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提督はBarにいる。

作者:ごません
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提督の素顔と目覚めの一杯


 メディカルチェックが終わった所で、改めて提督に挨拶させる為に執務室に向かう。

『そういえば、さっき執務室に提督の姿が無かったわね。別の所で仕事をしていたの?』

『あぁ、午前中は基本的に寝ているんですよ、あの人は。午前中の仕事はある程度、大淀とその日の秘書艦に任されているの』

 それを聞いた途端、アイオワの表情が変わる。

『何よそれ!あの提督ったら仕事を艦娘に押し付けて、自分は寝ているの!?信じられない!文句言ってやる!』

 勤勉だと聞いていたのに、と憤慨しているアイオワ。金剛からしてみれば、彼ほど艦娘を思いやって仕事をしている提督はいないと思っているのだが、クルツ提督はどんな説明をしたのだろうか?

『えぇと……アイオワ?クルツ提督から、ここの提督の話って聞いたの?』

『えぇ聞いていたわ!艦娘を思いやるし、勤勉な良い提督だって聞いてたのにガッカリだわ!』

 何か腑に落ちない。要点は説明してあるが、何かが欠落しているかのような、そんな感覚。

『う~ん……もしかして、提督の《夜の顔》の話は聞いてないの?』

『夜の……顔?』

 アイオワは怪訝そうな顔をしている。やはり、クルツは説明していなかったようだ。夜の顔こそ提督の本領であり、艦娘への思いやりを最も感じる時だというのに。

『あのねアイオワ、ウチの提督は夜になるとBarのマスターをやってるの』

『……へっ?』

 何を言っているのか解らない、といった表情のアイオワ。構わず続ける金剛。

『提督は料理が上手でね、お酒の知識も豊富だからそれを活かして艦娘をもてなしてるのよ』

『……毎晩?』

『余程忙しいとか、鎮守府に居ないとかでなければ』

 それを聞いてアイオワはへなへなと崩れ落ちた。

『なによそれぇ……私そんなの聞いてない!』

 一番重要な所じゃないか、ちゃんと説明しておけよ、と心の中でツッコミつつ、崩れ落ちたアイオワを立たせてやる。

『提督のお店は朝6時までの営業なの。だから、午前の業務中は寝ているのよ』

『あぁ、私ったら何て恥ずかしい勘違いを……』

 やはり感情表現が豊かだからなのだろうか、ガックリと落ち込んだ様子のアイオワ。まぁ、本人に直撃する前で良かったと思って貰うしかないだろう。

『さ、誤解も解けた所で提督に改めて挨拶に行きましょうか』




 執務室に戻ると提督の姿はまだ無く、大淀と龍驤が大量の書類と格闘していた。

「あれ?大淀、darlingはまだデスか?」

 大淀は腕に付けた時計をチラリと見やると、

「まだですね。起きてくる時間だけは正確ですから、提督は」

「う~……じゃあ少しだけ待ちましょうか」

 そう言って金剛は応接用のソファに腰掛け、アイオワもその隣に腰掛けた。

『ねぇ、さっき言ってたけど……darlingてまさか』

『あれ、言ってませんでしたっけ?私の夫はここの提督ですよ』

『聞いてないわよ!何でそんなに大事な事、早く教えてくれなかったのよ……』

 そんなに大事な事だろうか?と金剛は思案する。確かに提督の正妻というポジションに収まってはいるが、ケッコンカッコカリした艦は複数居るし、今後も増えるだろう。提督も(好意の無い者は除いて)ケッコン艦からの愛を全力で受け止めているので半ばハーレム状態だ。

 そんな特殊過ぎる状況下に居るからなのか、あまり提督の正妻というポジションへの拘りが薄らいで来ていた金剛である。提督自身が好いてくれているからこそ、最終的には自分の所へ戻ってくるという確信にも似た信頼があるからか、他の嫁艦とイチャついていても、結婚前のように嫉妬に狂うような事は無くなった。倦怠期なのか?と問われればそんな事はなく、2人きりの時には互いに甘えたり愛を語らったりしている。何とも不思議な距離感の夫婦なんだな、と客観的に見て再認識させられた。そんな所に

「う~っす、真面目に仕事してるかぁ?」

 提督がのっそりと執務室に入ってきた。身嗜みは整っているが、まだ少し眠いのか足取りは重い。その緩慢な動きと巨大な体が相俟って熊のようだ。執務机に備え付けられた椅子にドカッと腰掛けると、大きな口を開けて生欠伸を噛み殺している。

「では提督、午前中の引き継ぎを」

 眼鏡の位置を直しながら、提督の執務机の前に立つ大淀。

「おぅ。……金剛、悪いがいつもの頼むわ」

「OK、仕方無いネー」

 いつもの、とは起き抜けのコーヒーの事だ。ぼやけた頭をシャキッとさせる為、寝起きでコーヒーを飲むのが提督の流儀だ。手が空いている時には出来るだけ金剛が淹れるようにしている。

 執務室の横に備え付けられている給湯室に向かい、業務用のコーヒーミルに豆を入れる。市販の電動ミルや手挽きのミルも試したが、やはり業務用のミルが一番粒の大きさ等が揃う為に扱いやすかった。

 粒の大きさは抽出の仕方で変えるのが望ましい。提督はエスプレッソのような濃い目が好きな為、極めて細かく挽いてやる。なるべく熱を加えず、細かくなりすぎた粉や豆の渋皮を取り除いてからエスプレッソマシンの中へ。電気式の方がより濃厚に抽出出来るとの事で、電気式のマシンを使っている。豆がセットされたマシンが加圧を始め、コーヒー液を抽出していく。提督はカフェラテ、大淀はキャラメルマキアートだったか。金剛はアイスクリームを加えたアフォガードにした。龍驤とアイオワの好みは解らない為、何も加えずに出して自分で調整してもらおう。




「どうぞ」

「あぁ、サンキュー。……それで、大本営からの作戦海域の発表はまだ無いんだな?」

「はい。まだ深海棲艦の動きが流動的で、絞り込めていないようです」

 こちらでも話題の中心は大規模作戦の事らしい。一人ずつコーヒーを渡してやると、啜りながら意見交換を続けている。深刻そうな顔をした龍驤が砂糖なしのエスプレッソを啜ってしまい、「苦っ!」と叫んだ時には少し室内が和やかな雰囲気に包まれたが、それ以外の時間は深刻な空気が場を包む。 

『ねぇ、そんなに大規模作戦は大変なの?』

『そうですね、大規模作戦の際には敵も本気で攻めて来ますから』

 普段の攻略海域には殆ど出てこない姫・鬼級が大量に出てくる。他の戦艦や空母も選りすぐりの個体が出てくるので、通常の海域よりも激戦となるのだ。

「ま、今から心配してても仕方ねぇやな。ウチはいつも通りさ」

 そう言って不敵に笑う提督。大規模作戦だろうと殆ど大きな動きはしないのが、ウチの鎮守府なのだが。焦っても仕方無い、ドンと構えてろというのは提督の口癖だ。 
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