ランス ~another story~
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第3章 リーザス陥落
第93話 サウスの戦い 終結
ミネバを追って、入り込んだ先は、町の広場だった。
普段であれば、人々が往来し、露店が立ち並び……、平和そのものだった筈だ。見てみるだけで、それはよく判る。
目の前の、人非ざる者の所業によって、まるで廃墟の様に変えられてしまった、と言う事も。
「がははは! 追い詰めたぞ、筋肉ババァ。とっととオレ様の剣の錆になれ!」
一目散に追いかけたランス、そして ユーリの2人のみが ミネバの前に立っていた。
他のメンバーは、まだあの乱戦から抜け出せれておらず、放っておけば、地力で勝る解放軍側が勝利し、ミネバの相手が増える事になる為、ミネバの取った手段は、現時点では最適解だ。
幾数モノ修羅場を潜り抜けてきたミネバだからこその判断と行動だろう。そして、何よりもこの場所には、切り札があったから。
「年貢の納め時だ。……お前は、これ以上野放しにする訳にはいかん。……覚悟しろ」
ランス程には声を大きくしていないものの、その静かで、……静かだと言うのに、身体の髄にまで、頭の中にまで響いてくる、伝わる殺気は圧倒的に群を抜いている。向けられた相手であるミネバだからこそ、伝わった様だ。
「ククク、本当に とんでもないぼうや達だよ」
ミネバは、決して表情を崩さない。
単純な戦闘力では、勝てない相手と更にもう1人、2対1の分の悪さは、先ほど既に体感しており、更にはだまし討ちももう既に使ってしまっている。一度見せた業、二度目も通じるとは思えない、いや、悪手、死路だと言っていい。つまり、援軍が望めない今の状況は、ミネバにとっても絶望的とも言っていいだろう。
だが、それは客観的な意見。先ほどのミネバとの一戦を見た者であれば、容易に考え付くであろう答え。
ミネバの腹の底を読める者など、記憶を読む情報魔法を使う以外は無く、更にそんな魔法を使わせる訳も無い為に、殆ど不可能だと言えるだろう。だからこそ、ミネバだけが知る、現状の窮地を救う一手……、それも最善にして、最適の手。それを、このヘルマン第三軍 大隊長ミネバは、持っているのだ。
「………」
不穏な気配を感じた事と、元より、手練れの相手であれば、どんな者でも決して油断せずに、全てに備えるユーリは、当然ながら、余裕の類はランスと違って持たない。戦いに絶対は無いという事を、彼はよく知っているから。
「がははは! 死ねーー!」
ランスは、そんな事全く考えてなく、ただただ猪突猛進に突っ込んでいく。
そんなランスを止める事もなく、ユーリもやや遅れ気味で向かった。ランスを一の矢として考え、その後の最善の策を考える為に。……まぁつまりはランスが囮の様なものだ。正直に話せばランスは怒るだろうから言わない。と言うより、たとえ指示を出したとしても、ランスが素直に聞くとも思わないので、同じだろう。
ミネバの出方をうかがいつつ距離を詰める。ランスが後数m程まで近づいたその時だ。
「さぁて……」
ミネバが懐に手をいれたのがはっきりと見えた。その瞬間、嫌な予感が脳裏に走った。
「待て! ランス!!」
「ぬ?」
ランスは、ユーリの言葉を聞いて、一瞬だけ速度を落とした。待てと言って素直に聞く男ではないが、それでも 踏み込みが一瞬でも遅れ、それが功を成す。
「ちっ、勘のいい。だが、これまでだよ」
懐から取り出したのは、布包みだ。ミネバはそれを取り出すと思い切り地面に向かって叩きつける。
紐で縛られていた布包みは、叩きつけられた衝撃で破れ、中身が盛大に周囲に散らばった。鮮やかなアクアブルーの欠片が散らばり、宙に舞った。
「っ……、それは……」
ユーリは、その欠片が何なのか、直ぐに理解する事が出来た。
「出てきた! クリスタル兵器!」
