仮面ライダーAP
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第二章 巨大怪人、鎮守府ニ侵攻ス
第19話 生きるべき世界
――194X年8月30日。
鎮守府近海。
仮面ライダーアグレッサーとの決戦は、佳境に入ろうとしていた。
次元破断砲の放射は天を穿ち、沖合いの向こうまで切り裂くのみに留まり、鎮守府を含む日本列島は無傷。艦娘も、誰一人欠くことなく作戦を進めることに成功した。
――作戦の要であったアメノカガミノフネが、役目を果たす瞬間に爆散したことだけは、想定外だったが。
「南雲君、そんな! そんなぁっ!」
「比叡、気をしっかり持つネ! まだ作戦は終わっていまセンッ!」
「こんなの、こんなのって!」
「……比叡ッ!」
思わぬ事態で南雲サダトを欠き、艦隊に衝撃が走る。それでも艦娘達は己の本分を全うすべく、敢えて彼の安否を頭から外していた。
だが、比叡だけは割り切れぬまま取り乱している。敬愛する姉の平手が飛ぶまで、彼女はエースらしからぬ表情で錯乱していた。
冷や水をかけるような乾いた音。その一発に呆然となり、立ち尽くす妹の両肩を掴み、金剛は険しい面持ちで訴える。
「……比叡。南雲君は、まだ戦ってるデス。今も、この瞬間も、私達と一緒に。ならば何としても作戦を完遂し、勝利を分かち合わねば。南雲君の命は『敗北』として、終わってしまいマス」
「……う、うっ……!」
「愛する男に勝利を捧げるのは、レディの嗜みデス。私は、必ずアグレッサーを斃す。そして、その勝利を提督と――南雲君に捧げマス」
やがて彼女は、いつも通りの豪快な笑みを浮かべて。砲門を展開しながら踵を返し、アグレッサーと相対する。
目を合わせることなく、肩越しに妹に語り掛ける彼女は――凛々しい眼差しで、討つべき仇敵を見据えていた。
「……何を以て何を捧げるか。それは、比叡が決めるデス」
「――ッ!」
その背中は、巨大な敵と比べてあまりにも小さい。だが、今の比叡には山よりも大きなものとして映されている。アグレッサーなど、及びもつかないほどに。
(……私は、私はッ! 南雲君に、この勝利を……南雲君の世界で犠牲になった人々の、仇をッ!)
そして。血が滲むほどに握り締められた拳が、武者震いを起こす。砲門を展開させ、立ち上がる彼女の眼差しは――必殺の信念を纏い、アグレッサーの複眼を射抜いていた。
こいつだけは、必ず斃す。その信念を背負って。
『……今だ。全艦隊、砲撃用意ッ!』
通信機から全艦娘に、長門の叫びが伝わる。それと同時に、アグレッサーの巨体に変化が現れた。
蒸気を噴き出しくぐもった声を漏らしながら、新緑の肉体が枯れ木のような茶色に変色していく。ミイラのように細まって行く手足が、徐々に縮もうとしていた。
次元破断砲のエネルギーを蓄積していた胴体の生体鎧も、抜け殻のように剥がれ落ちて行く。ただの肉片と成り果てたプロテクターが、海に落ち水飛沫を舞い上げた時には――すでにアグレッサーの体は、骨と皮だけに枯れ果てていた。
次元破断砲の放射で蓄積していたエネルギーを出し尽くし、第1形態まで退化しようとしているのだ。
――そして。この無防備な状態こそ、スクナヒコナ作戦の真の狙いなのである。
第3形態から第1形態に退化する、途中経過。枯れ果てた木のような、醜い今の姿こそが――待ち望んでいた絶好の的。
第3形態でも第1形態でもない、その中間にある「第0形態」。数分に満たないこの形態になっている今こそ、アグレッサーに致命傷を与え得る千載一遇の機会なのだ。
この一斉砲火で、全てを終わらせる。誰もがその決意を固め、砲身を巨大な仇敵に向けていた。
『……我々が勝ち取るこの勝利を、南雲サダトに捧げる! 全艦、砲撃開始ッ!』
そして。
異世界から来訪した歪な侵略者に、鉄槌を下すべく長門は全ての艦娘に砲撃を命じる。
――だが。
「……ッ!?」
次の瞬間に訪れたのは、全艦隊から放たれる裁きの業火――では、なかった。
『トウサン……トウ、サン……』
枯れ果て、力尽き、何もできないはずのアグレッサー第0形態。
「……なッ!?」
「そんな……!」
その骨格が浮き出た禍々しい大顎から、蒼い霧が溢れたのだ。
「まだエネルギーが尽きてないの!?」
「イタチの最後っ屁、という奴デスカ……! 往生際の悪いッ!」
『……不味いぞ! 全艦砲撃中止! 退避だ! 全速後退急げッ!』
次元破断砲は撃ち尽くしたはず。
現に今のアグレッサーから滲んでいる光は、先程の放射に比べてあまりにも弱々しい。例えるなら、山火事とマッチの火。
