動しているのかが分からない。故に今まで協会もコントロール出来ないと判断していたのだろう。
実際問題としてトレックには一つの懸念があった。
彼女は先の戦いで外灯の上から攻撃を受けた際、すぐに護衛対象を抱えて撤退を開始した。つまり彼女は外灯の上の呪獣には現状勝てない、或いはトレックが無事な状態で撃破することが困難と判断している可能性が高く、もう一度戦いに行ってももう一度同じ光景が繰り返される可能性が高い。
ギルティーネが御せる存在であると証明するためには、この前提を覆す必要がある。
必勝の策、或いは安全を確保する策が欲しい。
「必要なのは情報収集、必要ならば新たな装備品の用意、出現位置の把握、砦の呪法師に気付かれずに現場に行く方法……」
くしゃくしゃになっていたギルティーネの髪を梳き終えたトレックは、櫛をテーブルに置いてギルティーネと対面する形でソファに腰かけた。彼女の顔色は、相も変わらず無表情で窺い知れない。
しかし、彼女の思考能力を信じるならば、彼女の行動には必ず意味と意図が存在する筈だ。
彼女は例の上位種と思われる呪獣に抱いた印象や特徴を喋ることが出来ない。
しかし、こちらが彼女の当時の行動の記憶を遡って情報を引き出すことは可能だ。
彼女はあの時どのように行動したか。
(まず、ギルティーネさんは上を見ていた。犠牲になったと思われるガルド・ルドルクが攻撃を受けるか、もしくは受ける直前のことだった。恐らく呪獣がアクションを起こす気配を察知したんだ)
呪獣の気配を察するのは難しいが、さりとて出来ない事という訳でもない。出来る人間は人並み以上にそういった気配を察するのが早い。恐らくギルティーネは従来の察しの良さに加え、地形的に呪獣が上から仕掛けてくる可能性を憂慮していたから気付くのが早かったものと思われる。
(この直後、ギルティーネさんは俺を捕まえて撤退を開始した……)
これに関しては先述の通り戦闘に勝利することが難しかったか、もしくはトレックを護衛しつつの撃破が困難だと判断したことが考えられる。また、敵の呪獣の情報も極端に少なかったために不確定要素の大きい戦闘を行うリスクを避けたかったのかもしれない。
敵が強いから逃げたことと、敵の能力が不明だから逃げたことは意味合いが大きく異なる。
敵との戦力差故に逃げるのは、状況と戦力を鑑みて相手を倒せない状況のとき。
対して能力が不明だから逃げるのは、仕掛けるには判断材料が少ないとき。
前者は敵が手ごわいことの証左だが、後者は相手の能力の強弱さえ不明だ。
つまり、対策を立てることが出来れば討伐が容易である可能性が残されている。
(一つ気になる事もある。ギルティーネさんの逃走ルートが解せない……あの時も思ったが、敵は外灯の上方から攻撃を仕掛けてきていた。ならばわざわざ高低差で不利になる外灯の真下じゃなくて外灯から離れて移動すればよかったんじゃないのか?)
ギルティーネがパニック状態になってその事実に気付けなかったか、その発想に咄嗟に至らなかった可能性はある。また、あの場にはドレッドとステディもいたことから、移動で出遅れた方に敵が行くという公算があったのかもしれない。もしそうならば、その狙いは大いに外れていただろう。あの敵は少なくとも途中まではこちらを追跡してきた。
失敗だと言ってしまえば話はそれまでだが、本当にギルティーネが判断を誤ったのかどうかは確認の仕様がない。本人は弁明するための意思表示を一切できないようだし、本当は正しかったとしても具体的な理論は本人しか分からない。
現在の情報から浮かび上がる敵の情報は以下の通りだ。
外見は黒と紫の斑模様であること以外不明。
柱の陰に隠れられることからサイズは中型か小型と推定。
外灯と外灯を正確に飛び移る跳躍力と俊敏性を持ち、リーチは最低でも6メートル。
攻撃方法は不明だが、状況からして事実上の一撃必殺と推定。
恐らくは待ち伏せ型で派手には行動しないが、目についたターゲットの追撃は行う。
発砲した銃弾が掠った際に悲鳴を上げたため、『鎧の呪獣』のような防御手段を持つ可能性は低。
「………情報が足りないな」
ソファにもたれかかりながら指をを組んで考える。
考えない呪法師は早死にする。判断の遅い呪法師も早死にする。
既に作戦を考え始めてはいるものの、不確定要素が邪魔をして形にならない。
常にあの場にいるのか、それとも少しは移動しているのか。
攻撃対象の優先順位は存在するのか。
ペトロ・カンテラへの耐性はどの程度あるのか。
攻撃方法は具体的に何で、被害者はどう死んだのか。
緻密な作戦を練るには余りにも情報が不足している。
人間の作った遮蔽物を利用する戦略性を持った呪獣がこちらからの攻めに対してどう対応するのかも未知数だ。そう考えて、ふと脳裏に引っかかりを覚える。
「ていうか、待てよ。あの呪獣はどう考えても待ち伏せタイプだし、他の学徒だって外灯の真下を通って戻ってきた筈だ。被害はどの程度出てるんだ?いや、そもそもあの呪獣はいつからあそこに出現している?」
ある日突然出現したのなら不幸としか言いようがないが、もしも前からあそこに出現するのならば当然砦の呪法師はそれを承知の筈だ。だとすれば、砦の呪法師はあの呪獣の情報を持っているのではないか?
