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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第百二十一話

 
前書き
あけおめ(最速) 

 
「え……?」

『……うん。やっぱり、このクエストにNPCなんて確認されてないわ』

 ふとしたことから呟いた言葉だったが、意図せずセブンから信じられない言葉が返ってくる。こちらの目の前に姿を現したのは、確かに狐面のNPCだった――しかしセブンの言葉を信じるならば、そんなNPCは存在しないのだという。

「じゃあ何か……幽霊だっていうのか、アイツも」

『…………』

 そんな質問に答えは返って来ない。当然だ、混乱して思索を張り巡らせているのは、自分などよりVR空間の研究者たるセブンの方だ。それをこちらがああだこうだと口出ししてしまえば、まとまる考えもまとまりはしない。

「……悪い」

『ううん。わたしの仕事だもの』

 髪をクシャクシャと掻いて自らを落ち着かせるとともに、みっともないところを見せてしまったセブンに謝罪する。どうにもこちらも、冷静さを欠いていたようだ――彼女の幽霊を見てから。

「アリシャ……」

『え? ごめんなさい、ショウキ。マイクで拾えなかったんだけど、何か言った?』

「あ、いや……そのクロービス、って名乗ったNPCだが、随分と思考が人間的だった。まったくNPCと話してたと思えない」

 無意識に呟いてしまっていた彼女の名前を、セブンに気取られないようにと、何とかクロービスの話題で取り繕う。もはや遅いだろうが、『彼女』のことでこれ以上、醜態をセブンに晒すのはごめんだ――という見栄のために。

 実際、クロービスがとてもNPCに見えないのも事実だった。こちらをからかうような語り口に、その場から消失して違う場所に現れるという、まさしく幽霊のような移動方法も含めて。

『……そのNPCの正体は、まだわたしには分からないけど。クロービス、って名乗ったのよね?』

「あ、ああ」

 セブンらしからぬ再三の確認。確かにあの狐面のNPCはそう名乗っており、『かっこいい名前でしょ?』と同意まで求めてきた姿は、印象に残らないはずもない。

「そうですか……やっぱりアレは、クロービスだったんですね」

「……テッチ?」

「どうも、ショウキさん」

 灯りのない地下の坑道に、俺とセブンのものではない声が響いた。その声の主は、先に合流したはいいが『彼女』の幽霊を追って俺が走り出してしまったため、敏捷度の違いから別れてしまった、スリーピング・ナイツのテッチ。大きい身体をせききらした様子は、ここまで走ってきたことを伺わせた。

 ……それと同時に、重装備のプレイヤーが走ってくる音に気づかないほどに、まだ自らが動揺しているということを自覚する。

『テッチさん……よね? そのクロービスってNPCのこと、知ってるの?』

「はい。そのNPCのことなら、さっき会いました」

「何が……言いたいんだ?」

 相変わらずの糸目を伏せたテッチの言葉に、何やら回りくどい意図を感じて聞き返すと、テッチは言い辛そうにこちらから顔を背けた。だだ意図せずしてキツい言い方になってしまい、こちらもバツが悪く謝罪する。

「悪い。でも、何か引っかかった」

「そうですね……クロービスは、私たちの、スリーピング・ナイツの仲間でした」

『仲間……でした……?』

 スリーピング・ナイツの中では最年長らしく、いつも冷静だったテッチに相応しくない、どこか曖昧な言葉つかいだった。ただしその言葉は暖かさを秘めていたが、それは同時に懐かしさと悲しみが込められていた。

「はい。先に、いなくなってしまいました」

「…………」

 ユウキから聞いたことがある。スリーピング・ナイツのメンバーは、重病でVR空間による治療を受けていると。テッチが言ういなくなる、というのは……わざわざ最後まで言わなくても、そういうことだろう。

「そのクロービスが、NPCとしてここにいる。これは……どういうことなんでしょうね?」

 テッチの自嘲めいた質問に対して何か言い返すことは、俺にもセブンにも出来なかった。その問に対する答えは、誰も持ち合わせていないからだ。

「クエストを攻略しよう」

 かつてスリーピング・ナイツがいた世界であるアスカ・エンパイアに、かつてスリーピング・ナイツの仲間だったクロービスの名を名乗るNPC。この関係性は、必ず偶然ではない何かがあるだろうが――今の俺たちには、分からない。

「クエストを攻略すれば、もっと分かることもあるはずだ」

「そうですね。ここで話しているよりは」

 ならば俺たちに出来ることは、このクエストの攻略しかない。クエストの攻略とともに、恐らくはあの狐面のNPC――『クロービス』はまた現れる。その時にはっきりさせるしかないだろう。

