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ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~

作者:???
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闇-ダークネス-part2/血塗られた記憶

 
前書き
お詫び
申し訳ありません。ストックしていた分のエピソードのうち、かなり先のほうになっていた時期のものを間違えて投稿していたようです。誤字修正をスマホで行うとたまにこうなることがあります。そうなったらネタバレ防止のため、誤投稿分は読まないようにお願いします。
今回はそのお詫びも兼ねて、予定より少し早めに投稿します。

そういや今日は節分か…特に何もないね! 

 
数年経過し、現在から約2・3年前の時期…。
二人は複数の仲間を連れ、ヘリに乗ってある場所を目指していた。
「こちらチームα。まもなく、目的地に到着いたします」
『こちらチームβ了解。健闘を祈る』
ヘリパイロットからの一言を聞き、シュウは外を眺めた。森の生い茂る、日本じゃない別の国の地域に位置する森林地帯だった。
「大丈夫かな…ここって確か…」
愛梨も外に広がる森を眺めると、不安を口にし始めた。
「あぁ、内戦地なんだよな」
さらりとシュウは口にした。
この時の二人が今向かっている場所は、なんと紛争地域だったのだ。
「この地域からは、微小ですがビースト振動波がキャッチされています。おそらくこの地域で勃発している内戦による地域住民の恐怖を求めているのでしょうね」
年上だがシュウたちの、新兵器開発計画の部下でもあるスタッフの一人が説明する。
実験に赴いた外国の内戦地、そこはビーストに支配された土地だった。
TLTの研究者たちによってこの時期にはビーストが人の恐怖を求めて繁殖するという異常性を孕んでいることが判明していた。となると、戦争による死へ恐怖がビーストたちを引き寄せてしまっているのも頷ける。その支配者であるビーストを倒すことで、自分が開発した兵器の有用さを証明しようと考えていた。
「ねぇ、シュウ…」
「ん?」
「その…大丈夫?」
「ああ、問題ない。一応自分で作った兵器だからな。自分でも扱えるよう、射撃訓練を合間を縫ってやってきた」
そういってシュウは、後にナイトレイダーたちが扱うことになる銃器を見せる。汎用性の高いハンドガン、ディバイドシューターだった。
今回この紛争地域+ビーストの潜伏予測地点とされる危険区域にわざわざ訪れた目的は、シュウが新たに開発した新兵器のテストのためである。
しかし愛梨が気にしていることはそういうことではなかった。
「そうじゃなくって…」
「?別に何も病気とか起こしてないぞ?いったいどうしたんだ?」
「…ごめん、なんでもない」
結局彼女が何を言いたがっていたのか、シュウはよくわからず首をかしげるしかなかった。
「そろそろ到着しますよ」
ヘリパイロットがそういうと、彼の操縦でヘリは地上に降りて行った。他の誰かに利用されたり壊されたりしないよう、ヘリはなるべく、現地から離れた場所に置かれた。
内戦地ということもあり、ビースト振動波の発生源は着陸地点から離れた、森林内の激戦区域の方角だった。
「ここから先は現地の人たちとも遭遇する可能性がある。防弾チョッキとヘルメットの装備はできてますか?」
シュウが愛梨やスタッフ全員に呼びかけると、全員で6名のスタッフが頷いた。ここは先ほども言ったように内戦地だ。武器をとった現地住民に、敵意がないにもかかわらず狙撃される可能性だってある。十分な装備が必要だった。
銃装備のもと、武器を保管したケースを手に森の中に入る一行。
「なんか、戦争映画に入り込んだみたいだな…」
スタッフの一人が不安を口にする。
「安心しとけ。これは現実だ」
「なお不安ですよ!」
「二人とも、静かにしてください。」
出発当初は他愛ない会話こそあったが、森の中に入り込むうちに皆の沈黙が高まる。森の静けさが、いつどこから、誰が自分たちを狙っているのか。
「今のところ、生命反応は私たち以外探知されていないみたい」
愛梨が手に、ナイトレイダーが使用することとなるパルスブレイガーを手に取った。これも、彼らが開発した発明品の一つだった。
「来訪者に感謝しなくちゃな。正直俺だけじゃ考えることができなかった」
シュウはディバイドシューターを持ちながら呟く。自分の頭脳だけじゃここまでのものを作り出せることはできなかった。
「でも、来訪者たちの与えた知識を理解し、ここまで再現できた黒崎博士はやっぱりすごいですよ。さすがはプロメテウス・プロジェクトの天才児だ」
「…その言い方はあまり好きじゃないですからやめてあげてください」
「あ…す、すみません…」
そんなスタッフの一人がシュウを褒め称えたが、その特別扱いな言い回しがどこか悪く聞こえもした愛梨が注意を入れた。
「いいよ愛梨、俺は気にしてないから。それよりも…」
シュウは気にしないように言うと、森の向こうに視線を向け、前に進んだ。
しばらく進むと、少し広々とした空き地に出た。すると、愛梨が叫びだした。
「ビースト振動波、探知!」
「ッ!全員攻撃態勢!」
シュウがディバイドシューターを構えると同時に、他のメンバーたちも同じものを構える。異様な緊張感が一同の心にプレッシャーをかける。
すると、茂みの中から何かが勢いよく飛び出してきた。
「うわ!!」
真っ先に、スタッフの一人がそれに飛び掛かられ、押し倒された。それを見た別のスタッフは、仲間の一人に飛び掛かったそれを見て青ざめる。
「な、なんだぁ!?」
それは、巨大なイナゴのような気味の悪い虫だった。
後に小型ビーストの一種として数えられる個体『インセクトタイプビースト・ビーセクタ』だった。
「愛梨!みんな!」「うん!」
シュウは愛梨たちに呼びかけ、スタッフの一人を食らおうとするビーセクタにディバイドシューター向け、一斉に発射した。
「ぎぎぃ…」
一斉に赤い閃光のような弾丸を受け、ビーセクタはあと少しで餌にありつけるところで、絶命した。
「ケビン、大丈夫か!?」
「は、はい…」
他のスタッフの一人が、ケビンと呼んだメンバーの体から遺体となったビーセクタを引きはがして安否を確認した。けがもなかったようだ。
「銃が効かなかった相手をこうもあっさり…やっぱり博士はすごいですね!」
「はは、正直失敗したらどうしようかと思ったよ。ケビンも無事でよかった…」
スタッフの一人に褒められたが、シュウは乾いた笑みを見せた。
「しかし、これはよい結果でしたね。さらに研鑽を積めば、さらにすごいものを作れますよ」
「いや、実はもう一つすでに作っておいたものがあるんだ」
意気高揚するスタッフの一人に、シュウは手に持っていたケースからあるものを取り出す。
さらに大きなサイズの銃器…それもナイトレイダーたちが後に使うことになる武器の一つ、ディバイドランチャーに似たカラーリングのマシンガンだった。
シュウはそれに、ディバイドシューターをグリップとしてセットする。
「一応『ディバイドマシンガン』って名前を付けてる。元々ディバイドシューターはこれの部品に過ぎない。でもこいつなら、体長10mのビーストでも確実に仕留められると思う。
今は、これを発展させた『ディバイドランチャー』ってのも考えてるんだ」
「すごい…これなら万が一巨大なビーストが現れても!」
「でも、心配ね…これを悪用する人たちがいないといいんだけど」
スタッフの一人が興奮する一方で、愛梨はある一つの憂いを抱く。ビーストを殺せるほどの兵器。当然殺傷力もすさまじいに違いない。それを、戦争などで人を殺すために使われることになれば、あまりにも悲惨な結果となる。しかも人同士での争いに使われるとなると、ある意味ザ・ワンが起こした惨劇よりも残酷だ。
「帰ったら、指紋の認証機能でもつけてみるよ。確かに、誰にでも使えるもののままだったら、危険すぎる代物だしな」
