落ちこぼれの成り上がり 〜劣等生の俺は、学園最強のスーパーヒーロー〜
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本編 生裁戦士セイントカイダー
第21話 ラーカッサの猛威
「身軽になってこれで対等、ってとこ? 上等じゃない!」
俺が生裁軽装になってからしばらく辺りを包み込んでいた静寂を、ラーカッサの刃が切り裂いた。
その時点で、俺は今の自分にどれほどの変化が起きたのかを見を以って知ることができた。
今まで慌てて飛びのかないとかわせなかった刃が――軽く地面を蹴るだけで簡単に避けられたのだ。
「なにッ!?」
今の俺に似た姿のラーベマンもかなりの俊敏さだったが、驚く彼女の反応を見る限り、生裁軽装がもたらしたスピードはそれ以上らしい。
俺はその恩恵に身を任せ、一気にセイトサーベルで切り掛かる。
自分の身長を越える巨大さ故に、力任せに振るうしかなかった生裁剣とは違い、この細身の剣は片手で振るだけでも相当な切れ味を発揮するらしい。
事実、生裁剣を破壊しかねないほどの威力を誇っていた刃で受け止められても、セイトサーベルはほとんど刃こぼれを起こさなかった。
「ちいッ! やるじゃない!」
さっきまでとは全く違う性能を目の当たりにして、さすがに対策を練る必要を感じたのか、彼女はその場から素早く飛びのいた。
だが、それこそが隙。そして俺のチャンス。
「貰った!」
俺は逃げ場のない空中に跳び上がる彼女を狙い、腰のホルスターから引き抜いたセイトバスターで狙い撃つ。
細く、鋭く伸びた赤い閃光が、刃を纏う紫紺の戦乙女を撃墜した。
「きゃあッ!」
短い悲鳴を上げて、ラーカッサが墜落した。
この戦いで初めて、まともに攻撃が当たった瞬間だろう。
だが、決定打には残念ながら程遠いらしい。
すぐにそこから跳ね起きると、容赦なく五本の指先にある人工の爪で切り掛かってきた。
生裁軽装ならではのセイトサーベルがなければ、それを受け止めることなど不可能だったに違いない。
俺は片手の爪を全て剣で打ち払うと、もう片方の爪が来る前に彼女の腹を蹴り飛ばして間合いを取った。
「……やってくれるじゃない」
ドスの効いた低い声が、俺の気を引き締めさせる。
向こうも余裕こいてはいられなくなったらしい。
「これ以上向かって来ようってんなら、今度はその綺麗な体が、光線で傷物になるぞ」
「言ってくれるじゃない。そこまでたきつけられちゃあ、アタシもマジになるしかないわね」
俺と似たようなことを口にしつつ、ラーカッサはゆらりと身を起こす。
「――今までは手抜きだったってか」
「本気だったわよ。『お遊び』の範疇ではね。ここから先は『殺し合い』の次元に入るけど、覚悟を問う必要なんてないわよね?」
「俺は『殺し』はしない。殺されることはあっても」
「……いい子ぶりはその辺に――しときなッ!」
空気が、変わった。
今のこの瞬間、俺が感じたことをそのまま言葉に形容するなら、それが一番相応しいだろう。今までのラーカッサとは、明らかに気迫が違う。
その威圧に一瞬、硬直したこと。それが命取りとなった。
「がッ――ああッ!?」
冷たい激痛と共に、白い戦闘服が瞬く間に赤く染まる。まるでラーベマンのように。
その傷口は、五つの線の形になっていた。
光線銃より速いスピードで間合いを詰めた彼女の爪が、俺の胸をザックリと裂いたのだ。
目にも留まらぬ速さで攻撃されたのはこれで二度目だが、受けた傷の重さと痛みは段違い。
――当たり前だ。向こうは本気になってる上に、こっちは鎧を外して身軽になっている。ダメージが増えるのは当然の結果だ。
達城も、この身体的なリスクを苦慮して、今まで俺にも教えなかったんじゃないか。なんでこんな簡単なこと、少しの間とはいえ忘れてたんだ!
俺は自分に腹を立てると共に、後ろを振り返った。桜田家を巻き込んでいないか、不安になったからだ。
そこには、家族三人で身を寄せ合う彼らの姿があった。
みんな、見たことのないセイントカイダーの姿やラーカッサの本気を目の当たりにして、呆気に取られているようだった。
その中でも、特に舞帆は心配そうな表情でこちらを見詰めている。
――なにをやってんだ、船越大路郎!
舞帆を守るって、もう何度決めたと思ってる! さっさと立て、立って戦え!
