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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百十話 挑発

帝国暦 488年  2月 25日  帝国軍総旗艦 ロキ エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



ガイエスブルク要塞の間近まで来た。もっとも要塞そのものは未だ見えない位置にいる。敵もこちらは見えていないだろうが、要塞近くに来ている事は承知だろう。此処へ来るまでの間に敵の哨戒部隊と何度か接触している。

問題はこれからどうするかだ。近付くか、引き摺り出すかだが、何と言っても要塞付近での戦闘は余り面白くない。何時要塞主砲、ガイエスハーケンを撃たれるかと心配しながら戦うのは余り上手な戦い方とは言えないだろう。

となると敵を引き摺り出すしかないが、あれをやらなきゃならんのか……。原作のラインハルトの挑発行為、あんまりやりたくないんだよな、あれ。なんていうかあざと過ぎるんだ、俺の感覚からすると。

ラインハルトはああいう性格だから他人を貶しても余り気にしないだろうけど、俺は駄目なんだな、何と言うかしっくり来ない。大体あんな風に上手く出来るかどうか不安がある。失敗したら無様だし出来ればやりたくない……。

でもなあ、原作では効果が有ったしやってみる価値はあるんだよな……。他の奴にやらせるか、俺がやらなきゃならんわけでも有るまい。リューネブルクとか上手そうだよな、ロイエンタールも。ビッテンフェルトも有るな。意外にメックリンガーとかも良いかもしれない。上品で辛辣に髭を捻りながらやったら痺れそうだ。

現実逃避していても仕方ないな、とりあえずはやってみるか。さて、どういう風に挑発するかだが……。



帝国暦 488年  2月 25日  ガイエスブルク要塞 オットー・フォン・ブラウンシュバイク


討伐軍が近くまで来ているようだ。辺境星域を平定するはずだった別働隊も集まっているらしい。どうやら先にこちらを平らげようとしているようだ。リッテンハイム侯を戦死させた事で敵は勢いに乗っているのだろう、その勢いをそのままこちらにぶつけようとしている。

「公爵閣下、敵軍より通信が入っています」
オペレータが緊張に満ちた声を出した。
「スクリーンに投影しろ」

大広間のスクリーンにヴァレンシュタインが映った。穏やかな笑みを浮かべている。その笑みを妙に懐かしく思ったのは何故だろう。そう言えばこの男の顔はもう何ヶ月も見ていない。いつも有るものが無いと落ち着かないとはこの事か。思わず自分の顔に苦笑が浮かぶのが分かった。

『ガイエスブルク要塞に引き篭もる臆病で小心な貴族達に告げます。卿らに僅かなりとも勇気があるのなら要塞を出て堂々と決戦をしなさい。と言ってもか弱い女子供を攫う事ぐらいしか出来ない卿らに戦争など無理ですね』

そう言うとヴァレンシュタインは肩を竦めた。わしの背後で貴族達の怒りに満ちた声が聞こえる。
「おのれ、小僧、よくも言いたい事を」
「静まれ!」

ヴァレンシュタイン、卿の言う通りだ。この程度の挑発で激するような者どもばかりなのだ、戦など到底無理だ。人目が無ければ大声で卿に同意しただろう。もっともそんな馬鹿どもを率いて戦わねばならんとはどういう運命の悪戯だろう。

『ヒルデスハイム伯やラートブルフ男爵、シェッツラー子爵を見れば良く分かります。なんと無様で無能な事か! 戦史に残る愚劣さですよ、呆れ果てました。今からでも遅くはありません、大人しく降伏したほうが良いでしょう。降伏すれば殺しはしませんし生きて行くのに困らないだけの財産も与えます』

「馬鹿な、我等に物を恵むというのか、増長にも程がある!」
「騒ぐなと言うておろう!」

『仕事も与えましょう、そうですね、陛下のバラ園の世話係とかはどうでしょう。陛下のお傍にお仕え出来るのです。貴方達にとっては名誉以外の何物でも無いでしょう。でもバラを枯らしてしまうと死罪ですから注意力散漫な貴方達には無理かもしれませんね』
そう言うとヴァレンシュタインはクスクスと笑い出した。背後で呻き声が聞こえる。

『まあ他にも仕事はありますから悲観する事は有りません。命は一つしか有りませんから良く考えて行動してください。無意味に強がる事はありませんよ、子供じゃないんですから』
スクリーンからヴァレンシュタインの姿が消えた。最後までクスクスと笑っていた。

