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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第百十九話

「――セイッ!」

 道場の静寂を打ち破る声が響く。朝の鍛錬のノルマを終えると、竹刀を片付けて道場のモップがけを軽く。汗を拭きながら道場の外に礼をして出ると、道場の敷地外でポカリを貪るように飲み始めた。

 まずはシャワーだな――と自らの身体の状態を確認しながら、ひとまず自室ではなく浴室へ向かっていく。チラッと道場の外に用意してある時計を見ても、まだまだ時間に余裕はあるようだ。

 スリーピング・ナイツのフロアボス攻略も終わり、シャムロックや三つの領とのバーベキューパーティーも先日のこと。サラマンダーが差し入れてくれた手製の肉に、主催者はいたく満足したようで、突如として始まったデュエル大会でも《絶剣》の名を轟かせていた。

 ある実験のためのフロアボス攻略、という目的で動いていたシャムロック――というより、そのリーダーであるセブンも、スリーピング・ナイツにクリアされたことで目的は瓦解した。とはいえ実験の目的は、生き別れた姉との再会――というものだったため、特に気にしてはいないようだった。むしろ、こちらのおかげで姉であるレインに会えた、と感謝されるほどで。

 並行してルクスもグウェンと再会して、暗躍していたPK集団のリーダーも、キリトが倒して、と。割と大団円となった、と言えるのではないだろうか。そうしてフロアボスを巡る、シャムロックとのいさかいは終わり――SAO生還者学校は新学期の来訪を告げた。

「おはよう翔希。まだ時間は大丈夫?」

「おはよう。大丈夫」

 朝のシャワーを浴びて諸々の準備を終えて、リビング代わりの居間にたどり着くと、食欲を誘う香りが鼻孔をくすぐった。朝の鍛錬を終えてからなのでなおさらで、母に短く挨拶すると畳に座る。すでに食卓にはどっしりと構えた父がいて、一心不乱にご飯をよすっていた。

「ありがとう」

「ああ」

『いただきます』

 父が必要以上のことを喋らないのはいつものことで、気にせずにいただきますと箸を掴む。炊きたてご飯にみそ汁と、まさに日本の朝食――という食卓に、とても異彩を放つ、たこ焼きが鎮座していた。

「…………」

「焼き魚だと型通りじゃない?」

「……美味い」

「あら、あなた。ありがと~」

 あの両親のやりとりに水を差してしまうと、母から文字通りに殺気が飛んでくるので触れないことにして。とりあえずみそ汁を口にしてから、ソースの下からほかほかと湯気をたてるたこ焼きを観察する。無表情ながら満足げにもきゅもきゅと食べる父の姿と、ゆらゆらと生きているように動くかつお節が、なんだかんだ言いながら食欲を刺激する。

「…………」

 適度に焼けた小麦粉がカリカリと自己主張し、噛むと口の中に柔らかい生地が広がっていく。どうやらアレンジにチーズが小さく刻まれて入っているのか、広がる生地にふんわりとした感触が伴っていた。

「炭水化物と炭水化物の相性って最強よね」

 そしてたこ焼きに舌鼓を打っていると、母がこれ見よがしに父にご飯を食べさせていた。太るとかいい年して何してるんだとか、色々言いたいことはあったが、たこ焼きを口の中に入れた俺にツッコミは適わなかった。

 代わりというべきか、用意されたご飯茶碗をしっかりと握り――


「行って来ます」

「はいはい、行ってらっしゃーい」

 ――妙に緊張した印象のある朝食を終えると、諸準備を終わらせ、SAO支援者学校に向けて歩を進める。例に漏れず、通勤や通学ラッシュの時間にピッタリ重なっており、こんな時は通勤しない父が羨ましくなる。家に併設された道場が勤務先なのだから、朝の電車には乗らずに済むだろう。

「……ん?」

 そして歩くことしばし。腹が立つほどに晴天だが身が凍るほどの寒空の下、コートのポケットに入れていた携帯から、珍しく着信が来たと震えが伝えてきた。着信というのもこの時分に珍しく、手を強ばらせながら携帯を開く。

「……もしもし?」
 携帯に表示された名前は非通知。また珍しいその事態に、一瞬だけ着信拒否が頭をよぎったものの、結局はその通話を了承する。すると電話先から聞こえてきた声は、見知った――聞き知ったと言った方が正しいか――声であったにもかかわらず、予想外の人物であった。

