提督はBarにいる。
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日本酒が苦手なアナタに送る
訓練の視察を終えた俺達は、空母達を引き連れてゾロゾロと歩く。端から見ると何とも間抜けな絵面なんだろうな、これ。
「へぇ……じゃあ相馬中将の地元は茨城なのか。」
俺はと言うと、いつもの通り(?)執務室に向かう道すがら、相馬中将に何を振る舞おうかと探りを入れていた。
「えぇ、まぁ。アニメの舞台になったりして少し知名度が上がったんですが。」
あ、もしかしてあの戦車アニメか?となればあんこう鍋とか良いかもなぁ。ベタベタだけど。
『鳳翔さん、鮟鱇って店にある?』
『ありますよ、取ってきます。』
その短いやり取りで鳳翔さんはそそくさと隊列から離れていった。
「そう言えば、金城提督は加賀さんとケッコンなさってるんですか?」
秘書艦の翔鶴さんから質問が飛んできた。
「あ~、まぁ一応ね。ウチはジュウコンしてるから他にもケッコンしてる艦娘はいるよ。」
ここにいる空母勢だけでも4人、指輪を嵌めている者がいる。
「世間じゃあジュウコンには否定的な意見もあるけどね、ウチはそこまで揉め事も起きてないから。」
金剛が正妻に決まってからというもの、金剛本人の浮気容認とも取れる『他の嫁艦もちゃんと構ってあげるデース! 』宣言によって、他の嫁艦からのアピールも露骨になってきた。最後に自分の下に戻ってくれば良いという金剛の気遣い(?)によって、『2号さん』ポジを狙った争いが水面下で起きている……らしい。ガチのいさかいは無しだと本人達の間で取り決めがなされたらしく、アピールをして選ばれたら勝ち、というルールらしい。
「さて、ここだ。」
「「し、執務室……?」」
ハイ頂きました、定番のリアクション。それに比べてウチの奴等の落ち着きっぷり。ワイワイと部屋に入り、部屋の中心部に固まっている。
「ハイハイ、んじゃ動かしますよ~っと。」
執務用の机のボタンをポチッとな。すると変形ロボットのギミックよろしく部屋が変形。あっという間にBarに早変わり。視察の二人は呆気に取られている。ま、それが普通だよ。
俺も堅っ苦しい制服を脱いで、いつものラフな格好に。
「さぁさ、ゲストの二人も座った座った。ウチの店は階級とか立場なんざ気にせず飲める場所だから、気にせずじゃんじゃん注文してよ。」
「は、はぁ……。」
遠慮がちなゲストの二人。それに対して、
「今日は無礼講だぜヒャッハー!」
「流石ぁ!提督太っ腹!」
「飲むでぇ!食べるでぇ!」
「流石に気分が高揚します。」
お前らは遠慮を覚えてくれ、頼むから。
「ま、とりあえず乾杯しようか。料理やら酒やらの注文はその後でね。」
そう言って俺は二人の前にグラスを置き、ビール瓶を差し出した。他の席やテーブルの方にもグラスとビール瓶を回して、グラスに注がせる。
「ハイ、あなた。」
「お、おぅ。すまんな。」
なんだか初々しいねぇ、この二人。
「もしかして、二人はケッコンしたばっかりなのかな?」
「いや、お恥ずかしながら。」
「まだ半年経ってないんですよ。」
どうりでね。ウチの嫁艦達みたいに遠慮とは逆に、遠慮というかぎこちない距離感があるものな。
「んじゃ、そんな新婚さんの前途を祝しまして……乾杯!」
「「「「「「かんぱ~いっ♪」」」」」」
グラスの中身を一気に飲み干し、ビールの中身を空けにかかるウチの空母達。それに比べてチビリチビリと嘗めるようにビールを飲む中将。
「あれ、もしかして酒は苦手かい?」
