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提督はBarにいる。

作者:ごません
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冬といえばコレだよね。

 御用納めも終わり、短いながらも我が鎮守府は年末年始の特別シフトに移行した。普段ならば大将という立場上の責任もあり、より多くの戦果を稼ごうと忙しなく出撃を繰り返すのだが、年末年始シフトは大本営から提示された任務……つまりは必要最低限の任務だけをこなし、それ以外の艦娘はゆっくりと羽を伸ばす。交替で数日間の休暇を取り、ある者は本土への旅行を計画したり、またある者は恋人や夫の待つ家でのんびりと過ごしたり、鎮守府の自室に篭って惰眠を貪ったり趣味に没頭する、なんて奴もいる。そのせいか、シフトで勤務に割り当たっている艦娘以外の姿を見かけない。お陰様で、普段は騒がしいくらいの鎮守府が静かすぎて少し居心地が悪く感じる位だ。しかしまぁ、のんびりしやすくて良いことはあるんだが。

 さて、俺はと言えば年末シフトに備えて執務室を大きく模様替えし、のんべんだらりと書類をこなしていた。

「Admiral?入るわよ?」

 おっと、今日の秘書艦様のご到着か。しかし、『コレ』を使っていると立って歩くのが億劫になってしまう。

「お~、開いてるから入ってこ~い。」

 ガチャリ、と音を立てて執務室のドアが開く。入ってきたのは長身の金髪美女。ドイツからの派遣組の戦艦・ビスマルクだ。つい先日、3度目の改装を終えてビスマルクdreiになったばかりだ。黒というよりグレーに近かった制服は烏の濡羽
とでも表現すればいいだろうか、日本人の黒髪のように艶のある黒を貴重とした物にグレードアップされ、より精悍さを増した服装となった。装備面でも魚雷発射管が追加され、魚雷も撃てて戦艦並みの火力もある頼り甲斐のある能力を手にいれていた。しかしそんな彼女は今、入り口で立ち尽くして口をパクパクさせている。

「あ、Admiral……!?貴方一体何して…」

「何って、仕事だろ?」

「だから、そうじゃなくて……!!」

「どんだけくつろいでるのよ貴方はああああぁぁぁぁ!」




 あ、そうか。ビス子がツッコミ入れたかったのは執務室の様変わりようにか。まぁなぁ、フローリングは前面畳張り、部屋の真ん中に炬燵、酒棚はそのままだが、その隣には大画面テレビ、俺の背後にはシステムキッチンと、一瞬見たら独り暮らしの男の部屋っぽいものな。

「安心しろ、ビス子。仕事はちゃんとこなしてるから。」

 俺の姿も大分ラフだ。制服は着ているが、上には綿貫を羽織って口にはくわえ煙草、傍らには熱燗の徳利が置いてある。普段ならば間違いなく職務怠慢でクビだろうな。

「だから、ビス子って呼ばないでって……!」

 舵を象ったブーツを履いたまま畳に上がろうとするビス子。

「土足厳禁。基本だろ?畳の上では靴を脱げ。」

「あ、ご免なさい。」

 この時ビス子、意外に素直。

「それよりAdmiral、貴方なんて危険な物を使ってるの!」

「あん?何がだよ。」

「こっ、コレはコタ・ツーでしょ!?プリンツから聞いたわ、コタ・ツーは人を堕落させる悪魔の道具だって……!!」

 おいおい、誰だよそんな間違った情報を植え付けたのは。

「あのなぁビス子。確かに炬燵は人を堕落させる事もある、それは事実だ。だがな、それは本人の気の緩み……つまりは慢心が生み出す物だ。」

 ヘェックシ!と空母寮の方から大きなくしゃみが聞こえた気がしたが、気にせず話を進める。

「それとも何か?ビス子は気が緩んでるダメ戦艦だとでも?」

 あ、ビス子の顔が赤くなってきた。煽りが相当効いてるな。

「じょ、上等じゃない!このビスマルクがどれだけ強い鋼の精神力を持っているか、見せてあげるわ!」

 やっぱ乗ってきた。ビス子はこの身体のサイズに見合わず負けず嫌いで幼い性格のせいで、駆逐艦の暁に瓜二つだと言われている。陰で「デカい暁」とか、逆に暁の方が「チビマルク」なんて呼ばれてたりする。だからこそ、こんな安い挑発にも乗ってしまう。こういう解りやすい性格の奴って、やっぱりからかい甲斐があるんだよなぁ。



「ホラホラ、いつまでも突っ立ってないで、こっち来いよ。」

 俺が手招きすると、ビス子がおずおずと警戒するように近寄ってきた。どんだけ炬燵を警戒してんだよ。

「し、失礼するわ……。」

 炬燵掛け布団を捲って足を入れた瞬間、驚いたようにビス子が声を上げた。

「あ、暖かいわ!」

「そりゃあねぇ、だって炬燵だもの。」

 暖房器具だ、暖かくて当たり前だろう。一年中常夏に近いブルネイでも、その気候に慣れてしまえばやはり冬場は寒く感じる物だ。そうなるとやはり、真っ先に炬燵が浮かぶ。

「ままま、まずは一献。」

 俺がビス子にお猪口を渡し、ぬるくなりかけの徳利から酒を注いでやる。

「ちょ、ちょっと実務中にお酒は……」

「いーのいーの、この時期にしか味わえない甘露だ。味わっとけって。」

 年末シフトに限っての話だが、特別に待機中の艦娘にも飲酒を許可している(限度はあるが)。やはり体内から身体を温める効果は高いし、なんと言っても普段出来ない悪い事をしている感じが、なんともまぁ甘露な味にしてくれる。

「ぷはっ、やっぱり温めて飲むなら日本のサケが一番ね。」

「だよなぁ。ビールとかワインにも温めて飲む方法はあるが、やっぱり日本酒の熱燗には敵わねぇものなぁ。」

 今日は地元岩手の辛口純米酒「七福神」に燗を漬けて飲んでいる。通常の純米酒に比べて味わいが強く、日本酒が苦手な人だと少し飲みにくいと感じるかも知れない。だが、その強い味わいは燗を漬けても損なわれる事なく、寧ろ温まる事で蕾が開くように香りが柔らかく立ってくる。個人的には冷やよりも熱燗で飲みたい1本だ。

「さてと、足元は炬燵で上半身は熱燗で温まって来たろ?さっさと仕事するぞ~。」

「えぇ、わかったわ。」

 そう、短く言葉を交わすと俺達は普段に比べて格段に少ない書類を片付けるべく、互いに無言になった。 
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