ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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OVA
~暗躍と進撃の円舞~
正念場
復活に際する軽い眩暈のような感覚が晴れるにつれ、ファフニールことフニは状況を理解した。
猫妖精首都《フリーリア》。中世ヨーロッパのような石やレンガ造りの尖塔群で成り立つその都の中でも一際天高くそり立つ尖塔、領主館にほど近い塔の最上階。
剥き出しの手すりしかない展望台の中央には、塔に使われているものとは材質の違う石で組まれた石碑があった。
ロケーターストーン。
プレイヤーが命の残り火の過程を経てシステム的に死亡した際、アバターが再び再構成――――復活する、いわゆる死に戻り位置だ。大きな都市なら必ず一つはあるロケーターストーンだが、別にその都市を統治する種族の者しか扱えないという訳ではない。この石碑に触れられるプレイヤーであれば、種族を問わず自身の戻り位置をセーブすることができる。
そこにいるということはすなわち――――
「ッ!」
ケットシー領はアルヴヘイムの真西に位置する島の上に位置する。ALO本土と繋ぐ唯一無二の大橋《ログ・ブリッジ》の向こう、碧く霞む環状山脈の稜線の向こうに僅かに見える世界樹の威容を視界の端に捉えながら、少年は勢いよく身を起こした。
塔の中央。備え付けのエレベーターを待つ暇も惜しみ、フニは四枚の翅を震わせる。
領主館前の大通りだけでなく、フリーリアの街並みはどこか浮き足だっていた。いよいよ今夜に迫った領主を決める総選挙、その開票に向けてお祭りの準備に余念がないのだ。文化祭の前にも似通った空気の中、準備する奴ら向けの軽食屋や屋台が早くも並びだしている。
しかしそんな中でも、領主館だけはなぜか近寄りがたいオーラにも似た何かを発している気がした。
ごくり、とノドを鳴らすフニは、それでもどうにか習得した随意飛行を駆使して飛んでいく。
降り立ったのは館の玄関ではなく、執政部のデスクが並ぶ大部屋のテラスに直接だ。翅を畳むのもそこそこに、少年は勢いよく窓を開け放った。
「……ぁ、れ?」
しかしそこには――――誰もいなかった。
突き合わされた執務机の上にうず高く積み上げられた紙束がところにより雪崩を起こしているのもいつものこと。だが、そこにいるべき多数の執政部プレイヤーの姿だけが、見当たらなかった。
「どこに……?」
迷子のように眉を下げる少年のネコミミに、ばたばたばた!と慌ただしい足音が連続して響く。
廊下に顔を出すと、数人の少女達が小声で何かを言い合いながら階段の上へと消えていくのが見えた。階段のある中央ホールは吹き抜けのため、小声でも音が良く響くのだ。
階上へと消えた彼女達の様子に言いようもない不安感に駆られ、フニはその後を追った。
少女達が消えたのは、一階上の大会議室だ。
ケットシーでも随一の職人クラスのプレイヤーが作成したという分厚い樫の扉は、聞き耳や覗き見スキルに対しての耐性があり、よほど高ランクのものでなければこの扉越しに中の様子を窺うことはできない。
だが、少年は理屈ではなく本能で感じていた。
―――ここだ。
ドアノブが重い。
少年は――――ファフニールという少年は息を詰め、一息に扉を開け放った。
そこには。
戦場が広がっていた。
「風妖精からの返事はまだかッ!!?一刻も早い返事がいるんだッ!!急がせろッ!!!」
「こっち!人員回してー!!」
「部長ー、鉱山都市から緊急入電ー」
「マンダー領に向かった調査隊は!!どうなった??!」
「待てッ!その情報に信憑性はッッ!!」
「音楽妖精の友達から、土妖精領から大量の兵が出るの見たって――――」
「落ち着けっ!落ち着いて話せッッ!」
「鍛冶妖精領から出立したキャラバンがまだ到着してないとのことで……」
「報復論唱えるヤツぁ叩き出せ!どうせやることやる度胸もねぇクソどもだ!」
「ん?何これ?何で水妖精から抗議文が???」
「欠伸だろうがWC落ちだろうがなんでもいい!!とにかく交渉を一秒でも伸ばせ!」
飛び交う怒号。
あちこちでお手玉のように舞う書類。
天板を叩く拳の悲鳴。
決して剣と魔法では解決できない戦場が、そこには確かにあった。