ミネバの言葉に従うかの様に、散らばった欠片たちは徐々に形を成してゆく。
そして、数秒後にはミネバを囲う様に無数の影が現れた。
「なんじゃこりゃ!??」
ランスも驚きを隠せられない。
先ほどまでミネバ1人だったと言うのに、あっという間に増えてしまったのだから。
「ククク、まぁ 坊やが知らなくても無理ないさ。これは カラーって言う種族の額についていたクリスタル。こいつはね……、上等な魔法道具なのさ。仕込み次第でこんな事も出来るのさ……」
形を成した、カラーのクリスタル。
それは、ミネバそのもの。……ミネバの姿を象ったのだ。それだけではなく、ミネバの意のままに動く事が出来る様だ。
「この一体一体があたしと同等の戦闘力を誇る。……1人だけじゃ、ちと分が悪いみたいだからね。さぁ、なぶり殺しにしてやるよ!」
無数の兵士へと変えたクリスタル達は、一斉に武器を構えた。
「この、卑怯者がーーーっっ!!」
いつものユーリであれば、『それランスが言う事か?』と思うし、口に出す事だろう。確かに、ミネバ同等の戦闘力を持っているとなれば、十分すぎる程脅威だ。
外道ではあるが、ミネバと言う女の力は、間違いなく本物だと言える。長い歴史の中でも、女の身でありながら、これほどまでの強さを秘めた者はいなかっただろう。
――人類最強の女。
戦いの最中に、そう感じ取る事が出来た。
長く度を続けているユーリ。様々な国で色んな使い手たちを見てきた。戦国時代の真っただ中、男も女も、子供であっても関係なく、猛者たちが集う国JAPAN。
《軍神》と呼ばれる少女。
《戦姫》とも呼ばれる少女。
《最強のくのいち》と名高い少女。
数多くの使い手たちと相見えたが、彼女達と天秤に比べても遅れを取らない印象だった。
だが――これは、先ほどまでの戦いでの印象であり、今は全く違う。
ミネバが取り出したクリスタルを見た瞬間から――ユーリは変わった。
「……それが何なのか、貴様は判っているのか」
地の底から響くかの様な、重くのしかかる声。
前にいたランスでさえ、そのあまりの重さに思わず罵詈雑言を中断してしまう程だった。
ミネバ自身も、それは重々感じていた様だったが、絶対的優位である事を疑ってなかった為、強気の姿勢を崩してはいない。
「――ふん。決まっているだろう? これは、便利で、上等なアイテムさ。手に入れるのに、ちょいと苦労した分、十分すぎる程働いてくれる」
「……それを得る為に、お前はどれだけ、手をかけたんだ……?」
「さぁて、ねぇ。ああ、あたしは手をかけちゃあいないよ。コレの強さをさらに強力にするには、カラーを犯す必要があるんでね。おまけに、取る時は呪いをかけてくるんだよ? あたし自身がする訳ないじゃないか」
朗らかに笑うミネバ。
「…………」
ユーリは、眼を瞑った。
目の前に浮かぶのは……、以前 助けたカラーたちの姿だった。
『人間は嫌いですが、ユーリさんは別です! 本当にありがとうございました!』
『私たち、みーんなユーリさんの事、信頼してますよ!』
『ヒトミちゃんと一緒に、遊びに来てくださいねー!』
沢山、話をした。
世界中から狙われている種族。そんな中でも、懸命に生きている彼女達。
『ユーリ。……本当にありがとう』
『ありがとうございます』
イージスやサクラを筆頭に、瞼に浮かぶカラーの少女たちの姿。間違いなく、生きている少女たちの姿。
それが――。
「こらぁ! ユーリ!! 立ったまま寝るな! とっととやるぞ!! サボるな、寝るんなら終わってからにしろ!!」
ランスは、眼を瞑っているユーリを見て、激を飛ばした。
眼前に迫る無数の敵を前に、流石のランスも早口になる。
「さぁ、殺りな!! 嬲り殺しだ!」
ミネバが指示した途端に、一斉に飛びかかってきた。 ミネバと同じ、二刀の斧を構え、薄い青の輝きを放ちながら。
だが、その凶悪な斧がランスに、届く事は無かった。
