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提督はBarにいる。

作者:ごません
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ちょっとだけ、提督の昔話

 横須賀大本営の本庁舎の通路は、いつも使う廊下に比べて狭く感じる。…いや、実際狭いのだろう。日本人の基準から見てかなり大柄な俺からするとかなり手狭だ。すれ違う奴等は此方をチラリと見て値踏みをするような視線を向けてきやがる。本庁勤めを鼻にかけているような輩だ。そういう奴が嫌いだから、俺は現場の方が気楽なんだ。やがて通路の奥の突き当たりに、荘厳な扉が見えてきた。部屋を表す名札には『元帥執務室』と刻印されている。取り付けられたノッカーでドアを叩く。

『どうぞ、入りたまえ。』

「失礼しますっ!元帥閣下の呼び出しにより参上致しました!」

 俺は柄にもなく、金剛と整列してキッチリとした敬礼をする。執務机に座していた老境に差し掛かった男性は、身動ぎもせずに此方に眼光を飛ばしてくる。

「まぁ、座りたまえ。」

「ハッ!失礼します!」

 応接間も兼ねているのであろう、豪奢なソファに腰掛ける。

「さて……書記官君。」

 元帥閣下の斜め後ろの机に控えていた細身の男がピクリと反応した。

「儂と大将はこれより密談に入るのでな、君を含めて人払いを頼む。」

「は?いえ、しかし、あのーー…」

「聞こえなかったのかね?人払いを頼むと言ったんだが?」

 海軍を取り仕切る最高権力者からの命令と、射竦められるような鋭い眼光。これで従わない奴はほとんどいない。

「は……ハイッ!し、失礼しますっ!」

 細身の男が部屋を大急ぎで出ていく。これで室内は俺達4人だけとなったワケだ。

「…さぁ、ここからはいつも通りと行こうじゃないか“坊主”。」

「だな。しっかし、やっぱアンタの前で肩肘張るのは合わねぇよ“叔父貴”。」

 俺と元帥は互いにニヤリと笑う。そう……目の前のジィさん、海軍最高権力者の元帥は俺の古い馴染みだ。



「久しいな、13年振りか?」

「その位になりますかね、三笠教官。」

 元帥のジィさんもソファに座り、その秘書艦もその隣に座る。戦艦三笠。海軍兵学校提督養成課の教官にして、元帥の秘書艦、その実態は最古と言われる艦娘のプロトタイプだ。

 艤装らしい艤装は無い。持っている得物と言えば常に携えている刀のみ。海上には立って航行する事が出来る。だが、今の艦娘のように砲撃や雷撃は出来ない。そのエネルギーを膂力に回している。その為、敵艦隊の懐に突撃して格闘戦と剣術のみで制圧するのだ。…が、そんな戦い方を続けた無理が祟り、今は出撃に耐え得る身体ではない。それで今は陸で提督の教官を勤めている。

「そうかそうか、お前さんをスカウトしてからもうそんなに経つか。」

「スカウトぉ?ありゃ拉致って言うんだぞ?日本語間違えんなよジィさん。」

 それに、このジィさんが言う『スカウト』という名の拉致をされたのは今から約20年前の事だ。

「あ、あの~?」

 今まで黙り込んでいた金剛が、申し訳なさそうに口を開いた。

「ん?どした金剛。」

「darlingと元帥閣下が昔から知り合いだったのは解ったデス。けど、何でdarlingはテートクになったんデス?」

 俺とジィさん、思わずキョトンとしてしまった。

「なんじゃお主、伴侶となったおなごにも話しておらんかったのか?」

「だってよ、話す程の話じゃねぇでしょうが。」

 昔のジィさんとの出会いの話なんざ、誰が聞きたがるのか。そう思って誰にも好き好んで話した事は無かった。しかし嫁さんはそうでもないらしく、興味津々といった感じで俺達の話を聞こうとしている。仕方ねぇ、じゃあ話してやるか。

「大して面白い話でもねぇんだがなぁ……」




 俺とジィさんとの出会いは……20年以上前になるか?俺は二十歳そこそこ、独立開業したばっかの整体師でな。たまたま横須賀鎮守府の中で診療しては貰えないかと誘われて、これ幸いと飛び付いて、ここで艦娘やら事務方の提督もどきを施術してたんだ。