「ブラウンシュバイク公、あのような事、言わせておいて良いのですか!」
「その通りです。出撃し我等の力を見せ付けてやりましょう!」
「出撃しましょう!」
若い貴族達が血相を変えて詰め寄ってきた。

「騒ぐな! この程度の挑発に乗ってどうする」
「しかし」
「分からぬのか! ヴァレンシュタインは我等を此処から引き釣り出したいのだ」

わしの言葉に若い貴族達は黙り込んだ。だが表情には未だ不満がある。
「児戯にも等しい挑発よ、ヴァレンシュタインは知恵者と思っていたがこの程度とは……、大した事は無いな、ハッハッハッ」

わしが笑うとようやく貴族達も興奮を抑え、笑い始めた。厄介な話よ、味方を宥めるために笑いたくなくとも笑わねばならんとは……。視界の端にグライフスが微かに頷く姿が見えた。



帝国暦 488年  2月 25日  帝国軍総旗艦 ロキ エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


通信を終えてほっとしているとパチパチと手を叩く音が聞こえた。音のする方向を見るとリューネブルクがニヤニヤしながら手を叩いている。この野郎、何が面白いんだ? 冷やかしか?

「いや、なかなか面白い見物でしたな」
「どうせ私には似合いませんよ。リューネブルク中将にやってもらえば良かった……」
俺がそう言うとリューネブルクが笑い出した。

「いやいや、小官などがやるよりずっと効果的です。閣下が喧嘩を買うのが上手い事は知っていましたが、喧嘩を売るのはもっと上手い。驚きました」
「……」

本気か? 周囲を見るとワルトハイムもシューマッハも頷いている。心外だな、俺はそんな嫌な奴じゃないぞ。ヴァレリーなら分かってくれる、そう思って彼女を探すと懸命に笑いを噛み殺している彼女が居た。その隣に同じように笑いを噛み殺している男爵夫人がいる。俺は周囲から理解されていない、寂しい限りだ。

いかんな、落ち込んでる場合じゃない。気を取り直して命令を出した。
「ミッターマイヤー提督に連絡、貴族連合軍を挑発せよ、敵が攻撃してきた場合は出来るだけ見苦しく逃げてくるようにと」
「はっ」

ミッターマイヤーなら上手くやってくれるだろう。何と言っても原作でも貴族連合を挑発しまくってくれたからな。先ず三日から四日か、その程度は餌を撒き続ける必要がある。今月末から来月初旬が山だ。





「申し訳ありません。敵は一向に動こうとはしませんでした」
スクリーンには面目なさそうに報告するミッターマイヤーが映っている。彼が挑発行動を始めて今日で四日が過ぎたが貴族連合はピクリとも動かない。予想外だ。

「ご苦労様でした、ミッターマイヤー提督。敵も必死なのです、そう簡単には行かないでしょう」
溜息が出そうになったが、慌てて堪えた。面目なさそうなミッターマイヤーの前でやることじゃない。敵が喰い付いて来ないのは彼の責任ではないんだ。落ち込ませるような事はすべきではない。いつもと同じように笑みを浮かべるんだ。

「明日は如何しましょう、続けますか?」
ミッターマイヤーは何処と無く自信なさげな表情だ。どうやら余り効果がないと考えているらしい。さて、どうしたものか……。

「……明日は少し趣向を変えましょう」
「趣向を変えると言いますと?」
「まあ、それは明日の楽しみという事にしておきましょう」
そう言うともう一度ミッターマイヤーを労ってから通信を切った。やれやれだ。

ミッターマイヤーとの通信が終わると待ちかねたと言わんばかりのタイミングでリューネブルクが話しかけてきた。
「予想外、ですかな。あれだけの熱弁が無駄になるとは」

嬉しそうに言うな、この野郎。
「ミッターマイヤー提督の所為では有りませんよ。私の想定が甘かっただけです。或いは私の喧嘩の売り方が下手だったのか、多分両方でしょうね」
俺がそう言うとリューネブルクは苦笑を浮かべた。

ミッターマイヤーを庇っているつもりは無い。原作では彼はこの時期、「疾風ウォルフ」と呼ばれて勇将としての名を確立しているが、この世界では未だそこまでの名声は無い。敵に対するインパクトは弱かったのかもしれない。