だが、如何に出力が弱っていようと「次元破断砲」には違いない。
全力放射なら次元を切り裂く程の破壊力。それが弱っているからと言って、自分達を壊滅させるには至らない威力で済む保証などない。
艦娘達が強気に攻め入れたのは、アグレッサー第3形態の唯一にして最大の攻撃手段を「確実に外す」算段があったからこそ。それを欠いた今、不確定要素で満ちている第0形態の放射を浴びる訳にはいかない。
一目散に、逃げるしかないのだ。
だが――第0形態の、放射の方が……速い。
「くッ……! 間に合わない!」
「急いで! 少しでも遠くへッ!」
現場指揮官として連合艦隊を纏めていた赤城と加賀が、艦娘達へ懸命に呼び掛け続けている。その後ろでは、アグレッサーの大顎に蓄積された蒼い霧が、熱線となりはち切れようとしていた。
「だっ……だめえぇぇえぇっ!」
艦娘達を指揮する役目を担う、二人の司令塔。彼女達が地獄の残り火に焼き払われてしまえば、艦隊は間違いなく大混乱に陥る。
最悪、第0形態を取り逃がしてサダトが作ったチャンスをふいにする可能性もあるだろう。第1形態に戻られて見失うようなことがあれば、もう自分達で対処できるかもわからなくなってくる。
なんとしても、リーダーである彼女達を守らねば。間に合わないと知りながら、金剛の制止を背に受けながら、それでも彼女は――比叡はひた走る。
届くはずのない、手を伸ばして。
「……ライ、ダァアァアァッ!」
だが。
悲劇に終わるはずだった、この一閃は。
不遜な乱入者の横槍によって、阻まれてしまうのだった。
「キィィイィックッ!」
「――!」
海の底から突き上げる怒号。張り裂けんばかりの絶叫と共に、海面を突き破り垂直に舞い上がる飛び蹴りが、アグレッサーの顎を打ち抜いた。
呻き声を上げ、力づくで再び真上を向かされた巨人。枯れ果てた顎の奥からは、素麺のようにか細い熱線が伸びていた。
周囲に荒々しい波紋を起こし、耳をつんざく奇怪な音と共に。次元破断砲が、最後の熱線を吐き終えて行く。
今度こそ、アグレッサーに抗する力はない。さらに干からびて行く彼の者の身体は、塩をかけられたナメクジの如く縮み始めていた。
――だが、全艦隊の視線は万策尽きたアグレッサーではなく。海中からその巨大な顎を蹴り飛ばし、灰となったアメノカガミノフネの残骸の上に着地した「影」に向かっていた。
今となっては見慣れてしまった、その「影」。夢でも、幻でもないそのシルエットに、艦娘達は驚嘆と共に一つの真実に辿り着く。
「……南雲君っ!」
「すまない、遅くなった!」
南雲サダトは、今もこうして生きている。そしてまだ、戦いを続けている。仮面ライダーは、死んではいないのだと。
「あの放射から生き延びたのデスカ!? とんだラッキーボーイネ!」
「アグレッサーは自分の邪魔をする『アメノカガミノフネ』が狙いでしたから。ギリギリまで粘って、海の底まで潜っていたんです」
「海の底……!」
「……潜水艦が艦隊にいない我が鎮守府では、まず辿り着かない発想ネー。何にせよ、生きててくれてサンキューデース!」
「よかった……! 南雲君、本当によかったっ……!」
「比叡! まだ嬉し泣きには早いネー!」
南雲サダトの戦線復帰に、意気消沈しかけていた艦隊から歓声が上がり――彼女達の眼に、再び火が灯る。
そんな仲間達の姿を一瞥し。涙を貯めて破顔する比叡を見つめながら、サダトは拳を握り締めた。
「……アグレッサーが等身大まで縮みかけている。第1形態まで完全に戻るのも、時間の問題だ。……終わらせよう、ここで!」
「――うんっ!」
彼の呼びかけに応じ、止まらない涙を袖で拭いながら、比叡も元気に溢れた強気な笑みを浮かべる。
仮面越しに、そんな彼女の姿に微笑を送りながら。サダトは再び一斉砲火の体勢に入ろうとしている全艦隊と共に、最後の一撃に臨もうとしていた。
「夕張さん。この力、有り難く使わせて貰います!」
アメノカガミノフネの残骸の上に立ち、アグレッサーと真っ向から向き合うサダト。彼はベルトからワインボトルを抜き取ると、夕張から託されたもう一本のボトルを取り出した。
達筆で「比叡」としたためられた、和風のラベル。その文字を一瞥しつつ、サダトはベルトにそのボトルを装填した。
『SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P! SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P!』
