提督はBarにいる。
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長女で苦労人ポジってあんまりいないよね。
皆さんはバーテンダーが口の堅い人間でなければ務まらない、と言われているのをご存知だろうか?人は酒を飲むと自然と心の封がほどかれてついつい、漏らしてはいけない本音や愚痴、悩みが零れ出す。それを留めてしまっておくのも、バーテンダーの重要な務めなのだ。その日の『彼女』もまた、深刻そうな悩みを抱えているようだった。
「はぁ……。」
彼女は大きな溜め息を吐きながら頬杖を突き、注文したカシオレのマドラーをクルクルと回していた。
「どうした?陽炎。そんなデケェ溜め息なんぞ吐いて。珍しいな。」
俺は注文されていた軟骨揚げを出しながら溜め息の理由を尋ねた。陽炎型の一番艦・陽炎。普段の彼女は溜め息を吐くようなタイプではない。着任している駆逐艦の中では最も多い陽炎型の長女として、出撃に遠征にと精力的に働いてくれている。また、曲者揃いの妹達を上手く纏めてあげていて、こちらもかなり助けられている。そんないつも活発な彼女が陰鬱な顔をして溜め息を吐いているのだ、尋常ではない。
「なーんかね~…お姉ちゃんでいるのに疲れちゃったのよ。私。」
軟骨揚げをヒョイと摘まみ上げて、口に放り込む陽炎。揚げたてで相当熱い筈なんだが、意にも介さず咀嚼してカシオレを流し込んでいる。
「お代わり。なんかサッパリ系の頂戴。」
普段は中々顔を見せない陽炎だが、酒が強いのかどうかをよく知らない。これ以上飲ませても大丈夫なものか……。
「オイオイ、大丈夫か?結構飲んでるぞオマエ。」
「らいじょうぶって言ったら大丈夫なのっ!早くっ!」
ヤバイ。目が座ってる上に微妙に呂律が回ってない。しかしこうなると陽炎が頑として曲がらないのもまた事実。余程腹に据えかねる事があったのだろう。今夜くらいは黙って飲ませてやるか。
まずはカカオリキュールを45ml、そこにレモンジュースを20ml。更に砂糖かガムシロップをティースプーン1杯。これをシェークしてタンブラーに注ぎ、仕上げにソーダ水で割れば完成。
「ほらよ、『カカオ・フィズ』だ。…それ飲みながらで良いから、何があったか喋ってみな?」
「……ありがと。」
陽炎は受け取ると、早速一口。
「チョコ風味なんだけど、レモンの酸味と炭酸のシュワシュワが来て頭が混乱しそう。けど、美味しいわ。」
お酒ってのはついつい、口を軽くしてくれたりするからな。これで少しは喋りやすくなってくれると良いんだが。
「……で?何をそんなに悩んでたんだ?」
「これよ、これ。」
そう言うと陽炎は紙の束を取り出した。
「ウチの姉妹、数が多いでしょ?だからもしかして、普段言えない不満や要望があるかも、って思ったの。」
フム、面倒見の良い陽炎らしい発想だな。雷や夕雲とはまた違うベクトルで面倒見が良いからな、陽炎は。
「でね?匿名のアンケート用紙作って、解決できそうならしてあげようと思って。」
おぉ、良いアイディアじゃないか。俺もパクろうかな……。
「けどね、そのアンケートの内容がね…手遅れって言うかね……。」
そう言って辟易した顔でカカオ・フィズを啜る陽炎。そんなに酷い内容なのか……?陽炎に許可を貰い、見せてもらう。
・早く改二になって時雨ちゃんとユニット組みたいから早く改装計画下さい!
・時々先輩方(特に空母)からの視線が突き刺さって痛いんですが、何とかなりませんか?