俺は自分自身に無茶苦茶に喝を入れて、セイトサーベルを杖に立ち上がる。
「さて、とっておきの本領はまだ? それとも――もうネタ切れ?」
「だな。……だから使いまわしだッ!」
ホルスターからの早撃ちで、俺はセイトバスターを撃つ。
深紅の光線がラーカッサの胸に真っ直ぐ飛んでいく。
だが、彼女はその射速さえ凌駕していた。
一瞬だけ照準から姿を消したかと思うと、次の瞬間には俺の目の前で不敵に笑っていたのだ。
「そのネタ、もう古いんだよ!」
鋭い回し蹴りが俺の脇腹をえぐり、更に鮮血が辺りに飛び散る。
俺が流血してうめき声を上げる度、後ろの方から悲鳴が聞こえた。
「ああ、そうだ。アンタ、確か所沢に背中を刺されてたわよね」
「――!」
たったその一言が、俺を凍り付かせた。
これからどんな攻撃をされるのか。
それを想像して総毛立った頃には、彼女は既に俺の背後を取っていた。
「ダメよ、怪我人が暴れちゃあ」
皮肉と共に、ラーカッサの拳に内装された弾薬が破裂した。
俺の傷を、根掘り葉掘りえぐり尽くすように。
「……か……ッ……!」
悲鳴は、聞こえなかった。
うっすらと見えた舞帆の表情を見れば、その訳は窺い知れる。
――余りの惨劇に、声も出ない、ってか。
俺は崩れるように倒れ伏し、そこから動かなくなった。
いや――動けないんだ。動けるはずが、ない。
考えてみればわかることだ。
元々、セイントカイダーに変身して戦うこと自体、倫理上「不可能」とされるほどの負担を伴っていた。
変身しているだけで、油断していると「もう辞めたい」という弱い心が脳波となって働き、変身が解かれてしまうことだってある。
加えて、今の俺は昼のバッファルダとの戦いで背中を破片でブッ刺され、ただいま絶賛入院中の身だ。
その傷を押して、俺は痛みを少しでも遮るために着てきたレザージャケットも舞帆に渡し、セイントカイダーの生裁重装に変身した。
そして生裁軽装になったことで変身自体の負荷は薄れたものの、今度はダメージを受けやすくなり、何度も斬られたあげく、背中の傷を弾薬で吹っ飛ばされた。
――普通の人間が、ここまでズタズタにされて立っていられる方がおかしい。
そして、その「普通の人間」の例には、俺は漏れてはいないだろう。
……だが、俺はそれでも立たなければならなかった。
それが「普通」じゃないなら、「普通」でなくなればいい。
――舞帆を救えるなら、俺は人間じゃなくたっていい!
俺は血ヘドを吐き、ラーカッサを睨み上げる。
立ち上がろうとする膝はガタガタと奮え、血液不足を訴えていた。
彼女にさえ勝てば、後はどうだっていい。
俺は舞帆を守るためだけに、セイントカイダーになったんだから!
血まみれになり、もはや意識があることすら不思議に思えるような重体。
そんな状態でも必死こいて起き上がろうとする俺を見下ろし、ラーカッサ……いや、狩谷鋭美は、マスクを外して素顔を見せると共に、怪訝な表情になる。
鋭い吊り目が特徴の、意志が強そうな印象の少女だった。
綺麗に整った目鼻立ちに、紺色の髪を纏めたサイドテール。そして、今までのイメージと対を成すような美肌。
そんな絶世の美女は今、訝しむように俺を見ている。
「アンタ……一体何なの? 何の縁があってそこまで桜田家の味方をするわけ?」
「俺は、舞帆に助けられた……あの娘が助けてくれたから、決めたんだ……! 今度は俺が助けるんだっ……て!」
縋るように、俺は狩谷に訴える。
多くを語る気も余力もないが、そこから何かを察したように、彼女は目を見開いた。
「……ふーん、そうなんだ。アンタ、桜田に借りがあるのね」
それだけ言うと、狩谷は一度俺から目を離すと、憎々しい面持ちで桜田家を睨みつけた。
――彼女は反対に、桜田家には恨みがあるらしいな。
「いいわ。アタシにここまで食い下がってきた根性に免じて、教えてあげる。アンタが命懸けで守ろうとしてるあいつらが、どれだけ腐ってるかをね……」
「……なに?」
俺が顔を上げると、狩谷は背を向けて、今までの気性の激しさとは対照的な静けさで、自らの過去を語る。
俺が病院で、舞帆と平中にひかりのことを話したように。
「アタシは小さい頃、両親に捨てられて孤児院に入った。周りは家族が事故や病気で亡くなったから仕方なくってのがほとんどだったけど、アタシは親に見捨てられてそこにいた。だから、何かといじめられたわ。『お前が悪い子だったから、捨てられたんだろ』ってな」
「――そんなことがあったのか」
「そんな時、いつだってアタシを守ってくれる娘がいた。その娘は周りがどんなにアタシをバカにしても、傍にいてくれた。――アタシなんかのために、友達になってくれたんだよ」
孤児院……俺はひかりのことを思い出し、胸を痛めた。
「アタシは、どうしてもその娘を守りたかった。大切な友達を。だから、三年前にその娘が望まない子供を妊娠して、それでも好きな人のために産みたいって言った時、アタシは決めたんだ。ヒーローライセンスを取って、この孤児院の専属ヒーローになる! そして、あの娘も、あの娘が産んだ子も、アタシが守り抜くんだって!」
「……!?」
――既視感が、ある。
望まない子供。それでも産みたい。
まさか……!?
