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提督はBarにいる。

作者:ごません
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艦娘とスイーツと提督と・9

~瑞穂:南部煎餅~

 パリパリ、サクサク。執務室内を満たすのは小気味良い菓子を食べる音と、香ばしいその菓子が焼ける匂い。

「なぁ瑞穂~、リクエスト本当にコレで良かったのか?もう少し豪勢な菓子とかでも良かったんだぞ?」

「いえいえ。私の注文は『提督が子供の頃召し上がっていた、故郷のお菓子』。この……南部煎餅、というのですか?はピッタリだと思います。」

 まぁ、満足してくれているのならいいんだが。俺は南部煎餅の焼き型をひっくり返しつつ、そんな事を考えていた。

 南部煎餅は凄く歴史の深い菓子だ。その元祖と言われている説は1300年代中期・いわゆる南北朝時代まで遡る。南朝の長慶天皇が今の三戸郡南部町辺りにある長谷寺を訪れた際、食べる物が無くて困り果ててしまった。そんな時に家臣の一人が近所の農家からそば粉と塩、そして胡麻を貰ってきて自分の鉄兜の中で練り合わせて鍋代わりにして焼き上げ、天皇に献上したのが元祖と言われている。※諸説あります

 それに昔の南部藩の辺りは今ほど米も取れず、寧ろ悪天候に強い小麦やそばの栽培の方が盛んで、それを使った兵士の糧食だった、とする説もある。

「それにしても……色んな種類があるんですね。」

 瑞穂が座っている席のテーブルの上には、様々な種類の南部煎餅が取り揃えてある。

「俺がガキの時分にはごまと皮付き落花生を練り込んだまめ、黒ごまペーストを表面に塗ったゴマ塗り、何も入ってない白せんべい位しか無かったんだがな。」



「今だと生地に色々練り込んだり、表面に何かをトッピングしたりと、様々あるらしい。」


 南部煎餅のベーシックな材料は、小麦粉に塩、それに軽い歯触りにするための重曹。後は胡麻やら落花生やら南瓜の種やら、中に入れる具材を加えれば生地は出来る。後は専用の焼き型に生地を入れて、直火で焼くだけだ。俺も粗方焼き終えたので、食べる方に加わる。

「あら?その手に持っているのは何ですか?提督。」

「あぁ、これか?これは南部煎餅の『みみ』だ。」

 南部煎餅の焼き型は、両面からプレスするような形で焼いていく。すると重曹の作用で生地が膨らむと、型の隙間からはみ出した生地が煎餅本体よりも堅く、少し焦げが付く位に焼かれる。これが『みみ』だ。これが歯応えもよく、香ばしいモンだから良い酒肴になるんだ。俺は腰掛けるや否や、缶ビールのプルタブをプシュッと上げる。そしてみみを口に放り込んでガリゴリと噛み砕く。そこに冷えたビールを流し込む。

「くぅ~っ!久し振りに食ったがたまらんなぁコレは。懐かしい。」

「い、良いんですか提督!?まだ執務時間中ですよ?」

「いーんだよぉ。今日の書類仕事は終わってるし。」

 後の仕事は出撃や遠征帰りの艦娘の出迎えくらいだ。そもそも、缶ビール1本ごときで酔っぱらうようなヤワな身体はしていない。





「んじゃ、一通り南部煎餅を味わって貰った所で、今度は少しアレンジした物を味わって貰おうか。」

 そう言って俺が取り出したのは水飴。南部煎餅2枚を、水飴を接着剤代わりにしてサンド。昔から地元で食べられている食べ方、あめせんべいだ。

「水飴の甘さとお煎餅の塩気がちょうど良いですね!お茶にもよく合います!」

 よほど美味しかったのか、夢中で食べている瑞穂。顔立ちがお上品でどこかのご令嬢っぽいんだが、こういう無邪気な所を見ると、なんだかほっとするなぁ。

 南部煎餅はその素材のシンプルさ、素朴さ故にアレンジが幅広い。2枚を使って色々と挟んでみたり(アイスや水飴、変わった物だとたこ焼きやお赤飯なんかも!)、小麦粉が主原料だから料理に使ったりも出来る。

 クラッカーの代わりやピザ生地の代わりにして焼いても美味い。煎餅の裏側(南部煎餅の刻印がしてある方)にピザソース、好みの具、ピザ用チーズを載せてトースターに。煎餅は元々加熱済みだから、チーズと具材に火が通ればOK。手軽で美味い。



 そして何と言っても忘れちゃならない、せんべい汁。

「せんべい汁……あぁ、以前ゴーヤちゃん達に振る舞っていらっしゃいましたね。」

「そうそう、B-1グランプリでも大賞取った事がある、間違いなく美味い郷土料理だよ。」

 実は、B-1グランプリの言い出しっぺはこのせんべい汁で町おこしをしようとしていた『八戸せんべい汁研究会』だったりするのだが(実話)、開催から3年連続で2位とちょっと恥ずかしい事になっていたのは内緒。






「あ~!提督が何か美味しそうな物食べてる!ずるいですよ!」

 報告に来たのだろう、千歳と千代田のちとちよ姉妹が入り口で怒鳴っている。

「しょうがねぇだろ?ホワイトデーのチケットのアレだ。お前らにはやらん。」

「えーっ!?提督のケチ!鬼!悪魔!」

「何とでも言え。欲しけりゃ瑞穂に頼め。」

「……お断りします♪」

 ものすっごいにこやかな笑顔で一刀両断。案外怖いぞ、この娘。俺はうすら寒い物を感じつつ、みみを肴にビールを煽った。 
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