『ショウキか? スメラギだ、分かるか?』

「スメラギ? いや……分からないが」

 電話先の相手は、あのシャムロックの副リーダーことスメラギ――と名乗ってはいたものの、当然ながらALOでのアバターとは声が違うので、電話先からでは判断出来ない。セブンのように歌手活動をするにあたって、公式で自らの声をサンプリングするならともかく、その助手であるスメラギはそこまではしていないようだ。

『ああ、分からんだろうな。信じてもらうほかない』

「……スメラギだとして。どうした?」

 当然、声が違うことは向こうも承知のようだったが、そのもったいぶった言い方は間違いなくスメラギだ――と確信しながら、突然の電話の用件を促した。含めて、どうしてこちらの電話番号を知っているのか、ということも。

『まずはすまない。急用だったため、菊岡さんから電話番号を聞いた』

「あー……」

 申し訳なさそうな声色のスメラギとは対照的に、こちらはその納得いく電話番号の入手先に、げんなりとした声を出してしまう。ジャンルは違えど同じVR空間に携わるものとして、セブンたちと菊岡さんに繋がりがあってもおかしくはない。

「それで、急用って?」

『ああ……お前を見込んで頼みがある』

 普段に利用する駅が見えてきたこともあって、とりあえず電話番号やら菊岡さんのことは後にして、スメラギにその急用とやらを聞く。あちらも急用と言うだけあって急いでいるらしく、声色どころか真剣そのものな気配が、電話先にすら伝わってきた。

『今日の晩、セブンの――七色の特番がある』

「は?」

 ――『急用』の中身がまるで分からない俺が身構えていると、スメラギの言葉に反射的に疑問の言葉が湧く。とはいえスメラギの声色は真剣なままで、どうやら冗談を言っているわけでもなさそうだ。

『だが、今から数日、海外出張でな……録画を頼みたい』

「あ、ああ……」

 ついつい口から肯定の言葉が勝手に出てしまい、電話先から安堵の声が漏れるとともに、気恥ずかしくなったのか咳払いが発せられる。

『すまない。礼は必ず後日する……ではな』

 そしてこちらの返答を待つことはなく、スメラギからの電話はプツリと切れる。それほどスメラギが忙しいことの証左なのだろうが、頭の理解が追いつくことはなく、駅の階段を上りながら携帯をポケットにしまいこみ。電子マネーを改札にかざしてホームに入ると、ちょうど普段乗っていた電車が来るところだった。

「……録画予約しろよ……」

 ようやくスメラギからの電話という非日常を乗り越えると、電子機器に詳しい訳ではない俺でも、そんな当然の結論に最終的にはたどり着く。しかもVR空間の専門家であるスメラギが、録画を予約出来ないほどに電子機器に疎いわけがなく。

「……というか何で録画するんだよ……」

 今更ながら言いたいことがこみ上げてくるが、ホームでブツブツと呟いていても仕方がない。朝っぱらからどっと疲れた気もしたが、電車が来たので気を取り直すことにする。なにせ――

「おっはよー、翔希」

「おはよう、里香」

 ホームに着いた電車には、学生服の彼女が壁に寄りかかって立っていた。共にこの電車を利用する人々と電車に乗り込むと、最後尾だった俺は閉まった扉に寄りかかった。朝のこの時分、座ることなど望めないが、扉近くの壁に寄りかかって隣に立つ里香を見て、これはこれでいいものだと実感する。

「今日も寒いわねぇ……電車内は暑いけど」

「そこら辺の調整が難しいところだな」

 寒い寒いと言いながらも、電車内は暖房の効き過ぎと人口密度によって夏のようで、人混みに当たらないよう器用にコートを脱いでいく。そのままリズに倣って小さく折りたたみ、ついでに締められていたネクタイを少し緩める。

「なによ、サービスシーン?」

「誰が得するんだ、誰が」

 胴体への密着ならともかくとして、首を絞められるネクタイはどうも苦手で。寒さ対策に多少は固めに縛っていたものの、やはり息苦しくて解放してしまう。

「それにあんた……ちょっと髪の毛伸びてきてない? 床屋とか……ああ」

「床屋か……」

 バッチリとセットしてきた里香とは対照的に、多少は伸びてきたこちらの髪の毛を見て、里香は言葉を紡ぐ。しかして途中で何かを思い出したかのように、溜め息混じりにこちらの表情を見てきていた。

「あんた、そういや苦手なんだっけ。床屋」

「誰かも分からない奴が首筋に凶器持ってるんだぞ、むしろ何で平気なんだ」

「いやまあ、それはそうだけども……」

 いつぞや里香にはもらしてしまった記憶があるが、俺には床屋というものが恐ろしくて仕方がなく。真剣そのものの表情で訴えたものの、どうにもあまり受け入れられてはいないようだ。