愛梨の一言で改善点を見つけることができた。人を守るための武器である以上、誰にでも扱えるなんてものにしては危険だ。忘れないように記憶にとどめておくことにした。
「あとはこれに最低限の射撃機能を付けるのも…」
シュウがパルスブレイガーを見て呟く。この時期のこれには、今のパルスブレイガーとは違って、武器としての役割を果たせる機能はなかったらしい。
すると、ガサッと物音がした。思わずシュウたちは銃器を構えて、揺れる茂みに銃口を向けた。
「ま、待ってくれ!」
現地の言語が聞こえてきた。すると、茂みの中から一人の中年の男性が両手を挙げた状態で姿を見せた。
「あんたらか?今の化け物を倒したのは…?」
男性が手が使えない代わりに、視線で何かを指す。その先にあったのは、すぐ傍に倒れていたビーセクタの遺体だった。
「ええ…そうですけど」
愛梨がその問いに答えると、男性は鬼気迫る表情で土下座し、シュウたちに向かって懇願した。
「た、頼む!助けてくれ!!」
急に土下座され、シュウたちは困惑する。
「え、えっと…いったいどうしたんですか?何かあったんですか?」
とりあえず尋ねてみると、男性は顔をあげてきた、
「このあたりで化け物がうろつくようになってるんだ。みんな銃や手榴弾で立ち向かってたけど、あの化け物たちに…」
化け物、と聞いてシュウたちは全員顔を見合わせた。内戦地にて探知されたビースト振動波、そしてつい先ほどのビーセクタの出現、もしや…と誰もが思った。
「ビーストが、やはりここに…?」
「だろうな」
愛梨の一言に、相槌を打ちようにシュウが閉める。ビーストがかかわっているのなら見過ごすことはできない。
「すいませんが、ひとまずあなたの家まで案内してもらえますか?」
「は、はい…!こちらです」
男性は立ち上がり、シュウたちを自分の家へと連れて行った。
森の向こうに続く道。季節は夏。照り輝く道のりは暑さとの勝負だったが、シュウたちは男性の住む村に着くまで耐え抜いた。
途中の、田んぼの広がる道を行ったときは日影が一つもなくて苦労したものだった。
すると、道中でシュウたちは前からバケツを運んでいる二人組と遭遇した。一人は少し日焼けした肌の色からして、現地で暮らしている少女。もう一人は…腰にカメラとヘルメットを括り付け、迷彩服を着た青年だった。
「あ、すまない。少し道を通してもらえるか?」
「え?あ、すいません」
シュウたちは邪魔にならないよう、二人に道を譲った。
「ありがとう。さ、セラ。行くぞ」
「うん!」
青年は礼を言うと、自分がセラと呼んだ少女と共に歩き去って行った。
「セラ、前よりも笑うようになってくれたなぁ…」
男性は青年とともに去って行った少女を見て、安堵した表情を見せた。
「あの二人は?」
シュウがなんとなく、今の二人について尋ねてみる。
「ああ、あの小さい子はセラっていうんです。親を亡くしたのに、笑顔を失わず、ひたむきに村で働いてくれている子なんですよ」
「隣を歩いていた男の人は?現地の人っぽくないような気が…」
セラとともに行く青年についても愛梨は尋ねてみた。なんとなくだが、あの青年がこの地域の人間には思えなかった。あのセラの家族かとも思ったが、容姿も似ていない。
「ああ、彼は確か外国から来た人です。名前は確か…ジュンだったか。いやぁ、ジュンもセラによくしてくれてますよ。彼が来てからセラの笑顔がより輝いて見えるようになってる気がするんです。まるで兄妹のようで、私たちも見ていて微笑ましい物ですわ」
「外国人で、ジュン…日本人みたいだな」
シュウはジュンを呼ばれた男の去って行った方角を見ながら呟く。
「いやまてよ…俺、あの人知ってますよ!」
すると、何かを思い出したのかスタッフの一人が声を上げた。
「名前は確か、『姫矢准』。芸能人のスキャンダルとか、議員の不正行為、業界のブラックな裏側を次々とカメラに収めて暴いた凄腕カメラマンですよ!テレビでも見たことがあります!」
「そんなにすごい人なのか!?」
これにはシュウや愛梨も驚かされた。テレビにも映るほどの有名人と、こうして偶然会うことになるとは思わなかった、それも、この内戦地にて。
「でも、そんなにすごい人がどうして、こんな危ない場所に…?」
「たぶん、今度は戦場カメラマンとして来たんでしょうね。勇気ありますよあの人。私だったらとてもできませんよ」
姫矢がこの紛争地域に不思議に思う一同。日本にいたままなら、危険を冒さず名声を高められたはずなのに。
「そういえば、そういうみなさんもどうしてこんな物騒な場所へ?」
「あ…あぁ、私たちも似たようなものですよ」
現地の男性からも同じことを問われるシュウだが、ビーストの存在と、その駆除できる武器のテストのために、ビーストが出るとされているこの場所にわざわざ来たことは明かせないので、適当に自分たちも戦場カメラマンとして訪れた、と誤魔化した。
「でも、死体になって帰るわけにもいきませんから、武器を手にここまで来てしまいました」
「そうですか、遠いところから…」
男性はシュウの言い分を信じてくれたようだ。騙したので申し訳ないが、本当のことを明かすわけにいかない。
しばらくして、シュウたちは村にたどり着いた。
村は酷い状態だった。紛争の影響で、家のあちこちがぼろぼろに崩れ落ちていたり、燃え尽きて跡形もなくなっている場所さえあった。住んでいる人たちも土臭く寂れたような格好をしており、裕福とは言い難い。
「申し訳ありません。村がこんな有様ですから、ろくなもてなしもできませんので…」
「ひどい…」
映画でしか見られない光景。非現実的ともとれる村の有様に愛梨は心を痛めた。
「…そもそも、どうしてここって戦場に?」
ふと、疑問に思って尋ねてきたシュウに対し、男性は次のように答えた。
「実は、隣の地域の連中から私たちは迫害されてるんですよ。『化け物』の仲間だって」
「え!?」
化け物…と聞いて、全員が反応を示した。
「元々はあそこの小さな町で連中と一緒に生計を立ててきたんですけど、ある日急に人が殺される事件が起きたんです。その犯人を何とか突き止めはしたんですけど、元々そいつは一度行方不明になって、しばらくしたらなんてことなく帰ってきたんですが…」
「何かあったんですか?」
さらに続けた男性の話を聞いたスタッフの一人からの問いに、重苦しい表情を浮かべながら男性に尋ねた。
「私、見たんです………あいつが人を食って森に消えて行ったのを」
「人を、食った!?」
人間が、人間を食らったというのか?それこそバイオレンス映画の世界でしか見ることがないようなことが、ここで起きてたというのか。
「酷なことを聞くようですけど、別に食料に困っていたわけじゃ、ないんですよね?」
愛梨が恐る恐るながらも尋ねてみる。
モアイ像の伝説で有名なかつてのイースター島の文明は、森林を伐採しすぎた果てに水不足となり、やがて人間が互いに戦争を起こしては殺した人間の死体を食って生き延びようとしていたという話がある。しかし、ここで紛争が起きていたとはいえ、人を食ってまで飢えをしのぐほど貧困とは思えない。
男性は愛梨からの問いに「ええ」と肯定した。
「それからも町の人間が同じ人間に食われ、犯人が疾走する事件が多発しました。それが繰り返されるうちに町の連中は犯人を祀り上げては暴行を加えるようになって、最悪殺された人もいたんです。中には犯人じゃないとかばいたててくれた人もいたんですが、その人たちも…」
何とも不愉快な話だった。自分たちが殺されるのを恐れていたとはいえ、勝手な疑いの果てに勝手に相手を怪物扱いして殺すなど愚の骨頂だ。
「私たちには耐えられませんよ。おかげで私たちは町を離れ、こうして寂れた村を作って隠れ住んでるんですが…今でも時々連中は私たちの姿を見た途端に銃を向けてくるんです。これまで何人もの仲間が殺されました…やむを得ず私たちも抵抗して、連中から食料を奪うなどして、わずかな生計を立ててるんです」
「それが、この紛争の正体なんですね…?」
シュウがそういうと、男性は悔しげに頷いた。自分たちが勝手に化け物に祭り上げられ、一方的に攻められ、責められる。辛く思わないはずがない。