空に響き渡る電子音声。その場違いなほどに軽快なサウンドを、耳にしながら。サダトはベルトのレバーを倒し――ボトルから迸るエネルギーを、全身に循環させて行く。
漆黒の外骨格の全身を巡る、「黄色」のエネルギーライン。その異色の力が彼の全身を駆け巡り――「仮面ライダーAP」の赤いライン部分は、全て黄色に塗り替えられて行った。
さらに、その両腕には戦艦の艦娘が備えている「7.7mm機銃」が装着されていた。高速戦艦「比叡」の武装の一部である。
『HIEI! WE'RE GONNA KILL THIS!!』
そして。
変身完了を告げる電子音声が轟く瞬間、アグレッサーへの集中砲火が始まった。
海を荒らす外敵には、容赦はしない。必ず、この場で裁きを下す。
揺らぐことのないその決意が形となり、鉛玉や爆弾となり、降り注いでいるようだった。
我が身を守る鎧を全て失ったためか。第3形態の時はあらゆる攻撃を弾いていたアグレッサーも、第0形態となった今は絶叫と共にのたうちまわるばかりとなっていた。
枯れ木のような身体は爆炎に焼け爛れ、巨大なゾンビのような容貌になりつつある。その、どこか痛ましい姿に――サダトは同じ改造人間として思うところがあるのか。仮面の奥で、苦虫を噛むような面持ちとなっていた。
(……終わりにするんだ。今、ここで)
だが、引き金を引くことに迷いはない。今さら助けるには、自分も相手も血を流し過ぎた。ならばせめて、楽に眠らせる。
それが、サダトが導き出した決断だった。
全艦隊の一斉砲火により満身創痍となり、赤黒く焼け爛れた巨人は。いるはずのない父を探すかのように、首を捻り続けている。
己の死期を悟ったからこそ、せめて父の胸の中で逝きたいと願っているのかも知れない。そんな考えが脳裏を過る中。サダトは己の迷いを断ち切るように、腕の7.7mm機銃の銃口を向ける。
「……もういい。もう、いいんだ」
そして、ベルトのボトルを強く押し込み。ベルトから伸びる黄色のエネルギーを、上半身を通して両腕に充填させて行く。
その力の奔流が金色の光となり、機銃の銃口に現れていた。
『FINISHER! VOLLEY MACHINE GUN!』
「スワリング――ライダーシューティングッ!」
やがて。
銃口から濁流のように放たれる銃弾の群れが、アグレッサーの全身を抉っていく。蜂の巣を、作るかのように。
『トウサ……ン。イッショ、ズット……ズット、イッショニ……』
命の炎を燃やし尽くし、力尽きて沈んでいく巨人の骸。それが完全に視界から消え去る瞬間まで。サダトの銃口からは、連射が続けられていた。
――この世界には。割戸神親子の居場所など、なかった。自分の世界を捨てたところで、新しい世界に安住の地を見つけることはできないのかも知れない。
ならば自分は、帰らねばならない。戦うべき悪がいる、守るべき人がいる、あの世界へ。例え、そこに安住の地などないのだとしても。
「……」
爆炎と残骸だけを残し、あらゆるものを消し去ってきた仮面ライダーアグレッサー。その暴威が去った今でも、歓喜の声は上がっていない。
ただ、「終わった」という安堵感だけが、今の彼女達を癒し続けている。その一人である比叡は、じっとサダトの横顔を見守っていた。
(……これでもう、死者が振り回されることもない。45年も掛かったけど。汰郎さんはようやく、「眠る」ことができるんだ)
痛ましい巨大な焼死体として、海中に没して行くアグレッサー……もとい、割戸神汰郎。その魂は、果たして故郷に還るのか。この海に、留まるのか。
それを問うても答えはない。それでもサダトは、ただひたすらに――45年に渡り翻弄されてきた少年の思念に、安らぎが訪れることを願うのだった。
「……お休みなさい」
そして、最後にそう呟いて。
変身を解いたサダトは、安心感から腰を抜かしていた比叡に、穏やかな面持ちで手を伸ばす。
「……さ、帰ろう。俺達は、まだちゃんと『生きてる』んだから」
「……うん……!」
その手を取り、はにかむ比叡の表情は。憑き物が落ちたかのように、晴れやかな色となっていた。そんな二人を金剛を含む共に戦った艦娘達は、ニヤニヤと厭らしく笑いながら見守っている。
『――終わったな。現時刻1345を以て、スクナヒコナ作戦を終了する』
やがて。
静けさから結末を悟った長門秘書艦の言葉と共に。
仮面ライダーと艦娘の共闘は、終わりを告げるのだった。
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