STARDUST∮FLAMEHAZE
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第三部 ZODIAC CRUSADERS
CHAPTER#17
MILLENNIUM QUEEN ~PHANTOM BLOOD NIGTMAREⅨ~
【1】
『フラトン・シンガポール・SPW』 3階。
ソコは、炸裂音が断続的に鳴り響く一面の破壊空間だった。
その直中を駆ける銀髪の青年と、彼に手を引かれて走る桜髪の淑女。
「うぬう!」
「……!」
突如脚を止めた青年の頭上で天井が砕け、
バックリ開いた陥没痕が階下へと突き抜ける。
咄嗟の機転で彼が立ち止まっていなければ、
眼前の損傷をモロに喰らっていた所だ。
「い、一体何なのでありますか!?
先刻から破壊は在れど姿は視えず音もせず、
非常用の階段も塞がれていたのであります!」
青年の脇でキャミソールにミニスカートという軽装の淑女が、
(非常に珍しく)声を荒げる。
その右腕と両足には真新しい包帯が巻かれており、
左眼も覆われているため明らかに戦える状態ではない。
部屋を飛び出してからこの10分間、
一足飛びに一階まで移動しようと試みたが
その行動は既に予想されていたらしく階段は瓦礫で埋め尽くされ、
残る吹き抜けの階段を目指す間にもこの不可思議な攻撃に晒され続けていた。
戦況は完全に防戦一方、相手の姿も能力も見えない以上
攻撃を向ける対象が存在しない。
「まるで、ゲームだな……」
不利な現状とはまた別の、不義に対する苛立ちをその青年、
J・P・ポルナレフは漏らした。
「取りあえずこっちだ!」
「べ、別に引っ張らなくても! 一人で歩けるのであります!」
戦闘とは別の焦慮を以てその淑女、
ヴィルヘルミナ・カルメルは告げる。
二人が走り出したのを皮切りに、
再び使途不明の炸裂が後を追いかけてきた。
急速で曲がり角を通り過ぎ、その右脇にあった部屋に淑女はわけも
解らぬまま引っ張り込まれる。
「あうっ!」
そのまま妙に柔らかい床に放り投げられ、
外を確認していた青年が両開きの扉を閉めた。
周囲は暗闇に包まれる、宿泊部屋ではないらしく
冷たく湿った空気が肌を撫ぜた。
「な、ど、どういう……?」
敵が傍にいるかもしれないのでヴィルヘルミナは極力抑えた声で
この場所に連れ込んだ男に問う。
多少の暗視は効くが眼が慣れるまで数秒要した。
ポルナレフの顔は影がかかっていて表情は伺えない。
「……」
今いる場所は、ホテルの用具倉庫であるらしく
自分が座らされているのは救護用のマットだった。
ザワめく気配、戦闘とはまた別種の本能的な危機感に
想わずヴィルヘルミナは後退る。
男と女が暗闇の中で共にいる意味、
ソレが解らないほど彼女は子供ではない。
「な、何を、考えているので、ありますか?」
「都合の良い場所が見つかった、ここなら、おそらく」
静かな声、ゆっくりと、本当にゆっくりと影が近づいてくる。
意味不明に高鳴る動悸、暗闇なのに頬が紅潮していくのがはっきりと解った。
「つ、 『都合の良い』 とは、どういう事でありますか?」
「ふむ、 “そう考えて良いだろう” 君も同じ事を想っていたのか」
反射的に両腕で (といっても片方だけだが)
躰を抱きヴィルヘルミナは身を引く、
しかしミュールの踵がマットの縁に突っ掛かり
そのまま仰向けに倒れ込んだ。
「ぅ……」
弾みでキャミソールの肩紐がズレた、
どうしようもないくらい無防備な姿勢、
男の影が、自分の全身に覆い被さる。
「だ、ダメ、ダメで、あります。
“こんな時に” そんな……」
「 『こんな時』 だからこそ良いのだ。
物事は逆に考えた方が良い時もある」
「ですが “こういうコト” はお互いの」
「シッ、余計なコトは考えず、ここはオレに任せて欲しい」
男の顔が間近に迫り、潤った口唇の先に立てた指が宛われた。
(顕……現……)
ソレまで黙っていた(元々口数は少ないが)髪飾りが、
契約者の嘗て無い未曾有の危機に正気を逸脱した。
やはりこの男は不逞の輩、
女の弱みにつけ込んで
欲情を充たそうとする痴れ者に過ぎなかった。
どうしてとっとと焼き散らしておかなかったのか、
(ほんの少しでも)心を許したヴィルヘルミナ共々義憤の情を禁じ得ない。
行使者の意図を無視して水晶の神器が絹糸状に解れ出した瞬間、
暗闇の間近で凄まじい壊音が響いた。
天井が剥がれ照明が割れ、降り注ぐ破片と倒れ込んでくる荷物棚から
ポルナレフはヴィルヘルミナを庇う。
「……!」
ようやく眼が慣れてきた倉庫の中は、
足の踏み場もないほど多種雑多な物で埋め尽くされ、
奇跡的に自分だけが無傷でマットの上に倒れ込んでいた。
「う、ぬぅぅ……」
顔を上げると、額から血を流すポルナレフが険しい顔付きで自分を見ている。
「だ、大丈夫で」
「怪我は、ないか……?よかった……」
ヴィルヘルミナの言葉を遮り、彼は本当に心から安心したように笑った。
「で、でもどうしてこのような、
それに隣とはいえ始めて攻撃が大きく外れたのであります」
「解らぬか? 敵には、 “視えていないのだ” オレ達の姿が」
倒れ込んだ棚をスタンドで押し退けたポルナレフが、
精悍に立って詳細を説明する。
「今オレ達が話している声も、
この部屋に “居るコトすらも” 敵には解っていない。
考えてもみられよ。
派手な攻撃に眩まされていたがどこかから見ているのだとしたら、
余りにも 「命中率」 が低いと想わぬか?
