IS ーインフィニット・ストラトスー 〜英雄束ねし者〜
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2話『大切な人』
妖魔帝エルガとの戦い……それは多くの人々を犠牲にした上で成り立った勝利と言える。騎士ガンダム達の世界に存在していたエルガの力によってモンスターに変えられた人々は勿論、運良くモンスターに変わらなかった者達の末路も酷いものだった。
それでも辛うじてガンダム達からの情報を元に何とか対策を施せたDEMコーポレーションの支社の近隣程度しか被害を0に抑えることはできなかった。それが原因で妙な悪名を与えられる事になってしまったが。
だが、IS関連だけでなく医療、電子機器その他多くの部門を持った、世界各地に支社を持った大企業。妙な悪名は付いてしまったが、それでも未だに世界中で『親が子に望む就職先ランキング』の堂々一位の企業である。
数名の人影がDEMコーポレーションの施設に入って行く四季の姿を監視していた。立場が上と思われる人間が部下と思われる者達に指示を出す。
日が沈み夜の闇に包まれた時、夜の闇に紛れて集まった者達がDEMの施設内に入り込もうとする。だが、夜と言う時に生きる影の英雄にとって、今の時間は正にホームグラウンドなのだ。
ビルの屋上から侵入者達を見下ろしている人影が満月に照らされる。風に流れる金色の髪、全身を包む漆黒のアーマーに、胸には金色に輝くエンブレム。何処かのダークヒーローを思わせるその姿が月光に照らし出されている。
音も無く侵入者達に襲い掛かる漆黒の影。彼もまたこの世界に現れたガンダムの一人。影ながらDEMの守りを勤める影の戦士『ガンシャドウ』。
この世界でDEMに保護されたガンダム達はこうして何人かのチームに分かれて各支社の護衛にも着いている。その中でこの施設の夜の護衛についているのは彼となる。
「四季、寂しかった」
「詩乃、寂しい想いをさせてごめんな」
アリーナでのコマンド達からの訓練も有り結構帰りが遅れてしまった。元々彼女と同じ学園に入学の予定だったが、男性操縦者発見の一件により四季はIS学園に入学する事になってしまったのである。
「それで、そっちはどうだった」
「うん、みんなが一緒で楽しかった」
「良かった」
かつて共に戦った戦友たちの居る学園なら、彼女にとっても良い所であったのは間違いない。それでも、自分が側に居られない場所と言うのは不安も残っていたのだが、それは杞憂だったようだ。
ゆっくりと彼女を抱きしめているとそれだけで己の中の秋八や千冬に対して抱いている負の感情が消えていく。やっぱり自分は彼女の事が好きなんだと再確認できる瞬間……何度理解しなおしても悪い気などするわけが無い。
義父の事も大切に思っているが、それでも彼女のためならばDRMさえも捨てる覚悟だって有る。……自分の持つ全てを捨てでも失いたくない相手。
「そっちはどうだったの?」
「……担任教師が元姉で直ぐ近くにあいつがいる。一兄と久し振りに会えたのは嬉しいけどな」
「そうなんだ」
千冬と秋八の事を思い出して表情を歪める四季に複雑な表情を浮べる詩乃。
「詩乃が気にすることじゃないよ。会う事なんてないって思って、今まで考えていなかった事と改めて向き合うことになった……それだけなんだから、さ」
そう、もう二度と再会する事などない、そう思って考えないようにしていたが、何処かに何れ決着を着ける必要が有ると思う事は度々有った。何れ来る決着を着ける時が今だった……その程度の事だ。
そう言って彼女を安心させるように詩乃の頭を撫でる。恥ずかしがってそっぽを向いているが、気持ち良さそうにする姿は猫を思わせる。
