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SAO《サルベージ・アラサーお姉さん》

作者:ERRY
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鼠に好かれるアラサーの私

 
前書き
 この小説は若干百合要素が含まれております。ご注意ください。 

 
 私がこの世界に来た目的は、特に無い。強いて言えば、ただの単なる暇潰しだ。
 暇潰しに遊んだゲーム、このソードアート・オンラインは、なんとHPが無くなれば現実の体のHPも無くなるという無理ゲーにしてクソゲーだった。まあVRMMOとしては確かに驚くべき素晴らしいゲームなのだが、そんなテロリストじみた事をしてはダメだろうが。しかも人質はヴァーチャルな世界に置き去り。見方によっては人質自らがヴァーチャルな世界に身を投じたのだが、しかしそれだと私も自ら人質になったみたいなのでとても嫌なので、この表現はしないようにしよう。
 さて、クラインと別れた後、私はキリトに付いて行き、ホルンカとかいう村に着いた。そこでとあるクエストを受けて達成すると、この第1層で大いに使えるという《アニールブレード》なる片手直剣が貰えるらしい。しかし自分はレベルがまだ1で最弱のそれだったので、レベリングしてある程度上げてからクエストを受ける事をキリトに提案したのだが、問題無いとの事。そういえば部長が艦これをやっていて、

「いやー、東京急行はレベリングに最適だなぁ!」

とか言ってたっけ。あの歳でゲーム、しかもオンラインゲームにハマるとは、中々いい趣味をしていると思うし、何より元気で喜ばしいものだ。にしても東京急行っていい響きだな。作戦の名前か何かだろうか。
 艦これの事はさておいて。
 レベルを上げるにしても上げないにしても、もう日が沈んでいて、視界が悪いし、モンスター強い奴らばかりらしいので、今日のところは宿で休む事にした。にしても安いな、一泊80コルか。現実の宿もこれくらい安ければいいのに。この前出張で東京に行ったのだが、その時課長が、

「ホテル代高すぎんだよ東京!」

とか言ってた。それって予算管理してる人の台詞じゃないの?
 そこで驚いたのだが、なんとヴァーチャルにも風呂があるという事だ。汚れを落としているという爽快感というのは、いいものがある。まあ実際汚れる事はないのだが。ヴァーチャルだし。
 風呂から出て、ベッドに寝っ転がる。素っ裸のままである。
 自分の命に関わってくるとやはり不安になるものがあり、流石に気が滅入るが、しかしこのゲームの状態が、あとどれくらい続くのか分からない。いつまでもこの精神状態ではダメだろう。
 私は村の武器防具屋で買った男物のYシャツと黒ジーンズに着替え、そのまま眠りに落ちた。
 現実で眠って、仮想で眠るとは、これはまた奇妙だ。



 脳と身体、双方が覚醒し、起きると、午前10時頃だった。現実でこの時間に起きるのは休日くらいだ。まあ、休日でもこの時間帯に起きるのは、余程疲れていた時だけであって、この時間で起きたという事はつまり、そういう事なのだろう。精神的疲労は溜まるのか……よく出来てるなぁ、このゲーム。
 キリトも起きているだろうし、身支度をしようと脱衣所にに行き、洗面台についてある蛇口を捻り、緩やかな勢いで出ている水を両手で受け止め、顔を洗う。まあ顔なんて洗わなくとも、そもそも汚れや油なんて分泌しないんだし、特に気にしなくてもいいのだが、しかし爽快感がなぁ……と、思い耽っていると、扉をノックする音が聞こえ、

『ティグ、起きてるか?』

と、私を呼ぶ声が届いた。声の発生源は間違いなくキリトである。

「ああ、今行く」

 そう返事をした私は、寝間着替わりの男物のYシャツから白のインナーと女物のYシャツに着替え、袖を肘まで捲くり、そして部屋の扉を開けた。

「おはようキリト」
「ああ、おはよう」

 挨拶を交わし、宿を出た。キリトに食べ物はこの世界にあるのか聞いたら、一応あるそうなので、その食べ物が売っている店に行く事にした。
 さて、今私が目の当たりにしている物体は、全体何なのだろうか。

「キリト」
「何だ?」

 私はその物体を手に持ちながら訊いた。

「これは、何?」
「……パン、だ」

 嘘つけぇ! これのどこがパンなの!? 遠目から見たら木炭や石炭と何ら変わりないよぉ!
 とまあそんなわけで、今私が持っているパンは、ゴツゴツしていて、黒くて硬い。何か卑猥な響きだが、実際そうなのだ。これは本当に人間が食べれるものなのだろうか。人間が食べてもいいものなのだろうか。イギリス料理もビックリである。まあ今は、美味しくなっているらしいのだが。
 取り敢えず、持っているパンらしき物体を口に運んだ。

