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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§71 三馬鹿ならきっと根性で侵入出来る

「ジュワユーズ。お疲れ……」

 廃墟の隅に、彼女はいた。その有様はまさに満身創痍。黒煤と埃に塗れた長髪は色彩変化をする気配など微塵もなく、余力が皆無な事を伺わせた。棒切れと化した神槍(ロンギヌス)を大事に抱え周囲に感覚を張り巡らせる様もめったに見れる光景ではない。護堂の支援が主とはいえ、アテナとの戦闘はジュワユーズには荷が重い。わかってはいたがこっちも瀬戸際だったか。

「主、戻ってきたのか。……しかし、しかしそこまで。一瞬とはいえ兄上を必要とした時点で察してはいたが、そこまで苦戦していたか。まさか呪力が不足するほど追い込まれていたとはな」

 目を見開く彼女は、幼児化した主を見て、一目で黎斗が追い詰められていることを看破する。

「まーね。トイレ魔神にアテナに。二連戦は割としんどかった」

 眼前でスタボロの彼女を前にあまり弱音は吐けない。彼女の方が遙かに厳しい戦局だったのだから。一介の神剣に過ぎない彼女に神と戦え、というのは死んで来い、という処刑宣告に等しいものなのだから。護堂がいたとはいえ、それでもだ。

「まぁ、余り思いつめるな。草薙の王の援護だけだから割と楽だったぞ?」

 ニヤリ、と笑うジュワユーズに苦笑。剣に気を遣わせてどうする自分。

「……そうか。それならよかった」

「だが、ちと力を使いすぎた。本体修復の為に私は数年ばかり休眠するぞ。倉庫番が出来なくなるが、許せ」

 休眠を必要とするということは刀身に亀裂が入るくらいのダメージを負ったのだろう。数十年程の休眠を覚悟していたこちらからすればそれくらいですんだことは僥倖だ。見る限りロンギヌスもしばらくは休ませなければならないようだが、生きていてくれて良かった。数年など、黎斗達の感覚からすれば数週間程度の認識なのだから。

「……そっか、お疲れ。ありがと」

 謝るのは違う気がしたから、お礼を。

「なに、気が向いたら研ぎなおしてくれ。もう少し早く起きれるかもしれん」

 キメ顔で笑い、人化を解除するジュワユーズ。後には刀身が砕け散った剣と、ひび割れた木の棒。

「……ゆっくり休め。次はもう少し、マシになっておくさ」

 拾った剣と木の棒を影に入れる。なけなしの呪力も、ベルフェゴールを葬ったことによりある程度マシになっている。土日ゆっくり休めば、子供化を解除しても良いだろう。

「護堂、守ってくれてありがとね」

 後ろで黙っていた護堂と二人の騎士(エリカとリリアナ)に告げる。どことなく申し訳なさそうな顔の護堂と、興味深そうなリリアナ。エリカの表情は読めなかった。

「悪い。こんなになるまでジュワユーズを酷使しちまった。"少年"の権能の条件がもう少し緩ければ……いやすまん、もう少し早くランスロットのやつをどうにかしていれば」

「まぁ、しゃーない。神相手で死んでもおかしくなかったんだ。感謝こそすれどキレるわきゃないっての」

 苦々しい表情の護堂におどけて答える。ジュワユーズを身代わりに使った、とか言われたら怒るかもしれないけれど、共闘し援護してくれた相手に対し文句を言うのは罰が当たる。オマケにこの廃墟に匿ってくれていたのだ。

「そういえばよくこんなトコ見つけたね。この辺は通学路で使ってるけど、こんな場所知らなかったよ」

 商店街の裏にこんな廃ビルがあるなんて。向かいの駄菓子屋に萌え系作品とタイアップした駄菓子が置いてあるのは知っていたけれど、こんなボロいビルは目に入っていなかった。