「セブン。こっちはもう大丈夫だ、他のみんなのサポートを頼む」

『ッ――そうさせてもらうわ』

 そうして結論づけると、その言葉を最後にセブンとの通信が慌てたように切れる。俺が先程『彼女』の幽霊に会った時、どうやら心肺系に少し異常が出ていたらしいので、恐らくは他のメンバーにもその異常が現れたのだろう。

 ――つまりみんなも、逢っているのだろう。彼ら彼女らの『幽霊』に。

「さて……」

「攻略ですね」

 大蛇を鎮める為に必要な楽器がこの神社に封印されており、魔物や悪霊がはびこる中でその楽器を手に入れる。それがこのクエストの主目的であり、それを探していれば、再びクロービスとも会えるはずだ。

 だが。

「その前に――」

 はっきりしておくことがある。楽器の手がかりを探しているのか、キョロキョロと辺りを見渡すテッチに向き直った。

「――まだ、何か知ってるんじゃないか?」

「っ……」

 ――こちらの言葉に対して、目に見えてテッチは動揺する。それから小さく笑った後、辺りを見渡していた視線をこちらに固定した。

「……どうして分かったんです?」

「……なんとなく、だな」

 嘘だ。ゴチャゴチャと余計なことまで考えてしまうのは、自他ともに認める俺の悪い癖だが――それ故に、見れば分かることもある、分かってしまうこともある。あまり認めたくないことだけれど。

 自分と似たような状態の者のことは、見れば分かってしまっていた。

「多分……遺言なんだと思います」

「……遺言?」

 こちらが確信したのを分かったのか、観念したようにテッチは語り出した。遺言――というのならば、かつてのスリーピング・ナイツのメンバー、クロービスの話だろう。

「多分、このクエストを創ったのはクロービスなんです。生きた証を遺すために」

「生きた……証……」

 SAOというデスゲームに参加したことで、常人より遥かに触れたくもない死を触れてきた実感はある。ただしそれでも、病体で死んだ者が生きた証として何かを遺す感情と、それを理解できるテッチの心情を、理解できるなどと戯言を吐くつもりはない。

「行こう」

 彼らの気持ちは、彼らにしか分からない。それでもその力にぐらいはなれるかと、テッチの背中を押して暗い通路を歩きだした。

「……はい」

 他のメンバーも、それぞれ『幽霊』と対面しているのだろうが……それもまた、俺が関係できることではない。俺が『彼女』の幽霊のことを、誰にも知られたくないように。

「しかし、楽器か……」

 こういうクエストならば、モンスターのドロップ品というのがよくある入手法だが、先程に倒した大蜘蛛からは何もなかった。このクエストの作成者と仲間だったというテッチをふと見たが、テッチもどうやら何か考え込んでいた様子で。

「すいませんが、ご期待には添えませんねぇ。私もさっぱり……というか、どうしてこっちに向かってるんです?」

「…………」

 楽器の場所に心当たりがあったりしないか――という意図を込めたこちらの視線を受けて、すっかり元の調子を取り戻したテッチが打ち返してきた。確かに大蜘蛛を倒してから、倒れてセブンから通信が入るまでに何度か別れ道はあったが、ここに脇目も触れずに走ってきたのは『彼女』の幽霊を追ってきたためだ。まったく楽器のことなど頭にはなかったため、ここが正規のルートがどうかもよく分からない。

「……なんとなく、だな」

「またそれですか? というか、幽霊を追ってきたんですよね?」

「む……」

 ――どうやら、口先からの出任せに同じ言葉を使ってしまったらしい上に、幽霊についてまで見破られているようだ。どうにもこちらを見透かしてくるようなテッチに、バツが悪くなってとにかく進む。

「こちらばかりカッコ悪いところ見せては、不公平ですから」

「言ってろ……ん?」

 苦笑しながらそう付け加えるテッチに適当に返していると、灯りのない通路は徐々に狭くなっていき、そこにはもはや道の先はなかった。分かりやすく言うと行き止まりであり、無駄足だったか――と問われれば、そうでもなく。袋小路になった通路の奥には、二つのつづらが鎮座していた。

「宝箱か?」

「そうですね。アスカ・エンパイアでは」

 古来の日本で使っていた、竹製の蓋付き箱。和風VRMMORPGであるアスカ・エンパイアでは、どうやらそれが宝箱の代わりらしい。普通なら喜び勇んで開けるところだが、二つあるということと――その箱の大きさが、大小違うということだった。