(本当に詩乃は可愛いな)
「さっ、御飯にしましょ。夕飯、まだでしょ?」
そんな四季の考えを察してか彼女の方からそう言ってくれる。部屋に入った時から良い匂いがすると思っていたが、詩乃が四季の為に夕飯を作って待っていてくれたのだ。
どう見ても二人分有る事から一緒に食べようと待っていてくれたのは簡単に理解できる。そんな事を考えていると申し訳ない気持ちになってくる。そんな彼の考えを察したのか詩乃は、
「お嫁さんはね、夕飯と一緒に旦那様を待つものなのよ」
そう笑顔で言われてしまった。
(やっぱり、詩乃には敵わないな)
翌朝、詩乃を起さない様に部屋から出ると四季は一心不乱に木刀を振っていた。繰り返すのは二種の別の剣の動き……一つは日本と言うよりも天宮の国の……とある武者に弟子入りし教えられた技で、もう1つは両手剣を持った上での動きを主体とした西洋剣術。
(……決着をつける、か)
そう考えている四季がイメージしているのは現役時代……ブリュンヒルデの称号を得た頃の織斑千冬の動き。試合内容は決着を着けると決めた時に何度も見ている。イメージする相手に向けて剣を振る。
時に相手を変えて昔の秋八の動きをイメージして仮想的とする。だが、所詮は子供の頃の剣道の動き……今の四季では簡単にあしらえる相手なので其処から相手の今の動きを予想して仮想敵として完成させる。
(……やっぱり、オレは……)
大降りの一撃が力任せに振り下ろされ、地面へと突き刺さる。技も何も有った物では無い乱雑な力任せの一撃。ゆっくりと憎悪に染まった表情が四季の心の中を映し出している。乱雑に剣を振るい続ける。先ほどまでの剣とは程遠い力任せに振り回すだけの剣だ。
(……あいつ等の事を……恨んでる)
改めてそれを確信する。憎しみで剣筋が乱れる。こんな事では勝てる相手にも勝てない。……ただ相手に勝つだけではなく、徹底的に、圧倒的に勝利する。
……最初から興味が無いクラス代表決定戦だが、別の視点に立ってみれば四季にとって大きな意味が生まれてしまう。
“宣戦布告”
一夏やセシリアには悪いが、四季にとってクラス代表決定戦は秋八や千冬への感情に決着を着ける事を決めた事でクラス代表決定戦は、秋八と千冬への宣戦布告と言う意味を持った。
改めて剣を持って対峙してしまえばこんな風に剣が乱れてしまうことも有り得る。どれだけ憎悪に捕われていても剣筋が乱れる事がない様に技を己の体……細胞へと刻み込む。
「止めて!」
そんな事を考えて木刀を振っていると誰かに後ろから抱きとめられる。
「……詩乃……?」
「四季……今、凄く怖い顔してたわよ……まるで……」
彼女の言葉はそこで途切れてしまったが、其処から先の言葉は理解できる。
「ごめん、それと……」
あのまま憎しみのままに剣を振り続けていたら、そんな気持ちのままで振るう剣で元家族との決着をつけていたら、その先では間違いなく彼の考えている最悪の事態に陥っていた事だろう。
「……ありがとう……」
そうなる前に止めてくれた彼女に心から感謝する。
そんな朝のやり取りの後、特にクラス代表決定戦までの間は通常の授業が続けられていく。が、
「何を呆けているバカモノ! 一番理解が低い貴様が授業に集注しないでどうする!?」
そんな言葉と共に一夏が千冬に殴られた。まあ、それについては同感では有るが、教科書を振るい電話帳と間違えて捨ててしまった時点で授業の遅れも仕方ないと思う。
……まあ、仕方ないとは言え、それを一日で暗記する事になった一夏には本気で同情したくなった。流石に四季もガンダム達の中の頭脳派メンバーの協力のお蔭で暗記は出来たが、
