仮面ライダーAP
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第二章 巨大怪人、鎮守府ニ侵攻ス
第12話 信頼の条件
――194X年8月26日。
鎮守府艦娘寮前。
『ヘーイ、全艦娘の皆ー! 今日は我が鎮守府にやって来た、スペシャルゲストを紹介するデース!』
『なんとなんと、あの巨大飛蝗を退治するために異世界からやって来た戦士! 南雲サダト君でーす!』
『……初めまして、艦娘の皆さん。俺は、あの巨大飛蝗を倒すために、あいつと同じ世界からやってきた改造人間。南雲サダトです』
広々としたグラウンドに艦娘達を集め、金剛と那珂が彼女達にサダトを紹介していた。快晴の夏空の下、彼女達の眼前に現れた見慣れない姿の男性に、多くの艦娘がどよめいている。
――そんな彼女達を、比叡は遠巻きに見つめていた。
(お姉様……)
彼女に代わり那珂がサダトの紹介に加わっているのは、金剛の配慮によるものだった。
彼に対する不信感を拭えないまま、紹介役をさせるのは辛いものがあると鑑みて、那珂に代わるよう頼んだのである。
直に巨大飛蝗と戦った経験があり、その打倒のためにやって来たというサダトに対し那珂は好意的であり、彼の紹介役を請け負うことにも前向きだった。
『あの巨大飛蝗は、見境なく人を喰らう。俺の世界では、たくさんの人が犠牲になった。――その牙は、もうこの海にも迫っているんです!』
(……)
そんな姉達の様子を見つめ、比叡は巫女装束に包まれた胸元を握り締め、切なげな表情を浮かべる。
那珂にしろ金剛にしろ、考えなしにサダトを歓迎しているわけではない。友好的な関係を結ぶことで、あの巨大飛蝗に抗する術を得るためという打算も含まれている。
長門もそれを狙い、出会って間もないサダトを味方として迎え入れているのだ。それに長い実戦経験で培われた観察眼を以て、彼女達は南雲サダトという男が善であると見抜いている。
実績と経験が豊富な艦娘ほど、彼を受け入れている状態だ。
『俺はなんとしても、無関係であるはずのこの世界の人々に、無駄な血が流れることを阻止しなくてはならない! だけど、俺一人じゃどうにもならなかった……!』
(南雲君……)
『だからどうか、ほんの少しだけ! この世界をあいつから守るため、力を貸してください! その力がある、艦娘の皆さんだけが頼りなんです!』
(南雲君、私は……)
それに引き換え、ただ胡散臭いという感情論だけでサダトを拒んでしまった自分の至らなさが。何より、そのために敬愛する姉に気を遣わせてしまったことが、比叡の背に重くのしかかっていた。
聴衆の様子を見る限りでは、艦娘達の反応は二つに分かれている。金剛のようにサダトを受け入れる態度を見せている者と、比叡のようにサダトを訝しむ者の二つに。
前者はベテラン、後者は若手と、キャリア層もはっきりと分かれていた。ベテラン達は若手達にはわからない何かを、サダトに感じているのだろう。
理屈の上では、わかっている。
巨大飛蝗に抗する鍵を握っているサダトを拒む理由など、あるはずがない。あの怪物を確実に排除するには、より多くの情報を持つ彼を味方に付ける必要がある。
それに改造人間である彼が先陣を切って戦うのであれば、艦娘の損害を最小限に抑えることもできる。
だが、感情がそれを拒むのだ。ぽっと出の、軍人ですらない男に、最愛の姉が笑顔を咲かせて明るく接していること。そんな男を、尊敬する先輩達が軒並み受け入れていること。
許せない。だが、それ以上に。多くのものを失いながら、それでも巨大飛蝗を倒すために来訪してきた彼を、そんな浅ましい理由で拒んでしまう自分が、何よりも許せなかった。
「……待って頂戴」
「――ッ!?」
その時。
若手達が先人達の意向を雰囲気で汲み取り、不信感を抱いたまま彼を受け入れようとしていた、その時だった。
凛とした一声が一帯に響き渡り、どよめく聴衆と金剛達を黙らせる。その声の主は、聴衆の最後部から静かに口を開いていた。
ポニーテールを揺らし、凛々しい眼差しでサダトを射抜く、その美女の名は――この鎮守府の主力である第一航空戦隊の筆頭格の一人、正規空母「加賀」。その傍らには、同じく一航戦の筆頭格である正規空母「赤城」が並んでいる。
青いミニスカートを夏の風に揺らし、加賀は一歩踏み出す。その瞬間、彼女達に畏敬の念を抱く若手の艦娘達が、蜘蛛の子を散らすように道を開けた。
『おーっと、ここで我が鎮守府のエース加賀さんのマイクパフォーマンスかーっ!?』