突如、ランスを横切り、飛来した真空の刃が、前列のクリスタル兵士達の首の部分を飛ばしていたからだ。
「なっ!?」
突然の事に、驚きを隠せられないミネバ。
「……そんな姿になってしまって。今、呪縛を解いてやる」
放った飛ぶ斬撃。すでにユーリは鞘に剣を納めている状態で、いつ斬撃を放ったのか、離れていたミネバには見る事が出来なかった。
「ふん! とっととやる気になれ、と言っただろうが、この恰好つけが」
ユーリが放った攻撃であるという事はランスにも判っていた様だ。伊達にそれなりに長く戦ってきていない、と言う事だろう。
「ああ。ランス。確かにあの魔法は厄介だ。……戦闘力は、使用者の力に依存する、が。その強度自体が上がる訳ではない。本体に比べて数段脆い。それに、あれは単純な命令しかこなせない。……力押しが有効だ」
「その程度、オレ様は速攻で判っていたわ。どぉりゃあああ!!」
正面から飛びかかってきたクリスタル兵士をランスの剛剣で叩き潰した。
真っ二つに分かれ飛沫。空間に輝きを放ちながら、消滅した。
「ランス。アレの一体一体がある少女たちの命だ。……終わらせてやろう」
「なんだと! それは、かわいい子ちゃんじゃないだろうな!?」
「………」
ユーリは否定はしなかった。カラーと言う種族は、長寿であり、永遠に美しさを保つとさえ言われている種族だ。……ランス風に言うなら、間違いなく可愛い子であり、美人だから。
ユーリの表情を見て、悟ったランスは。
「世界中の可愛い子は全てオレ様のモノだというのに、ババァ! オレ様を本気で怒らせたな! 極刑だ!」
「ちぃっ!」
クリスタル兵士達を次々と屠っていくランスとユーリ。
多勢に無勢だった筈なのに、あっと言う間に旗色が悪くなるのを見たミネバは、表情をゆがめた。
「(何なんだい!! 本当にあいつらは!?)」
この一手で終わると思っていた。
間違いなく、終わると。……だが、その手も覆されていく。逆新手、と言わんばかりに、必勝の型を崩されてしまった。
「(人間であれば、十分すぎる程の数だったってのに、クリスタルの数が、もっと必要だった、って事かい)」
実践投入が初めて、と言う訳ではなく、何度となく確認してきた魔法だった。だからこそ、十分過ぎる。と判断できた量だったのだが、それを覆されてしまったのだ。
だからこそ、ミネバは認めた。
「(もう、これは勝ち目がないねぇ……。だが、それでもあたしの命には届かないよ)」
この状態であってもミネバにはまだ、策が……、いや 正真正銘の最後の策があった。
最終兵器は、このクリスタルである事は間違いないが、とっておきの策。……悪魔の策が。
「――おおっと、良いのかい?」
後、数体でミネバの元へと届く、と言う所で、ミネバは即座に仕掛けてあったぷちハニーを起動させた。ずどんっ!! と轟音と共に、建物の壁が崩れ落ちる。爆風がランスやユーリの元へと向かっていったが、難なく回避した。
「がははは! バカの1つ覚えの様に、何度も持ち出せば、覚えるというものだ!」
「……そうランスが言う程だ。貴様は終わりだ」
もうミネバを守る兵隊が殆ど壊滅。ミネバの前に数体程度残した所だった。
「ふふ、確かに。折角だした切り札は切れやしないし。アンタを怒らせるのは、この状況じゃ、得策じゃない、って事を今更だが理解したよ」
ミネバは両手を挙げる。
だが、降参をするつもりは毛頭なかった。降参した所で、斬り捨てられるのは目に見えているし、最悪の悪手である事は、よくわかっているから。
「ほんとは、こっちを先に出すつもり、だったんだが、あのクリスタルの方が気持ちよく叩き潰せるって思って、順番を変えたミスだったよ。本命はこっちさね」
崩れ落ちた先に在るもの……、それは……。
『ぅ……』
『…………』
『助け………』
無数に磔にされている者達だった。
それも、女子供関係なく、……全員が恐らくこの町の住人達だろう。