「お前もだ、五峰! 教科書6ページ、音読しろ!」
「現在世界中にあるISは467機……」
千冬の言葉に従って明後日の方向を眺めながら音読していく。……手元に教科書がないことから、その内容の全てを暗記している事を示している。
「……いいだろう。それ故に、例えば専用機は国家、或いは企業に所属する人間しか与えられない。代表候補生などが良い例だ」
世界中で500に満たない代物を与えられる……1つの国家に限定すればもっと希少価値は高くなるだろう。それ故に専用機を与えられる者はエリートと言っても差し支えないだろう。この学園に所属する生徒の多くにとっては専用機持ちは一種の憧れと言える。
「だが織斑兄弟、五峰、お前達の場合は状況が状況なので、例外としてデータ収集を目的として専用機が用意される事になった。理解したか?」
「せっ、専用機!? 一年の、しかもこの時期に!?」
誰かがそんな声を上げる。それを皮切りに
「つまりそれって、政府からの支援が出てるって事で……」
「ああ~、いいなぁ。私も早く専用機欲しいな」
彼女達の反応から、本当に一般生徒にとって専用機と憧れの品なのだと言う事がよく分かる。
「いや、用意されるも何もオレは既にDEMから貰ってるんだけど、専用機」
一夏と秋八の専用機が用意されると言う点で納得しつつも、そこに自分の名前が挙がった所で突っ込みを入れる。実際、既に専用機は持っている。
それもガンダム達……G-アームズからの技術提供による技術と、ガンダム達の特訓による戦闘データから、武装どころか細かなデザインまでも細部に至るまで四季の為に作りあげられた四季以外の者が扱う事など殆ど考えられていないレベルで完成した本当の意味での“四季専用機”が。
また、近々世界に発表する予定の量産型の第三世代機はこの機体の開発段階で四季が使用していた機体の量産機に当たる。男性IS操縦者モデルの機体と言うのもセールスポイントで有るらしい。
「「「「ええぇ~!!!」」」」
四季の言葉に驚愕の声が上がる。明らかに興味津々と言う表情を浮べる生徒達の中で、秋八だけが面白く無さそうな顔をしていた。
(チッ! なんであんな屑が既に専用機を持っているんだ!? “神様”が送ってくれるって言う僕の専用機はまだ届いていないって言うのに!?)
四季に生徒達の興味が向いていたことでその表情は誰にも見られずに済んでいたが、いつも浮べている笑顔は消えて酷く歪んだ表情をしていた。
「えっと、専用機を貰えるのって何か凄いのか?」
だが、その場の空気は一夏のその発言によって一瞬で砕け散るのだった。一夏を除く全員が全員ずっこけている。
「お前は……五峰が読んだ内容を聞いてなかったのか?」
「そう、世界中でコアの数は467個しかないコアを各国家、企業、組織、研究機関じゃ割り振られた限られた数のコアを使用して研究や開発、訓練が行なわれているんだよ」
真っ先に立ち直った千冬と秋八が起き上がりながら一夏に説明する。
「DEMに渡されているコアの数が幾つかは知らないけど、四季はそれの1つを預けられている……。他の国や研究機関に先駆けて彼の所属している所じゃ、男性操縦者のデータを独り占めしているって事にもなるけどね」
そう言って意味深な視線を四季へと向ける秋八。そんな秋八の視線を無視しながら四季は、
「まあ、そうなるな」
そう言いながら思い出すのはDEMで作られた専用機では無い……DEMの施設の奥に隠された【艦】の中に封印されている真の意味での専用機の事。
「そう言う意味じゃ、専用機が与えられている彼女は本当にエリートって所なんだろ」
「まあ、そんなはっきり言われると照れますわ」
