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幻想に舞う魔法使い

作者:いさか
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プロローグⅠ

プロローグⅠ


学園前の大門を前にして、少女は思わず息を呑んでいた。
 まず門から大きさが桁違いだった。五メートルはあるだろうかと思える高さはあろうか。幅も然り、日本国内に存在する車輛でここを通り抜けられないものはなさそうだ。
 少女は格子状になっているその門の隙間から、内部を覗いてみる。
「うわぁ……」
 今度は思わず声まで出た。
 広い敷地内はそこからでは全貌を見渡すことができない。ただ全体として極東の島国らしからぬ西洋チックな洋風の建物が何棟か連なっているのが視認できた。地の部分もほぼ全体が舗装されており、至る所に花壇や噴水が設けられている。
 校舎の渡り廊下を介して、さらに奥が見えた。煉瓦の渋い趣からその外装は打って変わっていて、いかにも近未来を思わせる建造物がその一部を覗かせている。きっと、その奥にだって何かあるはずだ。そんな期待感が、少女の胸の内をすぐさま占めた。
「どうかな? 気に入ってくれた?」
 少女が見入る様子をにこやかに見つめていた人物が、そう声を掛けてくる。
「は、はい……というより、凄すぎますよこの規模は……」
「ははは、それほどでもあるかなー? これが湯堂院マネーってやつだね」
 冗談を飛ばすように笑うその人物に振り返る。
「あの、そういえばなんですけど」
「うん?」
 何でも訊いてくれよ、とテレパシーを送られているようだ。気がねは不要と言わんばかりの笑顔がそこにある。
「その、学園長さんは……湯堂院グループのご令嬢さん、なんですよね?」
「うん、そーだよ」
 湯堂院グループ――恐らく世界でも最高峰の権威を持つ、巨大財閥の一角である。日本国内においては勿論のこと、資金と組織力で右に出るグループはどこを探しても見つからない、と言っても過言ではない。あまりの肥大化に解体が囁かれつつ、今なお存続している現状を刺さるような目で見ている人間も少なくないが、それはまた別の話だ。
 少女は未だ現実味がないままに、目をすがめるようにして眼前に立っているとんでもないレベルのお嬢様、その全身をくまなく眺めた。
 長い赤髪を後ろで結い、ポニーにして垂らしている。
 童顔で白皙の肌を持つその姿は、どこから見ても可愛らしいことだろう。
学園の制服である緑のマント――これは学年ごとに色が違うらしかった――に上品な紺のスカートで身を包むその人物は、明らかに若かった。
「えっと、あの、失礼ですが……そんなお若いのに、学園長……?」
「あはは、去年も新入生に言われたんだよね。でも大丈夫だよ、何だかんだ形式だけみたいなとこもあるし。実務的なことだって、そんなに難しいものはやらなくっていいし。いつもは学園長室にいるけど、私だって授業を受けたりするよ」
 学園長と言うと、生徒にしてみれば何だか雲の上の存在のようなステレオタイプがあるのだが、この女の子、どこをどう眺めようと見てくれは普通の子である。
「そうなんですね。ちなみに、今はおいくつで?」
「十二歳。だから今は、この学園の初等部に所属してるんだー」
 少女は目を見張った。流石に中学生にも到達していない年齢だとは予想していなかったのだ。
 それもそのはず。この学園長は容姿こそ幼げだが、他のところを見れば相応でない大人っぽさを見せていた。
 二日前、少女は入寮のために学園へと連絡を取った。電話越しの相手はやはり学園長であり、その電話応対から察するに最低でも中学生以上だと思っていたのだが――その予想はものの見事に打ち破られた訳だ。
 自分のことを幼いと考えているのではないが、こんな小さな子よりも己の方がどうも稚拙なように思われ、齢十六の少女は恥ずかしそうに目線を落とした。
 ふと唐突な地響きが、足元の石畳のつなぎ目を無意味に追っていた少女の視界をぶれさせた。ひゃっ、と少女は甲高い悲鳴に似た声を上げる。
「そろそろ大門を開くように伝えてあったんだ。ちょっとうるさいけど、我慢してね」
 開き切るのに一分と掛からなかった。
 急に目の前に現れたその空間は――少なくとも少女にとって、先ほど覗き見ていたその場所とは、まるで別世界のようである。
 完全に障壁が取り除かれた今でさえ、その全景は視野に収まることがなかった。
「本当に街みたい……」
「『湯堂院学園』はいわば一つの街だからね。幅広い人間が幅広い年齢層で集まってくる。全寮制だから、みんなここに住んでいるんだ。ざっと数千人」
「数千人……」
 数学に疎い少女は、その規模の大きさを正確には思い浮かべられなかった。
 まるでファンタジーワールドの入り口に突っ立っているような、不思議な感覚。一歩を踏み出そうにも、何故か夢と現実の狭間にいるように感じられて、身体がなかなか動かない。
 すると学園長はくるりと少女の正面に回り込み、
「ようこそ、新入生の柊なのかさん! 今日から始まる『湯堂院学園』での学園生活、しがない学園長ではあるけど精一杯応援するよ! さあ……」
 学園長はそんな演出をやってみせて、その小さな手を伸べた。
 少女はその色白い右手さえも怪訝そうに見つめていたが。
 ……やがてその実在を確認するように、恐る恐るその手を取る。
 そしてその瞬間――手を取り合った両者は、互いにその茶番じみた行為が可笑しくなって、ついつい吹き出した。それに伴って、学園長も目を細めてみせる。
「はい、よろしくお願いしますっ!」
――期待と希望を込めて、少女はその前足を、新たな世界へと踏み入れた。

少女がたどり着いたこの場所は、幻想によって作られたファンタジーワールドに近しいものであることは、確かに違いなかった。
異能者《ネイチャー》と呼称される、いわゆる超能力的な能力を秘めた人類がこの世界に生まれてから、既に一世紀近くが経過した今日。この湯堂院学園は、日本全国のこうした異能者《ネイチャー》たちを積極的に受け入れている国内唯一の学園だ。
世間から、近所から、果てには家族にまで疎まれる――そんな過酷な幼少期を過ごしてきた彼女たちにとって、ここでの学園生活はある種の慰撫となりうるのだろうか。
やはりそれは、彼女たちにしか分からないことだろう。
健常者が、彼女たちの幻想魔法《ファンタジストラ》が健常者に不可視であるように。
彼女たちに「視える」、幻想獣《ロアビースト》が健常者に不可視であるように。
幻想に生きる者たちのことは、現実を生きる者たちに知りえる所以はない。


 
 



 
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