村の離れに一つの空き家を設けてもらったシュウたちは、ひとまずそこで寝泊まりすることになった。
「シュウ、あの人たち、なんとか助けてあげられないかな?」
この日の就寝時間の直前、愛梨はふと、その言葉を口にする。しかし、仲間のスタッフたちからダメ出しを受けた。
「私たちの任務は、あくまでディバイドマシンガンのテストですよ。紛争に余計な茶々を入れたら我々が殺されるだけです」
「その通りだ。俺たちが無理に横やりを入れたら、それこそ事態を混乱させてしまうこともあるんだ」
紛争、という点については、部外者である自分たちが介入すべきことではない。自分たちの身だって危険にさらされるし、無理に外部の者が介入することで、返って火に油を注ぐ結果をもたらすかもしれないのだ。
「いや、そうとも限らないかもしれない」
だがシュウだけは、愛梨の意見に肯定的な意を示した。
「たぶん、今回の紛争の陰にはビーストが絡んでいると思う。あの村の男の話を思い出してみてくれ」
「行方不明になった村人、その人が人を食らったって、話?」
「あぁ。実は、TLTにはすでに、人の姿で人を食らうビーストが出現していたという事例がある。事実、あのザ・ワンも人間の体を乗っ取っていた」
「あ!」
シュウがそこまで説明すると、愛梨があっと声を上げる。ほかのスタッフたちも彼の言葉にある予測を立てた。
「じゃあ、もしかして…」
「まだ憶測の範囲だけど。まぁ、証拠らしい証拠もあるけどね…。実はこの村と、この村と交戦状態にある町の間にビースト振動波がキャッチされたんだ」
シュウはそういってパルスブレイガーを取り出す。その小さな画面の中には、中心部に自分たちの現在地を示す青い点、そしてここから北西の方角に町、その間に位置するとあるポイントに、ビーストの位置を知らせる赤い点が表示されていた。
「博士、こいつがこの紛争の元凶なのか?」
「それはわからないけど明日、起きたらすぐに調査に向かおう。新兵器のデータも取れるし、もしかしたら少しは、この地域の紛争も緩和できるかもしれない。
その結果が本当によくなるかどうかなんてわからないけど、やるしかないと思う。ついてきてくれるかな?」
彼が尋ねると、全員が頷いてくれた。
「私も行きますよ。ビーストに食われた人々の無念に応えなければ…」
「私もシュウについていくわ」
「ありがとう…」
仲間たちの強い信頼、自分がこんなにも恵まれていることに強い幸福感を覚えた。危険な紛争地域での、対ビースト兵器実践テスト。不安ばかりが募っていたが、いけると思っていた。