四季の言葉に顔を赤くしてそう言っているセシリアさん。その言葉の中で彼女の心境としては、『あの時に出会った騎士王に似た面影がある四季に言われると』と言う所が抜けている。
更に箒がISの開発者である『篠ノ之 束』の関係者と言う事が有って一悶着あったりしたが、突然の衝撃音と共に中断させられる。
「貴様等……無駄話もその辺にしておけ、これ以上の授業妨害は許さんぞ」
「「「「はっ、はい!」」」」
「はーい」
強制的に殺気だった目で睨み付ける事で無理矢理授業を再開させる千冬。千冬の事を嫌っている四季も授業に意識を戻す。……今回は明らかに自分達が悪いので。
殺気については完全に受け流している。……世界最強だろうが、戦闘では無くスポーツに分類されるルールのある競技の最強……。幾ら兵器転用が可能であり、人の命を容易く奪う武器を持っているとは言え、本物の英雄の殺気には遠く及ばない。殺気に対応する訓練まで受けている四季にとっては受け流せる程度のものでしかない。
(……スポーツね……悪いとは言わないけど)
スポーツであると言う事は否定しないし悪く言う気は無い。だが、容易く人を殺せる武器を持った物を安全と言うのはどうかと思う。
……そんな状態で使い続けていれば、何時かそれが武器だと言う事を忘れて、生身の人間に向けて遊び感覚で引き金を引く者も出るのではないかと危険視してはいるが。
忘れてはならない感覚……コマンドガンダムから真っ先に教えられた事は、ISやそれに伴う武装が……『兵器』であると言う事だ。それを忘れずに武器の重みは人の命の重さだと生身で持たされた事も有る。
刀を与えられた侍が可愛がっていた犬を切らされ、命の重さを理解させる事もあると言うのは武者ガンダムから言われた事だ。
騎士ガンダムからはモンスターとは言え命を奪う『重さ』を伝えられた。
彼等の教えの上に思ったことが、『絶対防御』が与える一種の危うさだった。
此処で一度物語りは先日の夜……丁度四季と詩乃がイチャついていた時まで遡る。
IS学園の寮の一室。丁度一人分だけ部屋を確保でき、もう一人は女子生徒と一時的に同室と言う事になった。
当然ながら、一夏は一人部屋に二人住めばいいと言ったのだが、実は元々特例の交渉と前後して準備が始まったその部屋は、元々半ば物置として使われていた管理人室の予備の部屋の掃除と家具の用意をしたそうだ。その為に他の部屋より狭く一人部屋となってしまうらしい。
秋八は真耶からその言葉を聞いた時に自分から女生徒との同室を選び、一人部屋を一夏に譲ったと言う経緯がある。
その結果、彼は幼馴染の箒との同室と言う事になった。
「秋八……クラス代表戦、自身は有るのか?」
「当然さ。オルコットさんと条件が同じ一夏兄さんは兎も角、四季には簡単に勝てるね」
「ああ、アイツは昔から一夏の影に隠れていたからな。まったく、軟弱物が」
秋八の言葉にそう答える箒だが、再会した四季の纏っている雰囲気は……
(そんな訳がない! あんな軟弱物が……一流の武芸者の様な気配を纏っているなどありえる訳がない!)
自分の感じた直感を全力で否定する。再会した四季から感じた気配が、一流の武芸者……剣士。純粋に剣で戦ったのなら自分は愚か、千冬や自分の父でさえ勝つことは出来ないと思ったなど、単なる気の迷いだと自分に言い聞かせる。
「オルコットさんがどんな手で繰るか分からないから、本格的に鍛えなおそうか。一夏兄さんも誘ってさ」
「むぅ……そうだな」
多少不満そうな顔を浮かべる箒に秋八は笑顔を浮べながら、
「そうだ、序でに四季も誘おうか。あいつも無様な試合を曝さない様に一度鍛えた方がいい」
「ああ、あいつの性根を一度叩きなおしてやろう」