「意外と穴場なんだよココ。心霊スポットとして知る人ぞ知るってカンジなんだ」

 だから多少物音がしても肝試しに来たやつだろうで片が付くんだ、と言われて納得。なるほど。ジュワユーズも、ロンギヌスもパッと見て、廃墟に捨てられたゴミにしか見えない。ボロボロになったのがここでプラスに働いた。ジュワユーズが周囲を警戒しつつ待機。一般人が来たら人化を解除しゴミに紛れる。多少の物音は肝試しに来た客と誤解される。

「理想的な物件やん」

「まぁ、冬には解体されるんだけどな。不審者や不良のたまり場になりかねないし」

 懐中電灯を弄びながら、苦笑する声。まぁ、そうか。放置しておけば不審者や不良のたまり場になるのは避けられない。阻止しようとする周囲といたちごっこだ。

「不良のたまり場になってなくて良かった、ってことかな?」

 たまり場なんぞになってたら不良が危ない。瀕死のジュワユーズでもそこらの不良に遅れはとるまい。ましてや護堂達がついていたら相手の心配をするレベルだ。

「……って、なってたらココ選ばないか」

 不良のたまり場から不良を追い出す。治安の向上と共にジュワユーズの隠れ家を確保する。不良を追い出す手法によっては噂になる、というデメリットこそあるけれど、選択肢としてはそれなりに見える、が。

「……僕のアパートに入れとけば良かったんじゃね?」

 わざわざ隠れ家を探さずとも、黎斗のアパートに彼女を放り込んでおけばよかっただろうに。家族と住んでるわけでもなく。来客があるわけでもなく。安全にかつ秘密裏に匿えただろうに。そう思えば、ガシガシと頭をかいて呟く。

「いや鍵かかってたし」

「……あぁ」

 そういえば義妹を助けに行ったとき、甘粕に鍵渡して戸締りしてもらったんだっけか。

「甘粕さんに渡した鍵を使って……あー、アレは一回使うと消滅するタイプだっけか」

 ゲームとかでよくある宝箱を空けたら消滅する鍵。甘粕に渡したアパートの鍵はアレを真似して作ったものだ。つまりは一回ポッキリの使い捨て。

「エリカやマリアンヌがピッキングしよ」

「あら護堂。変な事を言うのはどの口かしら?」

 薄く笑みを湛えたエリカが護堂の口に指を当てる。そのまま両者の距離が近づいて――――

「おいまてお前ら何してるってか人前でイチャつくな」

 非常事態なのはわかるけどサラッとピッキングなんて言われるとは思わなかった、という感想で終わるかと思いきやコレである。リア充爆ぜろ。つーか人前でイチャイチャすることで犯罪行為発言を流すのが目的なのだろうかいや違う絶対これ素だ。エリカも多分そこまで考えてない。

「……鍵を開けようと奮闘したんだがあかなくてさ。ジュワユーズに聞いてみたらなんか無理くさかったから」

「露骨に逃げたなお前。……そういえば「盗人死すべし慈悲は無い」の精神で空き巣対策にデストラップしかけまくったんだっけ」

 徹夜でマリパやろうぜ、などと自宅に甘粕と陸鷹化を誘った時に二人が呆れていたのを思い出す。「こんなの突破出来る人間なんていませんよ。いたら人間じゃない」だの「空き巣の権能使うとか、権能使わないなら師父が本腰入れないとおそらく無理ですね。僕や姐さん達も3枚目の障壁で死にますよコレ。そもそも1枚目の突破で半日以上かかりそうですけど」だの散々言われたことを思い出す。

「開けたら死ぬ、と言われた時は何事かと思ったのだけれど。アレ本当に危ないわよ。私たちでもおそらく一つ目の鍵で精一杯ね」

「……黎斗。おまえは何と戦ってるんだ」

 半目の護堂にサッと目を逸らす。冷静に考えればやりすぎた。後悔はしていないが反省はちょっぴりしている。

「だいたいお前の部屋、エロゲとBLゲーとスプラッター映画とマンガラノベゲーム各種、あとギャルゲのポスターっていう典型的なオタクの家じゃねーか。魔術関係の道具は全部幽世(あっち)なんだろ? そんな厳重にする意味あるとは思えないんだが」