それでもコルプト大尉の一件がある。ブラウンシュバイク公は無理でも若い貴族なら彼の挑発に乗ってもおかしくないのだが、どうやら見込み違いだったらしい。俺の悪い癖だ、どうしても原作知識に引きずられる事が多い。この世界は原作とは違うという事を肝に銘じなければならん。そうでないといずれ大怪我をする。

敵が出てこない、となればこちらから押しかける他無いだろう。だがそれだけでは敵の思う壺だな、向こうは自らを追い詰める事で乾坤一擲の決戦をしようというのだろうが、それにみすみす乗る事になる。

負けるとは思わんがかなりの激戦になるだろう、厳しい戦いになる。工夫が要るな、確実に勝つためには工夫がいる。どうすれば確実に勝てるか、考えなければならん。そのためにも明日は……。



帝国暦 488年  3月 1日  ガイエスブルク要塞 オットー・フォン・ブラウンシュバイク


「公爵閣下、敵艦隊が来ました」
「芸の無い事だ、今日で五日連続ですぞ、ブラウンシュバイク公」
「全く、ヴァレンシュタインも何を考えているやら」
「……」

オペレータの報告に若い貴族達が嘲笑を放つ。今だから嘲笑を上げているが、最初の日に敵が来たときには出撃すると息巻いて宥めるのが容易ではなかった。

敵の艦隊司令官、ミッターマイヤー大将はコルプト大尉の件も有る。クロプシュトック侯の反乱鎮圧に参加した連中の激昂は凄まじかった。彼らがミッターマイヤーを嘲笑うようになったのは一昨日辺りからだ。

「敵兵力、約三万隻。二個艦隊です」
昨日までの倍か、単純に兵力を増やしただけか、それとも何か有るのか。いきなりその兵力で攻めてくる事は有るまいが、ヴァレンシュタイン、何を考えている?

「二個艦隊なら我等が挑発に乗るとでも思ったか」
「所詮は愚昧な平民なのだ。仕方あるまい」
オペレータの声に周囲の貴族達が嘲笑を放つ。

「敵の指揮官は分かるか」
「グライフス総司令官、気にする事は有るまい、所詮は二個艦隊なのだ」
グライフスは貴族達の嘲笑を気にする事もなくスクリーンを見ている。彼も何かを感じているのだろう。それとも当然の用心か。

「戦艦ベイオウルフ、確認しました。一個艦隊はミッターマイヤー提督です」
「残りは」
「もう暫くお待ちください」

オペレータの答えにグライフスがもどかしそうな顔をした。周囲の貴族達は何を慌てているのかといった侮蔑を含んだ表情でグライフスを見ている。

「こ、これは」
「落ち着け! どうした!」
オペレータの慌てたような口調にグライフスが反応した。

「総旗艦ロキを確認しました! 残りの一個艦隊はヴァレンシュタイン元帥の直率艦隊です!」
「間違いないか!」
「間違いありません! スクリーンに拡大します」

周囲がざわめく中、スクリーンに漆黒の戦艦が映った。間違いない、総旗艦ロキだ。細長い艦首と滑らかな艦体、これまでの帝国軍の標準戦艦とは明らかに艦型が違う。

大広間に沈黙が落ちた。皆不安そうに顔を見合わせている。この不安こそが貴族達の本心だ。これまでの嘲笑や出撃を求める声など強がりに過ぎない。それを証明するかのように若い貴族の声が上がった。

「出撃だ、今こそヴァレンシュタインに我等の実力を見せるときだ」
「そうだ、出撃だ」
「落ち着け、今出撃しても敵は逃げるだけだ、何の意味も無い」

「しかしブラウンシュバイク公」
「落ち着け! グライフス、卿の意見を聞きたい。ヴァレンシュタインが自ら最前線に出てきた理由は何だと思う?」

周囲の視線を浴びつつグライフスは自らの答えを確かめるかのようにゆっくりと話し始めた。

「一つは挑発かと思います。自らが餌になることでこちらを激発させようとしているのでしょう」
グライフスの言葉に出撃を叫んだ若い貴族が唇を噛んだ。

「であろうな、他には」
「おそらくはこちらが挑発に乗らぬと見て自らの目で我等を確かめに来たのでしょう」

「確かめに来たか……、では」
「近日中に大軍をもって攻め寄せてくる心積もりかと思います」

グライフスの言葉に大広間の空気が緊迫した。皆緊張した表情をしている。誰もが決戦の時が来たと分かったのだ。自然と皆がスクリーンに映るロキを見詰めた、漆黒の戦艦を……。






 
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