IS ーインフィニット・ストラトスー 〜英雄束ねし者〜
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12話『転校生』
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暗闇に包まれた場所……大量の多種多様なISのパーツが整然と並べられている。一種類しかない頭部となる黒い一角獣を思わせる頭に用途に合わせたパーツがつけられていく。……対抗戦の際に襲撃された無人機、シャッフルガンダムの製造工場である。
様々なパーツを混ぜ合わせたガンダムタイプと言う名では有るが、様々なパーツを装備して十全に運用出来る上に、コアの有る頭部さえ無事ならば頭部以外の生きているパーツを繋ぎ合わせれば直ぐに再出撃可能な点、無人機である事とあわせて現状に存在するどの量産機よりも高いスペックを有しているだろう。
その中で半透明の無数の影が集まり、シャッフルガンダム用のパーツを見下ろしている。スパイクの付いた肩とシールドと一体化した肩を持つ動力パイプの目立つ緑のIS。影達が頭部の無いそれに手を翳すと左右非対称だった体は左右対称の追加装備が施された物に変わり、単眼の頭部が現れる。
《ザク・アメイジング》
そう近くにあったモニターに名前が表示されるとザク・アメイジングと名付けられたISの姿が掻き消える。
IS学園、四季の撃退したシャッフルガンダムのパーツの解析結果……随時学園内に忍び込んでいる隠密ガンダムを初めとする忍者達によってDEM本社へと送られているが、パーツ単位での製造元さえも洗えている様子は無かった。唯一の繋がりと言えばデザインの似ているDEM位だろう。
……まあ、そんな忍者ガンダムsの存在にIS学園の関係者が誰も気付かないのは無理も無いだろう……。流石に女子更衣室……と言うよりも殆ど全員女性なのだが、誤ってそこを覗いてしまった時は慌てたせいか見つかりそうになったが。現在と過去では忍びとして求められる役割も能力も違う。現代社会に於いてのスパイが一瞬で屋根まで飛び移る必要も無いのだし。
……そう、何度も見つかりそうになっている極一部を除いて。某風車とうっかりのコンビ。
半ば全面的に何があるか分からないシャッフルガンダムの解析をIS学園に押し付けつつ、その解析結果を奪っている形だが、それを元にキャプテンガンダム達の遊撃チームが追跡調査を行なっている。
IS強奪……奪われたHi-νガンダム・インフラックスの追跡が現在のメインだが、担当する仕事の多いチームである。
(束のやつ、一体何を考えている)
未登録のISコア、実現されていない無人機と言う点から一人の人物に行き着いた千冬は、教員控え室でそんな事を考えていた。
(……無理矢理科学的な推測をしてみたが……あれは本当になんだったんだ?)
誰もが納得する千冬の推測だが、実際改めて考えてみるとあの時のアリーナで起こった事には不可解な点が有るのに気付く。……その一つがアレが一種のシールドならば一夏の持つ零落白夜ならば簡単に帰還できていた可能性だ。
そして、一夏からも報告で聞いていた……あの空間内で零落白夜を使っていた。と。
幻覚を見せる特種能力で方向感覚を乱していたと推測する事もできるが、同時に幻の怪物から受けた攻撃のダメージが三人のISには存在していた。
あのISの特種能力が幻の実体化と考えれば辛うじて納得できるが、流石にそこまではISの特種能力とは言え出来ないだろう。本体が幻に潜んで攻撃してきたか、幻で同士討ちさせた結果と考えてもやはり不可解な部分が出来る。
まるで、一夏達からの報告は科学に基づいた報告では無く……オカルト、ファンタジーの映画を見せられている気分に感じてしまう。
(あれは魔法か何かだったとでも言う気か、私は? バカバカしい、そんな物この世に有る筈が無い)
直ぐに千冬は己の中に浮かんだ考えを否定する。既にISと言うパワードスーツを纏った上でとは言え、人が空を自由に飛びまわれる時代にそんな物は存在し無い、そう否定する。