そして、一番先頭に磔にされているのが。
「……ユラン」
「ババァ! オレ様の女に!」
激高し、ランスは剣を構えた。
だが、ミネバは嘲笑う。
「良いのかい? あのぷちハニーは、あの負け犬や捕まえておいた連中の姿を晒しただけじゃなく、同時に合図でもあったのさ。……連中の周囲に撒いておいた、油に火をつける為のねぇ」
くいっ、と指をさした瞬間、周囲に炎の手が上がる。
捕らえた者達を直接炙るのではなく、その周囲が徐々に燃え出していた。……だが、確実に最後は縛られた者達を焼き尽くすだろう。……直ぐに焼き殺すのではなく、時間を残したのは……。
「貴様は、何処まで……!」
ユーリは、殺気を、煉獄を込めた剣を振るい、斬撃を飛ばしたが、残ったクリスタルの兵士達が守り、砕け散った。
「良いのかい? のんびりとしててさぁ。早く助けてやらないと、丸焼きの肉の完成だよ」
ミネバを追えば、間違いなく仕留める事は出来る。……が、一瞬で、と言う訳にはいかない。……粘る戦いをされれば、時間稼ぎをされてしまえば、間違いなく死者がで始めるだろう。
炎が揺らめき、辺りを支配しだした。
「オレ様の女を殺させるか!」
ランスは、炎でふさがる前にダッシュをした。
「おい、ユーリ! 譲ってやる! オレ様が格好良く、女達を助けるその間に、あのババアを仕留めておけ!」
炎の勢いが徐々に増す中で、ランスがとった行動が最適で最善。女の子が絡めば、ランスは対応力が非常に上昇する。これほど頼りになる男はいないだろう、と言える程までに。……ただ、女の子限定な所があるから、あの中に男がいれば少々可哀想な事になるかもしれないが。
……それはそうと、ユーリは『ああ』と短く一言だけ言うと、前にいるミネバを見据えた。
まだ、油を持っていたのだろうか、或いは 次々に燃え移ったのかはわからないが、ミネバとユーリを分断する様に、いつの間にか炎がゆっくりと広がっていた。
「このまま燃え尽きてくれたら有り難いんだけどねぇ」
ミネバは 正面からユーリと戦うのは無理だ、と認めていた。
ミネバとて、プライドがある。腕っぷしの強さだけで、ヘルマン最強とも呼ばれている第3軍の大隊長になったのだから。……だが、場合をしっかりと見定めている。……死ぬかプライドか、となれば迷う事なくプライドくらい捨て去る。
「……オレの顔を、忘れるな」
ユーリは、そんなミネバを鋭い眼光で見据えた。
「へぇ、その可愛い顔でも覚えておいてほしいのかい? ぼーや」
ミネバは卑しく笑うが、ユーリが動じる事はない。ユーリにとっての禁句の1つだが……それでも。
「……いつか、お前をあの世へと連れていく者の顔だ。……必ず」
ユーリは、そう言いながら剣を構えた。
「煉獄・斬光閃」
ユーリの最後の斬撃は、ミネバへと迫るが……、炎で前が包まれ、軈てはミネバ自身が見えなくなった。
「……次は無い。覚えておけ」
そう呟くと――ユーリは剣を納めたのだった。
相対した男の姿……。
ユーリが言うまでもなく、ミネバが忘れる事は無かった。その男の背後に、得体のしれない何かを見た気がしたからだ。
それが、死である事を、連想させるのに難しくなかった。
「……あたし専用の死神、ってところか。……だが」
燃え盛る炎を盾に、ミネバは足早に町の外へと駆け抜ける。
「あたしにはやる事がある。……そうそう簡単にはいかないよ。まぁ、さっきも言ったが、あわよくば、この戦争でおっ死ぬ事を願うよ。……幾らアイツであっても、トーマや魔人に敵うとは思わないしね」
逃げる事は出来ても、勝てるとは思えない。
それがミネバの現時点での予想だ。
だが、その予想は外れる事になる。
それは、この時のミネバには思いもしない事だった。
~数時間後、サウスの町~
ミネバが仕掛けた炎は勢いを増していったが、幸いにもそれが仲間たちを呼びよせる結果となった。
