仮面ライダーAP
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第二章 巨大怪人、鎮守府ニ侵攻ス
第1話 闇夜を貪る異形の影
――至誠に悖る勿かりしか。
――言行に恥づる勿かりしか。
――気力に缺くる勿かりしか。
――努力に憾み勿かりしか。
――不精に亘る勿かりしか。
◆
人類の海を侵略し、その大部分を征服した未知の脅威――深海棲艦。暗雲と暗闇に空と海を染める侵略者に、人類は敗走を繰り返し制海権を奪われ続けてきた。
その脅威に抗するは、彼らと対等に戦える力を持つただ一つの存在。在りし日の艦艇の魂を宿す娘達――艦娘。
艤装と呼ばれる兵器を身に纏い、生まれながらにして深海棲艦と戦う力を持つ彼女達は、長きに渡り海を狙う侵略者達に抗い続けてきた。
双方は飽くなき死闘を繰り返し、今日に至るまで幾度となく戦いを続けている。
――全てはこの水平線に、勝利を刻むために。
◆
「こちら神通。異常ありません」
「こちら川内、異常ナシだ」
「こちら那珂ちゃん! 異常なしだよっ!」
『了解した。0400の時刻を以て、第二支援艦隊の哨戒班と任務を交代する。所定の位置まで帰投せよ』
――194X年8月25日。
某海域。
艦娘を率いる軍事拠点「鎮守府」より派遣された三姉妹の艦娘達が、夜の海原を駆けていた。
艤装によりスケートさながらに海上を走る、三人の姉妹艦。夜戦を得手とする一番艦「川内」、二番艦「神通」、三番艦「那珂」の三名はこの時、深海棲艦の接近に対する哨戒任務に就いていた。
「……あーんもぅ、異常なさすぎっ! せっかく夜間でも隠し切れない那珂ちゃんの魅力で、みんなをメロメロにする予定だったのにぃ!」
「も、もう那珂ちゃん……いけませんよ、異常がないのは良いことなのですから」
「神通の言う通りだぞ、那珂。……あー、でもやっぱり敵を見つけて夜戦したかったっ!」
「川内姉さんっ!」
柿色の服の上に艤装を纏う彼女達は、交代の時間が差し迫ると口々に本音を漏らす。長女と三女の奔放な発言に、次女はいつものことながら眉を釣り上げ諫言する。
「しっかし、ホントに何も起きないねー。いつもだったら、こっちを偵察しに来てる奴らが二、三匹はいるもんなのに……」
――多少なりとも深海棲艦との小競り合いは起きているが、ここ数週間は穏やかな毎日が続いている。大規模な反抗作戦に向けた準備期間……という噂もあるが、艦娘達自身も実際のところは把握していない。
彼女達の指揮官である「提督」は現在、上層部に特型駆逐艦配備の打診のため大本営に出張しており、現在は秘書艦を務める戦艦「長門」と「陸奥」がその役割を代行しているが――彼女達も詳細を語ろうとはしなかった。
だが、機密保持という鉄則を鑑みればその姿勢は当然であり、部下である艦娘達もそれについては理解しているため、詮索する者は一人もいなかった。
だが。それを鑑みても――この日の静けさは異常過ぎると、彼女達は感じていた。
「妙、ですね。静か過ぎる……」
「今夜だって、かなり沖の方まで踏み込んで哨戒してたのに……一匹も影すら見えないなんて、ちょっと変だよね」
次女と三女が、そうして訝しげに互いを見合わせていた時。先行する長女は独り、前方の水平線を眺めて居た。
「……!」
闇一色の空を映したように、暗く淀んだ海原。その並行であるはずのラインの上に――うっすらと。
何かの影が、見えたのだ。
「……いたいた。神通、那珂。0時の方向に何かいる」
「えっ……!? どうしてこんなところに!? 索敵を潜り抜けて来たというの……!?」
「ほ、ほんとだ。なんであんなところに……」
「とにかく、あの影の実体を探ろう。散開するよ」
夜戦で培った暗視能力は、伊達ではない。素早く敵影を発見した川内は、指先で二人に散開を指示するとスピードを落とし、音を殺す。
その指示を受け、次女と三女は互いに顔を見合わせて強く頷き、左右に航路を変えた。
(あんな場所に、単独で……。ウチの艦娘じゃないことは確かだよね。でも、万一にも誤射だけは避けたい)
妹達が散らばって行く様を見届けた後、川内は耳に手を当て上司と連絡を取る。
『こちら長門だ。何かあったか?』
「進路上に、彼我不明の人員一を確認しました。これより誰何に入ります」
『なに? そんなところにか……? ……わかった。何か対象に変化があれば、速やかに報告しろ』
「了解しました」
通信から返ってきた凛とした声に、川内は厳かに頷くと、夜目を利かせて眼前の正体不明の物体を注視する。
その「何か」は那珂と神通に包囲されても微動だにせず、海上に静止していた。
『こちら神通。所定の位置に到着しました』
『こちら那珂ちゃん! こっちも着いたよ!』
「よし……神通、那珂。これより、あの人員一の正体を誰何する。逸るなよ、二人とも」
『了解しました』
『了解〜っ!』
目測距離は約300。三角状に散開した川内型三姉妹は、中央で静止する対象を凝視しつつ――緩やかな速度で接近を始める。
