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仮面ライダーAP

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第二章 巨大怪人、鎮守府ニ侵攻ス
  最終話 別れと幕開け

 ――194X年8月31日。
 鎮守府波止場。

 蒼く澄み渡る夏空の下。南雲サダトの「船出」を祝うこの場には、作戦に参加した全艦隊が集まっていた。その筆頭として、サダトの眼前に立つ長門は澄んだ面持ちで彼と向かい合っている。

「短い間でしたが、お世話になりました。……おかげさまで、向こうの世界にも帰れます」
「我々もいい経験を積ませて貰った。深海棲艦ではない未知数の敵との遭遇戦――という経験の有無は、今後の戦術に大きく響くだろう」

 桟橋に立つサダトの傍らには、新造されたアメノカガミノフネ2号機が進水している。ボディが修復不可能に至るまで損傷していても、エンジン部の原子炉プルトニウムだけは無事だったのだ。
 一夜漬けで新たに二台目を建造した夕張は今、この場には来ていない。今頃は工廠で爆睡している頃だろう。

「夕張さんと、九五式の金型を下さったあきつ丸さんにも、よろしくお願いします」
「ああ、大層感謝していたと伝えておく。……急がねば、次元の裂け目がなくなるぞ」
「はい……では、御元気で」
「……達者でな。海の果てから、武運を祈っている」

 長門に促されるまま、サダトは新たな相棒に乗り込んで行く。
 ――昨日の作戦で水平線の彼方に刻まれた次元の裂け目は、時間を追うごとに小さくなっていた。

 もたもたしていては裂け目が閉じ、サダトは元の世界に帰れなくなる。
 急がねばならない。彼の居場所は、少なくともここではないのだから。

「……」
「比叡、いいんデスカ?」
「……はい。これ以上は……辛い、ですから」
「そう、デスカ……」

 長門の後ろで、サダトを見送っている艦隊。その群衆の中で、比叡はどこかものさみしい面持ちで彼の背を見つめていた。
 金剛の問い掛けにも、目を合わせて答えず。彼女は胸元で襟を握り締め、ただ静かにサダトの船出を見守っている。

 ――仮面ライダーアグレッサーは滅びた。だが、向こうの世界を脅かしているシェードが完全に滅びたわけではない。
 仮面ライダーGという先輩もいるらしいが、サダトは彼一人に戦いを押し付けられるような利口な男でもない。
 何より向こうの世界には、彼が仮面ライダーになってでも守ろうとしている人がいる。比叡が割って入る余地など、もとよりなかったのだ。

(……これでいいの。これで)

 赤城や加賀、駆逐艦四人組、妙高型姉妹、瑞鶴。彼と共に戦った仲間達が、歓声と共に手を振る中。比叡は自分の気持ちに蓋をするため、懸命に襟を握っている。

 ――その手が、震えた時。

 ふと、サダトが振り返った。

「……ありがとう!」

 彼の口から放たれた、その一言。それはきっと、艦娘達全員に向けられたものなのだろう。

 だが、眼差しは。優しげな微笑を浮かべる、彼の視線は。艦娘達の中の、ただ一人へ。

 ――比叡ただ一人へ、向けられていた。

「……っ!」

 交わる視線。高鳴る動悸。目尻に浮かぶ、感情の雫。
 耐え切れない激情の奔流は、彼女を桟橋の端まで突き動かしていく。そんな妹の背中を、長女は満足げに見送っていた。

「ばかっ! ……好きっ!」

 海上を走り去る、アメノカガミノフネ。その車を駆るサダトに、その叫びが届いたのかはわからない。
 だが、少なくともこの青空には、彼女の告白が轟いている。その後ろでは、艦娘達が暫しあっけに取られた表情で固まり――やがて皆一様に、微笑ましげな面持ちに変わって行くのだった。