しかし、悲劇は起きた。


実は、この時からすでにシュウたちもビーストに狙われていたのだ。
『紛争をより激化させ、その恐怖を食らう』ためのダシとして。
その証拠に…


三つ首の地獄の番犬が、すでにその村の近くに、血に飢えた目つきで村の…シュウたちが寝泊まりしている小屋を見下ろしていた。


もしかしたら奴は、自分を滅ぼそうとする存在を、本能で感じ取っていたのかもしれない。
奴は…『フィンディッシュタイプビースト・ガルべロス』はその目を光らせていた。


目から放たれたその光は、村に向けて降り注がれた。


そして、シュウの人生の暗黒時代が、始まった…。


村に来てからほとんど日が経過しなかったある日の夜…。
シュウたちはさっそく近隣から発せられたビースト振動波をたどって、この付近のビーストを探し回ってみたが、見つけられなかった。
「今日も見つからなかったな、ビースト」
同行スタッフの一人がため息を漏らした。
「これじゃ、帰った時に本部の連中からぼやかれますね」
「私は、それもそれでいいと思うけどね。だってビーストが出ないってことは、それによる犠牲者もいないってことじゃない。それなら、ぼやかれたりするくらい、なんてことないわ」
自分たちが退屈な方が、地球が平和である。それは確かだし、それなら自分たちにとっても喜ばしくはある。
「そうだがな…」
でも仕事がなくなるとそれはそれで困るもの、若年ながら職を失った後のことを考えると恐れを抱かずにはいられないものだ。

「きゃああああ!!」

突如聞こえた悲鳴に、シュウたちはその方角に向けて反射的に振り向いた。村から火の手と煙が立ち上っていた。
何かあったに違いない。そう思って彼らは村に戻って行った。
村はさらに変わり果てた姿になってしまっていた。傷ついた村人たちが横たわり、血を流し、果ては死んでしまっている人がいる。

しかし、驚くべき光景はそれらさえも霞ませた。
「う…!!」
シュウたちは思わず青ざめ、中には吐き気を催した者さえいた。
目の前にて、こちらに背を向けて、死体となった人に覆いかぶさっている男がいた。村を案内してくれたあの人だ。
その人が……

「人間が…人間を…」

食ってる!?