荒れ狂う感情の波に圧されたように立ちすくむフニに、扉付近にいた執政部の一人が気付く。
「ッお前!確か調査隊の隊長だったな!!」
書類上だけです、という蚊の鳴くような声は、ケットシーにしてはガタイのいい彼女には届かない。
オヤジのような胴間声を響かせながら、少年の首根っこを引っ掴んで人込みの中をかき分けていく。
「おいアリシャ!調査隊が帰ってきたぜ!」
放り出されたのは、戦場のド真ん中。
会議室の最上席に座る領主、アリシャ・ルーその人は彼女の声にパッと顔を跳ね上げた。さすがの彼女でも幾分覇気は失われているが、それでもそれをおくびにも出さないこの人は充分バケモノだ。
「待ってたヨー、フニくん!定時連絡が途絶えたから何があったかと思ってた!」
笑う領主だが、さすがに常ならざることが起きたのは薄々勘付いているのだろう。
火妖精領ガタンの大砂漠からここまで帰ってくるのには、フニの登場は速すぎた。ここにいるということは向こうで死亡し、しかも蘇生魔法をかけられるヒマもなくここフリーリアに死に戻りした結果だ。
執政部連中は、普段自領の統治活動に時間を奪われ、スキルを鍛える暇がない。だがそれでも、イベントボスやクエストボスとかち合わない限り、ただのフィールドMobにやられるほど弱くない。フニはともかく、一緒にいた少女達の実力は折り紙付きだ。
それでも彼はここにいる。
ならばそれは、極大の異常事態の発生に他ならない。
まったく笑っていない笑顔の下、アリシャは領主の顔でこう言った。
「……何があったの?」
「…………襲撃されました」
ざわ、と会議室の空気が蠢く。
少年の言葉は、それに類する衝撃を与えるには充分だった。
「……誰に?」
「ウンディーネ」
一瞬の静寂。
そして、撃発した。
「ウンディーネだと!?何で奴らが関わってくるんだッ!?」
「クソったれ!下手したら一気に構図がひっくり返るぞ!」
「いや、下手したらもう――――」
「静かにッッ!」
ダァン!!と。
アリシャが机を思い切り殴りつける音で喧噪は正気を取り戻す。
「狼狽えないで。皆、できることをやろう。ネガティブな想像は自縄自縛になるだけだヨ」
領主の鶴の一声に、場は元のざわめきに戻る。
そのことにはもう構わずに、アリシャは机越しに少年を見据えた。
「詳しく教えてヨ、フニくん。他の子達は?やられたの?」
「い、今も交戦中のはずです。場所はガタンから北北東。第六オアシスの手前です」
「援軍を向かわせる。付近にいる子に連絡を取って!」
はい!と執政部の一人が部屋を飛び出していく。
ケットシーは自由奔放な気質の反面、横のネットワークは全種族中頭一つ飛び抜けている。きっとすぐに、今も戦っている彼女達に朗報が届くだろう。フニは届くはずもない部下に向け、一心に祈った。
その間にも、領主の詰問は続く。
「相手はウンディーネ……先手は相手が?」
「は、はいっ!隊員に矢が刺さって、発射位置にウンディーネの小隊が……!」
「わかったヨ。なら、ウンディーネ領に問い合わせて、その襲撃が個人的なPKなのか……あるいは、ウンディーネそのものの総意なのか確かめなきゃ」
ウンディーネは現在、どことも同盟関係を築いていない中立である。
内面はどうあれ、このALOがPK推奨である以上、襲撃そのものはそこまで問題ではない。だがそれが、サラマンダーのように積極的にPK行為を行わないウンディーネがしたからこそ、そこに不穏な意図があるように見える。いや、見えてしまう。
黄金色のウェーブヘアを揺らす彼女だが、しかし具体的なアクションをする前に一声が投じられる。
「あれ?でもさっき、ウンディーネから何かメール来てましたよ」
「……?」
すぐさま文書化されたメールの文面が届けられる。
羊皮紙アイテムに記されたそれに胡乱げに目を通したアリシャは、だが――――
「ッどういう、こと……ッ!!?」
激しく狼狽したように、後ずさった。
眼を見張る一同の雰囲気に後押しされたように、彼女は唇をこじ開け、声を震わせる。
「『今回の、貴領の領民における我が領民への攻撃はどういうことか説明願いたい』」
「……………………ぁ?」
思わず。
間抜けな音が口をついて出た。
どういう、ことだ?と。
誰かが言った。