 頬を濡らす彼女が、真っ直ぐに見つめる向こう。赤い車が、海原の彼方に消えていく。
 自分達が勝利を刻んだ、水平線の向こうへ。

 比叡はただ、それを見つめていた。アメノカガミノフネも、次元の亀裂すらも消え去り、眼前の景色が日常の海に戻るまで。

 他の艦娘達が踵を返し、解散しても。その時までずっと、見つめ続けていた。

 そして、全てが元通りになった――その時。
 彼女の傍らには、妹を見守り続けていた金剛だけが立っていた。

「……比叡」
「……はい」
「帰るネー。……私達の、生きるべき世界に」

 肩に手を乗せ、諭すように語る彼女は。踵を返すと、いつものような豪快な笑顔で比叡の「帰還」を出迎える。

 南雲サダトが自分の世界に帰ったように。自分達もまた、自分達の世界に帰らねばならない。守るべき、平和のために。

 ――次元を越えて旅立った彼も、そうしているはずだから。

「……はいっ!」

 そうしていれば、例え世界が違っていても……どこかで、彼と繋がっていられる。そう、心の奥底で思ったのかも知れない。

 比叡は涙を拭い去り、いつものように元気に溢れた笑顔を浮かべて。その拳を、強く握り締めた。

 もう、後ろは向かない。これは、前進への一歩だ。

「――これが、最後です。これからは! 恋も戦いも、負けませんっ!」

 ◆

 ――194X年X月XX日。
 鎮守府執務室前。

「はぁ〜……緊張するなぁ……」

 晴れやかな空。澄み渡る海。艦娘達が守り抜いて来たその景観を知る、一人の少女がこの鎮守府に訪れていた。
 やや垢抜けない面持ちではあるものの、意思の強い眼差しや、華奢な身に隠されたしなやかな筋肉には、戦士としての優れた素養が見え隠れしている。
 アグレッサー事件の際、鎮守府を離れていた提督が上層部に配備を要請していた特型駆逐艦。それが、彼女なのだ。

「……よ、よし、行くよっ。……し、失礼しますっ!」

 経験の浅さゆえ、緊張が拭えず上ずった声を出してしまう少女。しかし、それでも彼女は勇気を振り絞り、数回のノックを経て執務室のドアを開く。

 そして。
 手荷物を隣に置き、精一杯の勇ましい表情を浮かべて。艦娘として生を受け、この世界で生きてきた自分の名を語るのだった。

「初めまして、司令官! 吹雪(ふぶき)です! よろしくお願いしますっ!」

 艦娘として戦場に立つ者に相応しい、整然とした敬礼とともに。

 ――斯くして。
 この世界における、仮面ライダーAP――南雲サダトの物語は終わりを告げ。

 特型駆逐艦「吹雪」の物語が、新たに幕を開けるのだった。

 これは彼女の数奇な運命と。友情と。戦いの日々を大海原に描く、真の英雄譚である。

 ◆

 ――2016年9月10日。
 東京都奥多磨町某所。

 先月に発生した謎の怪物による大量殺戮。その現場検証と復興のため、警察や自衛隊、報道機関の関係者達が大勢集まっている。
 深夜になっても、彼らはこの世の地獄と化した街に居座り、絶え間無く行き交っていた。例え件の怪物が何者かに倒されたとしても、彼らの戦いは終わらない。

「ほら、こっちこっち! ――ちゃん、早く早く!」
「あんっ、待ってったら! ……やだもう、髪が傷んじゃう」

 そんな中。生き延びた住民達は、痛ましい惨劇を目の当たりにして――それでも挫けることなく、前を向いて生きようとしていた。生き残った二人の少女が、溌剌とした面持ちで炊き出しの列に並ぼうとしている様子が伺える。
 炊き出しに参加している人も。並ぶ人も。喪うばかりではいられないと、前へ進んで生きていた。
 アグレッサーの暴威を以てしても、彼らの気力を削ぎ落とすことは出来なかったのだ。

 ――その景色を、闇夜に包まれた林の中で。二人の男が見つめている。

「アグレッサーの生体反応が消えた。……お前の後輩に、討たれたようだな」
「……」
「所詮は量産型の一人。そう侮っていた、我々の落ち度だ。切り札を失った我がシェードに、もはや光明はない」

 白髪のオールバックや、皺の寄った顔立ちから、かなりの高齢であることが伺える……が。その男の体は、漆黒のトレンチコートが張り詰めるほどの筋肉に包まれていた。
 厚着でも隠し切れない肉体を持つその男は、懐に手を忍ばせると――小さなUSBメモリを取り出し、隣に立つ青年に手渡す。
 白いジャケットを羽織るその青年はメモリを受け取ると、暫しそれを神妙な面持ちで見つめていた。

「これが……例の?」
「そうだ。清山の行き先は、それに記されている。どうするかは、お前の好きにしろ」

 アグレッサーの暴走により、東京は半壊。その混乱に乗じ、牢の中に囚われていたシェード創始者・徳川清山が脱獄していた事実が数日前に発覚している。
 警察は清山の捜索とアグレッサーの事後処理に翻弄され、特に警視庁の機能は麻痺に近い状態となっていた。

「奴は外国を根城に、新たな組織の立ち上げを目論んでいる。全てに決着を付けたいのなら、すぐに奴を追うしかないぞ」
「……盟友であるはずの徳川清山を、あなたは見放すのか」
「確かに、俺と奴はシェードを創設する以前からの付き合いだ。……だがもはや奴には、この国を強くするというシェード本来の理念はない。今在るのは、目に見える『力』への妄執だけだ」