「……………」

 バリッ ガリッ

「……………」

 ゴリッ ボリッ

 う、ううん……微妙……。
 と、嘆いていても今はこれしかないし、それにこれでも空腹感は満たされるので、文句を言わずに咀嚼する。キリトの顔も、私と同様に険しいものになっていた。当たり前だわそんなもん。
 その黒いパン、黒パンを平らげるまで、私とキリトは一言も喋らなかった。
 ハイジの黒パンの方がもっと美味しいと思う。



 黒パンを全て平らげると、早速クエストを受けに行った。
 クエストの内容は《リトルネペント》というMobを倒した時にドロップする《リトルネペントの胚珠》というアイテムを取ってくるというものだ。《リトルペネンとの胚珠》は一人につき一つ必要で、そのアイテムはリトルネペントの《花付き》を倒さないとドロップしないらしく、そして《花付き》のポップ率が1%ときた。しかも下方修正されているかもしれないそうで、これは長丁場になるだろう。
 やはりゲームはゲームらしく、一つ一つストーリーがあり、今回の場合は病気の少女の為にリトルネペントの胚珠が必要なのだとか。胚珠で治る病気とは一体どのようなものなのだろうか。胚珠に体に溜まっている毒素を吸わせるとか? そして成長してリトルネペントにするのか? うん、自分でも何言ってるのか分からなくなってきた。
 というわけで森の中である。

「なあティグ」
「どうした?」
「昨日買ってたその装備、防御力とか大丈夫なのか? 軽そうだけどさ」

 ああ、このYシャツとかか。

「確かに防御は低いけれど、その分AGIが少しだけど上昇しているよ」
「そうか、ならいいんだけど」
「私としては現実と同じ服装でいたいからね。そうしないと何だか落ち着かなくて」

 普段着や外出着は、いつもこれである。冬場は流石にコートを着るけど。
 と、早速リトルネペントらしきMobが2匹、姿を現した。

「じゃあ早速、始めるか」

 私は頷き、

「うん、始めよう」

と言い、リトルネペントに迫った。



 かれこれ3時間くらい経っているのだが、《花付き》が全然出てこない。やはり下方修正されているのだろうか。茅場晶彦許すまじ。

「……これで、300匹目か」

 リトルネペントの懐に入り込み、ソードスキルを使わずに右上に逆袈裟斬りを放つと、奇声をあげてポリゴンとなって爆散した。ポリゴンと言ったら昔ポケモンショックなんてのがあったらしいな。まあ私が2歳の時の話だから、当時の事は記憶に無いけど。
 それにしても、《花付き》が全然ポップしないのだが。まったく……いつになったら出てきてくれるんだ《花付き》さん。このままだとキリト共々疲労困憊でやられちゃうよ。いや、もう既に疲れはそれなりに溜まっているのだが。
 チラッとキリトを見た。キリトもキリトでソードスキルを駆使し、リトルネペントを殲滅している。βテスターとしての経験もあるのだろう、キリトは私よりも余裕そうだった。これが性能の差というものか。いや、違うか。

「キリト。今、何匹目だ?」
「そうだな……これで、345匹目!」

 キリトは先程とは別のリトルネペントに2連撃のソードスキル(名前は知らない)を放つ。そしてその連撃を土手っ腹に喰らったリトルネペントは、断末魔とともに散った。

「やっぱり下方修正されてたみたいだな……」
「ああ、そのようだな。どうする。《実付き》でも襲って、誘き寄せてみるか?」

 私がおちゃらけた感じでそう言うと、

「へ、変な事言うなよ……確かにその方が楽そうだけどさ」

キリトは冷や汗をかいて、苦笑しながら言った。
 リトルネペントの《実付き》の実を破壊すると、リトルネペントが大量発生して、集団総攻撃を仕掛けてくる。だからこのクエストを受けるプレイヤーは、《実付き》を発見しても徹底的に無視するのが定石らしい。まあ《実付き》も、それ程ポンポン出てくるというわけではないのだが。
 それにしても、その《実付き》は《MPK》とかいうのには最適だな、なんてリトルネペントを倒しながら思っていると、不意に後ろから声がした。

「ねえ、君達。よかったら僕も一緒にクエストやってもいいかな?」

 この声からして、そいつは恐らく青年なのだろうと思い振り返ると、想像通り青年がこちら側に歩いてきた。
 キリトはその青年を一瞥すると、相手していたリトルネペントに向き直り、

