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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百一話 ある仮説

帝国暦 488年  1月24日 レンテンベルク要塞   エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


「ルッツ提督」
『はっ』
「そちらでも既に知っているかもしれませんが、一月二十一日、ガイエスブルク要塞から大規模な艦隊が辺境星域に向かっています」

スクリーンに映るルッツの顔が緊張に強張った。
「指揮官はウィルヘルム・フォン・リッテンハイム侯爵、兵数は約八万隻程になるでしょう」
『八万隻……』

呟くような声だ。ルッツが緊張するのも無理はない。内乱が始まってから最大の兵力が動いている。原作では貴族連合軍は各個に出撃し撃破されていた。その所為で八万隻もの大規模な艦隊が動いたのはガイエスブルク周辺に移ってからの筈だ。キフォイザー会戦でさえ貴族連合軍は五万隻だったのだ。副盟主、リッテンハイム侯が率いたにも関わらずだ。

「目的は辺境星域の奪回でしょう。ルッツ提督は別働隊の総力を以ってこれを撃破してください」
『はっ』

返事はしたがルッツは何処となく不安そうな表情をしている。気持は分かる、辺境星域の支配をかけた戦いなのだ、プレッシャーを感じてもおかしくはない。それに他にも理由はあるだろう。

「不安ですか、ルッツ提督」
『正直に申し上げれば不安が有ります。自分に六個艦隊もの兵力を率いて戦う事が出来るのかと……』

良い男だ。不安を不安だと認める事が出来る、等身大の自分を認識できる、簡単なようだが簡単に出来る事じゃない。馬鹿な男なら強がって自滅するだろう。

「各艦隊司令官は皆信頼できる人物です。大丈夫、ルッツ提督は一人ではありません、もっと気持を楽にしてください」
『……』

「シュタインメッツ少将が不安ですか?」
『シュタインメッツ少将に不安は有りません。ですが……』
「ですが?」
『分艦隊司令官達が功を焦らないかと……、それが心配です』

ルッツが俯いて溜息を吐いた。やはりそれか、連中はラインハルトに抜擢された経緯がある。ラインハルトに義理立てして反抗するとは思えないが、自分達の立場を強化しようとして焦る事は有るだろう、ルッツの言う事は杞憂だとは言えない。

「心配ならいっそ彼らを予備として扱ってはどうです?」
『予備ですか』
「ええ、最終局面で勝利を決定する時に使う。彼らの役割を固定するのです」
『なるほど』

ルッツが二度、三度と頷いている。原作ではビッテンフェルトが主として担った役割だ。役割が固定していれば、彼らも焦る事はないだろう。

『問題は戦闘開始直後ですね。敵の方が正面戦力は多くなります』
「耐えるしかないでしょう。幸い別働隊には守勢に強い指揮官が揃っています。ミッターマイヤー提督も速攻を得意としていますが防御が下手ではありません。というより彼に出来ない事が有るとも思えませんが」

俺の言葉に微かに笑みを浮かべてルッツが頷いた。
『確かにその通りです。時々自分より彼やロイエンタール提督の方が別働隊の指揮官には相応しかったのではないかと思います』

「私が選んだのはルッツ提督です。先任だから選んだのでは有りませんよ、それだけの力が有ると思ったから選んだのです。そうでなければ先任でも選びません。もっと自分に自信を持ってください」
『閣下……』

「辺境星域の支配権はこの一戦で決まるでしょう。不安は有るでしょうが私はルッツ提督を信じています。自分の思う様に戦ってください」
『……はっ。必ず敵を撃破します』

敬礼してくるルッツに答礼し通信を終了した。何も映さなくなったスクリーンを見ていると自然と溜息が出た。
「不安ですかな」

リューネブルクだった。茶化すような口調ではない、何処となく心配そうな口調だ。ルッツとは歳もそれほど離れていないし親しかったのか? 傍にはヴァレリーと男爵夫人が居る。良くないな、きちんと言っておこう、変な噂は御免だ。それにしても溜息一つ自由にならない、偉くなるのも考え物だ。