自分の中に浮かんできた考えを振り払うように箒はそう叫ぶ。
「僕と一夏兄さんがどんな専用機を貰えるかは分からないけど、時間もあまりないし元々持っている技術を磨いた方が良いからね。剣道の全国大会で準優勝した君に付き合ってもらえるなら、悪くない」
「し、知っていてくれたのか!?」
「うん、優勝できなかったのは惜しかったね」
「ああ」
箒はそう悔しげに呟く。1つ年下の相手に対して言い訳の仕様もないほどの完璧な敗北だった。
大勢の友人達から祝福される優勝者である彼女と……誰からも声をかけられる事もなく孤独だった自分。その事に悔しさだけでなく妬ましくさえ思った。それに耐えられず無表情の仮面を保ちながらその場を後にした時に聞こえてきた、彼女の心の底から嬉しそうな声。
好きな相手、憧れていた相手に優勝を祝福して貰ったのだろうと今なら理解できる。居た堪れなくなってその場を逃げ出した箒だったが、彼女に対して強く嫉妬していた。優勝と言う栄光も、姉のせいで自分が一緒に好きな相手と一緒に居られなくなったのに相手は祝福して貰えた。そんな相手と一緒に居られるのに優勝まで奪われた。
彼女の持っていた物の全てが、その時の箒には無かった物であり、自分から掻っ攫って行った物。羨ましい、妬ましいと言う感情が心を支配していた。それと同時に浮かんだのは例え様の無い敗北感。
(だが、今は私も秋八と一緒に居られる)
姉の作り出したISのせいで秋八とは離れ離れになったが、今度はそのISのお蔭で秋はちと再会できた。だが彼女の心の中に残っているのは暗い嫉妬心と敗北感……。
(今度は絶対に負けない。……どんな手を使ってでもアイツを叩き潰してやる)
あんな奴に負けたのは四季のそれと同じで何かの間違いだと思う。運が悪かっただけ、年下だからと油断していただけ、でなければ自分が負ける訳が無い。
だから先ずは間違いを否定するために四季を叩き潰そう。……そうすればあれが全て間違いだったと証明できる。そんな考えに至ってしまっている。
「あの時は運が悪かっただけだよ。箒の方が絶対に強かったんだから、次に戦えば絶対に勝てるよ」
「そうだな、秋八もそう思うか」
秋八の言葉に嬉しそうに答える箒。彼が言うのだから、秋八が間違うわけがない、だから自分の考えは間違っていない。そんな理由の無い確信が彼女の中に出来上がっていた。間違っているのは相手だ、と。
(先ずは四季、お前がそんな力が有るはずがない、そう証明してやる!)
暗く酷い笑みを浮べながら心の中で強くそう思う箒。
そして現在……今日は詩乃と約束があるので早く帰りたいところだったと言うのに、何故かIS学園の剣道場に居る羽目になっている。
「……なんでオレがこんな所に連れて来られなきゃならないんだ?」
「ふん! 貴様は私が見ないうちに随分と弛んだ様だからな、私が直々に性根を叩きなおしてやる」
剣道着に着替えて竹刀を突きつけている箒の言葉に溜息を吐きながら、四季は一夏と秋八へと視線を向ける。
「……一兄?」
「ああ、箒にISの特訓を頼んだんだけど、何か剣道の腕が鈍ってないか見てやる? って事になって……」
「何でそうなるんだ……?」
近接戦闘の技術を磨く、と言う意味では剣道の技術を利用すると言うのは多少は理解できる。……だが、態々剣道をするよりも銃の撃ち方を練習したり、ISの稼動期間を延ばしたりする方が建設的だと思う。
「まあ、君も一度鍛えなおした方がいいんじゃないかな? 無様に負けたくは無いだろう? 一応は企業代表なんだし」
「……素人に教えられるほど堕ちちゃ居ない」
秋八の挑発的な言葉を溜息を吐いて聞き流すとそのまま帰ろうとするが、