「……ああ、いいぞ―――っと!」

リトルネペントの脳天(っぽい箇所)をソードスキルを使わずに刺突し、的確に倒しながら青年に向けて言った。
 それを聞くと青年は笑い、「それじゃ」と言いながらクエストに加わった。
 ……しかし、これは。私の考え過ぎだろうか。どうにもあの青年の《笑み》が、《哂い》にしか見えなかったのは、果たして気のせいだろうか。

「気のせいであってほしいなぁ……」

 そう言いながら、リトルネペント301匹目を倒した。



 キリトがようやく《花付き》を見つけて、それを倒してやっと《リトルネペントの胚珠》を一つ手に入れたのだが、事はすぐに起こった。
 その青年、名前はコペルというらしいが、その青年が理解しがたい行動に出たのだ。
 どういう事かというと、キリトが胚珠を手に入れ、私が325匹目を丁度倒したところで、

「《実付き》だ、二人共!」

というキリトの叫びが聞こえ、振り向くと確かにリトルネペントの《実付き》がいたのだが、それを私と共に聞いたコペルの口が歪み、何か呟きながら、その実付きの方へと走っていったのだ。そのコペルの呟き。暇だったので勉強した読唇術でもってそのコペルの呟きを解明したのだが……、

『ラッキー……!』

そうコペルは呟いていたのだ。
 間違いない。《MPK》だ。コペルは《実付き》を倒して大量のリトルネペントを集め、それでもってキリトを《MPK》して《リトルネペントの胚珠》を手に入れる気だったのだ。
 胸に詰まっていたモノが、やっと解消された。しかし、そこに残るのは爽快感ではなく、焦燥感だった。先程の私の発言は言うまでもなく冗談だが、その冗談が現実になってしまった。そうする事で《花付き》が出てくるとは限らないのに。
 やってくれたな、コペル。

「な、コペル!? 何を――」

 キリトが言い終わる前にコペルは、《実付き》の実を破壊した。
 森に響く破裂音。
 そしてやってくるは《リトルネペント》。
 うわぁ、出るわ出るわ。わんさか出てくる。気味悪いな。
 とにかく、キリトのもとに行く。

「キリト」
「ああ、あいつの目的は……MPKして《リトルネペントの胚珠》を手に入れる事、だったんだ」
「そうみたいだな……、カーソルがないな。《隠蔽》か?」

 コペルのカーソルが表示されていないという事はつまり、そういう事なのだろう。
 自分は《隠蔽》して高みの見物か。いいご身分だ。

「《隠蔽》だな――けど、こいつらにそれは通じないぞ!」

 と、どこかで人間による悲痛な叫び声が。この声は、コペルによるものだ。

「……やられたみたいだな」
「因果応報、自業自得さ。全てあいつの行動によるものだよ」

 裏切り者は死すべし。
 親にそう教えられた事があった。

「……悲しんでいる暇はないよ、キリト」
「そうだな、こいつらから逃げないと」

 周りは既に囲まれていた。八方塞がりってやつだ。

「よし、あの囲いが薄くなっているところを攻めよう」

 私はそう言うと、伸びをする。

「ん―――っは」

 疲れがちょっとだけ軽くなったみたい。

「じゃ、キリト」
「うん」

 私とキリトは、一斉に走り出した。

「あ、《花付き》発見」
「役に立っちゃったのかよ……」



 結果。
 逃げ切れた。そして、クエスト達成。やったね。
 やっとの事で手に入れたアニールブレードは、何処と無く輝いて見えた。



 リトルネペント総攻撃から、約一ヶ月。
 なんだかんだグダグダと関係を続けたせいで、妙な信頼関係が出来てしまった。私の中に《関係を絶つ》という選択肢は、いつの間にやら無くなっていた。
 うーむ。やはりアレだろうか。ネット上で、性別を変える事ができて、しかもアバターで姿形がどうにでもなるから、いまいち人を信用できずにいたが、しかし茅場によって現実の姿になってしまった事によって、ネット上でも人を信用できるようになった。表情も偽りではないし、真偽もはっきりと見抜く事ができる。それどころか、信頼関係までできてしまった。おいおいマジかよ27歳、中学生と関係作っちゃっていいのか?
 さておき、現在キリトと迷宮区を攻略中である。流石に2人という少人数で迷宮区を攻略できるとはとても思えないが、マップデータぐらいは獲得できるだろう。
 今現在、私はキリト共々Lv.9である。あと2レベル上がれば、この階層の安全マージンがとれる。