しかも、村を案内してくれたはずのあの男が、文字通り人間を食っていたのだ。
話には聞かされていたが、まさかこの目で確かめることになるとは思いもしなかった。せめて映画の世界まででとどめておきたかった、あまりにえぐ過ぎる光景に全員が引いた。
「うぅぅ…」
その男はシュウたちを睨み付け、血肉と血まみれの口をむき出しにした。
「うああああああ!!」
彼は、今度はシュウたちを新たな標的と見定め、襲いかかってきた。恐れと油断から、シュウは反応を遅らせてしまい、彼に捕まってしまう。
「シュウ!」「博士!!」
声を上げる愛梨たち。
その声尾をよそに、怪物と化した男は、血にまみれた口をぐわっと開き、シュウに噛みついた。
「あ…がぁ…ッ!!!」
今にも食いちぎる勢いだった。肩を思い切り噛み砕く勢い、激痛がシュウを襲う。このままでは肩を持って行かれてしまう。
と、その時、バシュン!と銃声が鳴り、シュウにかみついてきた男が崩れ落ちた。
「はぁ…はぁッ!…」
撃ったのは、愛梨だった。
「博士、大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ…」
他のメンバーたちがすぐにシュウを遺体の下から引きずり出す。
「愛梨…」
「あ、あたし…」
彼女は、倒れた男と、自ら発砲したディバイドシューターの煙を吹いた銃口を見て、膝をついた。
人を撃った…人を殺した…それが彼女に恐怖を抱かせた。証拠に彼女の体は震えていた。
「愛梨、すまない…俺のせいでお前に無理をさせてしまった」
シュウはすぐに彼女のもとの歩み寄ろうとした。
しかし、それを阻むかのように、シュウは突然背後から殴りつけられた。
「ぐあぁ…!!」
「シュウ…!!」
声が、遠くなっていた。薄れゆく意識の中、崩れ落ちていくシュウが見たのは、自分に手を伸ばす愛梨と、
周囲に集まってきた、ナイフや石、農作業に使う鍬などを持って集まってきた、不敵かつあくどい笑みをあからさまに見せていた村人たちの顔だった。


