提督はBarにいる。
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変わりダネ!おにぎり特集①
「はぁ。おにぎりねぇ……。」
4月も下旬に差し掛かったとある日、店を開けた直後にやって来た2人の客に、料理を教えてくれと頼まれたのだ。それもメニューは『変わったおにぎり』。
「そうそう!もうすぐ春の行楽シーズンじゃん?彼氏とピクニックデートに行くからさ、珍しいおにぎり作って上げたいんだよねぇ~。」
そう話を持ちかけてきたのは鈴谷だ。以前チューハイに合うツマミを教えてくれと頼まれた事があったが、その後も交際は順調らしい。
「……で?そっちは何でおにぎりなんだ?しおい。」
目の前で俺に真剣な眼差しを向けて来るのは伊401、通称しおい。潜水艦娘が50以上在籍するウチにおいて、同一の艦娘がいない上に、潜水艦ではなく始めから潜水空母としての設計が為されている艦娘だ。……もっとも、19や58、8なども改装すれば潜水空母に艦種がかわるのだが。
「あのねあのね!5月になったらもうすぐ母の日でしょ?だから、大鯨さんにいつも良くして貰ってるから、お休みの潜水艦の皆でお弁当作って、ピクニックしたいの。」
ウチのしおいはその大人びた見た目通りに、潜水艦娘達のお姉さん的なポジションだ。どうやら母の日に大鯨に感謝の意を示したいが、母の日当日は春の大攻勢が予定されている時期と重なる。その為、鎮守府の運営に影響が出ないように気を遣って時期をズラしてやるつもりのようだ。そういう事なら協力しない訳にもいかんだろうな。
「……わかった、とりあえず今日は教えられないから明日の日中に来い。それまでに色々と準備しとくから。」
「やった、提督話が解るぅ!」
「じゃあ明日ね!おやすみっ!」
そう叫ぶと2人は店を飛び出して行った。
「あ、おい!……あいつら、何も注文しねぇで帰りやがった。」
こういう客は本来迷惑なんだが……まぁいいか。
そして翌日、執務室を料理教室モードにして鈴谷としおいを待ち構える。
「やっほー提督、今日はよろしくねぃ♪」
「私も頑張るよ~!」
2人共エプロンに三角巾と、その姿だけ見ると学校の調理実習のようだ。じゃあ、さしずめ俺は家庭科の先生ってか?……止めとこう、似合わねぇ。
「それで提督、今日はどんな珍しい具のおにぎり教えてくれんの?」
鈴谷め、気が早いぞ。美味いおにぎりには美味いご飯が大切だ。
「チッチッチ、甘いぞ鈴谷ぁ。美味いおにぎりには美味いご飯が必要不可欠!だからまずはおにぎりにピッタリの『冷めても美味いおにぎり向けご飯』の炊き方から教える。」
《冷めても美味しい!おにぎり向けご飯》
・米:3合
・酒:大さじ2
・昆布:2~3cmの長さで1枚
・水:米の分量に合わせた量
・酢:盃1杯※夏場の防腐用に!
「まずは米を研ぐ。よく勘違いしてる奴がいるが、白米研いだ時に水が濁るのは米糠もあるが、研ぎ過ぎると米が削れて旨味が逃げちまう。始めの水は出来れば水道水よりも浄水……出来るなら軟水を米に注ぎ、糠の臭いを付けない為に2、3回底から全体を混ぜるようにしてすぐに水を捨てる。」
「へぇ~、何ですぐ捨てちゃうのに水は良いのを使うの?」
「米が最も水を吸うのは最初に水に触れた時だ。その時に水道水だとカルキの臭いが移るし、硬水だと多量に含まれるミネラル分で上手く吸水されずに米が硬くなっちまうんだ。」
よく水を切ったら米を研ぐぞ。ボールを握るような手の形を作り、『ボウルの中を掻き回すように』シャカシャカと20回くらいかき混ぜるようにして研ぐ。ボウルに擦り付けるようにしたり、ガシャガシャと力強く研ぐ人もいるが、あれでは米が削れてしまう。そもそも、今の精米機は高性能で、米糠なんてほとんどついていない。軽く、米同士が擦れ合う程度で十分に米糠は落ちる。水をしっかり切るのもその為だ。水気が残っていると米同士の摩擦が起きない。その為に研ぎが甘くなって米糠臭いご飯になってしまうのだ。
優しく研いだら水で米をすすぐ。出来ればここでも良い水を使おう。水を捨てる前に軽く底から2~3回混ぜ、そうしてから水を捨てる。こうする事で米糠が底に残るのを防ぐ。後は数回水を替えてやるだけでいい。
「ねぇ提督、水は何回くらい替えればいいの?」
「そうだなぁ……、さっき1回取り替えたからあと2回位でいいハズだ。目安としては、水が半透明になってうっすらボウルの中の水が見える位ならバッチリだ。」
一番やっちゃいけないのは水が透明になるまで変え続ける事。これだと米の旨味も栄養価も溶け出したスッカスカのご飯になってしまうからな。
「へぇ~!鈴谷今まで透明になるまでやってたよぉ……。もったいな~!」
「まぁ、これから気を付ければいいさ。……さてと、普通にご飯炊くなら後は炊飯器にセットして炊くだけなんだが、今日はおにぎり用ご飯だからな、一旦水を切って冷蔵庫で寝かせる。」
「「え~!なんで!?」」
2人揃っていいリアクションをありがとう。教え甲斐があるなぁコリャ。
「普通にふっくらご飯を炊くならこのまま炊けばいいが、おにぎり用のご飯は水分多すぎると、持っていってさぁ食べようって時にべちゃべちゃになってるからな。気持ち硬めになるように炊くんだ。」
水を切って冷蔵庫で10~15分くらい寝かせればOK、後は昆布と酒を加えて、炊飯器の目盛りより少し少ない位の水でセットして炊く。お急ぎではなく通常の炊飯で炊こう。スイッチを入れたら、後は炊き上がりを待って更に30分程置いて蒸らし、切るように混ぜて米を解してやる。
「……しっかし、何でまた変わりダネのおにぎりなんて。定番のおにぎりで十分美味ぇだろうに。」
梅におかか、昆布にたらこ、明太子、鮭にツナマヨ。日本でよく売れるおにぎりの具の『定番』と言われているのはこの辺りか。このラインナップでも十分だと思うのだが。
「だってほら、どうせなら変わったおにぎり作って料理上手アピールしたいじゃん?」
というのは鈴谷の談。まぁ確かに、変わったおにぎりも作れれば料理上手だとアピール出来るか。
「じゃあ、しおいはどうなんだ?」
「大鯨さん、いつも頑張ってる私達によくおにぎり作ってくれるの。それがスッゴく美味しくて、私もこんなに美味しいの作りたいなぁって。……でも、普通のおにぎりだと大鯨さんに勝てない気がして…」
何となくだが、言いたいことは解る。要するにしおいは大鯨をビックリさせて喜ばせたいんだ。それじゃあ普通のおにぎりだとインパクトが弱いって所だろう。
『普通のおにぎりでも十分に喜ぶと思うんだけどな~。』
感動屋の大鯨の事だ。お弁当を作ってくれたというだけでボロボロ泣いてしまうかも知れない。まぁいいさ、俺は協力出来る事をするだけだ。
「んじゃま、炊き上がりを待つ間に具材の準備するか!」
「「は~い!」」
2人の元気の良い返事に気分をよくしながら、俺は具材の準備に入った。
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