「じゃあどうやって髪セットしてんの、あんた」

「覚悟を決めて」

 とはいえ行かない訳にもいかずに、それは精神の鍛錬だと思いながら――と、そんな益体もない話を続けながら、他に知り合いと会うこともなく、SAO生還者用の支援学校へと到着する。とはいえそこで別れることはなく、同じクラスに向かうだけだが。

「おはよー」

 そしてどことなくざわついている教室に入ると、俺の隣の席であるにもかかわらず、何故か里香が自分の席とは違う方向に歩いていく。それを目で追いながらも、何か里香なりに用でもあるだろうと、そこで別れて自分の席に荷物を置くと。

「おはよう、翔希くん」

『おっはよー!』

「明日奈にユウキも、おはよ――!?」

 自分の席に座りながら、既に来ていたらしい明日奈とユウキに挨拶して――というところで、その違和感に気づいて明日奈の方を二度見する。最近はシャムロックとのボス攻略のこともあって、ALOにログインすることが多くて気づくのに遅れたが、ここでは聞く事のない声が聞こえてきた。

『あはは、驚いてる驚いてる! ショウキのレアな顔、ゲットだね!』

「イェイ!」

 どうやら聞き間違いではなかったようで、明日奈の肩に乗せられた機械から、よく知った声が響き渡った。特に驚いていない上に、いつの間にか来ていて明日奈とハイタッチをかましているところを見るに、どうやら里香もグルなようだ。

『うん、ショウキ。そうやって笑う時は笑う、驚く時は驚く、ってちゃんとした方がいいと思うよ?』

「そうそう。もっと明るくいきましょ?」

『でもボクに気づかないくらいリズの方を見てたのは、ちょっとポイント高いかなー』

 明日奈の肩になんか乗ってても気づかないくらい、あたしのことしか見てない、なんてリズが言ってたけど、ホントだったね――などと、楽しげなユウキの声が、やはり明日奈の肩の上の端末から響き渡っていく。まだ目の前のことに理解が追いつかずに、顔を赤くしてこちらから目を逸らす里香を見届けながら、俺もまた羞恥によって手で顔を覆う。

 いきなり生来からの性格を否定された上に、クラス中から貫かんと届く好機の目にさいなまれるとは、何か俺に恨みでもあるのか――などと疑ってしまう。

「ちょ、ちょっとユウキ、それは秘密だって……」

『あ、ごめんごめん』

「とりあえず、その……何だ?」

『キリトがね、この端末を作ってくれたんだ!』

 今、何が起きているのかを、どうやって聞けば正確なのかが分からず。不明瞭な質問に対して、やたらテンションが高いユウキの声が答えてくれる。

 いわく、明日奈の肩に乗った機械はキリトと他数名の生徒が作った物であり、それにユウキがALOでいうところのログインをすることで、こうして俺たちと喋っているとのことで。スリーピング・ナイツのメンバーたちは、詳しい病名は知らないがそれぞれ難病に冒されていて、代わりにVR空間で自由に活動している――とは、本人達から聞いていたが。

『おかげでさ、ボクもこうして、学校に来れたんだ!』

「まだ試しに、だけどね。何が起きるか分からないから、翔希くんも何かあったら協力してね?」

「それはもちろん。だけども……」

 違う教室で授業を受けているだろうキリトの代わりにはなれないが、もちろん自分に出来ることは協力する、と明日奈からの申し出に強く頷いた。ユウキが妙にテンション高く見えるのも当然のことだったが、一つだけ気になることがあった。

「じゃあ何で秘密にしてた……?」

「……ビックリするかなって」

『……ビックリするかなって』

 わ、私は二人に黙っててって頼まれて――と、言いにくそうに語る明日奈を除いて、どうやら犯人は残る二人らしい。こちらから目を逸らす里香と、そんな雰囲気を漂わせるユウキに対して、さてどうしてくれようか――と思ったその時、授業開始の鐘が鳴った。

「話は後でね!」

 これ幸いにと里香は無理やり話を打ち切って、こちらを好奇の視線で見ていたクラスメートとともに、素早く自らの席に座り込んだ。それとともに教室の扉が開き、先生が入ってきて教室の雰囲気が変わってしまう。