「う…」
シュウは目を覚ました。何とか体を起こすも、頭がガンガンする。頭を起こして周囲を見渡すと、仲間たちが倒れていた。中には、血を流して倒れ…!
今、シュウは自分が誰かの下敷きになっていたことに気付く。
「スタン!」
すぐにシュウは起き上がってその人物を確認した。それは、スタッフの一人の男性だった。体には、傷があちこちに出来上がっており、意識はなかった。
体が冷たい、まさかと思って彼は脈を図ってみる。
……結果は、最悪だった。スタンは既にこと切れていた。
「なんで…」
意識が飛ぶ直前、自分は確かに村人から突然攻撃を受けて、意識を失った。どうして村人たちは、いきなり俺たちを?
「ッ!そうだ…愛梨は…みんなは!?」
スタンを寝かし、シュウはあたりを見渡す。仲間たちはみんな倒れていた。真っ先に彼は愛梨のもとに駆け寄る。
「愛梨!しっかりしろ!」
彼女の体を起こし、名を呼び掛けてみる。うっすらと、愛梨は目を開けた。
「シュウ……よかった…」
「それはこっちのセリフだ…」
愛梨は問題なく、体を起こして笑みを見せた。シュウがいきなり村人に攻撃された時、それだけ衝撃を受けたのだ。シュウも彼女が無事だと知り、安堵した。スタンが死んだ直後で確かめられた、大切な人の生存、不幸中の幸いだった。
二人はそれから、自分たち以外で誰か生き延びていないか確かめてみたものの、村人たちの姿はなく、今回の任務で同行してきたメンバーは自分たちを除いて全滅していた。
「みんな、殺されたのか…しかも、武器まで奪われていたなんて…!」
最悪なことに、今回試験運用するはずだったディバイドマシンガンやディバイドシューターといった武器がすべて盗まれていた。
「でも、どうして私たち、いきなり襲われたのかしら?昨日まであんなによくしてくれた人たちなのに……」
愛梨は、自分たちを気絶に追いやり、仲間たちを殺し、そしてテスト用の武器をすべて自分たちから盗み出した村人たちの行いに疑問を抱く。
「…もしかしたら…ビーストがやったかもしれない」
シュウが、憶測だが一つの仮説を立てた。
「元々この付近にはビースト振動波がキャッチされていた。つまりビーストが密かに隠れていた。そしてビーストは、最近人間の死体を操って手駒にできる…という情報もあった」
「じゃあ、もしかして私たちを襲ったあの人たちは…!」
「俺たちがここに来た時点で…すでにビーストに殺されて操られていたかもしれないな…」
確かめられはしなかったが、その仮説は見事に当たっていた。既にこの村はこのあたりを縄張りとしていたガルべロスによって壊滅されてしまっていたのだ。
ガルべロスは狡猾にも適当に人間を一人殺害し、そいつを手始めに手ごまとして操ると、手ごまに適当に殺人事件を連続して起こさせ現地住民の不安をあおらせ、その恐怖を捕食していたのだ。
ビーストを倒すための武器のテストのはずが、知らぬ間に飛んで火にいる夏の虫となっていた。最悪だ。
「あれはTLTの機密事項だ。しかも盗まれたりして、紛争に利用されたりとかしたら大問題だ!取り返さないと…」
「何言ってるの!今は生き延びる方が大切よ!武器さえ持っていない私たちがこのまま戦場にいるのはまずいわ。ここは…」
逃げた方がいい。シュウの意見に反発したその時、二人の近くを誰かが通り過ぎた。
「あの子は、確か……セラちゃん!?」
現れたのは、姫矢とともに暮らしている村の少女、セラだった。
「どうしてあの子が…まさか無事だったのか!?」
実は、セラだけは無事、普通の人間として生き延びていたのだ。たまたま彼女の暮らしていた小屋が、村からも離れていた田畑の付近に位置していたことが幸いしていたのだ。
「セラちゃん、待って!」
愛梨に引き留められ、セラはシュウと愛梨の方を見る。するとセラはひどくあわてた様子で尋ねてきた。
「あの、ジュンを見なかった!?ジュン、銃声と爆発した音を聞いた途端に、そっちの方に行っちゃって…」
「なんだって!?」
ジュン、と聞いて、間違いなくそれが姫矢准のことを指していることに気付いた。
「いくら戦場カメラマンだからって…それにここはビーストが潜んでいるはずじゃ…!」
すると、ドゴオオン!!と、すさまじい爆発音が鳴り響いた。
「ッ!ジュン!」
セラはその爆発を聞き、直ちに音の聞こえた方角へ走り出した。
「セラ!」「セラちゃん!!」
このまま放っておくことはできない。せめて彼女だけでも、と二人もセラを追い始めた。
二人は気が付けば戦場の真ん中を走っていた。銃声や爆発音が、そして何より人々が襲われ、死んでいく声が聞こえていた。
だが、シュウの想像したくもなかった事態が…現実となっていた。
「ひはははははは!!」
「ッ!!」
乱射魔のごとく享楽的な声を上げる男が一人。そいつは村にいた男性の一人だった。しかもその手に持っているのは、シュウが今回テストケースともして持ち込んでいたビースト殲滅用銃器、ディバイドマシンガンだった。その狙撃先は、人間だった。
おそらく付近で暮らしている人々なのだろう。彼らはその乱射魔のごとく、シュウの銃を使って次々と人を虐殺していった。
その男性は、すでにビーストに操られてしまっていたのだ。
「ぎゃあああああああああああああ!!!」
応戦しようと、相手側も手榴弾やピストルを使って、村人を打ち殺していく。だがその流れによって、他の人間も、ビーストの駒となった村人も、次々と死に絶えていく。
「あ、ああ…」
シュウは目の前の現実が、夢であってくれと願わずにはいられなかった。
自分が、人を守るために作ったはずの武器が…


守るべき人間の命を奪っている。


「しっかりして!セラちゃんを探さないと!」
愛梨から頬を軽く叩かれ、シュウは我に返る。そうだ、今は唯一の村の生き残りであるセラと、彼女が捜しているであろう姫矢の方が心配だ。できればディバイドマシンガンを取り返しておきたかったが、最早それどころではなかった。
二人は引き続きセラたちを探しに向かったのだが、さらなる悲劇がここで二人に直面することとなった。
「シュウ、あそこ!」
愛梨が流れ弾をかいくぐりながら、姫矢を探し続けるセラを、その向こうでカメラを手に持って撮影をしていた姫矢をついに発見した。しかし、シュウはそこで見つけた。
おそらく、ビースト化した村と対立関係にある町の人間と思われる男が、手榴弾を姫矢に向けていたのだ。
「止め…ッッっぐあ!!」
いち早く気づいたシュウだが、そこで彼は銃撃の音と共に、体に激痛を覚えた。流れ弾に当たってしまったのだ。それも何発も。
「シュウ!しっかり!」
愛梨が銃撃に当たらないように姿勢を低く保ちながら、直ちに彼の元へ駆け寄る。酷い怪我だった。不運にも防弾チョッキの隙間に、一部の銃弾が入り込んでいる。命に別状こそ無いようだが、早く治療してやらないと危険だ。
しかし、シュウは顔を上げてセラの方を見た。向こうに小さく見える、敵の兵士が手榴弾のピンを外していた。セラの存在に気づいたのか、奴は姫矢からセラにターゲットを変えていた。
「ッ!!セラ、よけろおおおおおおおおおお!!!」
シュウは必死に叫んだが、うるさく響く銃声のせいで彼女の耳に届くことはなかった。
「ジューーン!!」