 白髪の男は、どこか哀れむような表情で夜空を仰ぐ。慌ただしい地上とは裏腹に、その空は静かに澄み渡っていた。

「組織の在るべき姿を見失った創始者など、後にも先にも害悪にしかならん」
「あなたは違う、と?」
「違う。俺は、シェードが潰えた先の未来を見ている」

 男は、青年とは目を合わせず。荒れ果てた街にも、大勢の人だかりにも、視線を向けず。ここではない、遠いどこかを見つめていた。

「織田大道も。ドゥルジも、博志も。果ては清山までも。目先の『力』に囚われる余り、我々が目指すべき『未来』を見失った。改造兵士の配備により『武力』を得た強き日本、という景色(ビジョン)を。……そして最後に残った俺も、先は長くない」
「……」
「だが、まだ諦めはせん。俺にはまだ、やるべきことがある」
「……No.0。あなたは、まだ戦いを続けるのか」

 怒りとも、哀れみともつかない青年の呟き。その言葉を拾う男は、切れ目の眼差しを彼に向ける。

「不服か。……だがどの道、お前に俺は殺せん。俺に戦い方を教わったお前ではな」
「……」
「No.5。どれほど小綺麗な理屈を並べ立てたところで、『勝てば官軍負ければ賊軍』だ。清山の改造技術が流出していなければ、俺達は今でも『官軍』だった。日本政府に生み出され、日本政府に捨てられた俺達はな」
「今さら、何をしたところで『賊軍』の汚名が晴れることはない。No.0、あなたもわかっているはずだ」
「わかっているとも。シェードはあくまで『賊軍』だ。それが覆ることはない。だが、賊軍でもこの国の行く先を導くことはできる」
「……この国の、行く先……」

 徳川清山の手で創り出された、この世界における最古の改造人間。「No.0」のコードネームを背負う、その白髪の男は踵を返し、青年に背を向け林の奥へ消えて行く。

 ――その影の、さらに向こう。大量の枝や葉で「偽装」された、巨大なもう一つの影が、彼を出迎えていた。
 その実態を、No.5と呼ばれる青年――吾郎はよく知っている。

 ティーガーI。通称、「タイガー戦車」。
 戦時中、ナチス・ドイツが率いる陸軍で運用されていた伝説的重戦車である。

 しかも、白と赤で塗装されたその車体は、ただの骨董品ではない。シェードの科学力を結集して造られた「火力」の悪魔が、この古びた重戦車の「仮装」の下に隠されている。
 No.0――こと羽柴柳司郎(はしばりゅうじろう)の相棒として、数多の紛争地帯を駆け抜けてきた歴戦の戦車でもあるのだ。

「俺はこれから、その行く先を導きに行く。お前はお前で、好きなように清山と決着を付けるがいい」
「――羽柴さん。仮面ライダーを、見くびらないことだ。彼は、あなたが思う以上に強い」
「だろうな。……だから俺も、殺される覚悟で挑む。こいつと共に、な」

 羽柴は吾郎の忠告を背に受け。それでもなお、立ち止まることなく重戦車の影の中へと消えて行く。
 老いさらばえながら、死期を悟りながら。それでも戦いを止めない師の背中を、吾郎は完全に見失うその瞬間まで、見届けていた。

「――僕も。あなたも。彼も。戦うことでしか、何一つ語れやしない。『力』が人の恐怖を煽り、憎しみを促す。そんなこと、誰だって分かり切っているだろうに」

 この戦いを終えた先に、光明は差すのだろうか。その疑問を拭えぬまま、青年も林の中に姿を眩ましていく。
 仮面ライダーと、シェードの。7年に渡る戦いに、決着を付けるために。全ては、守るべき人のために。
 吾郎は再び、旅立つのだった。

 ――それから、暫くの月日を経た2016年12月。南雲サダトの戦いは、最後の局面へと向かう。
 
 

 
後書き
※仮面ライダーアグレッサー
 シェードの改造人間であり、1971年に公害で亡くなった少年「割戸神汰郎」を素体にしている。
 等身大の飛蝗怪人である第1形態、全長20メートルの巨大飛蝗に変わる第2形態、そして全長50メートルの巨大怪人となる第3形態へと段階的に進化。その為の栄養源として人肉等に多分に含まれるタンパク質を摂取する。
 さらに第3形態の状態でエネルギーを充填させると、体内の「次元破断砲」を放射して次元に穴を開け、異世界に渡る能力を持つ。

 これを開発した城南大学元教授の「割戸神博志」は、公害で亡くなった息子・汰郎を生き返らせるため、その遺体をホルマリン漬けにして45年間保存していた。いつか科学技術が人間を蘇らせるほどに発達する時まで、息子の体を守るために。
 しかし2016年になっても科学はそれほどまでの技術には至らず、自身の老いから限界を感じた博志は、シェードの誘いに乗り息子を改造人間として蘇生させることを決意した。

 だが、結果としてアグレッサーとなった汰郎は暴走。公害による汚水で命を落とした生前の記憶から、「綺麗な水に溢れた世界」を求めて、人々を喰らい次元破断砲を放ち、異世界に逃走した。
 自我はほとんど失われ、改造人間として植え付けられた本能のままに行動するが、行動原理の一部には生前の人格や父への愛情も僅かに含まれている。

 
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