提督はBarにいる。
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6月第3日曜日・14
「提督?大丈夫ですか、顔色が優れませんが……」
「あぁ、大丈夫だ。ウチの連中は仲が良すぎると思ってな……少し疲れただけだ」
「……?いまいち話が飲み込めませんが、気を付けて下さいね?提督の代わりはいないんですから」
自重しない正規空母組を避けるように、俺は軽空母組の作ったというローストビーフを食べに来ていた。流石に鳳翔が主導で作った一品だ、ホテルや一流レストランで食べる物と何ら遜色ない。
「しかし、流石だよ鳳翔。俺でもこんなに美味いローストビーフが焼ける自信はない」
俺がそう褒めると、鳳翔はキョトンとした顔になり、すぐにクスクスと笑い始めた。
「それは作った娘達に言ってあげてくださいね?」
「あ?作ったのは鳳翔主導でじゃないのか?」
「アッタシだよ~、提督ぅ!」
ぐわしっ、とまた首筋に抱き付かれた。やれやれ、今日は随分と首を酷使する日らしい。まぁ、声色と酒気の匂いで誰が抱き付いて来たのかはまるわかりだったが。
「流石にお前に抱き付かれると重いんだがなぁ、隼鷹」
「あ~、そういう事言う?幾らサバサバしてても隼鷹さんだって乙女なんだぞ~?このこの!」
そう言いながらツンツンと立っている髪を擦り付けてくる隼鷹。正直チクチクとしてて痛い。
「あたたた、悪かったよ。しかし意外だよ、隼鷹も中々料理が上手かったんだな」
これは素直な感想だ。いつも飲んでばかりな隼鷹が、ここまで料理が出来るとは思っていなかった。
「何言ってるのよ提督、飲兵衛だから料理上手なんでしょ?」
「そうですね、おつまみ足りなくなったら自作しますから」
「そうだよ~、だから提督も上手なんじゃない!」
いつの間にやら集結していた飛鷹、祥鳳、瑞鳳に口々に言われたが、さもありなん。飲兵衛ってのは長時間の部屋飲みの際にはつまみを多量に用意しておく物だが、足りなくなったら買いに出るか自作するかだ。飲むのを止める、という選択肢はあまりない。出て歩くのが億劫ならば在り合わせでつまみを作るから、上手くなるのも当然か。……というか、その最たる例が自分である事に今更気付いた。
「やぁ提督、ここにいたんだね。探したよ」
「まったく、レディに探させるなんて失礼しちゃうわ!」
「ホント暁の言う通りよ、このクソ提督!」
背後から3人の声が聞こえた。振り返ると、そこには時雨、暁、曙の3人がそれぞれが作った料理なのだろうポップコーン、ポテトチップス、そして何かの飲み物らしき物を持って立っていた。そして何故だかニヤニヤ笑う漣が曙の傍らに立っている。
「なんだ、わざわざ俺を探してたのか?探さなくても俺が取りに行こうと思ってたんだが」
立食パーティ形式だ、立って歩きながら料理に舌鼓を打ち、談笑するのが本来の楽しみ方だろう。
「うっさいわね、持って来ようが私達の勝手でしょ!?」
真っ先に反抗してきたのは曙。顔を真っ赤にして怒鳴ってくる。
「ご主人様、ボノたんは自分の作った特製レモンジンジャーが飲んで貰えるか心配だからわざわざ持って来たんスよ。かぁ~、乙女っスよね~」ニヤニヤ
「なっ、バッ、余計な事言うんじゃないわよアンタ!」
曙は先程よりも赤くなって漣に詰め寄っている。まるで茹で蛸のようだが、漣は未だヘラヘラと笑っている。
「だって事実じゃないですかぁ~、漣に何か落ち度でも?」(ドヤァ
おい、その台詞は本人に聞かれると怒られるぞ?なんて思っていたら漣の背後に不知火が立っている。
「落ち度しかありませんね、漣さん?」
「あ、あらぁ~?これって物まね番組でよくある、ご本人登場パターンって奴じゃないですかヤダー……アハハ…」
滝のような汗を噴出させる漣を、不知火が羽交い締めにした。
「さぁ曙さん、今です」
「ありがとう不知火。さぁ、アンタのその減らず口を塞いであげるわよ漣ぃ……!」
「ひいぃ、ボノたんお助けー!」
「問答無用っ!」
曙は暁の持っていたお盆の上のポテチを鷲掴みにすると、漣の口に無理矢理押し込み始めた。最初は抵抗していた漣だったが、やがて口に押し込まれたポテチのせいで息苦しくなったのか、白目を剥いてひっくり返ってしまった。
「ふぅ、一丁上がり!」
満足げに手を払う曙。しかしその隣で暁は仏頂面だ。
「ちょっと曙、何するの!これは司令官に食べて欲しくて持って来たのよ!?」
いや暁よ、曙が押し込んだ分を除いても、まだお盆の上には随分とポテチが載っている。俺が食うには十分だ。それに時雨の持って来たポップコーンもある。
「ちょうどいいや、曙」
「何よ!?」
「その……レモンジンジャーだったか?俺にも1杯貰えるか?」
「うぇっ!?」
一瞬たじろぐ曙。
「今からポテチとポップコーン食べるんでな、飲み物がないと若干辛い」