僅かな波の揺れも起こすまい、と慎重に歩を進める彼女達の影が、徐々に「何か」へと近づいていく。だが、「何か」は気づいていないのか、未だ反応を示さない。
『距離250。対象、未だ変化なし』
『変だね……かなり近づいてるのに』
「無防備と見せかけて、こちらを引き付ける算段かも知れない。油断するなよ」
川内の視界に映る、神通と那珂の影が徐々に大きくなっていく。対象のシルエットがさらにはっきりと見えるようになってきた。
通常の深海棲艦なら、とうにこちらに気付いて攻撃してくる間合いだが――まだ、動きはない。
『距離200。未だ、変化はありません』
『……寝てるのかな?』
「こっちの領海のど真ん中でか? ……ていうか、この影の形は……」
それからさらに接近し――対象まで距離150、といったところで。
遂に、対象のシルエットが明らかになる。
――「雷巡チ級」。
顔を黒鉄の鉄仮面で覆い隠し、下半身を機械の塊で埋め尽くした深海棲艦の一種。夜間での戦闘を本領とする種であり、この時間帯においては脅威になりうる存在だ。
(……間違いない、チ級だ。やっぱり深海棲艦だったのか。……でも、妙だな)
対象は未確認の新手ではなく、すでに交戦経験もあるチ級だった。……が、それだけに違和感も大きい。
川内は夜戦を得手とする自身の特性上、同じく夜間で性能を発揮するチ級とは何度も戦ってきた。この鎮守府で最も夜戦慣れしていると言っても、過言ではない。
そんな彼女の経験則を以てしても――これほど無抵抗で接近を許すチ級との遭遇は初めてのことであった。
夜戦に精通する彼女だからこそ感じる、えもいわれぬ違和感。その実態――あのチ級に隠された秘密を解き明かすまで、油断はできないだろう。
『距離100。川内姉さん、これはやはりチ級では……? どうします?』
『まだこっちに気づいていないみたいだし……先制して仕掛けるのもアリじゃない?』
「……いや、もう少し様子を見る。少なくともこの距離なら、いつ相手が動いてもこっちは絶対に外さないんだ」
もしかしたら、このチ級から深海棲艦の新たな情報が得られるかも知れない。今まで発見されなかった習性があるなら、その全貌を見極める価値はある。
川内は近づいてくる妹達に指示を送ると、正面からチ級の影に近づいていく。その間合いはすでに、50を切っていた。
(もう目と鼻の先か……。これ以上引き付けたって、撃つ姿勢に入る前に撃たれるのが関の山だ。それがわからないチ級とは思えないが……)
しかし、ここまで近くに来てもチ級の影に変化はない。微動だにしないまま、川内達の接近を許していた。
この近さとなると、もう夜間でも全体像がハッキリと見えてくる。鉄仮面で素顔を隠し、下半身を機械に埋め尽くすその出で立ちは、紛れもなく雷巡チ級のそれであった。
彼女は居眠りでもしているかのように俯いたまま、全く動きを見せない。対して、川内達三人は砲身を向けながらジリジリと近寄っている。
川内が考えている通り、ここまで無防備なまま接近を許していては、迎撃する前に撃たれてしまうだろう。仮に正面の川内を撃てたとしても、すぐに両脇から神通と那珂に撃たれてしまう。
いくら夜間の雷巡チ級といえど、この状況を脱せられるほどの性能はないはず。――川内の表情は、さらに険しくなった。
『……距離、10。川内姉さん、このチ級は一体……?』
『やっぱり寝ちゃってるのかな……?』
「……」
彼女に合わせて近づいてきていた妹達も、さすがに違和感を覚えたらしい。訝しむような声色で呟く彼女達は、互いに顔を見合わせる。すでに互いの顔が鮮明に見える距離だった。
あとほんの少し近づけば、姉妹間の通信すら無用になるほどの距離になる。そこに思い至った川内は、暫し思いふけると――意を決するように顔を上げた。
「……よし。私がゼロ距離まで接近して調べてみる。二人は万一に備えて援護してくれ」
『え……!? む、無茶です川内姉さん! もしそこでチ級が動き出したら……!』
『そ、そうだよいくらなんでも!』
「大丈夫。……大丈夫な、気がするんだ」
もしかしたら、チ級の生態を調べることができるかも知れない。今まで遠距離で撃ち合い、沈めるしかなかった深海棲艦にそこまで近付くのは初めての経験だが……この謎の敵の正体を解き明かす手掛かりにもなりうる。
そう思い立った川内は、危険を承知で深海棲艦にゼロ距離まで接近することに決めたのであった。力強い長女の声色を聞き、妹達は不安に表情を染めつつも見守る他なかった。
川内は滑るように航路を変え、チ級の背面に回りこむ。そして、息を殺して近寄っていくのだった。
(距離、9。8。7)
心臓が高鳴る。それは期待か、不安か。
(6。5。4)
緊張が走る。妹達の心臓が悲鳴を上げ、長女の顎から汗の雫が滴り落ちる。
(……3、2……)
とうとう、ここまで来た。もはや、引き返せはしない。手が届く直前まで近づいてしまった彼女は、初めて見るチ級の鮮明な身体に息を飲む。
(1。……0ッ!)