“オレと君の区別もなく” ただ無差別に破壊を繰り返すのみ」
「そ、それは、確かに」
半身になって起きあがりながら、
ヴィルヘルミナはポルナレフの告げた事実を考察した。
確かに、敵が狙うならまず負傷している者からだろう、
自分だったらそうする。
卑怯も正当もなく、 『戦い』 とはそうしたモノ。
「 “遠隔操作型” スタンドとは、
「本体」 から離れて遠くへ行ける 『代償』 として、
その視力が著しく劣るモノが多い。
ましてや先刻からのアノ破壊力、
スタンドの眼は全く視えていないのだろう」
「花京院殿の、 “すたんど” がそうでありましたな。
眼が見えない代わりに、伸ばした触手や触脚で
相手の存在を感じ取るとのコトでありましたが」
本来の落ち着きを取り戻したヴィルヘルミナが、
ポルナレフの鍛え抜かれた胸の前に立つ。
「そう、ソレと同じコトで、敵はオレ達の発するなんらかのモノを
「探知」 して攻撃を仕掛けてきていたのだ。
命中率が低かったコト、しかし振り切れなかったコト、
この二つはコレで説明がつく」
「ふむ、しかし一体 『何』 を?
眼は見えず音も聞こえないのでありましたら、
一体どうやって私達の居場所を感知していたのでありますか?」
ポルナレフの上述が理に適っていた所為か、
ヴィルヘルミナは全く普通に問い返していた。
同属のフレイムヘイズへ対するのと同じように。
髪の側面で煌めくティアマトーは非常に面白くない。
「呼吸、体温、床を伝わる振動、色々と考えられるが、
この場合はおそらく “汗” だ」
「汗!?」
意外なる解答に淑女は眼を瞠る。
しかし戦いの場所がこの熱帯であるなら、
これ以上ない位の探査材料だ。
「そう、発汗と同時に細胞から滲み出る“分泌物”
その成分を探知して敵はオレ達の居場所を探っている。
男と女では 『かく』 量が違うからな。
狙いを絞りきれなかったのはソレが理由だ」
なるほど、そういう理由ならひんやりしているこの場所は
「隠れ場所」 として打って付け、そこまで考えて想わず、
ヴィルヘルミナは己の顔に手を当てた。
汗はかいていない、 “そう今は” しかし。
「すぐに此処から離れるのであります!」
回想を拒絶するより速く、ヴィルヘルミナは叫んでいた。
「ん?」
反対にポルナレフは平常な様子で問い返す。
「いいから! すぐにこの部屋から出るのであります!
