提督はBarにいる。
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忠犬の悩みと親子丼
「うげ……寝過ごした。」
金剛と二人で住んでいる居室で目を覚ましたのは、昼の12時を少し回った頃だった。普段なら11時頃には起き出して身支度を整え、執務室に着いて午前中の執務の状況を引き継ぐのが常なのだが、昨夜は明日(つまりは今日)非番だという飲兵衛共に付き合わされて閉店時間の朝6時まで飲まされ、居室を出る金剛と入れ替わりに布団に潜り込み、そこから泥のように眠っていた。要するに、飲み過ぎたのだ。
「まっじぃなぁ~……、大淀カンカンだぞこりゃ。」
手早く着替えを済ませると、居室を出て執務室に向かう。お誂え向きに今は昼休憩の時間帯、執務室も無人だろう。幸いに人通りも少ない廊下を、見つからないようにこそこそと歩く。
「……ん?あれは…」
前方に一人の艦娘の姿を認めた。背丈からして駆逐艦。服装は……朝潮型か。あの特徴的なロングの黒髪は…
「よぅ、どうした朝潮。随分と元気がねぇな。」
「ふあっ!?ししし、司令官!おおおおおはようございます!」
俺に話しかけられるまで気付かなかったのか、朝潮型の一番艦、朝潮は慌てふためいてこちらに挨拶をしてきた。何せ、焦りすぎて敬礼しながらお辞儀してしまっている。とりあえず落ち着け、と言ってやりたい。
朝潮型一番艦、朝潮。その容姿は正に女子〇学生のそれだが、生真面目な性格とトータルバランスの取れた艤装を使いこなし、ウチの鎮守府の駆逐艦の中でも1軍と言って差し支えないレベルの強さを誇る駆逐艦だ。その性格と上司への忠義心から、「夕立は狂犬(または凶犬)、朝潮は忠犬」と呼ばれたりもする。しかし今歩いていた姿は普段のシャキッとした姿からは程遠く、肩をガックリと落としてどんよりとした空気を纏っていた。雰囲気だけ見たら改二になる前の山城そっくりだ。
「いやな、今後ろから見てたら随分と落ち込んでいるように見えたからよ。何か悩み事か?」
「あ、いえ、特には何も……。」
嘘だ、絶対に何か悩み事があって隠している。目が泳いでいる。バタフライ位激しい勢いで泳いでいる。解りやすい奴だな、と思いつつもゆっくり話を聞くには廊下じゃ都合が悪い。
「とりあえず執務室に来い、茶でも飲みながら話そう。」
「は、はいっ!朝潮お供します!」
幸いにも執務室に辿り着くまで誰とも遭遇しなかった。扉を開けて中を確認するが、やはり執務室はもぬけの殻だ。念の為に朝潮を部屋に入れて鍵をかけ、邪魔されないようにした。
「さぁさぁ、入った入った。」
そう言いながら俺は執務室をいつものキッチン付きのカウンターバーに模様替えする。
「今日は暑かったしなぁ。麦茶でいいか?」
「は、はい。」
グラスに氷を入れ、麦茶を注ぐ。これだって自分で麦を炒って作った拘りの逸品だ。
「さ、遠慮なく飲みな。」
「い、頂きます。」
俺もゴクリと一口。氷で冷やされた香ばしい麦茶が喉を駆け抜けていく。この清涼感が堪らなく嬉しい。まだ少し酒が残っているから余計に沁みる。朝潮も喉が渇いていたのか、ゴクゴクと飲み干している。
「……それで、何であんなに落ち込んでた?」
二杯目の麦茶を注いでやりながら、朝潮に尋ねた。
「今日、神通師匠と川内師匠の下の駆逐艦同士で、5対5の模擬戦をやったんです。」
ウチの鎮守府では、『徒弟制度』というのを採用している。鎮守府所属の艦娘全体の能力の底上げを目的に、自分が技術を教わりたい艦娘の下に『弟子入り』するのだ。教わる側には技術の向上、教える側には己を律する事が不可欠になる為、互いにメリットがある。
駆逐艦は大概、軽巡に教えを乞う事が多い。清霜のように長門や武蔵に弟子入りして射撃精度を高めたり、初風のように妙高に弟子入りする、なんて変わり者も中には居るが、ほとんどは軽巡に師事している。高速且つ近接の戦闘と雷撃をこなす軽巡は、駆逐艦にとってしてみればいい手本だろう。中でも、神通・川内・五十鈴・由良辺りは人気が高い。教え方も丁寧で、直ぐにでも実戦で使えそうな技術が多いそうだ。特に、神通と川内は軽巡最強のツートップを張るだけあって、弟子の駆逐艦のライバル意識も強い。
「月に一度か二度、川内派の方達と『手合わせ』するのですが、今日がその日だったんです。」
「ははぁ、何となく話が見えてきたぞ。」
恐らく、朝潮は負けたのだ。それも、完膚なきまでに。
「で、相手は誰だったんだ?」
「……夕立さんです。」
あぁ、それはしょうがないと言葉を出しかけて飲み込んだ。朝潮にしてみれば改と改二の差はあれど、同じ駆逐艦なのだ。それなのに完敗しては、落ち込むのも無理はないだろう。
「まぁ、夕立はなぁ。あいつは別格だ。身体能力は高いし、何より努力家だ。」
「何でですか!」
ダン!と朝潮がカウンターを拳で叩いた。
「私だって努力してるのに!してるのに……う、うぅ…。」
あ~あ~、泣いちまった。んなつもりは無かったんだが。そもそも、神通と川内のベースとしている武術体系的に相性は悪いのだ。
神通は剣道や空手など、直線的で動きを覚えやすい物をベースにしている。それを反復して動きの精度を上げる事で、攻撃の速度を上げるのだ。
逆に川内は目指している究極系が忍者であり、柔術等のトリッキーな技が多い。夜戦等でも相手に気取られずに背後を取り、必殺の一撃を叩き込んだりと奇襲を好む傾向が強い。弟子の駆逐艦も師匠の影響を色濃く受けて、朝潮は直線的な動きが多く、逆に夕立は奇策・奇襲が多い。夕立からすれば野性的な勘でそれをしているが為に川内の教えは肌に合ったのだろう、川内に師事するようになってから夕立の強さはまた一段と凄みを増している。
「朝潮、お前は焦りすぎだ。」
泣いている朝潮に、冷たいおしぼりを差し出してやる。顔を拭け、という俺なりの気遣いだ。
「それぞれ歩幅が違って当たり前だし、そもそもお前と夕立だとまだ『段階』が違うんだよ、恐らくな。」
「『段階』?それって一体ーー……」
朝潮が俺に尋ねようとした瞬間、朝潮の腹がぐうぅと鳴った。途端に頬を赤らめる朝潮。
「なんだ、まだ昼飯食ってなかったのか。丁度いい、その『段階』の話をするにはうってつけのメニューがある。続きはそれを作りながら、だ。」
「そのメニューとは?」
「親子丼だ。」
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