科学は超常の力を否定する、科学の恩恵を受けているからこそ、魔法と言うのは空想だと思考する。それは間違いではない。だが、だからこそ、四季達も銀の円盤を提出したりは出来ないのだ。
(正体不明のIS。パーツを洗おうが製造元も不明。最も強固なコアが戦闘ダメージの破損により解析不可。調査の結果、二種の不明機襲撃事件の首謀者も不明)
明らかに毛色が違う二種の無人機……間違いなくどちらかに関係しているであろう人物の貌が千冬の頭の中にイメージされている。
(コアの製造、完全無人化による起動、他の人間が作った証拠が無い以上、どちらに関わっているかは分からんが、こんな事が出来るのは、IS開発者『篠ノ之 束』。お前しかいない)
だが、それは逆に言えば束と同レベルのマネが出来る人間、若しくは組織が何処かに存在していると言う事になる。
(……寧ろ、束よりも此方の方が厄介か)
世界を変えた天災と同レベルの技術力を持った存在が他に在る……。何より、束以外製造できないとされているISコアを量産できる者が他に居れば、それだけで十分に世界を新たな混乱に導く事ができる。
(学園は何でもかんでも一組に押し付けてくるし、生憎私はお前と遊んでいる時間は無いぞ)
そう考えながら千冬が視線を落とすのは二組の転入届と手続きの為の書類。そして、控え室を出た千冬は二人の人物と対峙する。
「すまない、またせたな」
千冬が一瞥するのは二人……
「この時期に転入とは中途半端だが、お前達の成績なら問題ないだろう」
そう、この時期にIS学園へと転校する事になった二人へと。
(ったく、それにしても何を考えてるんだか……)
今朝義父から聞かされた言葉を思い出しながら四季はそんな事を思う。
日本政府としてもDEMの持っている秘匿技術は欲しいのだろう、IS学園のDEMからの技術交渉の対価にそれなりの品を出して来る…………と言う名目で厄介ごとを押し付けようとしてきた。
日本政府からのDEM側への対価の1つに倉持で開発中の新型ISとそのコアで、名称『打鉄弐式』がある。
それは、一夏達の専用機開発の煽りを受けて開発中止になった日本代表候補生の専用機である。
今朝その話を聞いた時、思わず詩乃と一緒に言葉を失ってしまった訳だ。……要するに、技術提供を受ける上に、投げ出した専用機の開発を押し付け、専用機を通じてDEMのワンオフ機に使われている技術を盗もうと言う訳である。
現状、四季のIS学園への入学の際の特権の交換条件として量産型νガンダムの優先的な購入権を日本とIS学園は持っているのだが、日本政府としては量産型第三世代だけでは満足いかなかった様子だ。
……実はその日本代表候補、立場上それなりに日本政府としても粗末に出来ない相手であり、本来ならば彼女の専用機の開発のためのスタッフは確保していたが、そこに千冬からのごり押しによる三機目の専用機の開発……その頃はモノクロだった『蒼式』である。
ブリュンヒルデと言う名の移行の元による千冬からの倉持側が圧力に屈した、使いもしない専用機が無駄に作られその結果、日本代表候補生の開発が一時的とは言え中止になった訳である。
その結果、その家と日本政府の関係に溝が出来てしまった結果……無駄に作られ未だに使用者の居ない蒼式のパーツを流用してでも完成させろと倉持に言う政府と、四季に渡すと言って返却しない千冬の間で板ばさみになる倉持と言う構図が出来上がった……。
ぶっちゃけ、日本政府は無理矢理渡した所で遣われること無く部屋の隅で埃を被る事になるか、DEMでその日の内にバラバラに解体されるのは目に見えていた。だからこそ、無駄に作られた機体を使って完成させろと倉持に対して言っているらしい。
DEMのISは全て『宙空間活動対応可能』が最低条件……当然ながらそのパイロットである四季も宙空間活動の出来ないISは下手な癖が付くだけ使う価値が無いと判断している。
実際、四季も元姉の被害者と言うべき日本代表候補生には同情する……。本来ならば、助け舟を出して倉持から開発途中の買い取った上でDEMで完成させても良いと言っていた義父だが、彼女の名前を聞いた瞬間に前言を撤回させた。
『更識 簪』
それが代表候補生の名であり、義父と『更識』の名の間には1つの因縁がある。それを理解しているから、面識の無い四季は義父の言い分に同意した。