次の瞬間、セラは姫矢のもとへ走って行ったところで、……


手榴弾による爆風の中に消え去った。


「セラーーーー!!!!」
「セラちゃん!!!」
シュウが、愛梨が…そして何より……

「セラ…セラーーーーーーー!!!!」

足に銃弾を浴びながらもセラのもとへ行こうとするが、行くことも手が届くこともできなくなってしまった姫矢の悲しみに満ちた叫びが、森の中にこだました。


そこから先の記憶は、無かった。
ただ、悔しくて、情けないという思いだけが残った。


なんで…こうなってしまったんだ…


ビーストを早く発見して始末していれば、こんなことにならなかったんじゃないのか?それなのに……


みすみす発明した自分の武器を奪われ、姫矢はその銃で負傷。そしてセラを助けてやることもできなかった…。


ちなみに、シュウたちは知らないままだったが、この紛争を激化させた首謀者であるガルべロスは、姫矢の夢の中に現れ…『二番目の適能者』として覚醒した彼に倒されることになる。


シュウと愛梨は、姫矢を連れて戦場を脱出した。
なんとか北米本部と連絡を取り、姫矢のことも日本に連れて帰してあげることになった。
「日本でしばらく静養するよ。なんか…疲れた」
搬送された姫矢もそうだが、シュウは、あの紛争地域から帰還後、精神的に参っていた。とても研究開発に勤しめる状態ではなかった。
「新兵器の設計図なら、ダラスにある俺のラボに置きっぱなしにしてある。俺じゃなくても、他のプロメテの子たちなら理解できるはずですし、きっと役に立てますから勝手に使って、いいです…」
実はこのとき、既にシュウの手によって、クロムチェスターなどの、ナイトレイダーの装備に関する設計図そのものが出来上がっていた。だが、今のシュウにそれらの開発に携わりたいと思えるだけの心はなかった。
「よろしいんですね?」
迎えに着てくれたTLTの職員から問われ、シュウは頷いた。
「はい…しばらくTLTの任務から外れます」
「私も、シュウと一緒に日本に残ります」
「…わかりました。向こうにもお伝えしておきます」
紛争地帯での話を聞き及んでいたのか、それ以上職員はシュウと愛梨に何も聞かなかった。
TLTからの迎えを断り、二人は援助金を得て、日本のとあるアパートで暮らすことになった。
「…姫矢さんの件は、俺のせいだ…俺が……」
しかし、あの日からシュウは激しい罪悪感に苛まれた。自分の行いが、一人の男の人生に暗い影を落としたことが、あの戦場で多くの命が失われたことが、同時にシュウの心に影を落とした。
「シュウ、あれはあなたの…」
「俺のせいだよ!!俺が…何もできなかったから…それどころか、俺の作った武器をビーストの駒にされた人たちに利用されて、人を…人を撃ち殺していたんだ!!ビーストを撃って人を守るはずの武器が人を殺していたんだぞ!!
それを作っていたのは他ならない俺自身だ!!」
「……」
すると、愛梨はシュウの顔を両手で掴んで自分に向かせると、バシン!とその顔を叩いた。
「…ッ」
「だったら、いつまでもうじうじしないで。姫矢さんだってあなたが悪いだなんて思ってない」
「愛梨…だけど」
「こうしてふさぎ込んでも、何の意味がないわ。
覚えてる?あの戦場で、あなたをかばってスタンたちは亡くなった。だったら、私たちのために消えていった人たちのために生き延びなくちゃ…」
「……」
叩かれた頬を押さえながら、シュウは愛梨を見る。
「今はTLTやビーストのことは忘れましょう?ここで普通に働いて、普通に二人で暮らして、またいつか戻ればいい。
私も一緒にいるから、ね?」
とても優しい微笑みだった。それは、荒み切ったシュウの心に潤いをもたらした。シュウは、心の痛みに耐えられるほど強くなかった。その優しさに縋りたくなった。
「愛梨…」
そっと優しく自分を抱きしめてきた愛梨を、シュウは抱きしめ返した。

それから二人は、TLTに纏わる者としてではなく、どこにでもいるごく普通の人間として生きることにした。いつかまた、TLTの一員として人類に貢献したいと思えるその日まで…。

