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提督はBarにいる。

作者:ごません
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提督の採用テスト・問2-4


 さて、早霜に課したカクテル10種類の内、7種類が完成した。残り3種類、どんなカクテルを出してくれるのやら。

「では、今度は地名のついた一杯をご賞味いただきます。」

 そう言って早霜はシェイカーに氷を入れていく。そこに注ぐのはバーボン・ウィスキーを45ml。

「そういや、バーボンって結構色んな漫画に出てくるよな。」

 木曾が突然そんな事を言い出した。そうか、木曾も俺の漫画コレクションを貸してやってる一人だったか。

「確かにな。某格闘漫画の素手喧嘩ヤクザなんか、ワイルドターキーをがぶ飲みするし、ルパン一味の次元はバーボンしか飲まないこだわりの男だしな。」

 そう考えると、案外バーボンって有名な酒なんだと改めて認識させられる。

「そういえば、以前読んだ……『ジパング』、だったか?にバーボンはトウモロコシで作った焼酎だ、という記述があった気がするのだが……そうなのか?」

 まぁ、焼酎もウィスキーも同じ蒸留酒だし、バーボンの主原料はトウモロコシだ。間違ってはいないが……。

 そんなバーボンの無駄知識談義をしている間に、早霜の作業は進んでいる。バーボンの次はライムジュースを15mlか。うん、悪くない取り合わせだと言えるだろう。

 バーボンやライ麦を主原料としたライ・ウィスキーは、大麦や小麦を主原料とした物よりも香ばしい香りが立つ。それにフルーティな香りと甘味はよく合うだろう。更にグレナデンシロップをティースプーンで半分。更にパウダーシュガーをティースプーン1杯。仕上げとばかりに輪切りにしたオレンジを1枚、軽く搾ってからシェイカーに沈め、そこからシェイク。

 ひとしきりシェイクが終わり、カクテルグラスにシェイカーの中身を注ぐ。すると、朝焼けのように鮮やかな黄色に近いオレンジ色の液体が姿を現した。

「『ニューヨーク』です。同名の街に昇る朝日をイメージした一杯との事です。」

 うん、ライムとザクロ、そしてオレンジの香りが凄くマッチしている。飲み口もくどい甘さはなく爽やかな口当たり。飲みやすくていいな、コレは。

「いいねぇ、こういうの。球磨姉ぇとか多摩姉ぇとかも好きそうだ。」

「うむ、これくらいならば羽黒にも飲ませられるやも知れん。」

 お二方にも好評なようだ。早霜、嬉しそうに笑ってて頬が緩んでるぞ。



「少し甘いカクテルが続いて口の中をさっぱりさせたいな。……早霜、出来るだろうか?」

 他ならぬ憧れの那智からのリクエスト。応じない訳にはいかないよな。

「はい、お任せください。」

 少し鼻息荒く、早霜が請け負った。入れ込みすぎはあまり良い結果には結び付かんのだが……大丈夫か?

 一抹の不安を覚えた俺をよそに、早霜は手際よく準備を進める。どうやら今度も、シェイカーを用いた一杯らしく、先程使ったシェイカーを洗っている。

「しっかしなぁ。まさか駆逐艦の中にもこんなに酒に通じた奴がいるとはねぇ。」

 感心したように木曾が早霜を誉める。少し照れたのか、色白な頬に紅が差した。

「いや、実際大した物だ。これなら提督よりも腕前がいいかもしれん。」

 おい那智よ、それは聞き捨てならんな。

「ほぅ?なら、那智は俺の作った料理は食いたくねぇ。そういう事だな?」

 瞬間、那智は焦ったように首を左右に振る。

「なっ、だ、誰もそんな事を言っていないではないか!」

「そうだよな~、妙高型の四姉妹の中で唯一と言って良いくらい家事全般出来ないもんなぁ、那智の姉御はw」

 俺のキラーパスに木曾が追い討ち。そう、那智は凛々しい何でもデキる女に見えるがその実、家事全般が極端に苦手だ。一般男性と結婚した妙高を筆頭に、(性格はともかく)女子力の高い足柄、自信が足りないが良妻賢母になりそうな羽黒と、仕事以外もそつなくこなす姉妹に比べて、那智の私生活は惨憺たる物だ。

