提督はBarにいる。

　その日は珍しく、ウチの店には閑古鳥が鳴いていた。それもそのはず、民間の船舶会社からの依頼が立て込んで飲兵衛で知られる連中は非番を除いてほとんど駆り出されていた。

　ウチ位の大所帯になると海軍省からの予算じゃ露ほども足りず、民間の船舶会社等から護衛の依頼を受けてその報酬で鎮守府の運営や艦娘への給料を払っていた。こんなご時勢だ、『航海中の安全』ってのは、船舶会社にとっちゃあ何より欲しい物であり、俺達にしてみれば最大の『商品』になる。船が全滅して収益0よりも、金を払ってでも護衛を雇い、少しでも利益を生んだ方が得なのだ。ビジネスってのはそんなモンさ……世知辛いけど。

　そんな事を考えながら、俺は持て余した時間を料理の研究に使う。提督業に精を出せ、と言われてしまえばそれまでだが、こればっかりは譲れん。今俺が作ろうとしているのはとあるメーカーの『焼肉のタレ』だ。記憶の中にあるその味を思い出し、使いそうな食材や調味料を羅列していく。脳内で分量をイメージしつつ、少量を混ぜ合わせて味見。その味をそのタレの味と比較し、違いを見つけたらそこを改善するように再び調合に戻る。以前から幾度となく挑戦はしていたが、納得出来る味には行き着いていない。

「さ～て、どうしたもんか……。」

「何をさっきから唸ってんの？提督。」

「うおっ！？……っとと、足柄か。んだよ、脅かすな。」

「あら！随分とご挨拶じゃない？折角お店の売り上げにに貢献してあげに来たのに。」

　俺のぶっきらぼうな対応にすこしむくれているのは、妙高型四姉妹の三女である足柄。普段から隼鷹や高雄、ビスマルクといった飲兵衛達と飲み明かしているが、戦闘や教導となるとその優秀ぶりを発揮する。そして恋に憧れる乙女な部分を持ち合わせた重巡艦娘である。




「いやなに、昔懐かしの味を再現しようと思ってな。」

「そのドレッシングが？」

「これはドレッシングじゃねぇ。焼肉のタレだ。」

　俺の地元の隣県・青森で製造、販売されている『上北農産加工　スタミナ源たれ』。青森名産の林檎や玉ねぎ、にんにくや生姜をたっぷりと使ったあのサラサラとした焼肉のタレは、焼肉以外にも使い道の幅が広かった。唐揚げの下味や野菜炒め、サラダのドレッシングや餃子のタレにも使える。夏の暑い時分には素麺や冷奴にまで使え、白飯にかけるだけで絶品になる万能なタレだ。

「取り寄せれば良いんだろうが、生憎とあのタレはガラス瓶詰めでな。長距離輸送にゃ向かねぇ。だから自分で作れるなら再現しようとしてるんだが……。」

「それが上手くいかないんだぁ。」

　そんな会話を交わしながら、ゴクゴクと喉を鳴らしてビールを流し込んでいく足柄。ぷはぁっ！と息を吐き出すと、鼻の下に見事なビール髭が出来ている。

「しかし、よく飲むなぁ。」

　既に大ジョッキで6杯目だ。今日は珍しくハシゴせずにまっすぐウチに来ているからか、普段よりハイペースに飲んでいる。

「だってしょうがないでしょ！？いつもの面子はみ～んな出撃しちゃってるし。独りで飲むのが寂しかったからここに来たんだもの。」

　ブスッとしながらお通しに出した枝豆を、プチプチとつまみながら愚痴る足柄。

「そっか、足柄は皆でワイワイ飲むのが好きなのか。」

「そうよぉ。カレシでも居ればその人と飲むのが理想だけどぉ、私は乾き切ってますからぁ！」

　そう言ってさらに勢いをつけてジョッキを煽る足柄。面倒な飲み方をしやがる。その間も俺は源たれを再現しようと作業を続ける。林檎やにんにく、生姜に玉ねぎをすり下ろし、醤油、味醂、酒を加熱して火を止めた鍋に加える。

　源たれを味わった時にまず感じるのは玉ねぎとスパイスの辛味。そこに林檎と味醂、酒の甘味が追いかけてきて、にんにくの香りが全体を包む。そしてそれら全てを纏め上げる醤油のどっしりとした旨味だった。すり下ろした野菜とフルーツをかき混ぜて馴染ませたら、一味唐辛子と数種類のスパイスを加えて更に混ぜる。粗熱が取れたら味見。

「ん！」

　美味い。完璧に同じでは無いが、これなら十分に使える。

「出来た！」

「え、出来たの！？味見させてさせて～！」

　タレだけ、というのも味気ないので豆腐を食べやすい大きさに切ってネギを散らし、そこに源たれモドキをかけてやる。

「ハイよ、『たれがけ冷奴』。」

「ふ～ん、冷奴を焼肉のタレでねぇ……。」

　フルフルと揺れる絹ごしを箸で切り分け、たれと絡めてやる。そして口内に放り込んだ瞬間、足柄が歓喜の声を上げる。

「何これ！すっごい美味しい！」

「だろ？生姜やらにんにくやらしっかり利いてるから下手に甘ったるくないんだよ。」

「うんうん、それに玉ねぎとか林檎の味もしっかりするからたれ自体が凄く美味しい！」

　よほど気に入ったのか、猛烈な勢いで冷奴を食べきった足柄。

「じゃあ特別だ、俺の思い出の味をご馳走してやるよ。」