そこのマットに! 私の 「汗」 が染み込んでいる可能性があるのであります!」
「不可抗力」
焦りか恥ずかしさかその両方か、
はっきりと顔を紅潮させるヴィルヘルミナの進言、
と同時にまた爆音。
「ふぁッ!?」
「おっと」
震動と同時に蹌踉めいた細身の躰をポルナレフが礼を失さずに受け止める。
広い温もりと香水の混じった男の芳香が彼女を包んだ。
「な、なんでありますか? “さっきよりも遠くで”
他に動く人間はいませんのに」
寄り添う形でそう言った後、
細い腰に回った手の存在(恐ろしいほど手慣れていた)に気づき、
ヴィルヘルミナは突っ慳貪に押し返す。
可憐な衝撃で数歩後ろに下がったポルナレフは大袈裟に腕を広げた。
「フッ、どうやらオレの予想は正しかったようだな。
敵も、こちらの 「位置」 を探しあぐねているらしい」
「一体、どういう?」
両腕を組んで不敵に微笑むポルナレフに、ヴィルヘルミナは訊く。
「先刻、ここまで逃げてくる間、
オレの “汗” を他の部屋のドアに擦り付けて置いたのだ。
スタンドを使って部屋の中にもな。
敵のレーダーはそれほど精密ではないのだろう。
だから正確な居場所が解らず、当てずっぽうに攻撃を仕掛けている。
ほら、また」
割と近くで、部屋の中の物がメチャメチャに壊れる音がした。
しかし差し迫るような脅威は感じず、寧ろ遠ざかっていくように想える。
ポルナレフの言った事が正答だったという何よりの証。
歴戦の死闘と修行で磨かれた、スタンド使いの経験。
「アノ騒乱の最中、そのような行為に及んでいたのでありますか?
相手の機能を見抜くと同時に」
「小癪」
正直、一番近くにいたのに全く気づかなかった
ヴィルヘルミナとティアマトーは、
その抜け目無い所行に呆れたような声を漏らした。
「フッ、か弱き女性を護る 『騎士』 としては当然の努め。
少しは見直して戴けたかな? 淑女」
ポルナレフはそう言って傅くと、礼法に則って肩に手を当てる。
「……」
(姫?)
甦る記憶。
嘗て人間で在った時、
イヤというほど眼にしてきた空虚な光景、偽りの忠義。
しかし目の前のこの青年の執る作法は、
他のどんな 「本物」 より鮮烈な印象を以てヴィルヘルミナに映った。
「少し」
手に細剣は持っていないが、
傅く騎士に歩み寄った古の王女は
そのまま柄を握る形で左手を差し伸ばす。
「本当に、少しだけであります」
「極小」
存在しない剣の切っ先が、そっと右肩に当てられる。
絶え間ない震動と荒れ果てた暗闇の一室で行われたその光景は、
何よりも神聖な中世の叙勲式のようだった。
時を同じく、ホテル一階。
フロントからやや離れたロビーのソファーから、
無機質な電子音が継続的に流れる。
前に据えられたクリスタルガラスのテーブルには、
色とりどりのキャンディ、ジェリービーンズ、マーブルチョコ、スティック等が
無造作に散らばっていた。
「ふぅ」
その中の一つを摘み上げ、グロスで艶めく口唇に運ぶ細い指先、
一流ホテルのサービスで徹底的に磨き上げられているため、
その表面はヘタな食器より清潔である。
斜め下からのアングルで、様相を映すスマートフォンの液晶画面。
「さっきから攻撃してるけど、どうも命中ったってカンジがしないなぁ~。
もしかして勘づいた?
“汗の成分” が幾つもの部屋に 『一つだけ』 ってのが怪しいンだよねぇ~。
女の方は反応が小さ過ぎて役に立たないしさ」
杏色 の髪を背で二つに括った眼鏡の少女が、
訝しげな顔でケータイを覗き込む。
その表情は得意なゲームが思い通りに進まない子供のようだ。
画面には、ホテル三階の間取り図、50以上在る部屋の内8つに
丸いランプが点滅している。
精度はそれほど高くなく、動く標的をリアルタイムで表示する事は出来ない。
しかし “だからこそ面白い” とスタンドの 「本体」
『アイリス・ウィンスレット』 は考える。
手に握っているスマホ型のレーダーも、
彼女の操る能力『プラネット・ウェイブス』 の一部である。
「ま、いいか。取りあえず 「セカンド・ステージ」 クリアってコトにしてあげる。
この様子だと、多分 「一階(ラスト・ステージ)」 まで来るね。
怪我してる女の方くらいは、ソレまでに始末しておきたかったンだけど」
ライトグリーンのチョコを口に運びながら、
スタンド使いの少女は液晶画面をコンコンと叩く。
その表情は命を削り魂を鎬合う戦いの最中には全く不釣り合い、
『遊び(ゲーム)』 に興じる子供のあどけなさだった。
「でもまぁ、苦労してここまで辿り着いても、
結局BAD・ENDしか残されてないンだけどね。
束の間の優越感、精々ゆっくり味わうといいわ、
お二人サン」
無邪気な小悪魔の微笑を浮かべ、スティックを口で折りながら
その手はテーブルの中心へと伸びる。
そこには、肌の黒い、司祭平服を着た手製の
マスコット人形が手足を広げて座っていた。
「私、頑張るから。ジョースター共になんか絶対負けないから、
だから、見ててね。神父サマ」
可愛らしい人形を神聖な偶像のように見つめたアイリスは、
その頬に優しく口づけた。
【2】
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!
