落ちこぼれの成り上がり 〜劣等生の俺は、学園最強のスーパーヒーロー〜
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番外編 桜田舞帆の恋路
最終話 譲れない想い
ふと、自分の全身を見遣ると、体中の白い生地が裂け、ドルフィレア以上に肌が露出していた。
――ああ、そっか。
私、やられちゃったんだ。後ろに回られた時に、水圧カッターで。それで、プールまで吹っ飛ばされた。
ステージから落とされた私は、どうすることもできずに水中を漂っている。
でも、しょうがないよね。
全部……彼女の言う通りなんだから。
何の力も魅力もないくせに、ヒロインを気取って船越君の気を引こうとして――結局は、彼に頼ることしかできない。
昨日のクリスマスイブに気づかされた自分の醜さに、改めて対面した気分になる。
――剣淵さんなら、私より財力も個人の実力もある。彼女の方が、私より船越君に相応しい。
だから、もう、夢見るお姫様ごっこはおしまい。
そうよね……私は「船越君のために戦う」なんて言って、結局は彼を苦しめることしかできなかった。そんな私には、今の格好がお似合いよね。
――ごめんね、船越君。私なんかが、あなたを好きになったばっかりに……。でも、もう大丈夫。これからは、私じゃない誰かの傍で、今度こそ平和に暮らして――
そう心の中で呟いて、このまま変身を解いてしまおうと、変身ブレスレットのスイッチに手を伸ばした――時だった。
「……じゃ……きゃ……メ……だ……!」
遥か上の世界――水上の観客席から、何か叫び声が聞こえて来る。
これは……船越君の声!?
そう思った瞬間、私は彼を諦めようとしていたにも関わらず、必死に水を蹴って水面まで上がって行った。
たとえおしまいでも、この決闘の間だけは彼の声を聞いておきたいから。
まがりなりにもヒーロー能力を持っている私は、超人的な身体能力を駆使して素早く泳ぎ、瞬く間に空気を吸える空間にたどり着く。
室内プールの天井が見えた瞬間、私は船越君の声が聞こえた方に首を向けた。
「よかった……復帰できたんだな、舞帆」
「ふ、船越君……」
「全く、心配させんなよ。美姫にぶっ飛ばされた時、心臓止まるかと思ったわ」
私が浮上してきたことを、彼はオーバーなくらいに喜んでいた。
どうして? なんで私なんかのために、そんなに喜べるの? わけがわからないよ……。
そんな私の気も知らないで、船越君はホッと胸を撫で下ろして微笑んでいるお母さんの肩を叩いて、歓喜の声を上げている。
「いろいろ悩むことはあるでしょうけど……この男のことでアレコレ考える必要なんて、ないわよ」
「えっ?」
「あんたは、大路郎が好きなんでしょ? だったら、他に考えることなんかないわ。遠慮する必要もない」
諭すように話すお母さんの言葉を聞いて、私は目を丸くしながら、自分でもわかるくらいに顔を真っ赤にしてしまう。
ほ、本人の前で何を言い出すのよ、もうっ!
……でも、当の船越君は私の帰還に喜ぶばかりで、お母さんの「大路郎が好き」発言は聞いていない様子だった。ホッとしたような、残念なような。
それにしても、お母さんには敵わないな。私のことなんて、全部お見通しって感じ?
