提督はBarにいる。
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山雲農園の春野菜スペシャル!その1
今日は執務を早めに切り上げよう。週に1度、書類仕事を早く切り上げると決まっている日がある。白い制服からBarでの仕事着に着替えて、その客人を待ち受ける。やがて控えめなコンコン、という小さなノックの後に、
「司令~、山雲です~。入りま~す」
「あぁ、ご苦労さん。……おお、今回も豊作だな」
入ってきたのは朝潮型の6番艦・山雲。妹の霞とよく似たグレーがかった水色の長髪が特徴の駆逐艦娘だ。彼女は身の丈に合わない巨大な段ボールを持っていて、そこには『山雲農園』の文字が印刷されている。『そんな印刷いらんだろう』と言ったんだが、明石の奴が悪ふざけで作ったらしい。その箱の中には、取れ立ての旬の春野菜がぎっしりだ。
レタスに春キャベツ、アスパラにブロッコリー、新玉ねぎと新じゃが、牛蒡も堀り立てなのか土が付いたままだ。かぶに芥子菜、カリフラワー、それに蚕豆と種類も豊富だ。
「いや~、毎週すまんなぁ。……しかし、ホントに良いのか?こんなに大量の新鮮野菜がタダで?」
「い~んですよぉ~、私はぁ~、野菜作りが楽しくてやってますからぁ~」
山雲は独特のフワフワとした喋り方で朗らかに笑う。まるでその名の通り、雲の上にいるかのような雰囲気だ。しかし、そんなフワフワした彼女こそ、ウチの鎮守府の影の功労者だ。
話は数年前、鎮守府の裏の土地を買い上げて飛行場を設営する事が決まった辺りの事だった。
『食糧増産計画ぅ?』
突然持ち出された計画書に、俺は疑問の言葉を投げ掛けた。提案者は大淀・間宮・鳳翔の3人の連名。ウチの鎮守府の財政と食糧事情に精通した3人からの訴えとあらば、聞かない訳にも行くまい。
『そうです、ただ今我が鎮守府には200を越える艦娘とそれに附随する妖精さん達で構成されています。』
口火を切ったのは大淀だ。恐らくは間宮と鳳翔からの相談を受けて提案書を作ったのも彼女だろう。
『今現在の食糧供給率と、今後の艦娘の増加による伸びが次のページのグラフです。』
今現在の食糧供給は間に合っている。しかし、今後増えると予想される(実際増えた)艦娘の数を考えると、食糧供給率は一気に下がり、備蓄さえもままならない状況が待ち受けている、と。
『なら、食糧の仕入れを増やせばいいだろ?まだ予算には余裕があったハズだ』
『いえ、そうなんですが生鮮食品……特に新鮮な野菜類が手に入りづらくて…』
そう言って溜め息を吐いたのは間宮だ。保存食や魚介は手に入り易いだろうが、新鮮な野菜となると話が変わる。どうしても野菜は鮮度の問題上手に入る種類に偏りも出るだろう。
『フム……話は解った。で、何か策があるんだろ?それを聞こうじゃないか』
『簡単な話だ。買えないのなら作ればいい』
そう言いながら執務室に入ってきたのは武蔵だ。
『要するに、家庭菜園みたいな物か。用地は今設営中の飛行場の一画にするとしても、野菜の世話を出来る人間がいるのか?』
『その点は問題ない。私や大和は昔、乗員が畑を作っているのを見ていたし、他にもそういう者は沢山いる。特に山雲は農家顔負けだ』
『山雲?朝潮型のか?』
『そうだ。今も鎮守府の一画に小さな家庭菜園を作って他の者に配っているが、中々好評なようだぞ?』
この時はまだ武蔵の話を眉唾で聞いていた。完全に信用するには材料が足りなかったからな。
『そうか。まぁ物は試しだ、やってみろ。必要な道具やら苗やらの予算はこっちで出すからよ』
『あぁ、助かる。上手くいったら提督の店にも新鮮な野菜を卸してやるぞ?』
『期待しねぇで待っとくよ』
そうやって始まった山雲主導の農園だったが、意外にも手伝いの希望者は多く、収穫量もかなりの物だった。それからは毎年少しずつ規模を拡大し、今では季節ごとに何種類もの野菜を育てているらしい。どこかのアイドル兼農家も顔負けだ。その恩恵に与って、ウチの店にも毎週野菜が届くようになった、ってワケだ。