「そうじゃ有りません。私はルッツ提督に不安など感じていません」
「では」
「彼の気持が分かるんです。出来る部下を持つのも大変なのですよ」

リューネブルクがヴァレリーと男爵夫人が物問いたげな表情をしている。
「自分は彼の上司に相応しいのか、彼の方が自分の上司になるべきではないのか、そういう気持にさせられるんです。上に立つのも楽じゃない」

おそらく皆ラインハルトのことを考えているだろう。だがラインハルトだけじゃない、メルカッツ、ロイエンタール、ミッターマイヤー……。彼らの上に立つのは決して楽な事じゃない。

「閣下でもですか?」
「私をなんだと思ってるんです。宇宙艦隊では一番若輩で実戦経験も一番少ないんです。不安が無いとでも?」

不安を感じない人間も居る。自分が常に頂点に居るべきだと信じられる人間だ。ラインハルトもそうだがルドルフ大帝もそうだろう。能力は別としてある種の英雄的な気質を持った人間、支配者には向いているのだろう。後はそれに相応しい能力が有るか、或いはそれを持った部下を持っているかどうかだ……。

「どうやってその不安を抑えているのでしょう、教えていただけますか?」
男爵夫人が興味深げに問いかけてきた。相変わらず好奇心が旺盛な事だ。

「張り合わない事、でしょうね。私の仕事は彼らに武勲を立てさせる事で、彼らと武勲を競い合う事ではない。彼らに私の下でなら安心して働ける、武勲を立てられる、生きて帰る事が出来る、そう思わせる事が私の仕事です」
「なるほど」

そうは言っても簡単じゃない、頷いているリューネブルク達を見ながら思った。競争心の無い人間などそうそう居るわけじゃない。原作を読んでみれば分かる。ロイエンタールはシャンタウ星域の戦いでメルカッツを相手に後退した。そしてラインハルトに後の処理を押し付けた……。

つまりラインハルトがどうやってその敗北を回復するのかをロイエンタールが試す形になった。ラインハルトも当然それを感じとった。ロイエンタールの事を純粋な部下ではなく競争者になりうる男だとラインハルトは思ったのだ。

ラインハルトのあの挑発紛いの言葉、“私を倒すだけの自信と覚悟があるなら、いつでも挑んできて構わない”、あれはロイエンタールが相手だから発せられたのではないだろうか。だとすればロイエンタールの反逆はシャンタウ星域の戦いで後退したときから決まっていたのかもしれない。そう思うのは考えすぎだろうか……。

もし俺がラインハルトの立場だったらどうしただろう。ラインハルトと同じ方法を取っただろうか、メルカッツを相手にするのではなくブラウンシュバイク公達を挑発し彼らを撃破する……。そうする事で戦局を決定しただろうか……。

ラインハルトと同じ方法を取る、あれによって貴族連合はかなりの大打撃を被った。だが同時に将来的にはロイエンタールの反逆を招いた……。だとすれば、ロイエンタールに十分な兵力を与える事でシャンタウ星域の征服を命じたとしたらロイエンタールはどう思っただろう。競争相手にはならない、そう思っただろうか、であれば反乱は防げただろうか……。分からないことばかりだ……。

考え込んでいるとシューマッハが近づいてきた。
「司令長官」
「?」
「オーディンより通信が入っております。国務尚書、リヒテンラーデ侯です」
「こちらに映してください」

リューネブルク達が俺から離れた。そしてスクリーンにリヒテンラーデ侯が映った。老人は気難しい表情をしている。何か問題が有ったようだ。どうして事が多いのか、内心で溜息を吐く想いだ。

「如何されました、思わしくない御様子ですが?」
『反乱軍がフェザーンに進駐した』
「……」

それは分かっている。一週間ほど前に同盟はフェザーンに進駐した。こちらの思い通りだ、問題は無い筈だ。
『そこまでは良い。だがレムシャイド伯が妙な話を持ってきた』
「……」