「ねぇお母さん。私が水の中にいる時、船越君は……なんて言ってたの?」
「あら、気になる? 本人に聞けばいいじゃない」
素朴な疑問を投げ掛ける私に対し、お母さんは一人で勝手にハイテンションになっている船越君の肩をちょいちょいと指で叩いて、彼を話に混ぜてきた。
「ん、どうした達城?」
「大路郎。舞帆があなたのラブコールをもう一度聞きたいらしいわよ」
「ラ、ラ、ラ、ラブコールゥゥッ!?」
「ラブ……? ああ、あれか」
お母さんの出してきた爆発的ワードに私の顔がオーバーヒートするのを気に留めず、彼は思い出したように目を見開く。
そして、急に真剣な顔で私の目を見詰めてきた。
その普段の言動からは想像もつかないような凛々しさに、思わずドキッとなる。
「舞帆。セイントカイダーは、お前じゃなきゃダメなんだ」
慰めるような口調ではない。なんというか、強く訴えているような声色だった。
「確かに、お前はまだセイントカイダーになったばかりだから、うまくいかないことも多いかも知れない。だけど、それでも俺には、セイントカイダーとしてのお前が必要なんだ!」
「船越……君……?」
「強いとか、弱いとか、そんなことどうだっていい! 俺はお前をすごい奴だって思うし、頼りにしてる。だから、俺は『お前』にヒーローであって欲しいんだ!」
――もしかしたら、彼は彼なりに私の胸のうちを察していたのかもしれない。
ドルフィレアと私の戦闘中の会話は、観客席からは遠すぎて聞こえなかったはずだけど、それでも私の動きを見て、私の異変に気づいていたのね。
本音を言うなら、そんなことより私の気持ちに早く気づいて欲しかったんだけど。
そんな彼の鋭さや鈍さに心の奥底で苦笑している私に、彼は最後の言葉を掛けてくれた。
絶対に忘れられない、私の存在意義に繋がる、あの言葉を。
「だから、何があっても俺の目の前にいてくれよ。お前がいないと、俺はなんにも出来ないんだからさ」
「……うんっ……!」
それは、彼が私を必要としてくれていることを意味していた。
強いとか、弱いとかじゃない。
私が――桜田舞帆が、彼にとっては必要。私を見詰める強い視線が、それが慰めなんかじゃないことを表していた。
――そうよ、そうよね。船越君みたく、卑屈になるところだったわ!
彼はホントにバカで……そんな彼をしっかり叱って支えられるのは、私しかいないじゃない! 私しか、できないじゃない!
弱くたっていい。私は、船越君の力になりたい! 彼もそう願ってくれるなら、私はまだまだ――戦えるっ!
「そうだったわね。すっかり忘れてたわ。私は、船越君のヒーロー……『生裁戦士セイントカイダー』だってこと!」
戦意を、回復できた。
そう実感した瞬間、私はプールから勢いよく飛び出し、こちらを伺っていたドルフィレアの前に着地する。
「生徒の手により裁くべきは、世に蔓延る無限の悪意! 生裁戦士セイントカイダーッ!」
そして、あの人の動きを思い出しつつ堂々と名乗りを上げ、戦線復帰を誇示して見せた。
「大路郎様と何を話されていたのかは気になるところですが……ようやくやる気になってくださったようですね、桜田様」
「ええ、目が覚めたわ。もう、引け目なんて感じない! もう、遠慮なんてしてあげないんだから!」
「光栄ですわ。では、試合再開と致しましょう――『舞帆』様ッ!」
私を名前で呼んだ……つまり、船越君を慕う女同士としてのライバルと再認識したんでしょうね。
こちらこそ光栄だわ――だからこそ、負けられない!
「えー……では、セイントカイダー復帰により試合を再開させていただきます! 始めっ!」
審判さんが試合再開を宣言すると同時に、水圧ジェットによるホバー走行で突進を仕掛けるドルフィレア。
私は逃げることなく正面からセイトサーベルを振り上げ、真っ向から迎撃――
「と、見せ掛けてっ!」
真上に振り上げたセイトサーベルを、そのまま手放す。
もちろん、そうなったからには剣は垂直に上昇していく。
相手の得物に注目していたドルフィレアは、思わず宙を舞うセイトサーベルに目を奪われてしまったみたい。
そこが狙い目! 私はホバー走行でバランスが取りやすいようにと、開かれている彼女の股をスライディングの要領でくぐり抜け、背後に回り込む。
「いくら装甲が頑丈と言っても、この至近距離で背後からならッ!」
「なっ――!」
ここまで来たら、やることは決まっている。再び腰から引き抜いたセイトバスターの銃口を、ドルフィレアの背中に押し当てて引き金を引きまくる!
