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提督はBarにいる。

作者:ごません
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祝福の杯は蜂蜜酒を

 霧島と若き憲兵・橘君の結婚は、あれよあれよという間に段取りが決まり、6月の内にウチの鎮守府の面子と憲兵隊の隊員達を招いて盛大に結婚式を挙げた。純白のウェディングドレスを着た霧島は、とても眩しく映ったものだ。ちなみにだが俺の隣で嫁さんはずっと泣き続けており、ブーケトスでは周りを薙ぎ倒して足柄がもぎ取っていた。さて、それから1週間後の夜の事だ。改めて霧島夫婦から結婚の挨拶をしたいとの事で、俺は店をリザーブした。

「……で?なんでお前らはいるんだ?」

「darlingだけ結婚の挨拶されるなんて納得いかないネー!」

「あ、青葉は広報としての取材です!」

 青葉と金剛がカウンターに陣取っていた。というか金剛、今から妹夫婦に会うのに出来上がってていいのか?お前は。妹の結婚がよほど嬉しいのか、店のカウンターに座ると同時にスコッチやらエールやらをガブ飲みしており、既に顔は真っ赤だ。

「お、おい提督。場違いというなら私が一番場違いじゃないか」

「仕方ねぇだろ?早霜が遠征に出てていないんだから」

「その男装も似合ってますよ那智さん!」

 そう、今宵のアシスタントは早霜ではなく那智だ。早霜が遠征に出ていて居なかったのと、この間の父の日パーティの時の男装が似合っていたのでそのルックスから採用させてもらった。青葉も広報の写真に使うのか、男装の那智をバシャバシャ撮りまくっている。



 そんな会話を交わしていると、コンコンとドアをノックする音が。どうやら今宵の主役のご到着らしい。

「提督、失礼します」

「し、失礼しますっ!」

 霧島は普段通りだが、隣に立っている憲兵君は緊張の色が隠せない。……それもそうか、俺は海軍という部署違いとはいえ大将だものな。

「まぁまぁ、入り口の所に突っ立ってないで。こっち来て座んなさいよお二方」

 苦笑いしながら手招きすると、おずおずとだがカウンターに歩みを進め始めた。そして着席した所でフゥと一息吐き出す若き憲兵・橘君。一度秋祭りの時に会ってはいるが、中々どうして立派な体格じゃないか。憲兵隊の深緑色の制服がパンパンに膨れてしまっている。

「……ホラ、あれ渡すんでしょう?」

「あぁ、そうだった。ごめん」

 霧島に肘で小突かれている橘君。君の方が大きく見えるが早速尻に敷かれているのか……苦労するぞ。なんて事を考えていたら、橘君が傍らから風呂敷に包んだ一升瓶を3本、此方に差し出してきた。

「大将閣下にはこの度の結婚に多大なご尽力を頂きました。些少ではございますが、こちらを……」

「いやぁ、こっちとしても大事な義妹(いもうと)の為だったからねぇ。それに所属する艦娘の幸せを守るのが司令官の仕事ってモンさ」

 そう言いながらも受け取った風呂敷を解くと、それは3本の芋焼酎。

「うおっ!?こいつぁ『魔王』に『村尾』、それに『森伊蔵』じゃねぇか!」

「えぇ、彼の地元は鹿児島だそうで」

「それで、知り合いに頼んで今年の新酒を……と思いましたが、10月が新酒の時期なので、去年の物を送ってもらいました」

「いやいや、去年の仕込みでも上等上等、『薩摩の3M』は手に入れるのも大変だからねぇ」

 『魔王』、『村尾』、『森伊蔵』の3種はその味の上等さとローマ字で書いた時の頭文字であるMから取って薩摩の3Mと酒飲みの間では呼ばれたりする。早速店のラインナップに並べさせてもらおう。