そして。ついに。
容易く触れることができる距離まで……近づいてしまった。心臓が止まるような、強烈な緊張に震えながら……彼女は微かに震える手で、深海棲艦の柔肌に触れる。
(……こ、れが……)
それは、自分達艦娘とさして変わらない……柔らかな感触だった。体温というものをまるで感じない冷たさではあるものの、彼女の指に伝わる感覚は、妹達や仲間達と触れ合う時とどこか似ているようにも感じられた。
(すごい……なんだか、まるで……)
その未知の感覚に驚嘆しつつ、川内は撫でるように上から下へと手を滑らせる。……その時だった。
(……んっ……!?)
ぬちゃり。
そんな擬音が似合う、「何か」が川内の手に纏わり付いた。その違和感を敏感に感じ取った彼女は咄嗟に手を引き――彼女の足元が大きく波打つ。
『川内姉さんっ!』
『大丈夫っ!?』
その反応を目撃した神通と那珂が、何事かと声を震わせる。普段なら、ここで強気に笑って元気付けるところであるが……今の川内に、そんな余裕はない。
「……!」
手に纏わり付く鮮血の滴りに、戦慄している今の彼女には。
自分の手についたのがチ級の血だと気づいた川内は、その感触を覚えた部位――肉体の上半身と機械の下半身を繋ぐ腰周りに、視線を移す。
チ級の身体自体が暗い色であるためか、彼女の夜目でも中々見えない部分だったが……徐々に、その全貌が見えてくる。
そして。
「……ひっ!?」
見えた。
見えてしまった。
腰から無惨に食いちぎられ、「中身」を剥き出しにされたチ級の傷口が。
歴戦の艦娘らしからぬ声を漏らし、川内は思わず背を仰け反らせる。すると、先ほど川内が揺らした海面にバランスを狂わされてか、チ級の身体が大きく傾いた。
このまま倒れ伏して行く。誰もが、そう思う動きだった。
だが。このチ級は、違っていた。
「……あぁ……!」
食いちぎられた腰周りは、もはや骨も残っておらず……僅かな肉が繋がっているに過ぎなかった。そのためか、傾いた勢いで倒れたのは――チ級の、上半身のみであった。
血糊を撒き散らしながら、うつ伏せに海面に伏したチ級の上半身は、そのまま暗黒の海中へと没する。
それから僅かな間をおいて、残された下半身が上半身とは異なる方向に倒れ――沈み始めた。
『こ、これって……!』
『どど、どうなってんの!?』
目の前で起きた現象に、神通と那珂も困惑の表情を浮かべる。川内は反応する余裕もなく、ただ呆然と上下に分かれたチ級の遺体が水没していく様子を、見るしかなかった。
(このチ級は私達を引き付けていたのでも、眠っていたのでもない。何者かに、すでに喰い殺されていたんだ……。誰が……!?)