一族間のパワーバランスで最も短い期間当主となった最も無能な『楯無』の名を持つ者。……更識にとっても一つの黒歴史と言うべきそれがDEM……いや、義父が更識の関係者と関わる事を拒否している理由だ。
手に入れた地位にしがみ付く為に強引に行なった任務……結果的に一人の民間人が巻き込まれた。それが義父の恋人であった女性であり、四季にとっても義母になったかもしれない相手である。
飽く迄今の当主とは関係ないと思っていても、所詮人間は感情の生き物だ。納得できない部分があるのも事実……その結果、更識には関わらない事にしていた訳である。そこに振って湧いた更識の関係者の専用機の開発の話。……当然ながら断る事になった。
こうして“開発コード『トライオン・システム』”と名付けられた闘士ダブルゼータ達をモデルに設計された旧来のISに対する特種支援システムの開発は見送られる事になったわけである。
元々女性にはこの上なく不評になりそうなので、開発は計画段階でお流れになったのだが……。実はこのシステムがDEMと更識の因縁を改善させる事に繋がるのだが、それはまだ少しだけ先の話しだ。
四季が日本政府からの交渉内容を聞かされ……四季の方にも日本政府や学園からもう一度接触があるので注意する様に言われた事を思い出していると、教室の扉が開き千冬が入ってくる。
「諸君おはよう。山田先生、ホームルームの前に転校生の紹介を頼む」
転校生と言う言葉に生徒達が沸き立つ。学園と言う閉鎖空間に対して最も大きな変化を与えてくれる要素でもある。確かに世界各国から多くの留学生を迎えているIS学園とは言え、転校生は滅多に来ない。
そんな中で秋八は喜色を浮べる。その転校生が来るのを知っていて、それを待ち望んでいた様に、だ。
(楽しみにしてたよ……来てくれるのをね)
今まで思い通りにならなかった事態が、やっと思い通りになろうとしている事に心の中で笑みを浮かべる秋八。彼の視線が向いているのは、金色の髪の転校生……。
(セシリアとの接点はなかったけど、やっと新しいモノが手に入る)
まるで欲しかったコレクションが手に入る事を喜ぶように、新しい玩具が手に入るように、彼は心の中で笑みを浮かべた。
「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します! しかも二名です!」
『え!? ええ!!!』
クラス中から歓声が上がる。彼女達の視線が向いているのは金色の髪の転校生へ、だ。もう一人の転校生への関心が薄れるほどにもう一人の与えるインパクトは大きい。
「失礼します」
「…………」
『男性』用の制服を着ているのだから。
「二人とも代表候補生で専用機をお持ちなんですよ~。皆さん仲良くしてあげてくださいね」
真耶のそんな言葉も生徒の耳には入っていないだろう。
「ドイツ代表候補生の『ラウラ・ボーデヴィッヒ』“さん”と、フランス代表候補生の『シャルル・デュノア』“くん”です」
真耶が二人を紹介する中、思い思いの事を考える。
(あの二人はドイツとフランスの代表候補生)
中国の代表候補生である鈴に続く新しい代表候補生-それも二人-の転入を意識するセシリア。
(何!? 代表候補生だと!?)
新しい代表候補生の転入に敏感に反応する箒。
(へぇ……こんな時期に珍しいな。それに専用機代持ちの代表候補生か。って言うか一人はまさか)
ある意味一夏にとっては喜ばしい事実に、もしかしたらと思う一夏。
(ふふふ……本当に待っていたよ、二人とも。そろそろ箒にも飽きてきた所だしね)
表向き何時もの爽やかな笑みを浮かべながらそんな事を考える秋八。
そして、
(デュノア!? ……それに……デュノアの家にはオレ達と同じ年頃の子供は……女の子しか居なかったはずじゃないのか?)
色々とDEMからの警戒対象になっているデュノア社の関係者と言う事もあって警戒する四季だが、それ以上にそう思う。キャプテンガンダム達からの報告によればデュノア社に男の子供は……特に同じ年頃の子供は女の子だけであった筈。
(……シャルル・デュノアじゃなくて、『シャルロット・デュノア』の筈じゃなかったか?)