なるほど、老人二人が判断に困って俺に話を持ってきたか。物が何かは分からないが厄介な事に違いない。
『卿、長老会議を知っておるな』
「ええ、知っていますが」

俺の答えに目の前の老人は困惑したような表情を見せた。妙だな、この表情だと厄介ごとじゃない、腑に落ちない事が起きたか。
『反乱軍が長老会議のメンバーに接触しているらしい』
「……と、言いますと」

『何故長老会議を開いてルビンスキーを追放しなかったのかと』
「!」
思わず自分の表情が厳しくなるのが分かった。

『追放すれば、帝国はフェザーンへ侵攻する理由を失う。反乱軍は密かにフェザーンの長老会議にルビンスキーを追放しろと働きかけたようじゃの、上手い手よ』

確かに上手い手だ。同盟はフェザーン侵攻が同盟のためにならないと思った。しかしみすみす帝国のフェザーン進駐を認めるわけにはいかない。そこで侵攻の理由そのものを消してしまおうと考えた……、そういうことか。

「しかしルビンスキーは追放されませんでした……」
『うむ、長老会議は何故ルビンスキーを追放しなかったのか、何を考えたのか、反乱軍の新高等弁務官はそのあたりを調べているらしい、確かに妙な話じゃ』

「それで、何か分かりましたか」
『いや、レムシャイド伯の調べでは反乱軍は何も分からぬようじゃの。じゃが……』
「?」
リヒテンラーデ侯が口篭もった。躊躇っている?

『連中はどうもフェザーンには裏の顔、真の実力者が居るのではないかと考えているようじゃ』
「……」
地球教と特定は出来ないがフェザーンには何かがあるとは気付いたか。手強いな、誰が気付いた? ヤンか? だとすると同盟の政府、軍部の連携はかなり良い、原作とは違う……。

『卿は驚いておらんの。馬鹿げているとも考えておらんようじゃが……』
「リヒテンラーデ侯はどう思われるのです?」
『分からん、半信半疑、そんなところかの。しかし気になるのも事実じゃ……』

「小官も同様です。注意が必要でしょう」
地球教を出すのはまだ早いだろう。なんといっても証拠が無い。反って不審がられるだけだ。注意を促がすだけでいい、話を変えるか。

「リッテンハイム侯が辺境星域に出撃しました。兵力は約八万隻……」
『!』
リヒテンラーデ侯が緊張するのがスクリーンからでも分かった。

「別働隊に撃破せよと命じました。大きな戦いになると思います。辺境星域の支配権をかけた戦いになるでしょう」
『負けられん一戦じゃの、大丈夫か? 別働隊は』
心配か、御老人。

「大丈夫です。私は彼らの能力に不安を持った事は有りません」
『ほう、頼もしいの。卿の自慢の部下達か』
リヒテンラーデ侯が笑い声を上げた。

その通りだ、俺の自慢の部下達だ。曹操もアレクサンダーもナポレオンも彼らを知れば俺を羨むだろう。そう考えた事が幾分照れくさかった。俺も侯に合わせて笑い声を上げた。もう一度思う、俺の自慢の部下達だ。


リヒテンラーデ侯との通信を終えた後、俺は一人スクリーンを見ながら地球教の事を考えていた。地球教、あの連中を放置は出来ない、始末するのであれば帝国、同盟の両方で一気に行なう必要がある。時期的には内乱終結後、捕虜交換の調印式で依頼する、そんなところか。

地球教の正体を知れば驚くだろうな、同盟政府は。そして百年以上前に同盟と地球教が協力してフェザーンを成立させたと知れば尚更だろう。

自由惑星同盟がフェザーンの成立に関わっている、有り得ない事だと皆思うだろう。だが俺は有り得たと思っているし、それ以外ではフェザーンの成立は無かったと思っている。

帝国暦三百三十一年、ダゴン星域の会戦が起きた。同盟が大勝利を得たが、帝国はこれに対して直ぐには反撃が出来なかった。何故なら当時帝国は非常に混乱していたからだ。暗褐色の六年間だ。陰謀、暗殺、疑獄事件が多発し帝国は内部分裂しかねない状態になった。

帝国暦三百三十七年に即位したマクシミリアン・ヨーゼフ帝が同盟と戦わなかったのは、帝国の再建が最優先事項だったからだ、外征をしているような余裕など何処にも無かった。