「あー……何だっけか。大きいつづらと小さいつづらって」

「舌切りスズメでしたっけ?」

「そうそう、それぞれ」

 まず前提として、このクロービス制作――と思われる――このクエストは、アスカ・エンパイア公式が募った、『百物語』の体を繕った、プレイヤー制作による一般公募作品だ。百物語とは、集まったメンバーが百つの物語を話し合い、そして最期には――というそれ自体がある種の怪談だが、大小二つのつづらと言えば、有名な昔話になぞらえた話に他ならない……名前は多少、失念していたが。

「となるとやはり、小さいつづらでしょうか?」

「その裏をかいて……なんて、言ってたらキリがないか」

 スズメの世話をしていた優しい翁は、お礼に大小二つ、どちらかのつづらを譲られる。謙虚な翁は小さいつづらを貰うと、その中には目もくらむほどのお宝があった。ただし意地悪な婆さんが改めて大きいつづらを貰うと、そこには大量の妖怪が入っていた――と、そんな話の元ネタだったと記憶している。

 謙虚な心を忘れてはいけないよ、ということか。それとも意地悪はいけないよ、ということか。いずれにしても何やら教訓めいた話だが、今この場とは少しだけ状況が違う。こちらはスズメの世話をしていた訳でも、意地悪をしていた訳でもない。

「両方……同時に開けばいいんじゃないか?」

「奇遇ですね、ショウキさん」

 どうやらテッチも同じことを考えていたらしく、目と目を合わせて頷きあって、二人で同時に――

「……ショウキさん」

「……テッチ」

 ――同時に――

「ショウキさんの気配探知と素早さなら避けられますからあちらをどうぞ」

「テッチの方がここの敵に詳しいだろ?」

 ――同時に、小さいつづらを開けようとそちらに接近していた。同時に開けようとは言ったところで、やはり大きいつづらの方は開けたくないのが人間の心情というもので。大小二つのつづらの前で、昔話から与えられた教訓など関係ないとばかりに、俺たちは醜い争いを繰り返していた。

「仕方ない……」

 とはいえ、そこでいつまでも醜い争いをしているわけにはいかずに、俺が大きいつづらの方に――筋力値の差によって――行くことになった。どちらも開ける準備は万全となり、後は何が飛び出るか、といったところだ。

「じゃあ、いっせーのせ、で。どうぞ」

「いっせーの……せ!」

 わざわざかけ声で合わせるまでもなく、ほとんどすぐ隣のためにタイミングを合わせることは容易で。俺とテッチはほとんど同時に大小二つのつづらを開けると――

「下がって!」

「ッ!」

 ――大きいつづらの中にいた『モノ』と目があった瞬間、俺は飛び退きながらもクナイを発して威嚇し、その隙に俺と『モノ』の間にテッチが割って入った。

「ダイダラボッチ……!」

 テッチの呟きがこちらの耳にまで届く。その大きいつづらの中に入っていた『モノ』の正体――不定形の何物かで形成された巨人、ダイダラボッチ。とはいえこの地下ではそのスケールも相応なものではあったが、それでも俺たちの倍近いサイズを誇っていた。

「っ……ショウキさん!」

「ああ!」

 その不定形ながら重量を持つ拳を、テッチが手早く展開した大盾で受け止めた。その間に側面から回り込むと、抜刀術の構えを取ると、次なる瞬間には一閃がダイダラボッチの身体を斬り裂いた――が、不定形の身体はすぐさま再生してみせた。

「……小さいつづらの方を!」

 もう一撃か、テッチの背後に待避するか。その一瞬の思考をテッチの言葉が上書きし、小さいつづらの中に入ったオカリナ――『楽器』を見た。さらにテッチのシールドバッシュがダイダラボッチに炸裂し、ヘイトをあちらが受け持ってくれている間に、小さいつづらの中にあったオカリナを回収する。

「っつ……」

 日本刀《銀ノ月》を鞘にしまいながらくすんだオカリナを回収したはいいものの、特に何が変わった様子はなく。こちらに無理やり転移させられてきたのだから、指定の楽器を入手すればまた転移出来るとも思っていたが、どうやらそんな上手い話はないらしい。

 とりあえず、入手したオカリナをポケットの中に放り込んでおくと、ダイダラボッチを引きつけてくれているテッチの方を見る。いや、そちらの方から聞こえてきた轟音に、反射的に見てしまったというのが正しいか。

「っ!」

 ダイダラボッチの振るわれる剛腕を、スキルによって巨大化した大盾が両腕ともに弾き飛ばされた。とはいえ削りダメージはあるものの、どうもダイダラボッチに有効な一打を与えているとは言い難く、不定形の一つ目がテッチから視線を逸らすことはなかった。