キャプンテガンダムからの報告にあったデュノア社の関係者の名前を心の中で呟くのだった。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。こちらに僕と同じ境遇の方達が居ると聞いて転入してきました。この国では不慣れな事も多いかと思いますが、皆さん宜しくお願いします」
転校生の一人……もう一人の小柄な少女の銀色の髪と対になるような金色の髪の転校生……シャルルはにこやかな顔でそう告げて一礼した。
クラスの大半が唖然とする中、四季は注意深くシャルルの様子を注目していた。
(……男と言うには華奢だけど、それは証拠としては薄いな。顔については……オレも人の子と言えないから言う気は無い……)
外見については時折詩乃さんからも可愛いと言われる事が有るだけに、それを指摘するのは自爆になる。
その外見から正に『貴公子』と言う雰囲気を纏っているシャルルから感じさせる爽やかさは、秋八の纏っているモノとは違う……本当の意味でのそれだろう。
……だが、四季はシャルルから微かな違和感を感じていた。
(まるで無理に男装した女の子みたいな雰囲気があるな。それに……いや、決定的な証拠も無いか)
相手の目的が分からない以上、警戒するべきだろうと考える。特に相手は色々と自分達にとって暗い部分が目立つ『デュノア社』の人間だ。下手に藪を突くのは愚策だろう……寧ろ、その違和感さえも罠に誘導するための囮とさえ考えられる。
その後再起動したクラスの女子から黄色い歓声が上がった。素早く耳を塞いで難を逃れたが、行動の遅れた一夏と秋八は耳を押さえている。
「男子! 二人目の男子ッ!」
「しかもうちのクラス!」
「美形! 守ってあげたくなる系の!」
「守ってもらいたい系の四季君もいいけど、シャルルくんも素敵!」
クラスの女子がそんな風に騒いでいる。まあ、当然ながら……暴君とは言えこういう事態に対する対処には最適な存在が居る。
「騒ぐな、静かにしろ」
千冬の静かな一括が叫びを止めさせる。
「み、皆さん、お静かに。まだ自己紹介終ってませんから~!」
真耶が転校生がもう一人居ると言われて全員がその事を思い出す。流石に四人目の男子と言うインパクトが強すぎて(四季としてはシャルルから感じられていた不信感)、もう一人の転校生の紹介が未だで有る事を全員が忘れていた。
もう一人の転校生は腰まで下している銀色の髪が特徴的な少女。白にも見える銀色の髪が原因か、何処か作り物じみた印象を与える。左目には古い映画に出てくる上級職の軍人が着けている居る様な黒い眼帯を着けている。
貴公子であるシャルルに対する『軍人』そのものの印象がある少女……。軍人と言ってもG-アームズのメンバーには無い冷たい印象……金属のような印象を与えるガンダム達では無く同じ人間から感じるとは思わなかった冷たい印象……。
近いものは、かつて、太一達から聞いたダークマスターズの一角、メタルエンパイアの『ムゲンドラモン』の持っていた冷酷無比と言うべき印象だろうか。
(……いや、そもそもISの性能から考えて軍人が代表候補でも仕方ないか……)
最後に一言、『納得できないが』と付け加えておく。優れた道具が軍事転用されると言うのは飛行機と言う礼を挙げるまでも無く存在しているので、仕方ないとは思う。
……付け加えると、ISの影に隠れているお蔭でスダ・ドアカワールドとは違い、機兵が此方では軍事転用されていないと言うのはありがたい限りであるが。
そこまで考えた後手元に有る端末で二人の公開されているデータを表示させる。
(シャルルはやっぱり自社製品のラファールのカスタム機、第二世代機とは言え……カタログスペックじゃ前のヴレイブ以下か……)
やはり、前情報通りデュノア社では第三世代機の開発が遅れているのだろうと判断する。Hi-νガンダム・ヴレイブの前段階となる機体、νガンダム・ヴレイブ。……ある意味に於いてコンセプトではシャルルの専用機に近いが、カタログスペックではνガンダム・ヴレイブが上回っている
(……そして、ドイツの機体はしっかりと第三世代機か……)
機体名に目が止まった瞬間、四季は再び思考の中に入る。
(シャルルさんにラウラさん。どちらも専用機持ちの代表候補生、特にラウラさんはわたくしと同じ第三世代型……絶対に負けられませんわ!)
四季と同じ様に表示されるデータに目を通しながら、セシリアはそう思考する。彼女のプライドだけでは無く、あの日の光景に居る“彼”の背中に追いつく為に。
(専用機持ちが二人もだと!? しかも代表候補生……)
机の下で悔しげに手を握り締める箒……。秋八と遠い位置にいる己の立ち居地を改めて突きつけられてしまったのだ。
(凄いな、専用機持ちの代表候補生が二人も! さすがは世界唯一のIS為の学校、IS学園だな。二人とも強いんだろうな)
内心興奮気味にそんな事を考える一夏。そんな一夏の脳裏に浮かぶのは、四季の姿だ。七星天剣流と言う剣術を使う姿も、双剣を使って不明機を撃破した姿も……聞いた話では、不明機が二次移行した物を倒したのも四季だと聞いている。
(あいつみたいに強ければ……)
一度だけ見様見真似で使った四季の技だったが、一度だけ受けた事があるから分かる……本当のあの技の破壊力はあんな物ではない、と。
(良し、だったら!)
