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ソードアート・オンライン もう一人の主人公の物語

作者:マルバ
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■■???編 主人公:???■■
広がる世界◆序章
  第六十八話 迷子

 
前書き
新章スタートです!! 

 
 運転中、角をまがったところまでは覚えている。突然の胸の痛みに襲われ、思わず身を縮めたところで視界が真っ暗になった。ブレーキを踏もうにも、身体が動かなかった。その後の記憶はない。

 彼は土の上で目を覚ました。
 ゆっくりを上体を起こす。ふらつきはない。身体を見下ろすと、彼は質素な綿の洋服に身を包んでいることに気づいた。現代では見慣れない服だ。中世ヨーロッパの農民が着ていそうな服と言える。あたりを見渡すと、草原が広がっていることが分かった。かなり広々とした草原に彼は違和感を覚えた。北海道の田舎ならこんな景色もあり得るだろうが、彼が直前までいたのは大都市圏の郊外だったはずだ。おかしい、どうやら記憶を失っているようだと彼は思った。
 なにはともあれ、立ち上がって脚を払う。荷物を確かめようとして、彼は自分が何も持っていないことに気づき、青ざめた。ポケットを探ろうとするも、彼の着る服にはポケットが無い。つまり、携帯も無ければ財布も無いということだ。どこか分からないような人里離れた場所で、連絡手段を絶たれ、住居どころか食料も水も確保されていない。上を見上げると、太陽は上に登り切ったところだった。つまり今は正午ぐらい。日が沈むまでの5時間ほどの間に、彼はなんとか安全地帯を確保しなくてはいけない。
 彼は慌てて立ち上がり、何か目印はないかともう一度あたりを見渡して、遠くに立ち上る煙を見つけた。幸い、近くに都市があるようだ。しかも煙が上がるような施設、つまり工業がある都市だろう。


 自分の予想が間違っていることに、彼はすぐに気づいた。煙の出どころはあまりにも近い。少ししか歩かないうちに、彼は立ち上るその煙が、遠いから小さく見えるのではなく、規模がそもそも小さいのだと分かった。煙の出どころには、小さな村があるだけだったのだ。
 村の入り口らしきものが見えてくると、彼は頭を抱えそうになった。なんと小さな都市だろう。実際、それは都市ではなく村と言って差し支えなかった。村の周りは簡素な木の塀で囲われていて、害獣から村を守るように作られている。彼が頼りにしてきた煙は、村の中心部からいくつも立ち上っていて、どうみてもそれは家庭用のかまどから放出されたもののようだった。今時、いったいどこの家庭に薪を用いるかまどがあるというのだろうか?
 村の入り口に近づくと、彼は入り口から明るい茶色の髪の女の子が、彼とすれ違うようにして出てきたのに気付いた。見たところ12歳ぐらい、ちょうど中学校に入るくらいの幼い少女は、彼を見てそのライトブラウンの瞳を驚いたように瞬かせた。彼はその少女に声をかけようとして、一瞬言葉につまった。彼女の容姿は明らかに一般的な日本民族のそれではない。とりあえず英語なら通じるだろうか。もし通じなければ次の候補はスペイン語だが、残念なことに英語の他は大学の第二外国語で学習したごく基本的なロシア語しか知らない。英語が通じることを祈りつつ、彼はまず挨拶をした。
「Hello, do you understand my words?」
 普段とはうってかわって丁寧な言い方である。彼の学んできた英語は生粋の学術英語(アカデミックイングリッシュ)で、訛りもなにもない。しいて言えば、日本人にしては珍しくイギリス英語(ブリティッシュイングリッシュ)寄りであったくらいだ。
 これで通じることを期待したのだが、彼女はもっと驚いた様子で口をぽかんとあけてしまった。通じていないようだ。仕方ねぇな、と彼は頭の中でひとり呟くと、どっかで聞いたことのある世界各国の挨拶をかなり怪しい発音で次々打ち出した。
「ブエナスタルデス? アッサラーム、アレイコム? ボンジュール? ええと、グーテンターク? ズトラーストヴィチェ。 くそ、これでもだめか。ちくしょうなんならいける?」
 知っている西洋言語は全滅だ。ダメもとでアジア言語に手を出そうとしたとき、彼は少女がおもしろそうに笑っているのに気付いた。いらいらして日本語で悪態をつく。