「で、支払いは本当にいらないんだな?」
「いりませんよ~、趣味で作って食べきれないので~お裾分けしてるんです~」
「……そっか、なら遠慮なく。んじゃあ明日の夜、いつものようにな」
「は~い、楽しみにしてますね~♪」
山雲は金銭を要求しない。代わりに俺は、貰った野菜で料理を振る舞う事にしている。良い仕事には相応の対価を支払って当然、ってのが俺の考え方だからな。
そして、その夜。
「……で、な~んでお前らもいるんだよ」
「別に問題なかろう?山雲に誘われたのだ」
「そうですよ提督、山雲ちゃんからの折角のお誘いを断ったら失礼だと思います!」
山雲と共に現れたのは大和と武蔵の姉妹だった。聞いた所によると普段から出撃の少ない二人は農園の手伝いを積極的にしているらしいし、自主的に農園の警備もしているらしい。以前は銀蝿しようとする不届き者もいたらしいが、最近はめっきり減ったと聞いていた。
「だってぇ~、美味しい物は皆で分けて食べた方が良いじゃないですか~♪」
誘った張本人の山雲はそう言ってニコニコしている。まぁ、本人が納得しているならそれでいいんだが……。山雲が持ってきた野菜、一晩で無くならなきゃいいが。
「さて、と。飲み物は?」
何はともあれBarだからな、とりあえず飲み物を提供してしまってからにしよう。
「私はビールだな。今日も畑仕事で喉が渇いた」
「あ、じゃあ私もビールで」
「じゃあ山雲もおビールで~」
その瞬間、俺はずっこけそうになった。
「山雲、その言い方は止めとけ。そりゃ水商売の姉ちゃん達の呼び方だ……」
「え~そうなんですか~、気を付けま~す」
解ったのか解ってねぇのか、良く解らなくなる返事だ。まぁいい、とりあえずビールだ。山雲には中ジョッキ、大和と武蔵には男前ジョッキに注いでやる。無論、俺の分も忘れずにな。
「ホレ、乾杯」
「「「かんぱ~い!」」」
4つのグラスが打ち鳴らされ、飲み会が始まった。まずは小手調べとお通しを出してやる。
「おぉ、じゃがバターか。こいつは美味そうだ」
嬉しそうに両手を擦り合わせる武蔵。新じゃがは瑞々しくて煮崩れしやすいからな、皮付きで十字に切れ目を入れたら、蒸かして塩・胡椒。そして割れ目に熱い内にバターをポトリ。もうこれだけでご馳走だが、
「こいつをのっけても美味いぞ?」
そう言ってイカの塩辛、酒盗、ほぐした明太子とたらこマヨネーズを出してやる。じゃがいもの品種は男爵……火を通すとその豊富なでんぷん質のお陰でホクホクとした食感になり、ねっとりとしたメークインよりも淡白な味になる。フライドポテトやコロッケ等、いもをガツンと味わいたい料理向けだ。
まだ湯気の出るじゃがバターを、熱がりながらも手で食べやすく割り、上に追加で乗せるもよし、そのままかぶりつくもよし。
「土の香りがする……とっても美味しいです!」
大和はまずそのままかぶりついたようだ。皮付きで蒸かしてあるからな、皮に染み付いた土の香りがいいアクセントになる。
「おぉ……イモと塩辛がこんなに合うとはな」
武蔵はイカの塩辛を乗せたらしい……流石は酒飲み。塩辛の濃厚な味とイモの淡白ながらもどっしりとした独特の旨味が合わさると、絶妙だ。これがまたビールに最高、幾らでも飲める。
「美味いか?山雲」
「ほっひぇもほいひいれふ~♪」
口一杯に頬張っているのか、言葉になっていない。そんな山雲を可愛らしく思いながら俺も一口。俺は鰹の内蔵の塩辛、酒盗を乗せて。イカの塩辛よりも塩気もクセも強いのだが、それをじゃがいもの淡白さがまろやかにしてくれる。良さを打ち消すのではなく、更に引き立てる形で。……うん、これはいい。日本酒にも合いそうだ。
「さぁ、まだまだ料理はあるからな?」
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