ある事を決意する一夏。
(それにしても……向こうはオレの事は知らないだろうけど……まさか、こんな所でまた会う破目になるなんてな……)
世界は狭い、としか言い様が無いだろう。……ラウラ・ボーデヴィッヒ、過去のエルガとの戦いで一度出会っている。セシリアの時とは違い、エルガの配下に操られた敵として。
スダ・ドアカワールドには月の満ち欠けを操る術が有り、エルガはスダ・ドアカワールドでの戦いの折にはそれを利用しようとするも、最終決戦に於いて逆に騎士ガンダム達の助けへと繋がったそれを再び利用しようとした。
その為の搭の建設の為の場所がドイツであり、その為の労力の確保の為に目をつけられたのが彼女の部隊であり、エルガの配下によって洗脳された事でモンスターの操り人形として建設の労力となる人々を狩る為に利用された訳である。
同じ頃ドイツで風のエレメンタルの神器を探していた四季達によって、モンスターは退治されラウラ達も住人達も助けられた。
幸いにも捕えられた住人の証言で“怪物”に洗脳されていた事が明らかになり、罪には問われなかったそうだ。
「…………あいさつをしろ、ラウラ」
「はい、教官」
クラスの女子を詰まらなそうに見ていたラウラが、千冬からそう指示されると佇まいを正して素直に返事をする。
「ここではそう呼ぶな。もう教官では無いし、ここではお前も一般の生徒だ。私の事は織斑先生と呼べ」
「了解しました。ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
何時かの一夏の時以上に簡潔すぎるラウラの挨拶……。クラスメイトが全員沈黙している状況に、流石にこれは無いだろうと思う。
まあ、千冬とラウラの会話から二人の間に何らかの関係が有ったのだろうと言うことだけは理解したが……。
「あ、あの……以上…………ですか?」
「以上だ」
真耶がそう聞くが……どう見てもラウラに苛められているようにしか見えない。そんな真耶の姿にもう少し教師としての威厳が持てない物だろうかと思う。知人の威厳が有る人物と言えば……
(……『鳳凰頑駄無』と『曹操』将軍……って、あの人達は有りすぎるか)
流石に後の『初代頑駄無大将軍』と『曹操ガンダム』は威厳が有り過ぎる。……と言うよりも比べる時点で真耶が可哀想になる。そんな訳でアドバイスや改善案が浮かばないので、心の中で彼女に謝るだけに留めておいた。
「貴様がっ!」
ふと、そんな叫び声で横を見るとラウラが一夏に向けて手を振り上げている。不穏なものを感じると同時に体が動き一夏へと振り下ろした腕を掴み、それを基点に彼女の体を床に叩きつけ腕をねじり挙げる。
「お、おい……四季?」
「あっ、ごめん、不穏なものを感じたんで……つい」
「~~~」
突然平手で打たれそうになったと思えば、隣に居た四季によって投げ飛ばされているラウラの姿に唖然としながらも口を開く一夏と、彼女を投げ飛ばした挙げ句腕を捻りあげている四季、顔面を床に叩きつけられた上に腕を捻り上げられた痛みで声も出ないラウラの図。
床に叩きつけられた際に思いっきり鼻を打っているので本気で痛い。格闘術の指導者は結構武闘派の面々が揃っている為にこの程度のマネは出来ると言うのが四季の弁である。
「い、いや……助けられたのは感謝するけど、流石に可哀想じゃないか?」
「あ、ああ……やり過ぎた」
平手打ち(未遂)の報復としては寧ろ酷いとしか言いようが無い。態々受け身ができない様に投げている時点で。
「わ、私は認めない、貴様等があの人の弟であるなど、認めるものか! それと、私の邪魔をしたお前のことも忘れないからな!」
投げられた時に打った鼻を押さえながら涙目で言う姿には威圧感も何も有った物じゃない。負け惜しみの捨て台詞にしか使えない。
前者の言葉を向けられたのは一夏と秋八であるのだが……四季と千冬の関係は知らないのだろうかと思うが、弟扱いされないのは幸いだと思って余計な事は言わない。……そもそも、最初に平手打ちをされたのが秋八なら助けたりもしていない。
「あー……えーと……使うか?」
「……」
差し出されたポケットティッシュを無言のまま奪い取るように受け取ると席まで足早に歩いていった。なお、終始ラウラは涙目である。
妙に罪悪感しか湧かない光景であった。
「……えーと……」
「五峰、今のはやりすぎだ」
「……一応、自覚しています」
千冬から簡潔に注意されてその日の転校生の紹介は終った。……ラウラのクラスメイトからの印象が、最初の印象から大きく変わった事を追記しておく……。
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