「いやいや、俺にとっちゃあ最高の贈り物だ。ありがとよ」

「いえいえ、喜んでいただけたなら幸いです」

 そう言って朗らかに笑う橘君を見ていれば、霧島を任せても大丈夫だと安心できる。

「んじゃ、改めまして……橘君、そして霧島。この度はご結婚、おめでとう」

「「あ、ありがとうございます」」

「盛大な結婚式はプロに任せておいて、俺からもささやかだが祝いの宴って程じゃあねぇが、食事会を二人に贈りたいと思ってな」

「darlingの料理はサイコーですからぁ、たっぷり楽しんで下さ~いネ?」

 べろべろの金剛、にへらっと笑いながらそう言っている。嫁さんに褒められる気分は悪くはないが、出来上がってる状態で言われてもなぁ……。

「まぁ、料理は追い追いな。まずは乾杯といこう。……ところで橘君は洋酒はイケる口かい?」

「え?えぇまぁ。基本は日本酒や焼酎が多いですが、基本はザルなので……」

「結構。それじゃあ『人類最古の酒』であり『花嫁の酒』と言われている一杯をご馳走しよう」

 俺がそう言って那智に目配せすると、那智は小さめのブランデーグラスを列席者の前に並べていく。俺は棚から2本のボトルを手に取り、カウンターに置いた。

「司令、これは何です?何かロシアっぽいラベルですけど」

 初めて見るボトルに興味津々の青葉。しかしその観察眼は鋭いな。

「こいつぁロシアの醸造酒、『メドブーハ』だ。蜂蜜が原料でな、蜂蜜の分量の差で味わいが変わる」

 蜂蜜が少なければ短期間の発酵で喉越しさっぱり飲みやすいタイプになり、蜂蜜が多ければ長期発酵でコクやキレを楽しめる濃厚な味わいのタイプになる。今回は両方準備してある。アルコールはどちらも5%前後だが、甘くて飲みやすいが為についつい量を過ごしやすい酒だ。

「でも、蜂蜜のお酒が人類最古の酒なんですか?」

「あぁ、メドブーハは12世紀頃からの酒だが、蜂蜜酒……所謂ミードって奴ぁ旧石器時代まで歴史を遡るらしいから1万4千年位前からある酒らしいな」

 蜂蜜酒……ミードって酒の歴史はとてつもなく古い。人類が農耕を始める前から存在した訳だ。それも当然、蜂蜜酒を一番簡単に作る方法は、水と蜂蜜を同じ容器に入れて放置するだけ。今でこそ東欧やロシア位でしか楽しまれていないが、その昔は酒といえば蜂蜜酒だったのだ。

「でも、なんでその蜂蜜酒が『花嫁の酒』なんですか?」

「ふふふ、霧島よ。蜂蜜酒とジューンブライドには密接な関係があるんだよ」




 6月に結婚すれば幸せになれると言われているジューンブライド。コレには諸説あるが俺は『ライフサイクル説』を推したい。中世ヨーロッパにおいて、3-5月は農業の繁忙期であり、その月に結婚式を挙げる事を禁じていたとする説だ。そして6月に我慢していた新郎新婦達が一気に結婚するので、6月は街中で毎日のように結婚式があり、纏めて街中から祝福される為、一層幸せになるという説なのだ。

 そしてこのライフサイクルが、ものの見事に蜜蜂のライフサイクルと重なるのだ。3-5月は春……芽吹きの季節。蜜蜂の活動も活発となり、人間達がせっせと農作業に励む傍ら、働き蜂達もせっせと蜜を集める。そして6月、農作業が一段落して初夏の牧草刈りに人手が必要になる前には、蜂蜜がたわわに出来上がっている。そして人々は蜂蜜を採取し、酒を醸し、蜜蝋から作った蝋燭を教会などに寄付して結婚式を挙げ、蜂蜜酒で乾杯して祝宴を催した。そうして嫁を娶って草刈りの季節に向けて人手を確保したのだ。つまり、蜂蜜酒がビールやワインの祖先であり、花嫁を祝福した最古の酒だという訳さ。

「成る程、興味深い話ですね!」

「まぁ、講釈はコレくらいにして乾杯といこう」

 俺はメドブーハの栓を開けると、次々とグラスに注いでいく。中の菌がまだ生きているので微発泡している金色と琥珀色の液体は、照明の光を受けてキラキラと輝いている。

「では、二人の門出を祝して……乾杯」

『乾杯!』

 さぁ、楽しい宴の始まりといこう。
 
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