だが……海中に消えゆくチ級の上半身を見つめていた彼女は。ふと、あることを思い立ち我に返る。
「神通、那珂! 下を照らせ、海中だ!」
『えっ!? し、下ですか!?』
『な、なんで!』
「いいから早く!」
そして妹達に指示を送りながら、手にしたライトを海中に向ける。長女の切迫した声に、妹達はただ従うしかない。
底の見えない暗闇そのもの。
そこへ差し込む三つの光は――彼女達三人に、凄惨たる光景を映し出していた。
「……!」
川内も。神通も。那珂も。誰一人、声が出せずにいた。凍りつく三姉妹が、足下の海中を見下ろした先には――おびただしい数の、深海棲艦の遺体が漂っている。
鮫型の「駆逐イ級」、「駆逐ロ級」、「軽巡ト級」。チ級と同じく、人間に近い部分を持っている「軽巡ホ級」。
何十という深海棲艦の群れが、身体のあらゆる箇所を食い荒らされ、海中に没していた。たった今、沈もうとしているチ級も、その仲間入りを果たそうとしている。
彼女達が感じていた、奇妙なまでの静けさ。その理由が、ここにあった。
「な、なに!? なんでみんな食べられて……だ、誰が!?」
「川内姉さん、これは……」
「……ああ、間違いない。このチ級も、海の下のこいつらも、みんな何者かに喰い殺されたんだ。……これが、ここ暫く連中の姿が見えなかった理由、か」
鮮血が纏わり付く自分の手を一瞥し、川内は眉を顰める。通信がなくとも話せる位置まで集まった三姉妹は、三方向に背中を預け合い、揃って剣呑な面持ちになった。
……正体は不明。だが、チ級もろとも無数の深海棲艦を捕食するほどの「何か」がいることは間違いなかった。
ならば、速やかにその実態を突き止めねばならない。「何か」の目的も何もかもわからないままではあるが――自分達にある意味近しい深海棲艦が喰われている以上、艦娘の自分達が捕食対象外とは限らない。
その可能性を、言葉にするまでもなく危惧した彼女達は互いに頷きあうと、ライトを下に照らす。
深海棲艦を喰らう者。そんな未知の脅威が、水平線に浮かんでいるとは限らない。第一、海にその「何か」がいるとするなら、夜戦に特化している自分達が気づかないはずはない。
なら予想される「何か」の出処は、海中。そこに潜んで獲物を捉え、深海棲艦を喰らい尽くしていたとするなら……今まで自分達が見つけられなかったことにも説明がつく。
「……えっ!?」
「うそっ!?」
「どういう……こと!?」
だが――三人はライトで照らした海中を見下ろした途端、驚愕の表情となる。
あれほどまばらに漂っていた、無数の遺体が。おびただしい数の、遺体の群れが。
忽然と、その姿を消していたのだ。
三姉妹が一箇所に集まるまでの、僅かな時間。その間だけ、三人とも海中から目を離していた。
一分はおろか三十秒にも満たない、その僅かな時間の中で、大量の遺体が海中から消え去っていたのである。
一体、何がどうなっているのか。三姉妹の誰もが、その答えを見つけられずにいた。
もしかしたら、幻か……何かの見間違いだったのではないか。そんな考えも過っただろう。……今この瞬間も、川内の手に纏わり付く鮮血の滴りがなければ。
「あ、あれだけの数の遺体が、どこへ……!」
「もしかして、犯人が食べちゃった……とか?」
「……いや、それはない。チ級が喰われた痕は、そんな大きさじゃなかった」
川内が間近で見たチ級の傷口。僅かな肉だけで上半身と下半身を繋いでいた、その部分には、凄まじい力で食いちぎられた痕跡があった。
だが、その傷口の形――即ち歯型は、鮫の類とは違う形状であり、しかも歯型自体はそこまで大きなものではなく……犯人は、自分達と大して変わらない体長の持ち主であることが推察された。
少なくとも、無数の遺体を丸呑みにしてしまうような大きさではなかったはず。
それに、他の遺体にも同じ形状の歯型が幾つも残されていた。跡形もなく深海棲艦を喰らい尽くせるような存在に、わざわざ獲物を小さく噛んで遺体を残す意味があるとも思えない。
つまり……無数の深海棲艦を食い散らかした「何か」と。大量の遺体を跡形もなく捕食した「何か」がいることになる。
「何か」は、二体いるのだ。
「……ッ!? なに、あれ……」
その事実に至り、三人の全身が総毛立つ瞬間。何もかも消え去った海中の果てに、「何か」の影が揺らめいた。
見間違いではない。
影は徐々に大きくなり、彼女達が見たことないシルエットを膨らませている。
「……!」
その先にあるものを、凝視した先には。
――巨大。
その一言に尽きる、飛蝗の顔が。
三姉妹の視界全てを埋め尽くすように、広がっていた。
そして。
その口元から、僅かに覗く深海棲艦の肉片。それを目の当たりにした彼女達の絶叫が、夜空の果てへと轟くのだった。
後書き
次回からは仮面ライダー側の世界のお話になります。艦これ側の世界のお話に戻るのは第10話からになりますのでご了承ください。
なお、本作ではどっち側の世界の話なのかが分かりやすいように、艦これ側の世界は「194X年」とし、仮面ライダー側の世界は「2016年」と表記しています。
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