その鋭い視線から漂う殺気など気にする気配もなく、那珂は場違いなほどに明るく振る舞いながら、加賀の側まで駆け寄って行く。
そして彼女の近くまで辿り着いた途端。加賀は問答無用で彼女のマイクをひったくり、サダトに厳格な視線を注ぐ。そのただならぬ気迫を真っ向から浴び、サダトの表情も引き締まった。
『……南雲サダト。あなたの意向は理解したわ。あなたの力を借りなければ、あの巨大飛蝗を倒すことはできない、ということも』
『……それなら!』
『けれど。命懸けで戦場に立つ艦娘が、己の命運を懸けるのは信じられる仲間だけ。今日私達と会ったばかりのあなたには、それが致命的に欠けている』
『……』
それはまるで、若手達の胸中を代弁しているようだった。
ベテラン陣のほとんどがサダトを受け入れる雰囲気である中、そのベテラン陣の中心である彼女が若手寄りの意見になることは想定外であり、遠巻きに見つめていた比叡は目を剥いている。
だが不思議と、周りのベテラン陣は加賀の発言に驚く気配はなかった。まるで、こうなることが分かり切っているかのようだ。
『かといって、時間を積み重ねて信頼を築いて行く猶予はない。そうでしょう?』
『そ、れは……』
『ならばせめて。私達が命を預けても構わない、と思えるほどの覚悟と強さを証明しなさい』
『……!?』
一方。加賀は物々しい雰囲気を全身に纏わせながら、サダトに一つの条件を提示する。
『この鎮守府の名代として、提督に代わり。私達一航戦が、あなたに試練を課す。その結果を以て、判断させて頂くわ。あなたが、私達の力を貸すに値するか否かを』
『……!』
それは、何よりもシンプルで過酷な条件だった。鎮守府の主力である一航戦の主観で、サダトの能力を検証し、艦娘の力を貸し与えるか否かを審議する。
つまり、鎮守府最強の彼女達を「力」を以て黙らせることで、艦娘を無駄に死なせない強さを証明しろ、ということであった。
無駄な血を流させない、という言葉が口先だけではないことを知らしめるために。
相手は一航戦筆頭格。まず、一筋縄では行かないだろう。サダトはチラリと、自分を見遣る金剛と目を合わせた。
(お膳立てはここまでネ。あとは、君のガッツ次第デース!)
(……ああ。ありがとう、金剛さん)
そこから帰って来たウィンクから、サダトは彼女の意を汲み、強く頷いて見せる。そして、真摯な眼差しを真っ向から加賀にぶつけた。
『……わかりました! その試練、受けて立ちます! あなたの信頼を、勝ち取るために!』
『おぉーっとぉお! まさかまさかの急展開! 南雲サダト君と加賀さんとの、ガチンコバトルの開幕だぁあーっ!』
やがてこの一帯に感嘆の声が広がり、どよめきは最高潮に達して行く。
その喧騒のさなか。加賀はフン、と鼻を鳴らし、踵を返して立ち去って行った。その後に続く赤城は、たおやかな笑みをサダトに送っている。
(……ど、どうし、よう……)
一方。
その光景を見ているしかなかった比叡は、予想だにしなかった展開に青ざめていた……。
◆
艦娘寮前で繰り広げられた、派手なマイクパフォーマンスからの宣戦布告。そして、試練の受諾。
その一連の騒ぎを、窓から見下ろしていた長門は深くため息をついていた。そんな彼女の隣で、陸奥がくすくすと笑っている。
「やれやれ……結局こうなるか。一航戦には面倒を掛けてしまったな」
「加賀も赤城も面倒見がいいものね。後で山盛りの牛丼でも奢ってあげたら?」
「そうだな、検討しておく。――それで、解析の進捗はどうなっている?」
「もうすぐ終わるそうよ。成果は期待できそうね」
「そうか。……解析が終わり次第、私から提督に報告する。それから、夕張に預けたマシンアペリティファーはどうだ?」
「車体の損傷が酷すぎて、バイクとして修理するのは不可能だそうよ。ただ、エンジン部の原子炉プルトニウムは健在だから、それに見合う材料を使って別の乗り物を造ることは出来るみたいだけど」
「別の乗り物、か……」
巨大飛蝗。南雲サダトという来訪者。巨大飛蝗に纏わる資料。そしてバイクに使われていたという、原子炉プルトニウム。
様々な問題が深くのしかかる中、長門は深くため息をつきながらワイワイと騒いでいる艦娘達を見下ろしていた。
「……案外、それが鍵になるのかも知れんな。なにせ、我々の常識が何一つ通じぬ相手だ」
その表情には、乾いた笑いが滲んでいる。
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