燃え上がる火の手にいち早く気付いた志津香は、マリアを通じて全体に伝令。町住人の避難に当たっていたかなみとも合流して、鎮火作業に入ったのだ。
魔法部隊も余力を十分に残している状態だった為、主に氷の魔法を使って消火させた。
因みに、マリアがなけなしの魔法を、かつて得意としていた水の魔法を放った事で、周囲が驚いたりしたのはまた別の話だ。……科学者が魔法を、と言う事だから当然かもしれない。
そして、もう1つ。
「全く、本当にバカよ」
志津香が盛大にため息を吐きながら、それでも手当をする手を止めてない。
「いて、いててっ、ちょっときついぞ、志津香。加減してくれ」
「我慢しなさい。……クルック―や、セルさんの治療魔法を拒否したんだから、これくらいは」
「それは仕方ないだろ? あそこで捕まってた子達だって多かった。あの火の手で重傷者も出てしまった。五体満足のオレに手をかけるくらいなら、そっちを優先した方が良いに決まってるんだから」
「その判断に対して、バカ! って言ったんじゃないわよ。あんな炎の中で、延々と剣だけで消火? しようとしてた事が、よ」
そう、ランスがせっせと 助けていた間(女の子限定)、ユーリは これまたせっせと炎を斬り割いていたのだ。……火は斬れたりはしないんだが、それでも剣圧で吹き飛ばしたり、両断して道を作ったり……と、幾らか仕様があった。そんな無茶な、と思うのだが、不可能ではなく、リックや清十郎も行っていた手段だ。
「ああ。だが、それも仕方ないだろ? 水や氷系の魔法はオレは使えないんだから。それに手を止めてたら、ちょっと拙かったんだよ」
「……判ってる」
志津香は、別の火傷跡に軟膏を塗り、包帯を巻きながら、ユーリの顔を視ないようにしつつ、言った。
「判ってるわよ。……ゆぅが無理しなきゃ、死んでたかもしれない子達がいたかもしれない、って事くらい。あの炎だって、大規模だったんだから。……それに、嫌って程聞いたんだから。ゆぅに助けてもらった、って事を」
「あぁ……。ランス辺りがうるさかったがな。『オレ様を差し置いてーー』とか何とか。無茶言うな、……って思ったが、考えるだけ無駄か」
なぜならランスだから、とユーリは苦笑いをしていた。
志津香も、この時は軽口では乗らない。何度目かわからないけれど、何度でも言う。
「ゆぅは聞かない、って思うけど、それでも何度でも言う。……無茶、しないで。……1人で、無茶は」
「……ああ。そうだったな。善処するよ。皆には、……志津香には背中を任せているんだからな」
俯かせた志津香を見て、ユーリは表情を和らげた。
介抱をしているから、自然と俯き気味になっているのだが、それでも 志津香の心情を現している、と思えたから。
そんな時、かなみが到着。
「ユーリさん! 元気の薬、持ってきました」
「ああ、ありがとな。かなみも。今回はかなみのおかげで、被害が最小限に食い止める事が出来た」
「いえ、そんな……、私は 当たり前の事をしただけです」
かなみは照れつつ、元気の薬をユーリに手渡す。やや、焦り気味に、せっせせっせと包帯を巻く志津香をちらっと見て、ちょっとばかり対抗心が出るのも無理はない。
――ああやって、傍で仕えたい。……ユーリさんが……だったら。
と考えた事がない、と言えば全くの嘘になってしまうから。
リタに忠誠を誓っている事も本当だが、この想いも嘘偽りない事だから。
「やっぱり、ユーリは凄いよなぁ? わーわー言ってるランスの気持ちがわかるってもんだ」
ケラケラと笑いながら近づいてくるのはミリだ。
ランスの気持ち……と言うのは訳がある。
「それって、アイツが突然『むがー! なぜ貴様ばかりーー!』とわけわからん事言い出した事か? ……オレ自身は訳わからんし、何より理不尽だろ。アイツがしっかりと救って(女の子限定)たのは事実だし、別に、口では色々言っているが、オレは良い所どりした訳でも、する訳でもなかった。寧ろしてない。炎を止めるのに手一杯だったからな」