もしそうだとしたら是非とも拝聴したい――その呪獣を今の今まで放置して犠牲者を出した挙句に学徒に情報を隠匿し、むざむざ犠牲者を増やした理由とやらも含めて、だが。
「……調べなきゃならない事が山ほど出来たかも、な」
呪法師は治安維持活動も行うためにこの手の調べものをする訓練も受けている。
時間がひっ迫している今、訓練の成果を発揮することに躊躇う理由もない。
被害者たるステディにも、協力してくれるかは不明だが一応詳しい話を聞く必要がある。
トレックはソファから立ち上がり、部屋の扉に目を向ける。
行動指針が決まった以上、行動あるのみだ。足を進めて扉の前に立ち、ドアノブを握る。
と、そういえばギルティーネにまだ何も指示をしていない事を思い出して振り返る。
「ギルティーネさ……ってうおぉぉぉッ!?」
「…………………」
振り返ったその空間に、既に席を立っていたギルティーネの整った顔が至近距離で待っていた。
音もなく立ち上がり、剣を装備してついて来ていたらしい。全く気配を感じられなかった。
その表情は相変わらず無表情だが、そこはなとなく「私は指示されなくても動ける女なので」みたいな自慢げな態度が漂っているような気がするような、しないような。
しかし、もしもそう考えているのだとしたら誠に申し訳ないことを伝えなければならない。
「……ギルティーネさんは『鉄の都』では札付きだよね。聞き込みの邪魔になる可能性があるから、その………」
「…………………」
動かない。ギルティーネが無表情のまま動かない。
指示が不明瞭なのか、ショックを受けているのかは不明だが、動かない。
「……この部屋で大人しくしててくれる?この部屋は一応ステディさんと相室ってことになってるけど、彼女はほぼ確実に自分からこの部屋には戻ってこないと思うし……」
「…………………」
ギルティーネは是も非も言わず、静かに先程座っていた椅子の方へと戻っていった。
その背中は見間違いか、いつもより小さく見えた。
(いや、全然落ち込んでない可能性も多分にあるけど………一応、後でなにか差し入れをあげよ)
念を押しておくが、彼女が実際に何を考えているのかは分からない。
彼女の感情をいくら推し量っても、それはトレックの勝手なイメージである。
= =
聞き込みによる情報収集は、予想よりはスムーズに事が進んだ。
まず、外灯の上の上位種呪獣は試験開始前から存在した可能性が高いことがすぐに判明した。
あの外灯のエリアでは、ここ最近複数名の呪法師が行方をくらましているらしい。当然砦の人間も馬鹿ではないので外灯の上に呪獣がいる事には思い至っていたが、ここで何故かローレンツ大法師から待ったがかかり、討伐は為されていないという。
情報収集がスムーズに行った要因に、ローレンツ大法師への不信を感じた。
当然だろう。犠牲者が増えることが分かり切っていながら、大法師はその討伐に待ったをかけたのだ。結果として犠牲は増え、討伐中止の理由を語らない大法師の態度に対する不満はかなり高まっている。
それでも表立って波が立たないのは立場の差故。
告げ口が饒舌であったのは法師としての矜持故。
大法師の判断は理解に苦しむものだ。彼の命令一つがあればドレッドは死なずに済んだし、更なる犠牲も生まれなかっただろう。そこにどんな理由が存在したにせよ、トレック・レトリックという男の中でこの遺恨は大きなものだ。
一報、試験に参加した学徒からの話から得られた情報は少なかった。
そもそも学徒の中であの呪獣に襲われた人間の数が少なく、犠牲者はドレッド達を含めて十数名程度しか出ていなかった。しかもそのうち3組は全滅しているため生存者がおらず、生き残りも「突然いなくなった」という代り映えのない情報ばかりだった。
ただ、一つ気になったことがある。
襲撃を受けたメンバーで犠牲になった人間に共通項はなく、逆に生存者では必ずペトロ・カンテラを所持した人間が生き延びている。全滅もあるしケースが少ないために偶然とも受け取れるが、数少ない情報だ。
(やはり上位種の呪獣とて光は怖いということか?)
しかし、犠牲になった呪法師もペトロ・カンテラの光の届く中には居た筈だ。つまり短時間ならカンテラの光に入っても問題はないと考えるべきだろう。となると――単純に真上から攻撃する際にカンテラが邪魔になるだけだろうか?
それはそれで少し引っ掛かりを覚える。短時間光の中に入ることができ、なおかつ人間一人を容易く持ち上げる力があるのなら、いっそペトロ・カンテラの破壊ないし無力化を試みるのが道理ではないだろうか。無論、呪獣がそこまで高度な知識を持っていればの話だが。
今のところ予想ではこの呪獣は外灯の上から人間に奇襲を仕掛けているとみて間違いない。
その根拠は、犠牲者の遺留品が全て音を立てて地面に落ちたという証言があるからだ。事実、ガルドの杖も音を立てて落ちたし、ガルドの者と思しき血があった以上は攻撃を受けたと考える他ない。死体の在処は、常識外れの膂力で吹き飛ばされたか釣り上げた直後に喰われたかの二択。
目撃証言では遠くから落下音が聞こえたり死体が周囲で発見されたという事実がないため、高確率で喰われているだろう。致死量の血痕も未発見だ。
(――集められる情報としては、こんなものか)
集めた情報を書き込んだ手帳をぱたんと閉じ、他に必要なものを考えうる限り考える。
現在考え付く最善にして、自分の手に入るものを――。
「…………ギルティーネさんに差し入れあげないとな」
何故か頭の中におなかを空かせて涎を垂らしているギルティーネ犬の姿が思い浮かぶ。
最初に手に入れたのは、軽食だった。
後書き
おまけ(※本編の心理描写とは微塵も関係ありません)
トレック「行くぞー!」
ギルティーネ「(`・ω・´)」
トレック「あ、ギルティーネさんは留守番ね」
ギルティーネ「(´・ω・`)」
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