「か、勝手に取ればいいでしょ!」
再び顔を真っ赤にしてグラスを突き出してくる曙。それを受け取り、チビリと一口。……生姜とレモンという刺激的な二つの組み合わせだが、砂糖と隠し味のハチミツで上手く飲みやすくしてある。…が、俺が飲むにはちと甘過ぎるな。
「隼鷹、炭酸水あるか?」
「あぁ、あるよ」
恐らくは焼酎やウィスキーを割るために買ってきてあったのだろう炭酸水のボトルを受け取り、氷と先程のレモンジンジャーを入れて、そこに炭酸水。軽くステアしてやればジンジャーエール風のドリンクの完成だ。改めてゴクリと一口。俺の作るジンジャーエールはシロップ煮がベースだからサラサラとしているが、こちらはレモンの果肉や生姜の繊維質が入っているのでドロリとした口当たりだ。しかしその分生姜の辛味やレモンの酸味がダイレクトに来てサッパリと飲める。これはこれで好きな奴には堪らない味だろう。
「うん、美味いぞ曙。ありがとうな」
「べっ、別に?アンタに褒めて欲しくて作った訳じゃないわよ」
そう言いながら曙の顔は耳まで真っ赤だ。素直じゃねぇなぁと思いつつ苦笑していると、
「司令官!ドリンクだけじゃなくて私達のお料理も味見してよ!」
と暁にせっつかれた。はいはい、と応じつつお盆の上のポテチをつまんでパクリ。曙がごちゃごちゃに混ぜてしまったせいか、つまむ毎に違う味がする。うす塩や海苔塩、コンソメ、カレー味なんてのもある。厚みも不揃いだが、それが手作り感満載でこれまたイイ。厚目だとザクザクと、薄ければパリパリと、同じ味でも食感が違うから飽きが来ない。
「こりゃいいねぇ、美味しいよ暁~!」
隼鷹をはじめとする軽空母の連中も、曙のレモンジンジャーを炭酸割りにして、更にウィスキーを注いでジンジャーハイボールにして飲みながら、暁のポテチをつまんでいる。中でも隼鷹は気に入ったのか暁の頭をワシャワシャと撫で回している。
「や、止めてよ隼鷹お姉様~!」
ブフッ、と思わず噴き出してしまった。未だに隼鷹は暁の『お姉様』だったのか。思わぬ不意打ちだ。
「提督、今度はこっちも試してみてよ」
時雨の差し出したのはポップコーン。だが、表面がうっすらと茶色く色付いている。
「陸奥さんが生キャラメルを作れるって聞いてね。教わりながら作ってポップコーンに絡めてみたんだ」
あぁ、俺が教えたレシピか。キャラメルポップコーンは美味いだろうと予感はしていたが、こんな形で食べる事になろうとは。※詳しいレシピは84話を参照
「うん。初めて作ったにしては上等上等」
ちょっと焦げて苦味が出てしまっているが、大失敗という程ではない。寧ろ初めてにしては上出来だ。
「ホントに?ホントに美味しいかい?……良かった、ちょっと心配だったんだ」
ホッと胸を撫で下ろした時雨。甘味をリセットするためにジンジャーエールを一口煽った所で、再び口を開いた時雨の口から出たのは謝罪の言葉だった。
「ごめんね提督、さっき夕立が変な事言って……」
「あぁ、犬にしてとか何とか言うアレか?気にすんなあんなの。酔っ払い相手してりゃあ、あんなの日常茶飯事だっての」
実際の所、酒の勢いからくる悪ふざけなのか、それとも酒の勢いを借りた本音なのかは解らんが、酔って言い寄って来る奴なんざウチの鎮守府にゃゴマンといる。後は素面でも時間と場所を弁えない嫁共とかな。
「でもね提督、夕立は殆ど本気だったんだ」
時雨は淡々と、しかし本音だと解るだけの雰囲気を纏って語りだした。
「提督には金剛さんという素敵な奥さんがいる。……けどね、夕立や僕を含めて提督に思いを寄せている娘は沢山いるんだ」
「夕立は自分にとても素直だからね、提督さんへの思いが我慢できなくなってあんな行動を取ったんだと思う」
「僕も提督の事が好きだ。だけど、提督と金剛さんの関係は壊したくない。だから、僕が思いを一方的に寄せているのは……構わないよね?」
そう言いながらポケットから細長いプレゼントの箱を取り出した時雨。
「これは?」
「僕からの父の日のプレゼントさ。何がいいか迷ったんだけど、常に身に付けておける物がいいと思ってね」
「……開けてもいいか?」
黙ったまま頷く時雨。包みを解くと、中から出てきたのは万年筆だった。見た目からしてかなり高級そうだ。しかもグリップの部分に俺のイニシャルが彫ってあり、金メッキまでしてある。
「イニシャルの加工は明石さんにお願いしたんだ。僕がやると失敗しちゃいそうだったから……」
ひどく残念そうな時雨。彫れるならば自分でやりたかったのだろう。
「ありがとうな、時雨。大事に使わせて貰う」
「ふふ、良かったよ。喜んでもらえて」
そう言って時雨は再び微笑んだ。その天使のような微笑みの中、目尻に光るものが見えたのが気のせいだったのかどうか、俺には自信がない。
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