「……バカ」
「? 何でオレがバカになるんだ」
「………じゃあ、大バカ」
「ぁぅ……」
志津香は、ムスッ、としていて、怒ってる。
かなみ自身は、何処か遠い方向へと視線を向けていた。……この志津香の気持ちも判る様だ。
「ほーんと、罪な男だぜ? ユーリはよ。戦争が終わったらちゃーんと、責任とってやれよー? 色々ヤってんだからよ?」
「……だから誤解を生む発言、やめろ。オレは、ミリやランスとは違うって。……軽率な真似はしないし、出来ない」
「………?」
やれやれ、と首を左右に振るユーリ。
志津香は、いつも通りのユーリのセリフだったんだが、何処か違和感を覚えていた。
……その違和感を抜きにしたとすれば、もう十分すぎるほど判っている。ユーリと言う男の性質は、もちろん判ってる。何度思ったか、……いや、もう何度書かれて? いるか判らない程だから。
ちなみに、一応説明をしよう。
ミネバが放った炎が人々を焼き尽くす前に、ランスがせっせと助けていた。そしてユーリは炎をどうにかしていたのだ。
捕らえられていた者達で、完全に気を失っているのは、ユランを始めとした、戦闘が出来る者達に限られており、捕らえられていた町の住人達は、必要最低限の捕縛しかしていなかったのだ。
そこに、助けてくれているとはいえ、イヤラシイ笑みを浮かべた男と、正直見たことのない技術、剣術で炎を斬り割いている男。
縛られている中には、勿論 沢山の女の子達もいて、その中にはリーザスのパリス学園の女生徒たちも沢山捕らわれていて、その中には、目を輝かせてみている者や驚愕しつつも、頬を赤く染めたりする者もいる。
『私が手も足も出なかったあの女を、殆ど一方的に打ち負かした……。今度は、あの方を師と崇め……技術を得る事が出来れば、………』
と、今後色々と画策しようとしている娘もいたり、とつまりはユーリ一色になりかけていたのだ。
そーんな展開になってしまって、面白くないのはランス。助けつつも色々とセクハラをしたりして、更に評価がガタ落ちになってしまったり、と言う自業自得な展開になった。
その後の機嫌取りに シィルやマリアが苦労したのは言うまでもない。
金の軍をはじめとした沢山の女の子達がせっせと煽ててくれたから、それなりには回復? した様なので、げんなりとしつつも、目標達成なのである。
~サウスの町 酒場~
一時的な解放軍の指令本部として位置付けている酒場で皆が集まっていた。
勿論、解放軍全員が入れる訳ではないから、重要メンバーのみだ。
沢山の人間が、それも男が集ってしまえば、盛大に文句を言う男がいる為、その配慮もあったのかもしれない。
「それにしても、随分と生き残りがいたんだな。意外だ」
文句を言うであろう男は、酒場の扉から外を見ていた。
重傷者は、町の病院に搬送しているが、動ける者達は、街の復興も併せて行っていて、視界の中には沢山見える。
解放軍だけでなく、抵抗軍や 集った義勇軍も含まれているから相当な数だ。
「身形から察するに、住人以外にも捕らわれていた様だな。……リーザスの貴族もいる様だ」
「うん。ユーリの言う通りだよ。多分、お貴族様たちが、ヘルマン軍から逃れる為に、脱出する為に護衛を着けさせて、更に身内とかの逃亡希望者達も受け入れたんだと思う。それで、あれだけ大きくなった、って」
「……成る程な。それなりの規模ではあるが……、サウスの町での戦いにおいては荷が重かった様だ。……相手も悪い」
ヘルマンの第3軍となれば、軍の中でも最も力のある部隊だ。おまけに相手があのミネバともなれば、話にならないだろう。だからこそ、無事でよかったと思える。
「ふん。オレ様でも多少は手古摺ったババアだったからな。結局は無駄だったという事だろ? 全員縛られてたし」