「黎斗……」

「あらあら……」

 やめてください護堂さん。美少女達(エリカとリリアナ)の前でそんなこと言わないでください。リリアナのゴミを見るような蔑んだ眼がとても怖いです。チキンな黎斗はとてもではないが、そんな本音を出すことが出来ず。

「いや、魔道具あるかも、って考えた術者とかが侵入してくるかもしれないし」

「どこの世界にカンピオーネ。しかも最古参の魔王相手に泥棒しようとする術者がいるのよ。黎斗知ってる? それは泥棒じゃなくて自殺っていうのよ?」

 エリカのため息交じりの声にリリアナが追従する。

「全くだな。だが、侵入に怒ったカンピオーネが周囲に与える被害を考えれば自爆テロと形容する方が正しいかもしれん。……それを利用して現地の魔術結社を滅ぼそうと画策する馬鹿な結社もないとは言い切れないのか?」

「んー、それもそうね。黎斗の妹を人質にとるような、救いようのない人たちもいるのですもの。他人を巻き込んだ自殺とかやめてほしいわ」

 好き勝手言ってくれる二人である。そんな被害生産期になったつもりはないのだけれど。

「……自爆テロ、ねぇ。そういう見方になるのか」

「おいまてなんで俺を見た」

 護堂や羅濠教主、ヴォバン侯爵のめちゃくちゃっぷりを見ていると遺憾ながら同意せざるを得ない。都市に嵐を呼んで壊滅状態にするだとか、音で周辺を粉砕して崩壊寸前まで追い込むだとか、猪で世界遺産を破壊するだとか。特に最後。

「大体黎斗だってデタラメな範囲の権能あるじゃねぇか」

「戦うたびに被害総額で役所の予算使い切りそうな護堂に言われたくないです」

「…………」

 黙り込む護堂。自覚は少しはあったらしい。というか、予算とかどうなっているのだろう。テレビの中と現実は違う。週一で怪人や怪獣が町を破壊するが、翌週にはケロッと直っているような世界ではない。時間と金をかけて、役人や業者の涙ぐましい努力の末に都市の再建が行われている筈なのだ。その予算はどこから来る?

「魔王予算とか魔王基金、果ては魔王特需なんてものがあったりするんだろうか……」

「黎斗、きっと考えたら負けだ」

 考えるのを諦めた様子の護堂に肩を叩かれて――――黎斗もそのうち考えるのをやめた。考えても答えでないし。甘粕さんに聞けばわかりそうだが胃が更に痛くなりそうだし。

「つまりはお前がたいそうなトラップをしかけても無駄なんだ、ということだ」

 話だいぶ戻ったな、と思うがツッコまない。政治方面の話よりは考えなくて良い分こっちの方がだいぶマシだ。

「いや、ほら。家族に見られたら死ねるじゃん?」

 実家から家族が来るときはコレクションは全部須佐之男命の部屋に保管しておくのだ。義父は笑って流してくれるかもしれないが、義母の生暖かい視線や義妹の軽蔑の眼差しを受けてしまえばもう生きていけない。

「見る前にトラップで家族が死ぬぞ」

 ご尤もなご指摘ありがとうございます。僕もそう思う。

「お前を殺して僕も死ぬ!、みたいな?」

 僕は何を言っているんだろう。口が勝手に動いてしまう。恥を恥で上塗りしていくこの感覚。あぁ、久しぶりだ。

「黎斗、お前疲れてたんだな、なんかごめん……」

 本当に申し訳なさそうな表情で護堂が謝ってくる。

「マジで僕の心に来るからホントやめて……」

 なんでこんな目に合わねばならんのだ。全く今日はついてない。 
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