「――お、上がった」
「私も」

 ほぼ同じタイミングでLv.10に上がった私とキリト。「はぁ」と一息ついた。
 そこで聞こえてきたのは、剣戟によって発生した甲高い音だった。
 その方を見ると、フードが付いた厚手のケープを纏ったフェンサーが一人、Mobの《ルインコボルド・トルーパー》を《リニアー》でもって爆散させた。
 先程のやつ、HPが残り僅かで、ほんの少し攻撃すれば倒せていた。これは明らかにオーバーキルである。
 そう思っているとキリトも同んなじ考えだったのか、フェンサーの少女の方へ歩き、およそ2メートル地点で止まり、言った。

「……さっきのは、オーバーキルすぎるよ」



 あの後、キリトと少女の話を、疲れたので座りながらボーッと聞いていると、少女は崩れ落ちた。それはどこからか麻痺攻撃を受けた為とかではなくて、ただ単純に眠っただけであった。まあ確かに、三日か四日か、どちらにしろそれ程の期間迷宮区に篭って戦い続けていては、疲労は尋常じゃない程蓄積する事だろう。
 しかし、ああもまあ自然的に話の途中で眠りにつくとは………ああいった場面は小説でよく見るが、現実で見たのは初めてだ。まあここは一応現実ではなく仮想だけど。いや仮想と言っても舞台が違うだけで、現実も同然だけども。
 そして今、《トールバーナ》の町に入った。【INNER AREA】の文字が、視界に表示される。圏内に入った証拠である。キリトは少女に、《第1層フロアボス攻略会議》が16時に行われるという旨を伝えた。少女はそれを聞くと、すぐ去っていった。

「妙な女だよナ」

 背後から聞き覚えのある声がして、振り返ると誰もいなかった。いや、その声の発生源が小さくて、私の視界に入らなかっただけだった。
 下を見ると、予想通り《鼠のアルゴ》がいた。

「……すぐにでも死にそうなのに、死なナイ。どう見てもネトゲ素人なのに、技は恐ろしく切れル。何者なのかネ」
「知らん」

 私は適当に返した。

「……ムー、何だか冷たいゾ。ティグ」
「私は早く宿に戻ってシャワーを浴びたいんだよ……」

 あと腹拵え。お腹すいた。

「知ってるのか、あのフェンサーの事」

 私の腰周りに抱きつくアルゴに、その光景を見て苦笑したキリトが訊ねた。
 するとアルゴは五本指を立てて、

「安くしとくヨ。500コル」

 笑うアルゴの頰にある三本の髭ペイントを撫でる。ふむ、あまり凸凹はしていないんだな。
 キリトは仏頂面で、

「女の子の情報を売り買いするのは気が引けるんで、遠慮しとく」

と応じた。
 アルゴは私の胸に顔をうずめながら、

「にふぃふぃ、いいふぉふぉろふぁふぇふぁふぁ」

と言った。

「顔を胸から離せ」

 取り敢えずアルゴの後頭部にチョップを放った。



 アルゴが来た理由は、キリトが持つ片手直剣《アニールブレード+6(3S3D)》の取引だった。アルゴを仲介とし、キリトの剣を買いたいという輩がいるそうで、アルゴはその件で結構前からキリトに会いに来ている。あと私にも。何故これ程懐かれたのか。それはある日、私が森でレベリングしていると、Mobに囲まれて万事休すのところのアルゴを、私が助けたのが切っ掛けだった。
 まあ人の命を助けられたのはよかったが、このような展開が待ち構えていたとは流石に予想外だった。
 にしても会う度会う度抱きついてきたり顔をうずめてきたり頰ずりしてきたり。人目が多いところでは流石にやめてほしい。私も恥じらいとか羞恥心とか、そういうものは持ち合わせているのだし。
 つまり何が言いたいのかというと、アルゴ可愛い。ヤバい思い出した。そういえば私、子供好きだったわ。というか子供の他に、アルゴみたく小さい子とか凄く好きだったんだった。小さい子に触れ合う機会がなかったからか忘れていたが、そういえばそうだった。
 あ、私がキリトに付いて行ったのってまさかこれが原因……? ありえちゃうところが怖いなぁ。