 もはやこのSAO生還者支援学校において名物となった、授業開始の鐘の音のきっちり二秒後に入ってくる国語全般の教師は、肩にユウキを乗せた明日奈をチラリと見る。それに明日奈は小さく礼を返して、もちろんのことだが学校側から今回の件について、許可は既に貰っているらしい。

「では……ちょうどよく新しい読み物からでしたね」

 慌ただしくノートと教科書を用意する生徒はともかく、先生はテキストに書かれた新たな読み物を指定する。

「では、紺野さん。読んでください」

『は、はい!』

 聞き慣れない名字だな、と思った最中、背後の席から機械音が混じった上擦った声が教室に響き、ユウキのことだと納得する。そういえば、難病でVRの技術を使って治験している――ということ以外、俺たちはユウキたちのことを何も知らない。もはや今更に聞くのもはばかられるし、あちらから話さないのであれば、聞くまでもないことなのだが。

「……大丈夫?」

『大丈夫! こう見えてもボク、読書家なんだから!』

 言葉とは裏腹に緊張したような声色だったが、ユウキは指定された文章を読み進めていく。それも読んでいるうちに、その緊張の色もなくなっていき、読書家というのも嘘ではないのかスラスラと読んでいく。

「ありがとうございます。では――」

 そしてユウキの朗読が終わると、特にユウキについて触れる事はなく、いつも通りに授業が続いていく。それはこれからの授業を担当するどの先生も一緒であり、まったくユウキを特別扱いしていない、ただの生徒の一人だと扱っているようで。

 だから普段の授業と違うのは、休み時間が来る度に友人たちがユウキの様子を見にくる程度であり、まるでユウキは最初から『ここにいた』かのように日常は過ぎて――ユウキは、それがたまらなく嬉しかったらしい。

 そうして授業の合間合間に噂を聞きつけた仲間たちが来たり、数学の授業にはまるでついて行けなかったりとしているうちに昼休みとなり――俺と明日奈は、ある教室を訪れていた。

「ふぅ……」

「お疲れ様。よし、みんな頼む」

 明日奈の肩に乗っていた端末が外され、和人の指示の下に工学系の生徒たちが端末をチェックしていく。自分に分かることは充電しかなかったが。

「明日奈から見てどうだ? 何か問題とか」

「ううん。素人目からすれば何も……ねぇ、翔希くん」

「ああ。……ところで、俺はなんで呼ばれたんだ?」

 ほぼずっと端末を肩に乗せていた明日奈はともかく、工学系で戦力になることはない俺が呼ばれた理由。まさか素人目からの意見が聞きたい訳でもないだろうと、早速に本題に入ると、和人は苦笑しながら指をある方向に向けた。

「ちょっとユウキと話してきてくれないか? 俺はこっちで手が放せないからさ」

 その指の先にあったのは、リハビリ用のアミュスフィア。どうやら端末をメンテナンスする間、ユウキはあちらの仮想世界にいるらしく、利用者がいないながらも電源がついて稼働していた。

「それなら私が……」

「いいって。疲れてるだろ? 俺はいつも使ってるし、慣れてる」

 あの端末も軽いわけではなく、自分が行くと言いかけた明日奈を遮って、俺はよく利用しているアミュスフィアに手をかけた。

「明日奈、翔希のお言葉に甘えとけよ」

「……分かった。よろしくね、翔希くん」

 ……それに、明日奈でも出来ることにわざわざ俺を呼ぶまい。不承不承ながらも納得した明日奈に気づかれないよう、和人がこちらに小さく礼をする。

「よし……」

 勘のいい明日奈に何かを察せられないように、そんな和人の礼に返すようなことはせず。リハビリ用のアミュスフィアを慣れた手つきで装着すると、ユウキの待つVR空間へとログインしていった。


「あれ、ショウキ?」

 剣道場で興味ありげに木刀をジロジロと見ていたユウキが、翼はないもののALOのアバターそのものの姿で振り向いてきた。剣道場ということか服装は袴になっていて、いつもの軽装鎧とは印象がまるで違っていた。

「なんか動きにくいねコレ。ショウキやリーファはさ、いつもこれ着てるんでしょ?」

「ああ。慣れないとキツいみたいだな」

 とはいえ格好が変わっても、中身が変わるわけもなく。帯でキツく締められた部分や足元まで伸びた袴など、動きにくい部分を掴むユウキの表情は、相変わらずコロコロと変わって小気味よい。物心ついた時から身に着けている袴の着心地について、どこか他人ごとのように語りながら、髪の毛を弄りつつユウキに話しかけた。