「うん。そうだけど、それでも聞く限りじゃ、王都の方が占領された後の生活はマシだったみたいだしね。…………それでも、助けられた人たちだっているから、良かった、って思ってるよ」
「ふーん……」
ランスは どうでもよさそうに鼻をほじった後、『腹が減った!』と言いながら、酒場の奥へと引っ込んでいった。シィルを捕まえて。
それにしても、先ほどの回答は生真面目なメナドらしい。そして、まだ酷い目に合わされている人たちだっている事を忘れてはいない様子。
だからこそ、時折表情がくらいのだろう。
だから、ユーリはメナドの頭を軽く撫でた。
「ふぇっ!?」
「リーザスはもう目の前だからな。……助けられるのも、もう少しだ」
そういって、笑いかけたのだ。
心の内を判ってくれた事に、何処となく恥ずかしかったのと、うれしかったのが織り交ざったメナドは、顔を赤く染めながらはにかんだ。
「う、うんっ! ボクもまだまだ頑張るから!」
「ああ、その意気だ」
ここまで長かった。漸く、報われる。……助ける事が出来る。
軍人として、王都を守る事が出来なかった事は、精神に深く傷を負わせてしまっていた。……そして、間違いなく目の前のユーリに救ってもらった。
出会えたあの日の事を、メナドは感謝をしていた。……出会ってくれた事に対して。
「め、メナドっ!? おなかすいてない?? ごはん、持ってきたよー」
「わ? かなみちゃん。大丈夫?? そんな沢山もって」
「だ、だいじょーぶだいじょーぶ。私、忍者だから!」
そんな中、ずいっ と割って入るのはかなみ。
両手に持たれている皿には沢山の料理が載せられていた。……どうやら、腹をすかせたのはランスだけじゃない様子だ。
「……まぁ、腹が減っては戦は出来んからな。……志津香。足」
「………ふんっ」
慣れたモノだけど、やっぱり痛いものは痛い。
そんな光景を、酒を片手にニヤニヤとみているロゼだったり、ミリだったり……。
乗り遅れてしまったランや、現時点でアイテムの整理をしていて、この場にいないトマト、情報収集
をしている真知子。等々、彼女たち全員がそろっていたら、本当にさらににぎやかになった事だろう。
「それにしても、あの娘は 何かちょろそうだな? ちょっと歯車が狂ってりゃ、ランスの方に靡いてもおかしくなかったんじゃないか?」
「おっ、さすがミリ。そのとーりよ。現に、あの子を狙ってるらしい、軍の男も言ってたんだけど、ちょいっと女の子扱いしたら、直ぐにメロメロになっちゃった事があったんだってさぁー。もう数日遅かったら、やばかったかもねー。そいつ、結構評判悪いらしいから」
「ふーん。やっぱりか。それにしても、アイツは天然ジゴロだけど、結果として女の子助けてんだから、大したもんだ」
「茨の道だと思うけどね~♪」
笑いながら盛大に酒を煽るミリとロゼ。
メナドをこれまで見てきたミリの感想はズバリ的中していた。……何処かで道を誤れば、メナドの運命は変わってしまっていたかもしれないのだから。
そして、その後は、これからについての作戦会議となった。
……主だったヘルマン側の主力は、例外を除いてほぼ壊滅状態。
唯一、サウスより逃げ出したミネバの動向は気になるが、無策で 何より単騎掛けでツッコんでくるような無謀な事はしないだろうとも思えるから。あのミネバの性格上、それはあり得る話であり、満場一致。一応警戒は強めておく事となった。
残すは――リーザスのみ。
待ち受けるは、ヘルマンの皇子、パットン・ヘルマン
そして――魔人。
真の最終決戦まで、後1つ……。
~人物紹介~
□ 軍神と呼ばれる少女、戦姫とも呼ばれる少女、最強のくのいちと名高い少女
戦国の世であるJAPANの強者達。
その全員が一騎当千の兵であり、ユーリも以前JAPANに赴いた時に面識はある。何れは語られる事になるだろうが、まだ未来の話。
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