それからしばらく…
今から1年前の頃だった。シュウたちは、ある場所を訪れた。
そこは、遊園地だった。
「どうして、ここになったんだ?」
シュウは若干、乗り気じゃなさそうな様子だった。
「いいじゃない。シュウって結構コミュ症だし、ここに来る子供たちのお世話をしていたら、元気も出ると思ったの」
「だからって…」
愛梨はシュウが子供に対して苦手意識を持っていることを知っていたようだ。まったく詫びれもしないで愛梨はくすくす笑っている。どこから
「え、なになに?新しい人?」
すると、遊園地のゲートのほうから二人の下に、同年代に見受けられる少年がやってきた。
「すまない。ここで働きたいんだが…」
「俺、千樹憐っていうんだ。あんたらは?」
その少年は、実はシュウたちと同じプロメテの子でもある、憐だった。
「黒崎修平。この子は花澤愛梨だ」
「花澤愛梨です。よろしくお願いします」
「うし、じゃあこっちに来て!早速面接に入るから」
二人は早速、バイトの面接を受けた。経歴については、TLTに関する情報を漏らすわけに行かないので、騙すようで申し訳なかったが偽の経歴を書いていた。
が、面接は特に重いことを問われるわけでもなく、すんなり合格をもらい、二人は遊園地でアルバイトを始めた。
「ママ~!!」
「ほ、ほらほら、泣き止んで…ね?」
「…早く泣き止んでくれ…」
「うええええん!!」
迷子センターにて、愛梨は子供たちの相手をよくしてくれていた。が、なかなかうまくはかどらない。シュウにいたっては、まるで話にならなかった。年下の子供の相手などしたことが無かったのでうまく優しい言葉をかけることができなかった。
しかし、ここで二人に救世主が舞い降りる。
「はいはいはい!!みんな注目!今からペンシルバルーンで動物さんを作りたいと思いまーす!」
両手を叩きながら、迷子の子供たちの注目を集めた。巧みのごとく器用な手先で、彼はあっという間にキリンや像、ライオンを風船で作ってしまう。彼の腕前を見ているうちに、子供たちも泣き止み、それどころか笑顔を見せた。
「いいなぁ、憐君子供の扱いがうまくて。私どれだけやってもうまくいかないや」
憐の子供の扱いのうまさに関心を寄せる一方で、愛梨は自分がどれだけやっても子供たちをなかなかなだめられないことにもどかしさを覚える。
「愛梨だってすぐにできるようになるって。ずっとシュウを支えてきてくれたんだろ?」
「この流れでその言い方だと、なんかシュウが子供みたい」
本人が聞いていたらふてくされているんじゃないかと思うと、愛梨はおかしくてくすっと笑ってしまう。
「でも、シュウはどう?」
ならシュウの方は同だろうと尋ねてみる。
「…ちょっと苦戦するだろうな」
シュウは、紛争地域からここに来てから、笑顔を作るのが苦手になっていた。おかげで、はじめて見る人達にとってシュウは怖いイメージを持たれていた。…一部の女子からはイケメンフタッフが来たと密かに話題になっていたが、当の本人は知らない。知ったところでどうでもよいと考えるだろうが…。
「ふふ、だろうね」
感情表現に関してはかなり不器用なシュウのことだ。子供たちと接すること事態、大学生レベルの問題を解くこと以上の苦戦を強いられると思った愛梨は笑った。
「悪かったな」
「「うお!?」」
…いつの間にか後ろにいた本人に聞かれてしまったが。

他にもこんなことがあった。
「愛梨ちゃん、今度追試なんだよ…だからお願い!勉強手伝って!」
遊園地内の公園の掃除中、同じバイト仲間の尾白が突然シュウと愛梨の前で懇願してきた。
「また?尾白君、これで何度目?留年しちゃうよ?」
「わかってる!わかってるんだけど…お願いします!」
必死に土下座まで下の見込む尾白。しかし、話を聞きつけた憐が割り込んできて口を挟んできた。
「尾白、実は追試の勉強にかこつけて愛梨と仲良くやろうとしてるだろ?」
「な…!?そ、そんなわけないだろ!」
「あっやし~。この前だって女の子にナンパしまくってたのに。見事に玉砕したけど」
口では否定こそしているが、憐は一度ならず何度も尾白がナンパをしてはその数だけ失敗を繰り返してきたことを知っている。最初は面白くて数えていたほどだが、もう数えるのも面倒になってきたほどだ。
「人聞きの悪いことを言うな!そして玉砕言うなぁ!!」
彼女がいない寂しさを痛感してか、尾白が男の魂の叫びを上げる。しまいにはうずくまって男泣きをかまし、憐は必死になって彼をなだめたのだった。
ふと、シュウは箒で木の葉を掃いていると、その目に遊園地の花壇に植えられた花を見た。
「掃除をしたからか、花もだいぶ綺麗に見えるな」
「そうね」
愛梨も同意し、花壇の花がよく見えるように身をかがめた。
「その花、好きなのか?」
「うん、私ね…この花が好きなんだ」
彼女が指をさした花、それは紫色で細い花びらを咲かせた花だった。
「この花の名前、知ってる?」
「いや…」
シュウは花には詳しくなかったから答えられない。
「紫苑って言うの。花言葉は、『あなたを忘れない』」
感慨にふけるように彼女は言った。
「この遊園地で作った思い出を、忘れないでほしいって願いをこめて植えられたんだ」
「楽しい思い出は何時までも、か…」
そうだな…思い出は楽しいもので溢れさせたいものだ。この花たちにその記憶を刻みつけて…。
「でも、何より忘れたくない思い出があるの」
すると、愛梨は右からシュウの手を握り、そっと自分の頭を乗せてくる。「お、おい…」と緊張の声を漏らすシュウに対し、少し顔を赤らめながらも笑顔で彼女は言った。
「こうして、あなたと二人でいる思い出」
「………」
気恥ずかしい、と思った。でも…シュウは明確に気づかなかったものの、それ以上に嬉しかった。それほど深く自分を大切に思ってくれていたことが。
「…好きだよ、シュウ」
「え?小さくてよく聞こえないぞ」
「なんでもない」



この時の彼は、『まだ』笑うことができた。


しかし、さらにシュウを追いつめる事態が起きた。

ある日突然、愛梨が病に倒れてしまったのだ。
 
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