投げられていたセイトサーベルがプールに落下する瞬間、激しい火花が蒼い甲冑を包み込む。
矢継ぎ早に放たれる光線を受け、ドルフィレアの背面が黒ずんでいくのがわかった。
「きゃあああああっ! くぅ、これしきっ!」
「あうっ!」
しかし、やはりやられてばかりの彼女ではない。
最新型ならではのパワーを活かした肘打ちを受けて、プールサイドまで吹っ飛ばされてしまった。
なんとか立ち上がってセイトバスターを構え直そうとするものの、その頃には再び彼女は姿を消してしまっていた。またしても見失うなんて、不覚だわ。
「またプールの中ね! 今度はそう簡単にやられないわよ!」
もう同じ手を食らうわけには行かない。私はセイトバスターを手にして、思い切ってプールの中へと飛び込んで行った。
「ま、待ちなさい舞帆! ドルフィレアを相手に水中戦を挑むつもり!?」
そんなお母さんの忠告を聞き流し、私は水を蹴って深い水中を突き進んだ。
もちろん、水中戦で私が不利になるのは百も承知よ。だからこそ、向こうは「絶対に負けることはない」と高を括る!
正攻法じゃ彼女にはきっと敵わない。だったら、危険な賭けだとしても可能性の高いやり方で戦うしかない!
私はいざという時に備えてセイトバスターを腰に収め、ドルフィレアの出方を待つ。絶対、彼女はこのプールの中に――
「ここですわっ!」
「えっ――!」
――迂闊だった。まさか、私の真下に潜んでいたなんて。
プールの底に潜むドルフィレアの存在に気がついた時には、私はすでに身動きが取れなくなっていた。
彼女の左腕に搭載されている触手のような武器が、私の全身を搦め捕っている。こうやって、相手の動きを封じるのが用途なんだろう。
「もはやあなたもこれまでですわ。降参なさい!」
ニュルリとうごめくドルフィレアの武器が、軟体生物のように私の身体をはい回っている。正直なところ、気味が悪いことこの上ないわ……。
でも、こんな精神攻撃(?)なんかで私を崩せると思ったら、大間違いよ!
「今さらそんな真似をするような女に見える?」
「……そうですね。ならば、この一撃であなたの変身を強制解除するとしましょう」
そういって、彼女は左腕をもぞもぞと動かすくらいしか抵抗しない私の眉間に、水圧カッターの発射口を押し当てる。
このままとどめを頭に食らえば、確実にセイントカイダーの変身システムが変身者の危険を察知して、私の変身が強制解除されることになる。
つまり、私の負けになるということ。
「見事に精神を持ち直して私と立ち向かった姿には感銘を受けましたが、わたくしにも譲れぬものがあるのも、また事実。この勝負、いただきましたわ!」
勝利が確定したと、強気な顔になるドルフィレア。そう、確かに決定的よね。
――それを、私は待ってた!
確実に私を仕留めるためにギリギリまで近づいてきた彼女を前に、私は忍ばせていたセイトバスターを左手で引き抜く! 片腕だけでも自由になれるように動かしていた甲斐があったわ!
「油断したわね! これでっ!」
「甘いっ!」
「ッ!?」
……だけど、賭けは失敗してしまった。
ドルフィレアは、見抜いていたんだ。私の胸中を。
左手に握られたセイトバスターが火を噴く直前に、私を捕まえていた触手の先端が銃身を弾き飛ばしてしまったわけ。
「もう作戦は終わりでしょうか? でしたら、今度こそ終わりにさせていただきますわ」
余裕のこもったドルフィレアの口調に、私は唇を噛み締める。あんなに船越君が勇気をくれたっていうのに、私は何も出来ないの?