驚く俺を完全放置して、彼女は話を続ける。
「アタシは、ヒーローライセンスの試験に臨んだわ。試験には、あのハト野郎と所沢が同席していた。アタシは必死だったわ。あの娘を守るため、絶対に受からなきゃってさ」
ハト野郎――ラーベマンこと桜田のことか。
「……それで、落ちたのか?」
「――落とされたのよッ!」
俺の発言に激昂し、狩谷は鬼のような形相で、俯せに倒れていた俺の顔を近くを踏み付けた。
「最後の試験だったわ。身体能力を問うために、崖から崖まで繋がった懸け橋を、橋自体が崩れ落ちる前に渡り切る、っていう内容だった」
「はあ……!? そんな無茶苦茶な試験、聞いたことないぞ!」
俺もFランクの試験を受けたが、そんな危険過ぎる試験概要は聞いたことがない。
「そうよね、アタシもそう思ったわ。あの時点で気付くべきだったのよ。あの試験が、『出来レース』だったってことに」
「出来レース?」
「その最終試験に残ったのは、アタシとハト野郎と所沢の三人。アタシも所沢も、あのハト野郎よりは速く走れたわ。――向こう側の崖から橋が壊されるまではね!」
「――ッ!?」
「アタシと所沢は転落して、結局は本来通りのペースで崩れる橋を渡りきったハト野郎が一人だけ合格、となったわ。アタシは落ちる途中で木の枝に引っ掛かって奇跡的に助かったけど、所沢は命に関わる重傷を負った。それで二年間の療養を余儀なくされたのよ」
――な、なんなんだ、それ……!
想像することが恐ろしくなるほどの、悲劇。狩谷の話が本当なら、ヒーローライセンスの資格試験で命に関わる不正が行われていたことになる。
確かにヒーローは自ら危険に飛び込んでいくもの。
命の危険を乗り越える力は必要だろうが、試験の厳しさを差し引いても、このやり口は余りにも残酷過ぎる。
試験にかこつけて殺そうとしてるようなものじゃないのか。
「アタシはもちろん猛抗議したわ。アタシのように、ヒーローを目指して頑張っていた所沢のためにも。でも、評議会側は全く取り合おうとしなかった」
「……マジなのか、それ」
「そして出てきたのが、当時試験官だった、あの桜田寛毅ってわけ。あいつは試験のやり直しと所沢の治療を訴えるアタシにこう言ったのよ」
狩谷は憎しみで歪んだ顔で俺をまっすぐ見据え、怒りを一切隠さずに吐き捨てる。
「『桜田家の嫡子である寛矢が、試験に一度で合格するのは必然でなければならない。どこの馬の骨とも知れない小娘や薄汚い大男がヒーローを騙るなど、言語道断だ』……ってね。あいつはその後、『頑張りを讃えての特別措置』とか言って所沢をスーパーヒーロー評議会の管轄下の病院に入れて、善人ぶりを世間にアピールしたのよ。実際に所沢が受けた治療はヤブ医者がやるような荒療治だった」
「……そんな」
そういえば、弌郎に捕まった舞帆を助けに行った時に、評議会管轄の病院で包帯だらけの大男を見たことがあった。
あいつが所沢だったのか……?
「アタシは評議会の生態科学部門に潜入して、バッファルダとラーカッサの能力を手に入れたわ。この世の、真の悪を討つためにね。アタシの能力は、『自信』の強さに比例する。絶対にアタシが正しいんだという自信に!」
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