「待て! さっさと剣道着に着替えろ、防具を着けろ……」
「チッ!」
四季の通り道を遮るように竹刀を振り下ろした箒の態度に舌打しつつ、剣道場に備えてある竹刀を一本手に取ると、
「なんのつもりだ?」
「……さっさと来い、お前程度に防具は邪魔だ」
はっきりとそう言い切る。少なくとも、師である天宮の国の武者に比べれば遥かに劣る相手であり、四季にしてみれば所詮は剣道の準優勝者、しかも、四季の見立てでは実力も圧倒的に優勝者である“彼女”と差が有る。
それに剣道ならば、『桐ヶ谷 直葉』、四季の友人である『桐ヶ谷 和人』の妹でも有り箒に勝った優勝者でも有る彼女に教えてもらえれば良いし、剣道のルールの無い純粋な剣術ならば互角に打ち合える。
そんな四季達のやり取りを他の剣道部員達が遠巻きに眺めている。……許可が有るのかは知らないが、そもそも単なる一部員が部員でもない部外者を引き連れて剣道場を占拠していても良いのかとも思うが、他の部員達にもIS学園の中で僅か三人の男子と言うモノには興味が有ると言うことなのだろう、誰も文句を言う者は居ない。
寧ろ、接点のない生徒にとっては中々見ることの出来ない三人を近くで見れてラッキーとさえ思っている様子だ。
「貴様……」
四季の言葉に怒りを露にする箒だが、そもそも急いでいるのだから早く終わらせたい。はっきり言って四季にしてみれば一々着替えている時間さえ惜しい。
「メェェェェェェェェェン!」
開始の合図も無く裂帛の気合と共に上段に構えた竹刀を振り下ろす箒だが、構えるでも無く竹刀を持って佇んでいただけの四季は振り下ろされた竹刀に対して斜めに構えた竹刀で受け止める事で、それを受け流す。
「ふっ!」
四季の構えた竹刀をレールの様に勢いのままに滑る竹刀が床を叩く前に、四季は素早く竹刀を右胴へと叩き付ける。
「がっ!」
防具の上からでも痛みを感じるほどの衝撃、その一撃は真剣ならば確実に相手を一刀両断できるほどの一撃。同時にその勢いに負けて地面に倒れる箒を他所に、
「で? 一本……で良いのか?」
確認するようにそう告げる。
剣術は剣道へと姿を変えたが、決して剣術が剣道に負けている訳ではない。何より、四季の技は全てスポーツとしての剣道ではなく、戦闘手段としての剣術……。
「箒!?」
「そんな……」
床に倒れた彼女の名前を叫ぶ一夏に対して、秋八は呆然と呟く。……秋八の想像では彼女のたたき伏せられている四季が居たはずなのに、目の前には倒れる箒とそれを見下ろす四季の姿が有った。
「待て! まだだ!」
「はぁ」
帰ろうとした四季を呼び止めて立ち上がって再び竹刀を振る箒だが、それも容易く受け止められカウンターで振るわれる四季の竹刀によって床に倒れる事になる箒。それは先ほどの焼き直しの様にも見える。
「嘘っ……」
「五峰くん、凄過ぎ……」
「スゲェ……」
そんな四季と箒の一方的な試合を見学していた剣道部員達と一夏の声が響く。箒の剣戟は紙一重で避けられ、逆にカウンターの形で放たれる四季の一閃は確実に箒を床に叩きつけている。そして、負けを認めずに立ち上がって更に向かって行くも、怒りと疲労と痛みで動きは悪くなり、それによって荒くなった太刀筋は簡単に四季に見切られて避けられると言う悪循環に陥っている事に気付いていない。
(……バカな……。あの屑が此処まで強くなるなんて!? ……一体あいつに何が有ったって言うんだ!? ……“原作”に居ないはずの三人目が居たのはまだ良い! ぼくと同じじゃなきゃ、イレギュラーの可能性だって有る! ぼくが居るんだから、1つや二つのズレが有っても可笑しくない! だけど……あの一夏の影に隠れているしか出来なかった屑が何でこんなに……っ!?)
