提督はBarにいる。
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嗚呼、懐かしの烏賊尽くし・その5
「アトミラール、揚げ物が続いたので何かこう……口直しのザワークラウトのような物を貰えないだろうか?」
ふむ、口直しの一皿か。油っこい物を食べるとさっぱりとした浅漬けとかサラダが欲しくなるからな。
「わかった。今チャチャッとコールスロー作っちまうから、少し待っててくれ」
「コールスロー?コールスローだとマヨネーズ使うからくどくなっちまうんじゃないかい?」
そう言って横から口を出してきたのは朝霜だった。確かに普通のコールスローサラダなら、マヨネーズを使うので量によってはくどくなるだろう。
「大丈夫だ、マヨネーズは使わん」
《マヨネーズ不用!さっぱりコールスロー》※分量
・キャベツ:1/4個(300g)
・塩:小さじ1/2
・すし酢:大さじ1
・オリーブオイル:小さじ1
・黒胡椒:適量
キャベツは千切りにして塩を揉み込み、水を出させる為に15分放置。しっかりと水を搾り、オリーブオイルとすし酢、黒胡椒を加えて和えたら完成。なんといってもポイントはすし酢。酢飯を作るために様々な調味料を合わせてあるすし酢を使う事により、手間をかけずにバランスの良い味に仕上がる。
「はいお待ち、『和風コールスロー』だ」
グラーフに出してやると同時に、俺は次のイカ料理の支度を始めた。メニューは……イカ飯。それも、洋風に仕上げた風変わりなイカ飯だ。
《洋風仕立てのイカ飯!》※分量2人前
・真イカ:1杯
・赤パプリカ:1/4個(20g)
・マッシュルーム:3個(30g)
・米(洗った物):大さじ3
・オリーブオイル:大さじ1/2
・塩、胡椒:各適量
・顆粒コンソメ:5g
・にんにく(みじん切り):1/2片
・イタリアンパセリ:適量
・トマト:1個
・ローリエ:1枚
・水:400cc
【ビネガーソース】
・白ワインビネガー:大さじ1/2
・オリーブオイル:大さじ1
・塩:小さじ1/3
まずはメインのイカの下拵え。胴から内臓とゲソを外し、胴体の中の骨を外す。その後で胴の内部を水洗いし、よく水気を拭き取っておく。外側もよく水洗いしたら皮を剥がしておく。
一般的なイカ飯といえば醤油とイカの皮から染み出すあの黒さが特徴だが、洋風仕立てのイカ飯は見た目にも美しさを求めたいので皮は剥がしてしまおう。
次に野菜を切っていく。パプリカとマッシュルームは3mm角に、飾り用のトマトはヘタを取り、5mmの厚さにカット。
野菜とイカの支度が出来たら、フライパンにオリーブオイルを引いて、にんにくを中火で炒める。香りが立ってきたら洗った米、パプリカ、マッシュルームを加えて更に炒める。全体に油が回ったら、塩、黒胡椒で味付け。
「アトミラール、いったいそれはどんな料理なんだ?」
「あ~……ベースは和食のイカ飯って料理なんだがな、ヨーロッパとかの料理で近い物が中々…」
「イカメシ……。メシ、とはライスの事だったか?具と炒めたライスをどうするんだ?」
「あぁ、これを今からイカの胴体に詰めてブイヨンで炊くのさ。工程としてはピラフに近いのか?」
そうグラーフと会話を交わしながら、イカの胴体に米を詰めていく。コツとしては米の炊き上がり時の膨張率を計算して、ギュウギュウに詰め込まない事。そうしないと破裂して、見るも無惨なイカリゾットになってしまうからな。
「なるほど……チキン等にライスを詰めて、炊き上げてピラフにするような感覚か。理解した」
お、それも美味そうだな。今度試してみるか。イカに米を詰め終わったら、爪楊枝で縫い合わせるようにイカの胴を閉じる。
