Muv-Luv Alternative 士魂の征く道
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第五三話 最強への一歩
応接間、人払いのされた其処に二人は居た。
「それにしてもお前も大変だな。」
「いえ……私なりにどうにかしようとは努力しているのですが、自らの非才を悔やむばかりです。」
腕を組みソファーに座る忠亮。彼が皮肉気に笑うと自らが醜態を晒した相手がよりにもよってこの人かと悔やむ気持ちでいっぱいだった。
「気に病むな、見たところ一癖二癖ある連中だ。……そうでなくても開発衛士というのは中々扱いづらい人種が多いモノさ。」
己を含めてな、と喉を鳴らして笑う忠亮。そのしぐさが懐かしくなる、ほんの数か月離れていただけなのに恋しくて堪らなくなっていたことに改めて気づかされる。
そういえばこの人も武御雷の開発衛士を任せられていたという話を思い出す。開発の現場事情には自分よりも通じているだろう。
「特にアレは頭が悪い。上下関係をきっちり身体で教えねば分からぬ生き物だ。」
「耳ですが斯様な人間も上手く扱わねばならぬのは私です。すべては私の未熟さ故―――」
恥じるように俯く唯依、だがそれを見る忠亮の目からは暖かさが消えていた。
「原因は己にあると?唯依、お前のそういう所は嫌いではないが―――余り甘ったれた事を言うな。」
「忠亮さん……」
冷めた声。良人としてはなく一人の武人として、そして軍人としての忠亮が其処に居た。
「戦術機開発は慣れ合いではない。今回の一件を見てわかるように奴には衛士としての心構えから論外だ。
平時なら構わんだろうが帝国がいま、どういう状態か一々説明するまでも無いだろう。
もう一度言う、仲間同士庇いあって……などという仲良しごっこが許される状況か?」
そうだ―――日本は絶え間なく佐賀・新潟・樺太でBETAの侵攻にさらされ続けている。この状況はあの悪夢の一か月間が起きる直前と何ら変わらないのだ。
いつ、あの悪夢が再臨するかもわからない。しかも、今度は米国の助力は最初から存在しない。
樺太が突破されれば唯一残った東北と北海道が蹂躙され、そうなれば兵器開発能力や食糧生産能力に大打撃を受け再起は図れない。
新潟を突破されれば多数の難民キャンプが蹂躙され何万人という規模の犠牲者が出る。
佐賀が突破されれば3年前の再現だ――――――
「今一度、戦士としての自分を思い出せ。
相手の心を慮るだけが優しさではない。また奴は米国人だ―――日本人ではない、何時己たちを裏切るか分からん異邦人だ。
其処を履き違えるな―――それは此処にいる人間すべてに言える。」
「―———はっ」
このユーコンの平和な光景や、親しくしてくれる人間たちとの触れ合い。
そのぬるま湯で自身が錆びつき始めていたことを指摘される。その結果、起きうる可能性に血の気が退く。
そうだ、自分の役目は不知火弐型を完成させ、米国の技術を入手すると同時に之から完成するだろう不知火・武御雷の次の機体への一助とすることだ。
ユウヤたち外国人を守る事ではない、優先順位が間違っていた。
「信用するな、と言っている訳じゃない。だが、一線は引いて置け―――それが双方の為だ。」
忠亮の言葉は真実だ、現実だ。―———それを冷めたように言う彼。
きっぱりし過ぎているというのか。其れゆえに彼は内と外で明瞭に分けていて、そして優先順位を決めている―――それ故にぶれないし迷わない。そして立ち止まらない。
多分、それは強さの一つ。孤高の強さだ。
「しかし、まぁどうした物かな。お前が困っているのを突き放してそれで終わり、というのは少々寝覚めが悪いな。
―——そうだな、リハビリがてら少しばかりやつらに稽古をつけてやろうか。」
「稽古……ですか?」
不敵に笑う忠亮、師範代クラスの実力を持つ彼ならば教練も確かに出来るだろう。そして逆に言えば弐型フェイズ1がロールアウトするまでの僅かな期間で彼らには日本機の扱い方をマスターしてもらわないといけない。
そういう意味ではあらゆる日本機に搭乗し、それを乗りこなしてきた彼に教練をしてもらうのは都合がいい。
「もう一週間ばかり、己はこっちにいる。その間に限るが……どうだ悪い話ではないだろ?」
「それは、確かに……」
歯切れの悪い唯依。だが、それに対し忠亮は苦笑する。
「ならば決まりだ。さて、肩の苦しい話は此処までにするか。―——それにしても綺麗になったな。」
「そ、そんなに変わりましたか!?」
軍人としての仮面を脱ぎ捨てた忠亮が面白可笑しく言う。誰よりも自分を見ようとしてくれている彼が言うのだから確かに変わったのかもしれないと思う。
「お前ぐらいの年頃の娘なら数か月どころかひと月もあれば変わるモノさ。」
しれっと言ってのける忠亮の言葉に朱が入った顔で明後日の方向を向く唯依。素直に褒められた恥ずかしさで直視出来なかった。
「あう…恥ずかしいです。」
「照れるなって。」
「そ、そんなことによりも何で忠亮さんがこちらに?」
「あ――……それなんだがな。」