普段の笑顔を浮べる余裕も無くなった秋八は忌々しいと思いながら箒をたたき伏せる四季を睨みつけていた。此処で助けに入るのも簡単だが、心の中で思っている不安が無意識の中で秋八が動くことを拒否させていた。
―見下していた四季に叩きのめされたら―
と言う考えが、秋八に箒に加勢すると言う判断の邪魔をしていた。だが、同時に試合で有る以上、乱入するのは卑怯だと言う考えだ。ただ、箒の動きを止めて箒の負けにすれば簡単に止められるだろうが。
「……いい加減に諦めたらどうだ? こっちは用が有るんだ」
「うるさいうるさい! 黙れ! そんな事より、なんだその動きは!? 篠ノ之流はどうした!?」
「あんな物に拘っても強くなれないから捨てた。今のオレの流儀は別だ」
何の感慨も無く幼い日に学んでいた剣を否定した。……少なくとも、四季にとって篠ノ之流と言う剣は単なる数少ない味方であった束との繋がり以外にはなかった。寧ろ、箒への嫌悪感から嫌悪していると言ってもいい。
(ったく、この女のせいで完全に遅刻だ)
何度も立ち上がってくる箒に対して四季は苛立ちを募らせていた。防具によって動きは悪くなるが防具によってダメージは軽減される。流石に普通では竹刀で防具を着けている相手を気絶させるなどと言うマネは出来ない。
(仕方ない、これ以上遅刻したくないし、あれで行くか)
これ以上遅刻したら本気で詩乃に許して貰えないであろうと言う想像が四季に次の行動を決断させる。
箒から距離を取り構えをとる。上段に構えた剣を振り下ろすよりも先に、四季の剣が箒の胴を捕える。
「“七星天剣流”……」
その瞬間、何かが砕ける音と共に箒の体が反対側の道場の壁へと叩き付けられる。
「ガハッ!」
「“回羅旋斬”」
振り切った四季の持つ竹刀が鍔と柄の部分を残して砕け散っている事から、先ほどの音が竹刀の砕け散った音だと言う事を物語っていた。
壁に叩きつけられた箒の体が力なく道場の床に落ちる。立ち上がる様子がない事から、どうやら気絶しているのだろう。
「すみません、壊してしまった竹刀は後日弁償させて貰います」
「えっ? あっ……はい」
そう言って壊した竹刀を部長らしき女性に渡すと道場を後にすると、急いでTORIが操縦しているバイクを呼び出す。
「お、おい、箒!」
「箒、大丈夫か!?」
そして、四季が立去った事で再起動して慌てて箒に駆け寄る一夏と秋八の二人。
なお、
「……遅いわよ」
「すみませんでしたぁ!」
結局遅刻した事を詩乃さんに怒られた四季君でした。放課後デートの約束をしていたのだが、箒に絡まれていたせいで遅刻してしまった。そんな四季に悪戯の成功した様な微笑を浮べながら、
「冗談よ、待ってないよ四季」
「本当にごめん」
和人の恋人であり、詩乃の友人である『結城 明日菜』から『シノのん、すごく寂しそうだったから構ってあげて』と言われているし、『八神 太一』以外の比較的女性の感情に敏感な方の他の友人たちからも同じ様な事を言われてしまった。
……特に同姓でも有り、一番の年下である『高石 タケル』にも言われてしまったら本気で悩む。
そんな訳で悲しませたお詫びとしてデートに誘ったわけだ。
「さっ、何処へ行こうか? 何処でも良いよ」
四季の言葉に暫く考え込む詩乃だが、やがてニヤニヤとしながら口を開き、
「じゃあ、ラン、」
「却下で」
「どこでも良いって言ったじゃない」
(拗ねたような表情の詩乃も可愛いけど……)「あ、あそこは男が入っていい場所じゃない」
そんなこんなで詩乃にからかわれつつも始まったデートは、新しい服を買ったり、和人や明日菜と会ったり、喫茶店に入ったり、其処で『石田 ヤマト』と『武之内 空』とであったりして放課後デートを楽しんだのだった。
後書き
タイトルは
四季にとっての詩乃、詩乃にとっての四季、箒にとっての秋八
だったりします。
では、秋八にとっての箒は……
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