鍋に水、コンソメを入れて溶かし、米を詰めたイカをドボン。蓋をして強めの中火にかける。スープが沸いてきたら火を弱め、時々引っくり返しながらそのまま20分煮る。その間に盛り付ける時にかけるビネガーソースを作る。……と言っても、白ワインビネガーとオリーブオイル、塩を混ぜるだけなんだが。
「それにしても……アトミラールと結婚したコンゴウは幸せ者だ」
「何だ?藪から棒に」
イカの具合を見ていた俺は、唐突にグラーフに話しかけられた。
「だって、アトミラールは日本人だというのに、こんなにも色んな国の料理が作れるじゃないか。日本にいながらにして世界を旅した気分になれるのは、とても幸せな事だと思う」
「まぁ、日本人てのは昔から食にはうるさい人種だからな。それを言ったらグラーフ、お前も中々幸運だぞ?」
「? 何故だ?」
「お前さん加賀と仲が良いだろ?あいつの和食の腕は中々だ。特に煮物は俺より美味いかも知れん」
「そ、そうなのか!カガが作ったナー・ヴェーは美味いと思ったが、やはりカガの腕前はアトミラールも一目置く程だったのか!」
そう言えば加賀がそんな話してたっけな。グラーフが着任した時に、新たな正規空母の仲間として歓迎会で鍋をつついたと。最初グラーフは怪訝な顔をしていたと首を捻っていたが……。
「最初にアカギ達から夕食に誘われた時は何をするのか分からなかったんだ。いきなり『鍋をつつこう』と言われて、何かの黒魔術の儀式なのかと勘繰ってしまった」
そう言ってグラーフは照れ臭そうに頬を染め、枡酒を啜った。成る程な、鍋をつつく、なんて日本語的な表現、来日したての外人に理解しろってのが無茶な話だ。
「しかしあの料理は美味かった……というより、温かかった。仲の良い人間同士が1つの鍋を囲んで同じ物を食べるだけで、あんなに暖かい気持ちになれるのだと初めて知ったよ」
鍋ってのは団欒の象徴だからなぁ。もしかしたらその辺も勘定に入れて、加賀の奴は歓迎会を鍋パーティーにしたのかも知れんな。……おっと、イカが膨れていい感じになってきたぞ。
スープからイカを引き上げて、食べやすい厚さに輪切りにする。パンパンに膨らんだ胴体の中では、米がたっぷりとイカの旨味とコンソメを吸ってふっくらと炊けている。
イカ飯と輪切りにしたトマトを交互に盛り付けて、仕上げに上からビネガーソースをかけてやり、イタリアンパセリを散らせば完成だ。
「ハイよ、『洋風イカ飯』。トマトと一緒に食べてみな?」
「了解だ」
最初のおっかなびっくりはどこへやら、グラーフはトマトとイカ飯の一切れを箸でつまみ上げると、一口でその全てを口内に収めた。
「ほっひぇもおいひいろアトミリャール!」
グラーフ、口の中が一杯すぎてマトモに喋れていない。
「とりあえず口の中に物入れて喋るのは行儀悪いから、飲み込んでから感想は聞くよ」
俺が苦笑混じりにそう応えると、グラーフはブンブンと首を縦に振って急いで噛み始めた。やがて口の中の物を飲み込んでから、再び口を開いた。
「す、済まなかった。しかしそれくらい早く感想を伝えたい程に美味しかったんだ。まだまだ世界には私の知らない物が沢山あるんだな」
「大袈裟な奴だなぁ、それならもっと食べるか?イカ」
俺がそう尋ねると、グラーフは首を横に振った。
「そうしたいが、今日はもう満腹だ。またの機会にさせてもらうよ」
そう言ってグラーフは会計を置いて立ち上がった。
「今度来るまでにもっと刺身や生魚に馴れてくるよ。その時はーー…」
「あぁ、最高のイカ刺し食わせてやるぜ」
「フフ……楽しみにしているよ、アトミラール」
そう言ってグラーフは、店にきた時とは対象的な笑顔で店を後にした。数ヵ月後、めでたくイカを克服したグラーフがビス子達に巻き込まれ、見事に飲兵衛の称号を獲得したのはまた、別の話。
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