攻撃されたから反撃した、そういう認識じゃなかったのか。
ざわざわ、と混乱が錯乱を呼び、錯乱が狂乱を呼ぶ。
その寸前。
「攻撃やな」
少年が入ってきた扉。
ノックすらせずに開け放ち、人垣を割ってこちらにズカズカ歩いてくる人影は言った。
ケットシーの中では高身長、そして見る者を印象付けるレアな狐耳を持つ麗人。
狼騎士隊副隊長ヒスイは、普段着の着流しを肩のあたりまではだけさせ、言った。
「これで決まりや。今回の一連の件、いくら何でも偶然にしては重なりすぎとる。どっか単一の種族がうろちょろ裏工作し、ウチを貶めようとしてるんや。違うけ、領主サマ?」
「まだ当てつけに近い推測だけど、ネ。……迷子ちゃんの報告は?」
手の甲にアゴを乗っけるアリシャは、流し目をヒスイに向け短く言葉を放つ。
女性は肩をすくめ、デスクの上にしなだれかかるように体重を預けた。
「こっちは平和そのものや。とはいえ、順調とも言い難いけどなぁ」
「見つからない?」
「ナシのつぶてや。目撃状況はそこそこ出てるんやけど、それが散らばっとるんよ。……なぁアリシャちゃん、あん子ぉ分身の術でも使てるんとちゃうん?怖なってきたわ」
「バカなこと言ってないでちゃっちゃと探してヨ。じゃないとカグラちゃんに悪いから」
目の前を漂っていた書類をキャッチし、軽く目を通すヒスイは片目を瞑る。
「そーいえばカグラんはどこ行ったん?ここにはいないようだけど」
「出撃準備。さすがに執政の中枢に他種族がいるのは問題だからネ。他所で支援職の子達と色々打ち合わせと軽い準備運動しつつ、待機してもらってる」
「……バフいるか?アレが?」
偉大な《終焉存在》サマの影に隠れてはいるが、彼女もまたバケモノじみた性能を持っている。だからこそ今回の助っ人役に抜擢されたのだが。
最悪どこかの種族と全面戦争の切った張ったになったとしても、彼女単騎で殲滅しそうな気がしないでもないから恐ろしい。
とはいえ、そんな彼女と真正面から大真面目に交わした交換条件だ。きちんとしないと、あの太刀の切っ先が向けられるのはこっちかもなぁ、と思いながら狐耳の麗人はメーラーウインドウを起動し、各地に散らばるフェンリル隊隊員達からの新たな報告メールに目を通す。
実際、この取引は双方にとって有意義なものだ。多少癪だが。
フェンリル、並びに《敵》の真なる目的が飼い馴らしスキルに対しての運営による弱体化ならばドラグーン隊も封じられたケットシー側には、いざとなった時に一般プレイヤーの不満がそのまま呆れに転換するほどの協力的で強力な、圧倒的な《個》を手に入れることができる。
反して、カグラは行方不明になったマイを――――個人では捜索することが困難なマイを《全》で補うケットシーの協力を取り付けることができる。そして何より、ケットシーとしてもフェンリルを取り上げて手持無沙汰、かつ政治中枢に対し不満を膨らませたフェンリル隊の面々を執政部との無駄な衝突なしに領外へ派遣する口実ができる、という訳だ。
ま、体のいい厄介払いやんなぁ、と身も蓋もないことを思いながら、ヒスイは近くを通りがかった執政部プレイヤーが持っていた盆の上に乗る湯呑みを奪い去る。
ずず、と中身をすすってその熱さに舌を出す女性を尻目に。
「守るよ」
ポツリ、と。
書類を右から左に捌く小さな少女は髪と同色の尻尾を揺らしながら、誰ともなしに呟いた。
それはたぶん、宣言。
ALO屈指の大種族を統べる領主の、私欲とも言えないちっぽけな誇りをかけた、ちっぽけな宣言。
「カグラちゃんの力に頼ってでも、私には守りたいものがある。レン君が繋いでくれた糸を、ここで断ち切らせるわけにはいかない……!」
「………………………」
そやな、と赤髪の女性は狐耳をゆっくりと揺らした。
「だからこそ、やれることをやらんとなぁ」
後書き
エアコンかけた室温がデフォになってきましたなべさんです。
この話では、これまで私がやらなかった小説の手法が取り入れられていたりいなかったりします。ジャンルとしては、ミステリーとかの推理小説で用いられる手法でしょうか。分からずとも、数話あとにはなんとなーく、それとなーく分ったり分からなかったりするのでお楽しみに。
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