 料理は比叡や磯風のようなバイオ兵器……とまではいかないが、およそ料理と呼ぶには難しい物が出来上がる。黒焦げの肉塊とか、味のない野菜炒めとか、飲めない程にしょっぱい味噌汁とか。

 部屋も話にしか聞いてはいないが、酒瓶や着替えが転がり、妙高曰く『男やもめのワンルーム』のような有り様らしい。洗濯も機械に弱い那智がやると大惨事になるらしいから、足柄か羽黒が纏めてやっているらしい。そんな状態なので、実は妙高型姉妹の中では『売れ残る』のは那智ではないか?と真しやかに語られている。

「いっ、いいんだ!私が稼いで主夫をしてくれる男を捕まえるから私はそれでいいんだっ!」

 ダン!とカウンターを叩く那智。そのあまりの迫力に、俺と木曾は

「「お、おぅ……」」

 と答える他なかった。

「まぁまぁ、那智さんも落ち着いて下さい。こちら『ハリケーン』となっております。どうぞ、召し上がれ。」

 ハリケーンとは凄いネーミングのカクテルだな。俺も初めてのカクテルだ。口に一口入れた瞬間、強いアルコールと酸味、そして清涼感が一気に襲ってきた。まさにハリケーン。

「ケホッ、す、凄いなコレ……」

 一気に煽ったらしい木曾がむせかえっている。

「お好みのウィスキーにドライ・ジン、レモンジュースとペパーミントホワイトを同量混ぜた物です。如何です、スッキリしたでしょう?」

 眠気覚ましにもなりそうな、強烈な一撃を貰ったよ。ウィスキーにジン、そしてペパーミントリキュール。アルコール度数もかなり高いだろう。



 さて、いよいよラストだ。

「最後は……そうですね、少し故郷を懐かしんでみましょうか。」

 早霜は悪戯っぽくクスリと笑うと、早速準備を始めた。取り出したのはカナディアン・クラブのボトル。結構有名なカナディアン・ウィスキーだな。ライ麦を主として、他の香りを付けたフレーバードウィスキーと、トウモロコシを主として作られたウィスキーをブレンドして作られ、一年以上の熟成をする事でも有名だ。……え、バーボンじゃねぇのかだって?バーボンはトウモロコシの割合が50%以上で80%より下の物を指すんだ。カナディアン・クラブの材料のウィスキーは50%以下だからバーボンではない。味と香りのバランスがよく、飲みやすく、カクテルにもしやすい。有名なカクテルの『マンハッタン』のベースリキュールとしても有名だ。

 そんなカナディアン・クラブを、氷を入れたコリンズグラスに30ml。そこに出てきたリキュールは、俺の店のボトルじゃねぇな。

「これは私の私物のリキュールです。中々面白いフレーバーですよ。」

 早霜がその瓶の蓋を開けた瞬間、懐かしい『あの』香りが漂ってきた

「こ、これは……!」

「桜か!」

「そうです。桜の花弁と葉を漬け込んだ桜リキュールです。」

 いやはや、桜リキュールとは恐れ入った。それを15ml、カナディアン・クラブの入ったグラスに注ぐ。仕上げにトニックウォーターで割り、清涼感と微炭酸で爽やかさをプラス。

「出来ました、『C.C.桜(カナディアン・クラブ・さくら)』です。」

 口に運び、香りを楽しむ。桜の芳醇な香りと、熟成されたC.C.の香りが堪らない。これは……いいな。見ると、那智の目にはうっすらと光るものが。日本が恋しくなったか。生まれも育ちもブルネイのはずだが、やはり魂の奥底に眠る記憶に響いたのかな。

「いや、素晴らしいバーテンぶりだったよ早霜。文句なしの合格だ。俺の忙しい時は、代理店長頼んだぞ。」

「フフフ……承りました。」

 那智が不意に立ち上がると、飲み代をおいて立ち去ろうとしていた。

「少し飲みすぎたようだ。そろそろ寝る事にするよ。早霜、『美味かったぞ』。ではな。」

 涙を見られたくないから強がっちゃってまぁ……。こっちの小さなバーテンは、

「う……うわああぁぁぁぁ……!」

 嬉しさのあまりに泣いちゃってるし。翌日、事情を聞いた木曾に弄られて顔を真っ赤にしていた早霜が強烈に可愛いと思ったのは、また別のはなし。 
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