提督はBarにいる。
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策謀・計略悲喜こもごも
「ったく、あのジジィめ、さっさと隠居しやがれってんだ。」
元帥の執務室を後にした俺と金剛は、控え室として用意された部屋に戻る。
「あ、提督。お帰りなさい。」
買い物(という名の観光)を済ませた嫁艦'sと観艦式メンバーが戻ってきていた。部屋の中はさながらファッションショーのバックヤードのようだ。所狭しと並べられたドレスにハイヒール、手袋やハンドバッグ、数々のアクセサリー。幾ら使ったのか明細を見るのさえ頭が痛くなりそうだ。
「お前ら、幾ら使ったんだよ……。」
「さぁ?数えるのは不粋かと思いまして。」
しれっとした顔でそう言ってのける加賀。
「まぁまぁ、提督ぅ。侍らせる女のグレードは男の甲斐性と見栄の見せ所なんだからさぁ。」
隼鷹が後ろからフォローを入れてくるが、口から漂ってくるワインの香りは誤魔化せんぞ?
「やっべ、もうバレた!」
咄嗟に口を抑える隼鷹。だから、今更無駄だっての。時計を見るともうすぐ19:00。あと1時間程で晩餐会が開催される。
「ハイハイ、ファッションショーも良いけどな。あと1時間で晩餐会だからな?着替えとメイクはバッチリ済ませておけよ。」
『は~い♪』と一斉に返ってくる返事。俺も着替えるとしますかね。白い海軍の制服を脱ぎ、黒のタキシードに着替える。本来こういった公的な場だと制服が基本なのだが、どうやらどこかの国の根回しで、『軍服の人間がいるとゲストが萎縮する』と注文をつけられたらしい。観艦式を記念した晩餐会にゲストもクソもねぇと思うのだが、上からの指示だ、一応従っておくさ。
何年か振りにタキシード着たが、腕回りとかキツくなってるな。運動不足解消に筋トレとかやりすぎたかな?まぁ良いさ、服は後で仕立て直せば。そろそろ艦娘達をエスコートして会場に向かわねぇとな。
「お~い準備出来たか?そろそろ行く…ぞ……?」
一応別室で着替えた俺が部屋に戻ると、色とりどりのドレスに身を包んだ艦娘達が待ち構えていた。背中や胸元等の女性的な美しさを引き立てる部分は大きく開かれたドレスの数々。耐性の無い男ならば赤面して直視できない程に艶かしい。容姿も元が良いからこそ、こういったセクシーなドレスが似合うんだよな、うん。普段は素っぴんか薄いメイクの彼女らも、今日はしっかりとしたメイクで飾られている。なんと言うか、少し誇らしくすらある。
「ンッフッフー、どうしたのテートク?皆beautifulで惚れ直しちゃいましたカー?」
得意満面、といった笑みを浮かべながら純白のドレスに身を包んだ金剛がからかうように言ってきた。
「バカ言え、お前らがその辺の女よりも美人だ、なんてのは常日頃から解ってるわ。下らねぇ事言ってねぇで、さっさと行くぞ。」
照れ隠しにそんな言い方をしたが、恐らく顔が赤くなっている。その証拠に、俺と腕を組む金剛の顔には囃し立てるようなニヤニヤ笑いが張り付いていて取れなかった。
パーティ会場に指定されていたのは集会などを行う為に作られた講堂だった。そこがパーティに相応しいような豪華な装飾をされていた。真っ赤な絨毯が床一面に敷き詰められ、照明はシャンデリアと交換されている。所々に食事の乗せられた丸テーブルが設置され、壁際には仮設のバーカウンターが備え付けられていた。席は無い。恐らく立食形式のパーティなのだろう。
「ま、わかってるたぁ思うがココも公的な場だ。楽しんでも良いが羽目を外しすぎないようにな。」
全員がコクリと頷く。その辺りは流石に弁えているだろう。
「んじゃ、俺からは以上だ。後は好きにやってくれ。」
そう言うと艦娘達はそれぞれに自分の好きな飲み物や食べ物の所に散っていった。
「まぁ、たまには作る側じゃなくてもいいか。」
「そうネー、たまにはテートクも一緒にパーティを楽しむデース!」
そう言って金剛が左腕に抱きついて来る。嫌な重みではないから、まぁいいか。
取り敢えず飲み物を取りに行くか。その辺を回っているウエイターからシャンパンを……でもいいが、折角だしカクテルを貰おうか。俺は金剛と連れ立って手近なバーカウンターへと向かう。
「いらっしゃいませ。何に致しましょう?」
「ウォッカ・マティーニとアレキサンダーを。」
「畏まりました。」