「笑いごとじゃねぇぞまったく。こっちがどれだけ苦労してると思ってんだ」
「だって、あなたの言葉、全然わかんないんだもん。どこの方言よそれ」

 彼は度肝を抜かれて、思わず二歩後ろに下がった。くすくすと笑っている少女が先ほど話したのは完璧な日本語だった。この環境、この容姿でまさか日本語が通じるとは。

「あなたはこの村の人じゃないわね。どこから来たの?」
「どこ、って――日本、から……?」
 彼は一瞬のちに、自分がなんておかしな発言をしたのかに気づいて赤面した。日本語が通じる以上、ここは日本の可能性が高い。しかし彼女は首をかしげた。
「二ホン? 聞いたことない。南の方の村?」
「いや、村じゃなくて国……」
「国……?」

 首をかしげる少女とは対照的に、彼はとんでもない驚きに打ちのめされていた。日本を知らない日本語話者などいるはずがない。
「悪いが、ここがどこか教えてくれねぇか」
「ここ? ここはルーリッド。ノーランガルス北帝国の最北端の村よ」

 わけのわからない地名が飛び出し、彼は混乱した。
「聞いたことのない国だ。どの辺にある?」
「どの辺、って……北よ、北。四つの帝国の北側の国」
 彼女は靴底で円を描き、更に重ねてバッテン印を描くと、その上側を指さした。
 彼はそれを見て、これはとんでもないことになったぞ、と思った。彼女の描いた地図はまるでキリスト教的世界観のいわゆるTO地図ではないか。
 一体俺はどこへ来てしまったのか、と彼は思った。どこかほかの世界に紛れ込んでしまったかのようだ。いや、日本語が存在する以上それはあり得ない。心理実験かなにかで、一時的に記憶を失った状態でこのわけのわからない状態に放り込まれたと考えるほうがより現実的だ。しかし記憶を操作するなどという危険な実験が日本で認可されるはずがないし、そもそも記憶は混濁させることはできても、期間を限定して失わせるなんて技術があれば彼も知っているはずだ。いや、その記憶も失われてしまっただけなのか?

 彼はどうやら根本的に頭を切り替える必要があると気づいた。彼は思った以上にわけのわからない状況下にあるようだ。現状、わかっていることがあまりにも少なすぎる。更にこの村の文明の程度からして、近隣の村へは何日かかることだか分からない。もしこの村に受け入れられなかったら、彼は餓死するしかないだろう。
「すまない、どうやら頭を打って記憶がおかしくなってるみてぇだ。気づいたらあっちの草原で倒れていて――」
「へえ、それじゃあなた『ベクタの迷子』ってやつなのね。実物は初めて見るわ」
「『ベクタの迷子』? そりゃ一体……」
「ある日突然いなくなったり、逆に突然現れたりする人のことをいうの。ベクタっていう悪い神様が、人の記憶を食べてから、遠くへ運んでいっちゃうんだって。っていっても、ずーっと昔、おばあさんが一人連れてかれたって話を聞いたことがあるだけだけれど」
「そうなのか……。すると俺もそうなのかもしれねぇな……」
 彼はため息をつくと、再び少女に向き直った。
「俺は今食料も水も無くて、おまけに記憶もないようだ。すまねぇが、食べ物とか少し分けてもらうことはできねぇだろうか」
「いいよ。わたし、シスター見習いなの。シスター・アザリアに頼んであげる」
 この世界に教会がある、ということを彼は新たに記憶に付け足した。そしてその教会が慈善事業を行っているようだ。幸い、彼の知るものと一致する。
「それは助かる。そうだ、そういえばきみの名前をまだ聞いていなかった」
「アリスよ」
 彼女は短く名前だけを名乗った。まさか、苗字が存在しないのだろうか。あるいは、苗字を名乗るのは一般的ではないのかもしれない。苗字を尋ねるべきか迷って、やっぱりやめにすることにした。代わりに彼も自分の名を名乗る。
「俺の名はミズキだ。よろしく、アリス」 
 

 
後書き
見習いシスターのアリス登場です。そして、アンダーワールド編の主人公はミズキとなります。
今までのインフィニティ・モーメント編の主人公はミドリでしたが、それとは別人です。
ネタバレになるので詳しくは言えませんが、実は死んだはずのミズキは本当は死んでいなかったのだ……みたいな話になるんじゃないですかね。

次回、ミズキが世界の秘密に迫ります。果たして彼はこの世界がどんな世界なのか見抜くことができるのでしょうか。
また、原作登場人物との初対面もあります。

ミズキはだいぶ久しぶりに登場したキャラクターですので、彼の設定を簡単にまとめておきます。
ミズキはSAOサービス開始時点で28歳、大学院生です。ただし事故後療養のため休学中でした。
ミズキはSAO編で脳を破壊され死亡しています。破壊を免れた脳のわずかな一部分が、MHCPプログラム「ミドリ」の残骸と共生し、新たな人格『ミドリ』を形成しています。
死亡直前の彼はトラック運転中の事故が原因で記憶に障害があり、十七日間しか記憶が持たない状態でした。 
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