……勝利を持ち帰ることも、出来ないのっ!?
どうして、私はいつも……!
「やっぱり、私なんて――」
そう呟いて、私は自分の無力さを悲観しようとしていた。船越君にあれほど必要だと言ってもらっていたのに、それに応えられなかったから。
しかし、それは早計だった。私は諦めるにはまだまだ早すぎるらしい。
……水中に漂うセイトサーベルが目に入らなければ――私は生涯それに気づくことはなかった!
「――ッ!」
私はドルフィレアがセイトバスターに注目している間に、すぐそばを浮遊しているセイトサーベルの柄に手を伸ばす。
彼女にとって、私の唯一の勝機であったセイトバスターが失われたために、その表情には幾分か緩みがあった。
――勝者が見せる、僅かな油断。チャンスは、やはりそこにしかなかったみたいね!
「……ッ!? まだ武器がッ!?」
剣を握る瞬間、ドルフィレアはハッとして水圧カッターを発射しようと銃口をこちらに向ける! セイトサーベルに気づかれた!
「これで本当に最後よ! たああぁーっ!」
もう迷う必要も暇もない! 私もセイトサーベルを勢いよく突き出し、最後の攻撃に出る!
水圧カッターと、セイトサーベル。
その二つの刃が交錯した瞬間、私は――私達は、意識を水に溶かしてしまった。
……それから三時間後、私と剣淵さんは同じ病室のベッドで目を覚ましていた。
後からお母さんに聞いた話によると、決闘は相打ちに終わり、引き分けという判定がなされたらしい。
水中にいるままで変身を解かれて、気を失っていた私達は船越君が飛び込んで救出してくれたみたい。毛布に包まれてブルブル震えている彼の姿が、申し訳なくもやっぱり微笑ましい。
――でも、「わたくしが暖めて差し上げますわー!」なんて叫びながら彼に抱き着こうとする剣淵さんを止めるのは大変だったわね。あの人、ホントに遠慮がないんだから。
その後、私と船越君は剣淵財閥のクリスマスパーティーに招待されて、セレブなご馳走をたくさん頂いたんだけど……マナー知らずな船越君をリードするのは大変だったなぁ。
それでも、慣れない彼の手を引いてダンスを踊るのは格別の楽しさだったけどね。ふふっ!
あと、剣淵さんはこのパーティーで船越君に告白する気でいたみたいだったけど、今回は見送ることになったらしい。
せっかく綺麗な着物姿でのおでましだったのに、もったいないなぁ。
というのも、決闘でハッキリ「勝利」できなかったから、まだ船越君に告白するには強さが足りないと判断した……からだそうよ。
彼女とのライバル関係は、これからもずっと続いて行っちゃうような気がするわね。
……そして、パーティーの最後には彼女にこう言われたわ。
「真に大路郎様を愛するならば、ご自分の気持ちからだけは――逃げないでください。舞帆様」
その言葉は、私の胸に強く刻まれた。
決して揺らいではいけない、守らなければいけないこと。
それは、「自分の気持ちに嘘をつかない決意」。
船越君の傍にいたいなら、彼の気持ちを大切にして、守らなくちゃいけない。
――いつか、彼と身も心も通じ合う日が来ると、願うなら。
それを教えてくれた彼女に、私は感謝したい。だから、ありがとう。剣淵美姫さん。
そして、船越君。今まで、素直じゃなくてごめんなさい。でも、これからは……そう、もっとあなたに優しく――
「それにしても、戦闘服が破けた時のお前、色っぽかったなぁ。不覚にもドキッとしちゃって――」
「ふ、ふ、ふ、船越君のバカァーッ!」
「あだっ!? す、すまん冗談だ冗談! あぶねっ! サーベルはナシだろサーベルは!」
――させなさいよぉ〜っ! いい雰囲気、台なしっ!
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