夏は夜
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第一章
夏は夜
岸本美咲は夕食を食べてだ、母の夢乃にすぐに言った。
「じゃあ今からね」
「お祭り行くのね」
「ええ、そうするわ」
こう母に言ったのだ。黒髪は既に赤い大きなリボンでポニーテールにしていて前は真ん中から左右に分けている。細い眉毛で額は広い。やや切れ長の目が小さい唇に似合っている。
その娘にだ、母はこう言葉を返した。
「用心はしなさい」
「痴漢?」
「そう、何処にどんな人がいるかわからないから」
だからだというのだ。
「気をつけなさい」
「ええと、じゃあ」
「スタンガン渡してたでしょ」
言うまでもなく身を守る為にだ。
「ブザーとかもね」
「どっちも持って行ってなの」
「そう、お祭りの場所までは一人で行くんでしょ」
「うん」
「だったらよ」
「自分の身は自分で守るなのね」
「そうよ」
文字通りにとだ、夢乃はまた娘に話した。自分とよく似た広い額を持つ娘に。
「小学生でもね」
「六年だし」
「そういうことが出来ないとね」
「いざって時っていうのね」
「そう、大変なことになりかねないから」
夢乃の言葉は真剣だった、娘を想うが故に。
「じゃあいいわね」
「ええ、スタンガン持ってブザーもね」
「持って行きなさい」
「そうするわ」
美咲も母に真剣な顔で答えた。
「私も何かあったら嫌だし」
「絶対によ、あとね」
「あと?」
「その服で行くの?」
デニムの半ズボンと黄色のキャラクターが描かれたティーシャツ、美咲の今の服装も見て言う。靴下は穿いていない。
「そのままで」
「駄目?」
「折角のお祭りだからお洒落したら?」
こう娘に言うのだった。
「そうしたら?」
「お洒落って」
「浴衣着ていったら?」
具体的なお洒落をだ、母として提案した。
「そうしたら?」
「浴衣ね」
「この前お父さんが買ってくれたでしょ」
「うん、夏に入る前にね」
「あれ着ていったら?」
「そうね」
少し考えてだ、美咲は母に答えた。
「それじゃあね」
「ええ、すぐに出してあげるから」
「それで浴衣着て」
「行けばいいわ」
「じゃあ出してくれたら」
「一人で着られる?」
「御免、無理」
美咲は浴衣を一人で着ることは出来なかった、帯を締められないのだ。だから母にこのことをすぐに言ったのだ。
「それは」
「そうよね、着物はね」
「あんなの一人で着られる人いるの?」
「いるわよ、まあ出来ない人は多いけれどね」
「私みたいに」
「そう、だから特に気にすることはないわ」
「そのうち出来る様になりたいわね」
美咲は自分でもと言ったが今は無理だった、それで母が出してくれた浴衣をその母に手伝ってもらってだった。
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