しかし、全く何もしなかったかと言えばそうではない。当時の帝国はイゼルローン回廊以外に同盟領に攻め込むルートが無いかを調査したのだ。調査記録、第三十八~第五十九航路探査船調査記録によれば、帝国は当初イゼルローン回廊の近くに使える通路の有無を調査している。

ただマクシミリアン・ヨーゼフ帝が内政を重視した所為かそれほど頻繁には出していない。積極的になるのは次のコルネリアス帝になってからだ。そして調査は徐々にフェザーン方面にと移ることになる。

一方地球だが、彼らは同盟を利用して地球の復権を考えただろう。そして同盟と秘密裏に接触する事を考えた……。当然だが軍と同じところで航路探査などするわけが無い。おそらく彼らは最初からフェザーン方面で調査を始めたはずだ。それが彼らに幸いした。

彼らが何時フェザーン回廊を、フェザーン星系を発見したのか……。おそらくは帝国暦三百五十年代後半になってからだと思う。地球がフェザーンという交易国家を創り、帝国と同盟を共倒れさせようと考えたのはこの時期のはずだ。

帝国暦三百五十九年、コルネリアス一世の大親征が起きる。この戦いで同盟軍は二度に亘って大敗北を喫した。オーディンで宮中クーデターが発生しなければ宇宙はコルネリアス一世によって統一されていただろう。

大敗北を喫した同盟は恐慌に駆られただろう。軍の再建に必死になったはずだ。そんな時に地球はレオポルド・ラープを使って同盟政府に秘密裏に接触したのだと思う。イゼルローン回廊以外にも使える回廊が有ると言って……。

悪夢だ、当時の同盟政府にとっては悪夢以外の何物でもなかったはずだ。もし帝国が両回廊から攻め寄せてきたらどうなるか? ただでさえ敗北によって少なくなっている兵力をさらに分割しなければならない。当然勝ち目は低くなる。

フェザーンに基地を造る? それも無理だ、守るだけの戦力が無い。或いは同盟領の奥深くにまで誘い込む? だとしても何処で敵を迎撃するか……。

頭を抱える同盟の為政者に対してラープは中立国家フェザーンを創る事を提案しただろう。同盟の為政者はそれに乗った。戦力が少ない以上集中して使わなければならない。ならば中立国家フェザーンを創り帝国の侵攻路をイゼルローン一本に絞るべし……。

同盟の具体的な協力としては、おそらく資金援助だろう。地球から資金が出ていたとはいえ、その資金は決して潤沢ではなかったはずだ。地球はシリウス戦役で完膚なきまでに叩き潰されていた。

人口も少なく、資源も無く、汚染された大地しか無い。フェザーンを創る財力、それを帝国に認めさせるだけの賄賂、それを地球に出す事が出来たか……。地球だけでは難しいだろう、協力者が必要なはずだ。

レオポルド・ラープの資金は同盟で調達されたはずだ。ラープは同盟政府の非公式な援助の下、資金を調達した。交易、相場、政府の援助があれば大金を儲けるのは難しくなかっただろう。

もちろん同盟の通貨は帝国では使えない。しかし貴金属、宝石類は使える。ラープは同盟で得た資金を貴金属、宝石類に代えて帝国に持ち帰った。そして帝国マルクに変え、フェザーン設立のために使用した……。

帝国暦三百七十三年、フェザーン自治領が成立する。同盟政府がフェザーン成立に関わった事は一切が伏せられた。当然だろう、もし事実が帝国に知られればフェザーンはあっという間に帝国によって滅ぼされるのだ。

フェザーンは成立以後、弱体な同盟に対し協力をし続けただろう。当時の同盟政府の為政者にとってはそれで十分だった。そしてフェザーン、地球にとっても帝国、同盟の両者を共倒れさせるためにはそれが必要だった……。

全て俺の想像だ、仮説でしかない。もしかすると真実は違うのかもしれない。しかし、地球から全ての資金が出ていたとは思えない。だとすれば……。



 
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