「そこだ!」

 しかし剛腕が弾かれたことによって、ダイダラボッチに隙は出来た。その隙を見逃さずに背後に接近すると、抜刀術による一閃がダイダラボッチを――ではなく、大きいつづらを斬り裂いた。

 そしてダイダラボッチは苦悶の声をあげながら、こちらの斬撃やテッチのシールドバッシュも受け付けなかった不定形の身体が、一瞬にしてバラバラになっていく。その様子はまるで、今まで受けていたダメージが一度に襲いかかってきたようで、そのダメージに耐えられずにダイダラボッチはポリゴン片と化した。

「大きいつづらが本体……ってことだったんですかねぇ」

「多分」

 詳しい理屈は分からないが、大きいつづらを破壊した瞬間に、ダイダラボッチもともに破壊されていく。テッチとともに武器をしまいながら、ポリゴン片となって消えていく大きいつづらを最後まで眺めていて。

「ところでどうですか、手に入れた楽器は」

「……あ゛っ」

「……ショウキさん?」

 テッチから言われてポケットから取り出したオカリナは、相変わらず古びた品物だったものの、入手してからさらに傷ついていた。具体的には、クナイが満載に入ったポケットに、戦闘中に無理やり放り込んだせいであるが。

「ああ……傷だらけのオカリナだ」

「最近出来た感じの傷ですが、まあそれはともかく。ショウキさん、吹けます?」

「…………」

 テッチからの質問に黙って首を振る。ここで隠された趣味や特技として、楽器が弾けるなどと発覚するのはキリトだけで充分だ――いや、実際にキリトが音楽が出来るかはともかくとして。少なくとも自分にはそういう特技はないため、諦めてテッチに渡す。

「いや、私もちょっと……」

 などと言いつつも、テッチはとりあえず古びたオカリナを自らの口元に持ってくると、微妙に外していなくもない音程で吹いてみせた。ただ音を出しただけと言えなくもないが、どうやらそれがトリガーとなっていたらしく、地割れとともに行き止まりだった通路が転移門となっていく。

「ナイスな演奏だったみたいだ」

「傷ついた楽器でも弾けるものですねぇ」

 ……などと言いながら、洞窟に現れた鳥居の形をした転移門に入っていくと、相変わらずの不快感がこちらに襲いかかってきた。かの浮遊城時代からどうにも慣れない感覚に顔をしかめていると、眼下には全く違う景色が広がってきた。

「あ、テッチとショウキ。おそーい」

「ノリ。僕たちだって来たばかりじゃないか、今」

 じめじめとした地下室を抜けたそこは、神社の内部らしい明かりがついた和室。なかなかの広さを誇っていて、先にたどり着いていたらしいスリーピング・ナイツのメンバーが話しかけてきた。どうやら合流しようと待っていたらしく、それぞれが畳で休憩を取っていたようだ。

「テッチ。ユウキにキリトさんは見ましたか?」

「いや……ショウキさんとしか」

 ただしいたのはノリにタルケン、シウネーにジュンのみで、まだ全員が集まって来てはいなかった。ただしここにいない残りが残りであり、集まったメンバーを気だるげな雰囲気が支配した。

「ぜってーに先行ったろ、あいつら」

「…………」

 ここにいないメンバーは、ユウキとキリトの二人。他のメンバーならまだ楽器を手にいれていないのか、と考えるところだが――よりにもよってあの二人では、まるで話が別になってきてしまう。

 つまり、もうさっさと先に進んでしまったということで。それどころか、早く追いつかなくては先にクリアされてしまう可能性もあることを、ここにいるメンバーの誰もが分かっていた。むしろこのクエストを、もうクリアしたと言っても違和感は――流石にあるか。

「さっさと追いかけましょうか……」

「えー、やだぜオレ。さっき、妖怪の風呂場に突撃して覗き呼ばわりされてよ……」

「あたしなんて、スズメが舌切らせろって襲いかかられたわよ」

「……舐められました……」

「みんな楽しんで来たみたいですね……」

 早くキリトとユウキのコンビを追いかけなくては、と思いながらも、先々に襲いかかられたホラーのような何者かにそれぞれ、ついつい二の足を踏んでしまう。俺は巨大蜘蛛やダイダラボッチに襲われながら、大きいつづらか小さいつづらかの選択を迫られただけだが――タルケンがそう言って話を締めたように、それぞれ楽しそうな笑顔が浮かんでいて。