之以上揶揄われても堪らないと、矛先を変えるとバツが悪そうに言い淀む忠亮。―——珍しい事だ。
「どうしたんですか?」
「いやぁ……ちょっとリハビリで無茶をしてな。その調整のために来てたんだ。」
小首をかしげる唯依に歯切れ悪くも答えるとその言葉に唯依が血相を変えて飛びついてくる。
「だ、大丈夫なのですか!?痛いところは!?」
「お、落ち着けって………大丈夫だ、大事ない。」
あちこちをペタペタと触る唯依。どうにも冷静さが吹き飛んでいるようだ。
「……本当ですか?」
「本当だって。」
「信用できません。」
「おいおい。」
疑う、というよりは不安な様子で聞き返してくる唯依。それに安心させるように言うがバッサリと切り捨てられた。
「だって、忠亮さんは大丈夫って言いますけれど……やり過ぎだってお医者様に注意されていたじゃないですか。」
「それを言われると返す言葉がないな。」
疑似生体移植後のリハビリの様子を見ていた唯依の言葉に白旗を上げる。
そんな自分の胸に縋りつく唯依、彼女は切実に痛烈に懇願する。
「忠亮さんはもうちょっとご自身を労わってください。貴方が無常の煌きを貴んでいる事は存じていますが―――それは燃え尽きて良いという事ではありません。
私は…唯依は、忠亮さんと一緒に歩んで往きたいのです。」
「分かっているさ、己もだよ。だからこそ、今踏ん張らないといけないんだ。」
そんな唯依の自分を懐から見上げる唯依の頬を撫でる――――黒玉の瞳が涙で潤んでいる。
不謹慎だが、それを美しいと思ってしまう。
彼女が自分のために心を痛めている、それを嬉しいと感じてしまう。
それを一欠けらも逃したくなくて、包み込むように両腕で抱きしめる。
「……やっと、お前を抱きしめてやれる。ずっと、お前を抱きしめたかった。」
忠亮の言葉を耳に胸が痛くなる唯依。
その願い、通常の疑似生体移植を受ければリスクも殆どなく叶えられたはずなのに――敢えて茨の道を往く彼にいて行かれそうな錯覚を覚える。
「なぜ………忠亮さんはそんなに生き急ぐのですか?貴方を見ていると、時々無性に不安に駆られます。貴方が何処か遠くに行ってしまうようで―――怖いです。」
「すまんな……確かに己は生き急いでいるのかもしれない。お前には心配を掛ける―――だが、己は止まれない。」
腕の中の唯依に答える。
己という生き物は、機械よりも冷たく状況を見据え、そして炎よりも熱く挑まねばならない。
誰よりも潔く、そして生き汚くなければならない―――そうでないと、この乱世に生き残るどころか大切なものを守る事なんて出来ないから。
戦い果てた己達の生き様を無に帰さない為に、払われた流血を無意味にしない為に。
今を必死に生きる者たちを報われないままに終わらせないために。
そして、未来をこの手に勝ち取る為に。
「唯依、お前が何と言おうが之だけは譲れない。己は最強の武士になるんだ。―——そう決めて、生きてきたんだ。」
そして、お前を守りたい。その為だけに、もう数え切れないほどに輪廻を繰り返してきたのだ。
一重に、誰よりも何よりも強くなって――――大切な者を守り抜きたい。
大切な者の危機を救う存在、正義に成りたいなんて禄でもない渇望を抱いたのは――――今まで、ただの一度として………それが成し遂げられなかったからだ。
だから、例えその確率が0パーセントに等しい確率だとしても挑まずには居られない。己が手で愛しきものを守り抜ける強力無比の力が欲しい。
唯其れだけ、心の中に唯一つ確かな炎が在れば人は、あらゆる障害を超克出来る。
「その為には剣が要る―――最強の剱が。」
弘法は筆を選ばないというが、それはどんな筆だろうと一定の成果を出せるというだけでその実力を完全に発揮出来るという意味かというと―――それは間違いだ。
自らの適正に合致した、最強の武器。
其れを手に入れる事が出来れば―――――其処からは、己次第だ。
「―———分かりました。」
胸の唯依がその言葉に決意した様子で、腕を振り払い真っすぐに見上げながら告げてくる。
「私が、忠亮さんの最強の剣――――最強の戦術機を作ります。」
そんな彼女の頬へ掌を這わせる。そして愛おしさのままにその唇を奪う。
愛情のままに彼女を口内から征服するかのように口を吸う。
「ん…んぁ……ぁ……」
艶やかな喘ぎ声が微かに漏れる。少女の未成熟さと、女の色気が混じり合ったその声に沸き立つものが無いと言えば嘘になる。
「んぁ……もう、行き成りなんですから。」
「許せ、あんまりいじらしい事を言ってくれるから“つい”な。……その日を楽しみにしておく。」
上気した頬で気恥ずかしそうに頬を膨らませながら俯く唯依。そんな彼女の後頭を撫でる。
サラサラ流れるようで、それでいて弾力が微かにある心地良い黒髪の感触をしばし楽しむ。
「もぅ……そう言われたら厳しく言えないじゃないですか。」
ちょっと拗ねたように言う唯依を忠亮は抱きしめ続けていた、今までできなかった分を取り戻すように。
そして、それは甲斐が二人を呼びに来るまで続いた。
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