提督はBarにいる。
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艦娘とスイーツと提督と・10
~初月:ガトーマジック~
さて、10枚入れたスイーツチケット……最後の1枚は意外にも冬の大規模作戦の戦功を認められて配属された新人の艦娘が引き当てた。
「しっ、失礼するよ司令官っ!」
緊張の声色は隠しきれないその声が、執務室のドア前から響く。とはいえこっちはまだ仕上げの焼きの最中だ。出迎えてやりたいが手が離せない。
「お~、ちっと手が離せねぇからよ。勝手に入ってきて座っててくれや!」
おずおずと戸を開けてそろりそろりと入ってくる。その姿は駆逐艦というには背丈が高く感じ、知らない人が見たら軽巡洋艦と見紛う程だ。ダークブラウンの髪を短めに刈り揃えて、「第六十一駆逐隊」と書かれた鉢巻きで纏めている。その眼光は姉二人に比べると鋭く感じるが、今日は不安の色が窺える。
そんな時にオーブンが焼き上がりを告げる。このケーキは焼き立てよりも少し置いて食べる方が美味い。少し冷ましながらその間に話をするとしようか。
「待たせて悪いな。焼き上がったんだが、ちょっと冷ました方が美味いんでな。ここに置いといて、その間に少し話そう。」
「話……か。良いだろう、僕でよければ相手になろう。」
秋月型の4番艦・初月。最近着任したばかりの防空駆逐艦だ。
「それにしても……僕で本当に良かったのか?あのチケットの当選が。」
着任して間もない新人の自分が、こんな事をして良いのだろうか?と悩んでいたらしい。随分と生真面目な性格らしい。
「厳正なる抽選の結果だ。文句を言うような奴はウチにはいねぇさ。」
「けど、変わった催しをするんだな、司令官は。戦闘糧食に当たりクジを入れるなんて。」
思わずずっこけそうになった。どうやら、ホワイトデーのクッキーを戦闘時の糧食の乾パンか何かと勘違いしていたらしい。
「違うぞ初月、ありゃ俺からの労いの気持ちのオヤツだ。保存性もクソもねぇから、早く食べないとダメになっちまうぞ?」
「そ、そうなのか!?僕が昔就役していた頃はオヤツなんて無かったから……」
焦ったようにその勘違いを謝ってくる初月。たま~に居るんだよな、大戦末期に就役した記憶が残る艦娘だと食事環境が貧弱な娘が。雲龍型の娘達とか、初月の姉の秋月・照月とか。まぁ、その辺はウチのルールに合わせて少しずつ改善させていくさ。
「ま、それは追々直していくとして……そろそろ食べ頃だ。食べるとしよう。」
「こ、これがケーキか……!」
初月が目をキラキラと輝かせている。初月からのリクエストは『シンプルなケーキ』。デコレーションのクリームやお菓子、フルーツも無しのシンプルなケーキだった。
「まぁ、見た目はシンプルだがな。コイツは見てくれよりも味で勝負するケーキだからよ。……おっと、飲み物はどうする?紅茶にコーヒー、牛乳……合わないとは思うが緑茶もあるぞ?」
「の、飲み物まで付けてくれるのか!?で、ではミルクティー……という奴を飲んでみたい。」
「OK、ちょっと待ってな。今淹れてくるから。」
ミルクティーの準備をしている最中も、初月はそわそわしながら切り分ける前のケーキを指でつついたりしている。余程待ちきれないらしい。
「はいよ、お待たせ。…んじゃ、切り分けるぞ~。」
ナイフでホールケーキの中央に切り込む。そのまま刃を滑らせ、サクリと底までナイフを入れる。少しずらして同様にナイフを入れ、切り分けてやる。
「さぁ、召し上がれ。」
「い、いただきます……!」
初月がフォークを入れる。そしてその感触に驚いて目を見開いていく。それもそのはず、このケーキは見た目はシンプルなスポンジケーキか何かに見えるが、焼いている内に自然と表面がスポンジ、中層がカスタード、底面がフランというフランスの焼き菓子状の3層構造になるという魔法のようなケーキだったのだから。
「驚いたか?それガトーマジックって言ってな。元は失敗作だったらしいが、食べてみたら美味しいからと売り出したら大流行したケーキなんだよ。」
俺の言葉が耳に入っているのかは解らんが、無我夢中といった様子でケーキを食べている初月。随分と大人びて見えたが、やはりまだ子供らしい。
「ほれほれ、そんな焦って食わなくてもケーキは逃げねぇよ。」
ミルクティーをカップに注いでやると、一気に飲み干してしまった。そこでぷはぁと息を吐き出す。
「姉さん達から聞いてはいたけど、本当に料理が美味いんだな司令官。」
「まぁな。夜は酒と食事の楽しめるBarもやってるからよ、その内顔出してくれや。」
「あぁ、その時は姉さん達と一緒に来るよ。これから宜しくな、司令官。」
そう言って差し出された右手を、ガッチリと握り返す。数日後、店に来た秋月姉妹が3人揃って酔い潰れ&食べ過ぎで医務室に担ぎ込まれたのはまた別の話。
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