「結構うまいよな、それ」

 キリトはそう言ってフェンサーに話しかけた。フェンサーはキリトを睨みつけている。

「隣、座ってもいいか?」

 キリトはベンチに最大限距離を置いて座った。私はそのベンチの隣にあるベンチに座り、肩車していたアルゴを隣に下ろした。

「ほらアルゴ、クリーム」
「ああ、あのクエストクリアしたんだナ」

 アルゴに時間がかかって面倒だった《逆襲の雌牛》の、時間の割に合わないクエスト報酬のクリームが入ったツボを渡した。

「黒パンにつけて食べたら中々美味しくて、その後に5回クエストを受けちゃったよ」
「オオ、そいつはご苦労だったナ」
「本当にね」

 アルゴも私も黒パンを取り出し、クリームが入った《ツボをパンに使用》した。するとクリームは、黒パンにゴッテリと盛られた。いやー、これがまた美味いんだよねぇ。
 アルゴ自身の手に持つゴッテリクリームパンに目を輝かせている。

「あむ」

 アルゴが黒パンにかぶりつくのを隣で見て、そして私も手に持っているクリームが盛られたパンを口にした。
 口に広がるクリームは甘く滑らかで、そして酸味のあるクリームがアクセントになっていて、本来ボソボソの黒パンをこうも美味しくできるとは……いやはや、恐れ入った。クリームのストックはまだ4個ある。これでしばらくは黒パンによる被害を回避する事ができるだろう。
 それにしても本当に美味しいな、このクリーム。ストック切れたらまたクエスト受けようかな。

「ンー! うまいナー!」
「これくらいの美味しさをそこらのレストランにも導入してほしいんだけどね……」

 レストランは基本的に不味い。上の階層に行ったらあるのだろうが、それは上の階層の話であって、第1層を攻略していないので一概にこれとは言えない。
 ともかく、不味いのだ。パスタを食べてみたのだが、これがもうなかなかどうして。あんなふにゃふにゃではパスタとは呼べないだろうに。昔のイギリス料理か何かだろうか。ああ、いや。別にイギリスを貶しているわけではないよ?
 キリトと少女の方を見ると、キリトは何故か暗い顔をしていた。何故かは分からないが、つまりはキリトが暗くなるような話をしているのであって、これにはあまり深く関わらないようにするのがよいだろう。

「……ん、もう会議か」

 時刻は16時。噴水広場にはもう既にプレイヤーが集まっていた。

「どうするアルゴ。アルゴは参加する?」
「いや、オイラは終わるまでここで待ってるヨ」

 つまりなんだ、宿まで付いてくる気か? 別にいいけど。

「そう。それじゃあ、キリトにアスナ」
「……そうだな、行こうか」
「――! ちょっと待って!」

 それはキリトに向けたものではなく、私に向けたものだった。
 はて、私が何かしただろうか。

「わたし、あなたに名前を教えた覚えないんだけど。どこで知ったの?」
「―――ああ」

 なるほど、そういう事か。

「自分の左上に、君が知りたがっている事が表示されているよ。ああ、顔を動かすのではなくて、眼球だけを動かすんだ」
「え……こ、こう?」

 ぎこちなく動いた双眼は、やがて求めていた答えを確認した。

「き……り……と。キリト? それと、T、I、G?」
「そう書いてティグと読む」

 実は、迷宮区を出てアスナが起きた後、アスナにパーティの申請をしておいたのだ。ほらあれだよ。こんなに強いのに、死なれたら困るんだよね。攻略のスピードも遅くなるだろうしそれに、まだアスナは子供であって、やりたい事はいっぱいあるはずだ。庇護欲。それが私を駆り立てたのだ。アスナにそう言うと、渋々了承してくれた。今度何かお礼をしなければ。
 あ、ちなみに元ネタはTIG溶接である。

「なぁんだ……こんなところに、ずっと――」
「おーイ。誰か忘れてないカナー?」
「ヘ!?」

 突然の知らない声にビックリしたのか、少女アスナは、可愛らしい声を上げて身体を震わせた。

「あ、ご、ごめんなさい。見えなくて……」
「ああ、確かに無理ないな。小さいしな」
「それはどういう事ダー!」
「そのまんまだよ。フフ」

 私は口を押さえて笑った。

「ムー……んん。オイラはアルゴ。情報屋をやってて、《鼠のアルゴ》って呼ばれたりしてるヨ。よろしくネ、アーちゃん」
「あ、あー、ちゃん……?」

 アスナが自分よりも明らかに年下(かもしれない)アルゴからの呼び名に驚いていると、

「あ、もう始まっちゃってるぞ」

というキリトの声にハッとした私とアスナは、先を行くキリトを追いかけた。
 アルゴは大人しくベンチに座り、またゴッテリクリームパンを食べ始めた。 
 

 
後書き
 次の更新は考査の関係で、12月7日以降になります。 
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