「端末の居心地はどうだったか聞いてこい、ってキリトが」

「ああ、そういうこと。うん、アスナの肩に乗ってるみたいで、居心地はバッチリ!」

 どうして俺が来たのか得心がいったらしいユウキは、ガッツポーズをしながら俺の問いかけに答えてくれた。あの端末がユウキの身体というのならば、確かに明日奈の肩に乗っていると言えるのだろうか。

「そういえばさ。ショウキにアスナも、本名と同じなんだね」

「……ユウキもな」

 本名をわざわざ名乗っていなかったことを思い出し、改めての自己紹介は授業と授業の合間に済ませていた。しかしてSAO生還者ばかりのこの学校でも、明日奈やユウキ、俺のように、本名をそのままプレイヤーネームにしている者は他にはいない。

「みんな安直すぎるー、なんて言ってさ。シウネーだってそんな凝ってないのに!」

「凝ってなくて本名と違うプレイヤーネームに出来るなら、むしろ凄いんじゃないか」

「む。確かに」

 結局、ユウキにはあの端末についてさしたる不満はないらしく、俺の要件はすぐさま終わってしまった。とはいえ、すぐにさようならというのも芸がないので、ユウキと雑談に興じていた。まさかこの為だけに、和人は俺を呼んだわけではないだろう――と思っていたが、まさかこちらが勝手に、そう深読みしていただけだったのだろうか。

「……ん?」

「――プリヴィエート!」

 そんな不安を感じ始めていたその時、俺を安心させるかのように、そんな声が道場に響き渡っていた。そのロシア語の挨拶を出会い頭にかましてくる少女は、知り合いの中では一人しかいなかった。

「……セブン?」

「えっと、ぷりぶぃえぇと?」

「あらユウキ、ありがと! ええ、正真正銘のセブンよ」

 予想だにしていなかった闖入者は、確かにあの七色・アルジャービン、もといセブンだった。ALOと同じく、アイドルらしい煌びやかな格好に身を包んだ少女は、挨拶とともに帽子を取ってこちらに笑いかけた。

「学校からログインしてるのか?」

「まさか。でも、ことVR空間について、セブンちゃんに出来ないことはあんまりないの」

 アイドルとしての側面が強いからか忘れていたが、そういえばセブンは世界的にも高名なVR世界の研究者だった、ということを思い出した。仕組みは分からないが、こうして目の前にいる以上、そこに疑う余地はない。

「でも、どうしたの? セブン、忙しいんじゃ……」

「ええ。だけど、次に迷い込んできた仕事のこと、どうしてもユウキの耳に入れたかったの」

「……ボクに?」

 そこからセブンの雰囲気が、アイドルらしい笑みからVR世界の研究者としての、冷静で冷徹な雰囲気に変化した。その上でユウキに用事があると聞いて、ユウキは緊張からピクリと背筋を延ばしていた。

「わたしに回ってきた仕事の一つに、あるクエストのチェックがあったの」

 和人によって世界中に配布されたザ・シードによって、VRゲームはともかくとして、ただ一つのクエストを作るくらいならば、少しVRをかじった程度の人間でも作れるようになっていた。とはいえ作ったところで、そのクエストをするVR世界がなくては意味がないわけだが。

「幽霊が出るクエスト。そのクエストは、そう呼ばれていたわ」

「幽霊が出る……クエスト……」

 訥々と語るセブンの言葉に、ユウキは神妙な雰囲気で言葉を返した。わざわざセブンのところまで回ってくる曰く付きのクエストに、まさか幽霊系のモンスターが出る、という訳ではないだろう。

「データの内部を調査した結果は、その『幽霊』についてのことは分からなかった。でも、その中に気になる言葉があったの」

 セブンが口を開く。その言葉は、俺たちもよく知っている名前であり――故に、どうしてこのタイミングで、セブンの口から聞くことになるかは分からなかった。

「――スリーピング・ナイツ」

「――――ッ!?」

 それはユウキたちの代名詞とも言える、彼女たちのギルドの名前。流石にその名前を聞いたユウキも動揺を隠すことが出来ずに、目に見えてうろたえてしまっていた。

「わたしには、これが偶然だとは思えない。だからユウキ――」

 セブンの手がこちらに伸びてくる。その申し出が、俺たちを新たな舞台へと駆り立てた。先のフロアボス攻略戦とは違って、短い、それこそほんの一瞬の出来事だったが、だからこそ密度の濃い時間となった。

「一緒に、このクエストを――《幽霊囃子》クエストを調査して欲しいの」
 
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