・頼むから部屋割り変えて……。寝不足で死にそう…。
・着任してから付き合いで走り回らされて足がパンパンで限界です。何とかしてください
・野分ちゃん野分ちゃん野分ちゃん野分ちゃん野分ちゃん野分ちゃん野分ちゃん野分ちゃん野分ちゃん野分ちゃん(※当時は野分は未着任)
・いつも戦艦に間違われるのですが、何故でしょうか?解決策があればご教授下さい。
・食堂のメニューに粉もんの追加を!
アカンわコレ、幾つかは解決出来るかも知れんけど、解決策がねぇのがチラホラ……。
「……ね?無理でしょ?」
「うん、無理だなコリャ。強いて言うなら……」
「強いて言うなら?」
「上層部に期待するしかねぇなw」
「デスヨネーwww」
「「ハァ……。」」
「よぉ~し、今日は忘れる為に食べるわよ!マスター、エスニック料理って作れる?」
「まぁ、難しくないのでなけりゃあ、な。」
「んじゃ、それお任せでお願いしま~す!」
それじゃあ、まずは世界三大スープの1つ・トムヤムクンを作ろうかな。
《手軽に本格!トムヤムクン》(材料2人分)
・エビ:8尾
・筍(水煮):60g
・ふくろたけ(水煮):6個
・こぶみかんの葉:6枚
・レモングラス:2つまみ
・いんげん:6本
・トマト:1個
・青唐辛子:4本
・にんにく(みじん切り):1片分
・ココナッツミルク:100cc
・オイスターソース:大さじ1/2
・鶏がらスープの素:大さじ1/2
・ナンプラー:大さじ2
・香菜:適量
・ライム:適量
・水:800cc
・サラダ油:小さじ1
まずは材料の下拵えから。エビは竹串で背ワタを取り、尻尾を残して殻を剥く。この時、尻尾に泥汚れが残っていることが多いので包丁で削ぎ落としておく。トマトはヘタを取って湯剥きにし、1cm角に切る。食感を楽しみたいなら湯剥きせずに小さく乱切りにしてもOKだ。いんげんは3等分にして塩ゆで、筍は縦に3mm位の厚さでスライス。ふくろたけは半分にする。
「マスター、ふくろたけって珍しいキノコよね。」
「そうだな、俺も水煮以外ではほとんどお目にかかった試しがねぇや。」
ふくろたけがなければ他のキノコでも代用がきくぞ。青唐辛子はヘタを落として小口切りにして、材料の下拵えはOKだ。後は水に鶏ガラスープの素を合わせておくと、後々楽になる。
次は材料を炒めていく。鍋に油を入れて熱したら、にんにくと青唐辛子を入れて炒める。香りが出てきたらがらスープと合わせておいた水を入れ、強火にかけて熱する。ふつふつと沸いてきたらこぶみかんの葉とレモングラスを入れる。
「レモングラスとかって売ってるの?その辺に。」
「昔は取り扱い店少なかったがな。最近のエスニックブームでGAB〇Nがレモングラスを発売してからグンと取り扱い店は増えたぞ。探してみるといい。」
「ふぅん……。」
レモングラスを入れて、その名の通りレモンのような香りがしてきたらいんげん・筍・エビ・ふくろたけを入れる。
エビに火が通って色が変わったら、ココナッツミルク・オイスターソース・ナンプラー、そしてとっておいたトマトを加えてひと煮する。後は器に盛って香菜を散らし、櫛形に切ったライムを添えれば出来上がりだ。
「お待たせ『トムヤムクン』だ。ライムはお好みでな。」
「いっただっきま~す♪……う~ん、この酸っぱ辛いスープと、香菜の爽やかな苦味が良い感じよねぇ~。」
半分位食べてから米の麺のフォーとか、春雨なんか足しても美味いよな。
「マスター、『カカオ・フィズ』無くなっちゃった。『チチ』お代わりね。」
「……ハイハイw」
ま、たまには好きなだけ飲ませてやるか。長女は案外大変だしな。
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