「……みんなも会ったよね?」

 ――そんな空気の中、テッチが確信を伴った質問を繰り出した。その答えを返す者はいなかったが、誰もがその答えが分かっていた。

「クロービスに……幽霊、か」

『うん。みんなに挨拶したよ』

 仕方なく分かりきった答えを返した瞬間、俺たちが向かおうとしていた通路の先に、その彼は最初からそこにいたかのように立っていた。

「クロービス……」

 狐面の和装少年――クロービス。その名を呟いたのは誰だったかはともかく、クロービスは小さく頷いてこちらに近づいてきた。ピクリと震えるスリーピング・ナイツのメンバーの代理として、一歩前に歩いてクロービスの前に立った。

「クロービス……お前は、スリーピング・ナイツのメンバーだったクロービスなのか?」

『ううん。キミたちが知ってるクロービスは死んだよ? 僕はそのクロービスが作ったAIってところかな』

「っ……」

 スリーピング・ナイツの元メンバーだったクロービスは死んだ、という悲劇的だが純然たる事実は当然のように語られ、テッチたちが少しだけ体を震わせた。つまり、目の前にいる彼は幽霊などではなく、ユイなどと同じ存在だという。その事実に少しだけ冷静になりながら、またもクロービスに問いを投げかける。

「じゃあ……あの幽霊はなんなんだ」

『アルバム……かな。たまには死んだ人に会えてもいいでしょう?』

 アミュスフィアから読み取った大事な人の記憶を、この《幽霊囃子》クエストは再生をするんだ――などとクロービスは続けるが、正確なメカニズムについて俺は分からないし、理解する気もない。とはいえこのキーワードは、きっとセブンの仕事の役には立つ。そんなことを考えていると、クロービスは不満げにその身を翻した。

『ごめんね。質問を危機に来た訳じゃないんだ……着いてきてよ、みんな。きっとそれが、清文の……キミたちの言うクロービスの願いだからさ』

「クロービスの……願い?」

 ここで言うクロービスというのは、目の前の狐面の少年ではなく、スリーピング・ナイツの元メンバーのこと。そう言って通路の奥に歩いていくクロービスに、メンバーたちは誘われるように歩いていく。

「…………」

 そるを止める権利は俺には――いや、スリーピング・ナイツのメンバー以外には誰もいない。重苦しい雰囲気の中、桐の廊下を歩いていくと、神社の中の大広間にたどり着いた。

「みんな!」

「ユウキに……キリトさん」

「ね、ねぇ……見てよこれ!」

 そこにいたのは、ユウキにキリト。そちらに気を向けた瞬間に、クロービスの姿は幽霊のように消え失せていたが、その前にユウキがある屏風を見せてきた。大広間にポツンと置かれたその屏風は、特に飾りもなく無造作に置かれており、変わった仕掛けも特になく。

「何を見ろってんだよ?」

「これだよ、これ!」

 ユウキが指していたのは、屏風に描かれた絵。9人の少年少女が描かれたそれは、武器を持って巨大な蛇を狩った姿だった。このアスカ・エンパイアの中を描いているらしく、神官や忍者、侍などが無作為に戦っている。

 その姿は――

「スリーピング・ナイツ……」

 ――恐らくは、このアスカ・エンパイアにいた頃の、今よりメンバーが多いスリーピング・ナイツを描いた絵。どこかアスナにも似た雰囲気を感じさせる女性を見て、その名前を呟くと――スリーピング・ナイツという名前に反応したように、屏風の奥の大広間に更なる空間が広がっていく。

「ここは……」

 神社の内部だというにもかかわらず、そこには風が優しく吹く草原だった。恐る恐るそこに立ち入ると、草原に様々な画像が浮かんでいく。

「白龍討伐……メリダの誕生日……ランの誕生日……テッチの誕生日……大蛇討伐……」

 そこには記録結晶で撮影された画像に、一言コメントがついたアルバムのような場所だった。まさしく、スリーピング・ナイツがこのアスカ・エンパイアで冒険してきたことを全て記した――記録室とも言うべき場所。

 クロービスがスリーピング・ナイツのみんなに遺した、テッチが言うには自分が生きていた証。

「……おい」

「ああ……」

 キリトに肩を叩かれ、小さく頷きながら俺たちはその草原から気づかれないように出て行った。スリーピング・ナイツの顔を見ないようにしながら、顔を伏せて。

「今は……邪魔しちゃいけないよな」

 あの場にいられるのが許されるのは、スリーピング・ナイツのメンバーだけだ。そんなことは言葉を交わさずとも理解して、大広間に出た俺たちは一息をつく。

「ああ。落ち着いてから見せてもらうか」

「だから――」

 そしてメンバー全員が自身を封印する楽器を手に入れたことで、それを破壊せんと俺たちに迫っていた大蛇に――二人揃っての一撃が放たれた。

『――空気読めよッ!』
 
 

 
後書き
よいお年を 
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