「テートクってホントにコックじゃなかったんですネー……。」

「んだよ、信じてなかったのか。」

 話を進めるぞ。その頃は国内の主な鎮守府はどうにか確立出来てな、漸く国外の鎮守府設立案が出始めた頃だった。そんなご時世だったからな、優秀な指揮官を一人でも多く確保したい。そんな時だった、てのはジィさんの談。

「では、ここからは儂が話すとしよう。」

 そう言うのでジィさんに語り部を替わる。

 ちょうど、昼食を済ませて部屋に戻る途中じゃった。職員の休憩スペースには戦意高揚を図る為にとテレビが置かれてな。航空偵察機が撮影していた海戦の様子を流していた。しかし職員にとっては物珍しい物ではなく、寧ろ二つの敵艦隊に挟撃されようとしておる味方艦隊に、非難の視線すら向けている者までおった。

『やれやれ、このようなお粗末な艦隊指揮では……』

 そう思った時じゃった。

「あ~あ~、なってねぇなぁ。それでもホントに大学出のエリートかよ、オイ。」

 イスにふてぶてしく座り、缶コーヒーをすすりながらテレビに向かってヤジを飛ばす巨体の男……目の前に座っておるこ奴と、儂の初めての出会いじゃった。

「なぁジィさん、もう止めない?昔の恥を曝されてるみたいでヤなんだけど。」

「嫌じゃ。」

 キッパリと断言されてしまった。

 話を続けよう。儂は思った。この男はただヤジを飛ばしているだけなのか?それとも、この指揮の問題点が解っているのか?尋ねてみたくなった。

「のぅ、お若いの。」

「あん?誰だジィさん。」

 目上への態度は宜しいとは言えん、か。まぁエエわい。

「先程テレビに向かってなってないと叫んでおったが、何がなってないんじゃ?」

「だってよぉ、指揮がお粗末過ぎるだろうよこれじゃあ。」

 ふむ、何と無くはわかっておるのか?

「何処が悪い?」

「まず、敵艦隊に2時方向と11時方向から挟み撃ちにされそうになってんだろ?それなのに艦隊を分散させちまった。これは頂けねぇ。」

「ほぅ?なんでじゃ、挟み撃ちというのは具合が悪かろうて。」

「まぁ、確かにな。けどよ、こっちは6隻、相手は12隻だ。6対6で漸くトントンの相手に、3人ずつで別れちゃあどっちらけだ。」

 ほぅ、わかっておる。確かに挟撃に対して艦隊を二分するのは下策。撃破出来る者も撃破出来なくなる。ベストを上げるならば各個撃破が上策。しかし……

「ならば、どちらを狙う?」

「あ?そんなの決まってらぁ。2時方向の艦隊だ。」

「ほぅ、してその理由は。」

「随分疑問の多いジィさんだな。答えは簡単、敵艦隊の中に空母が居るからよ。」

「じゃが、そっちの艦隊には戦艦もおるぞ?戦艦の砲撃は脅威じゃろうて。」

「俺はこの海戦を最初から見てたけどよ、最初にこっちの艦隊を見つけたのは戦艦と空母のいる艦隊だった。けどな、後から11時方向からもう1つ艦隊が割り込んで来たら空母が逃げ始めた。」

 む、そこまで、見えておるか。

「空母ってのは戦艦よりも高い攻撃力を出せる。まぁ、例外も居るがな。戦艦や重巡を潰してでも空母を守ろうとしてやがる。なら、最優先でぶっ潰すべきは空母だ。」

「戦で勝つ、ってのは目先の勝利に惑わされちゃいけねぇ。長い目で見てどれだけ相手に深手を負わせるか。そっちの方が大事なんだが……どうにも、この艦隊の指揮官様は解ってねぇようだったんでな。」

ヘッ、と笑って若いのは缶コーヒーの中身を飲み干すとよっこらせと立ち上がった。

「若いの、どこで仕事をしておる?」

「あ?2階の突き当たりの『施術室』だよ。てかジィさんこそ何者だよ。」

「儂か?儂は……ただの将棋好きのジジィじゃよ。またな、“坊主”。」

 思わぬ所に掘り出し物が転がっておった。儂の心中はそんな状態じゃった。 
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