「いや、どうにも大将殿に直接振る舞って貰うというのは……」
どうにもこの人、そういう所は真面目らしい。まぁ、良い事だけどさ。
「ハッハッハ、気にしなさんな。俺の趣味というか道楽でやってるんだから。オッサンの暇潰しにと思って、付き合ってくれよ。」
「そうそう、遠慮するだけ損だよ~?…ってワケで提督、アタシ等のテーブルに日本酒!一升瓶でね~♪」
「お前は遠慮しろよ隼鷹!」
こんな騒がしい空気が少しは楽しくなってきたのか、緊張気味だった中将の秘書艦の翔鶴さんから笑みが零れた。これで少しは打ち解けてくれるといいんだが。
「……で、ご注文は?」
「あ、じゃあ日本酒と……簡単に摘まめるものを何品か。」
中将の注文に顔が暗くなる翔鶴さん。
「あれ?あなた確か日本酒が苦手じゃあ……。」
おやまぁ、また何で苦手な日本酒を。
「実は昔、二十歳になりたての頃に居酒屋で熱燗を飲んだ時に酷い悪酔いをしてしまいまして……。」
ふむ、熱燗で悪酔い……ねぇ。
「それ以来、独特の匂いや強い甘さが苦手になってしまって……。」
確か日本酒嫌いの人からはよく聞く話だ。他のワインやウィスキー等の洋酒に比べて、日本酒はアルコール度数が高いし、強烈なアルコール臭や強い風味は初めての日本酒が熱燗というのが大きいだろう。
熱燗は熱を加える事で日本酒の風味や香りを引き立たせる物だが、燗を付けすぎるとアルコールが熱分解され、アンモニア臭や酔いの原因となるアセトアルデヒドが増加してしまう。
「なので、もしも苦手な日本酒を克服できれば……と。」
「なるほどねぇ、まぁ俺はプロじゃあないからどれだけアドバイスできるかは解らないけどね。」
とりあえず先にツマミを出していこうか。
皿に大葉を敷いて、その上にスライスした人参。そこにKiriのクリームチーズを乗せて、仕上げに鰹の内臓の塩辛……酒盗を乗せたら完成。
「ハイこれ、『酒盗クリームチーズ』。見た目まんまの名前だけど、全部を一緒に口に放り込んで食べてね。」
そしてそこに合わせるなら……これだろうな。
「これを合わせてみて。『獺祭(だっさい) 純米大吟醸50』。」
グラスに注いで出してやる。酒盗クリームチーズを口に放り込んで4、5回咀嚼。そこに獺祭を流し込む。
「く、くどくないですねコレ。」
「多分だけどね、中将が飲んだのは純米酒位の精米歩合の日本酒だったんだと思うよ。」
日本酒は以前にも紹介したが、精米の歩合で酒の種別が変わる。そして最高級とされる純米大吟醸は、米と水だけで仕込まれる上に米の表面から50%以上を削り取り、中心の糖分の塊だけを使用した物だ。そして中心に近付ければ近付けるほど、雑味は消え去りその風味はへばりつくようなしつこいものでは無くなり、あくまでスッキリとした飲み口で後味も爽やかな物になる。
「山口の旭酒造って蔵が造ってるんだけどね、『売る為、酔う為の酒ではなく、味わう為の酒造り』がモットーの酒蔵なんだよ。」
どれも美味いが、3000円程度から買える商品があるのも嬉しい所。それにこの酒、某有名アニメの劇場版にも登場している。
「アニオタ絡みで興味を持つ人も居るんだけどね。ヱヴァ〇ゲリヲンの新劇場版:序に出てきた葛城ミサトさんの部屋に、獺祭の瓶が山のように置かれてるんだよね。」
「へぇ……じゃあ、ミサトさんお気に入りの一杯なんですか?コレ。」
「ま、そういう事だね。」
「提督ぅ~…呼びまひたぁ?」
既に出来上がっている葛城がカウンターに寄ってきた。葛城違いだ、気にすんな。
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