そこに立っていたバーテンダーは随分と若そうだ。作る手捌きもどこかぎこちない。見ると、海軍の紋章が入ったベストを羽織っている。成る程、新人の見習い提督を労働力として駆り出してるワケか。シェイカーの振り方も雑で、あれでは氷が中で砕けて混じってしまいそうだ。
「お待たせしました、マティーニとアレキサンダーです。」
「ありがとう。……あぁそれと、も少し肩の力を抜け。そんな振り方じゃあ折角の酒も不味くなっちまうからな。」
俺はニヤリと笑ってチップを渡した。その間に俺の名刺を挟んで。アレを見たらあのバーテン君はビックリするだろうか?そんなことを考えながら、マティーニを一口啜った。…ふむ、味は悪くねぇな。酒の良さのお陰か。
その後はテーブルにある数々の料理を試食して回った。和洋中だけでなく、イタリア、フランス、ロシア料理など多岐にわたる種類だ。少しは腹が満たされてきた頃になると、会場内の様子も窺い知れて来る。
「成る程ねぇ、お国の為とは言えご苦労なこって。」
「何が『お国の為に』なんだい?」
懐かしい声に振り向くと、見知った面が娘ほどの年頃の二人を引き連れて笑顔で立っていた。
「クルツか。何やってんだこんなトコで。」
「あらら、ご挨拶だねぇ。今日は大使の護衛でね。」
同期の提督、クルツ。前にも出てきたから覚えてる人も居るかな?駆逐艦大好きのプロリコン(プロのロリコン)親父だ。そういえば元駐日アメリカ軍のお偉方だったっけ。
「だから、情報合戦に必死だなぁ……と思ってな。」
「成る程、ネ。中国とロシアか。」
会場内の参加者は国際的なパーティというだけあって様々な国の人間が混じっている。日本、ドイツ、イタリアの海軍が軍事同盟を結んでいる国を始め、日本と友好なアメリカ、艦娘の劣化コピーを作って配備しようとしている中国、海軍列強として復活を狙っているロシア。特に中国とロシアは深海棲艦との繋がりが噂されている。今回の一連の破壊工作もこの二国のどちらかが関わっている、というのが俺の読みだ。
「ふ~ん、随分とブラックな話だ。」
豪華絢爛な光に包まれるパーティ会場。光が強ければそれだけ、影の濃さも強くなる。
「それに、VIPに紛れ込んでネズミが数匹。」
「……産業スパイ?」
「あぁ、あっちでウチの奴等を口説いてる中にも混じってる。」
視線を送った先では足柄と那智が複数の男に囲まれて口説かれている。足柄は満更でもなさそうだが、経験の少ない那智は戸惑っているようだ。あの群がる男達の何人かは、軍事産業系の企業のスパイだ。艦娘の艤装等に関してのデータを盗み出そうってハラだろう。
「助けなくていいのかい?」
「大丈夫だろ、外にゃ憲兵が張ってるし。何より、俺は残業が嫌いなんだ。」
「……そうだった、キミはそういう男だったね。」
金剛はクルツが連れていた文月と皐月と楽しげに話していた。
「そういや、雷と夕雲はどうした?」
「今日は鎮守府の仕事が忙しいから、他の娘に構ってもらいなさい!ってさ。」
ヤレヤレ、といった具合に頭を振るクルツ。
「ハハハ、尻に敷かれてるワケだ。」
「彼女達の尻に敷かれるなら本望だよ、色んな意味で。」
相変わらずブレねぇな、このおっさんも。
「そういや聞いたぞ?ついにアメリカでも艦娘の建造に成功したって?」
「耳が早いな。……少し外で話そう。」
何やら聞かれたくない話でもあるのだろうか。俺とクルツは講堂の外に出て、タバコに火を点けた。これで周りからは煙草をふかしているようにしか見えまい。
「で?艦種は何が出来た。駆逐艦か?軽巡か?」
「いいや、戦艦だ。戦艦『アイオワ』。」
まさか初の建造が戦艦……それもアイオワとは。まぁ、ある意味米海軍を象徴する戦艦だから当然と言えば当然なのか。
なにしろ1943年の就役から1990年の退役まで、実に半世紀を戦い抜き、今も博物館としてその形を留めている戦艦だ。
「それで今困っててねぇ~……」
「あん?何が。」
「いやね、アイオワの艤装が先に出来上がっててさ。主砲の試し射ちの任務がウチに回ってきたんだけどさぁ。」
成る程、言いたいことはわかったぞ。
「お前のトコは祿に戦艦が育ってねぇものな。積み込む奴がいねぇのか。」
「そう言うコト!……それでさぁ、代わりにやってくんない?」
「あ?まずくねぇかソレ。国際問題なっちゃったりするんでねぇの?」
「そこはホラ、上手くやるからさ!頼むよ、ネ?」
「……考えといてやるよ。」
俺はそう返して、タバコをふかした。
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