提督はBarにいる。
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提督の採用テスト・問1
「何、Barで働きたい?」
その駆逐艦からそんな突拍子もないお願いをされたのは、今年の春先……確かインド方面への大規模侵攻作戦、『第十一号作戦』が開始された辺りだったか。確かに、その頃はまだイタリアやローマも着任しておらず(今作戦着任だから当たり前だが)、俺も毎日作戦指揮とBarの切り盛りでてんてこ舞い。寝不足に近い状態なのを秘書艦達にどうにか助けてもらっている状態だった。そんな中での渡りに船な話ではあったのだが。
『しかし……駆逐艦。駆逐艦かぁ。』
幾ら艦娘と言えど駆逐艦の身体は少女のそれだ。深夜帯の仕事は好ましくないだろう。それも艦娘としての業務をこなした上で、だ。
「提督は今ご多忙です。お手伝いの一人や二人、居てもいいとは思いますが?」
「う~む、とは言えなぁ……。」
言葉を濁す俺に対し、彼女は更に続ける。
「それに私はまだ着任したばかり。まだ戦力になるとは到底思えませんが?」
うぐ、痛い所を突いて来やがる。確かにウチの鎮守府はある程度の錬度になるまでは遠征等の前線には赴かせず、演習や屈強な艦娘達との錬度上げをし、最低でも1段階の改装を経てからの本格的運用になる。ウチの運用に当て嵌めて言えば、彼女は確かにまだ戦力としては数えない。
「判った、だがウチの店は鎮守府内とはいえ、それなりの信用を勝ち取っている店だ。生半可な気持ちや技術、知識では立たせられん。よって、テストをしてお前の適性を見させてもらう。」
……なんてのはただの言い訳。難問をぶつけて諦めさせるのが魂胆だ。
「テスト……ですか、いいでしょう。」
微妙に上から目線ぽくね?それともこれがコイツのキャラなのか。
「では……第一問。ここに2つのグラスがある。それぞれに違う種類のウィスキーが入っている。その違いを説明して、更にその酒それぞれに合うツマミを出してもらおう。」
見た目的には素人目にはわからないであろう、2つのグラスに琥珀色の液体2種類。しかし、解る者からすれば生まれも違えば造りも違う、全くの別物なのだ。
まずは彼女、2つのグラスを持ち上げて少しだけ傾け、店の照明を通して色を確認。ほぅ、中々本格的な真似をする。次は香りと言わんばかりにくんくんとグラスに鼻を近付けて匂いを確かめる。そしてグラスを回し、空気と混ぜ合わせて匂いの変化を確かめる。そしていよいよ、口に含む。ゆっくりと、口全体を湿らせるように転がし、たっぷり10秒はかけて飲み込んだ。もう1つのグラスの中身もテイスティングし、グラスを置いた。
「判りました。まずは右側のグラスの中身。僅かにバーボン・ウィスキーの雰囲気を残しつつ、この独特な香り。これは、サトウカエデ……つまりはメープルの木を原料とした炭を用いて蒸留したての原酒を濾過した事に依るものです。……従ってこれはテネシー・ウィスキー。有名な銘柄には『ジャック・ダニエル』等がありますね。」
ほぅ、やるな。では左のグラスは解るかな?
「続いて左のグラスですが……これは海軍にはとても縁深い物ですよね。この強烈なスモーキーフレーバー、ダルマの大将……サントリーオールドですね。」
やはり此方は分かりやす過ぎたか。しかし、この2種類にどんなツマミを合わせるかな?これには彼女自身のセンスと舌が問われるぞ?
「じゃあ、テネシーの方から聞こうか。どんなツマミを合わせる?」
ウィスキーのツマミというのは案外難しい。甘い物から塩辛い物。フルーツ、菓子、乳製品、肉、魚介。何でも万能に合うようでいて、その実、フレーバーや味が食材と喧嘩してお互いの良さを消しやすい。どれだけそのウィスキーを理解しているか?ここがチョイスの大きなポイントだろう。
「そうですね……。」
彼女はしばらく熟考し、やがて口を開いた。
「このテネシーは中々甘口ですから、合わせるとしたらドライフルーツ……オレンジピールのチョコがけなど如何でしょう?」
ふむ、悪くない。ウィスキーのツマミを選ぶ際、定番と言われている選び方に、『甘口には甘いツマミを。辛口には辛いツマミを。』というのが鉄板とされている。そういう点では悪くないチョイスと言えよう。しかしここで、俺も意地悪な条件を出す。
「しかしな、ウチの鎮守府の中には甘いツマミを好まない艦娘が少なからずいる。そういう場合、このテネシーに何を合わせる?」
あり得ないシチュエーションではない。
「そう…ですね……。定番的な物としてはやはりナッツやチーズ、奇をてらった物を好む方であれば牡蠣の薫製……それをオイル漬けにしたもの等も良いかも知れませんね。」
おぉ、牡蠣の薫製とは。その発想はなかったな。アーモンドやピスタチオ、カシューナッツ等のナッツ類はその濃厚な味でウィスキーの味を阻害する事なく、寧ろその仄かな塩味でウィスキーのフレーバーを引き立てる万能に合うツマミだ。チーズもまた、ウィスキーのフレーバーを引き立てつつ、自らもその隠れたフレーバーが引き立って互いを高めてくれる良い組み合わせだ。しかし牡蠣の薫製とは。今度試してみるか。
「どうやら、かなり勉強しているらしいな……早霜。」
夕雲型駆逐艦の17番艦、早霜。普段ミステリアスな雰囲気を漂わせる彼女だが、どうやら優秀なバーテンになりそうだ。
「フフ……ありがとうございます…。」
その少しだけ不気味な笑い方を直せば、だが。
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