女神光臨。
この数分後、十数キロ離れた場所で古の巨竜が現世に甦るコトになるが
(ソレと対峙するのは彼女の息子だが)明らかにソレ以上の風格を以て
極彩色の波紋は迸った。
伝説の、そして 『最強の波紋使い』 エリザベス・ジョースター、
紅世の徒の間では “千年妃” 真名でフレイムヘイズ以上に畏れられる
絶対的存在である。
元は、時を溯る事70年前。
“とある事情” により本来の名を隠し、
愛する我が子とも引き離され逃亡の日々を送っていたエリザベスが、
封絶の中で大量の人間を掻き喰らっていた徒の群れと 「偶然」 遭遇し、
フレイムヘイズの到着よりも速くその悉 くを殲滅した事実に端を発する。
無論ソレで物事が終結する筈もなく、
好奇、闘志、打算、諸々の理由で紅世の徒、
更にはフレイムヘイズまでがエリザベスに接触を試みたが、
そのスベテを彼女は歯牙にもかけず、
強引に屈服させようとする者は逆に跡形もなく
滅ぼされる結果となった。
後に、彼女が紅世の王すらも戦慄する
【殺戮の三狂神】 と深い 「因縁」 を持つ存在だという事実が広まるにつれ、
軽躁に近づく徒はいなくなったが、
ソレでも今日に至るまで、裡に宿る正義と慈愛の精神から
エリザベスに斃された徒は述べ300を超える。
その絶大なる戦闘力、他の何者にも屈さない汚されない、
気高き存在故に冠された異名が “千年妃”
正に至福の王国、その白き宮殿に相応しき似姿。
「まずは出でよ! “ホグラー” の勢! 続き! “ラハイア” の勢ッ!」
その絶対的存在を前に、冥府の淵より甦りし紅世の王
“千征令” オルゴンは微塵の畏れも抱かず獰猛な声を挙げる。
路面の上へ、瞬時に緑青色の法陣が多数出現し、
裡から同色の炎を噴き上げ空間を焦がす。
やがて揺らめく陽炎から生まれたモノ、は。
古めかしい甲冑に盾、そして各々の手に様々な武器を携えた騎士の群れ。
その実在感は半端でなく、本当に時間が逆行して中世の戦場に
放り込まれたような錯覚すら覚える。
漂う鋼鉄の匂いと金属の軋み、擦過音。
さながら甲冑を脱ぎ捨て、超スピードで分身した
『銀 の 戦 車』 を想わせるが
こちらはそのスベテが 「実体」 だ。
数は全部で55体、無論 “燐子” のような生易しい存在ではなく
その一体一体がマージョリーの “炎獣” に匹敵、
否、 “今は” ソレ以上の戦闘力を有する。
「……」
淀みなく方円の陣を組み、エリザベスを包囲した無人の騎士群が
統率者の号令を厳かに待ち受けた。
「ククク、覚悟は良いか? “千年妃”
幾ら貴様が無双の遣い手と云えど、
コレだけの数に囲まれては一溜まりもあるまい?
せめてもの情け、我が 『レギオン』 の中から好きな武器を選べ。
くれてやる」
既に勝利を確信したように、傲然とした声が頭上から降り注いだ。
「……」
その言葉はエリザベスの耳を素通りし、
彼女は明日屠殺される豚でも見るような眼でオルゴンを一瞥する。
酷烈な眼差しだが、その視線はオルゴンの嗜虐的な思考をゾクゾクと刺激した。
「フン、窮地に在っても揺るがぬ不屈の意志、確かに噂通りのようだな?
その美しさ共々踏み拉くには惜しいモノよ。ククク、早く武器を選べ」
「…… “コレ” で充分」
視線を交えず、エリザベスは素肌を滑る薄地のマフラーを翳した。
封絶の光を、オルゴンの放つ火の粉を透過し、
角度によっては存在しないように視える。
「フッ、不撓の気丈さもそこまでいくと哀れよな?
ソレとも敵の情けに縋らず終局の美を演ずるか?
その儚さもまた」
「ワタシはいま機嫌が悪い」
エリザベスの姿に当てられてか、
いつになく多弁になる王を澄み切った声が遮る。
「おまえのような下賎者とは口もききたくないし、顔もみたくもない。
かかって来ないなら、こちらから参りますがよろしくて?」
「――ッ!」
正と負の折り混ざった、怒りとは別種の倒錯した感情が
オルゴンの心中に突き刺さった。
同時に存在しない筈の口唇に歪んだ笑みが刻まれ
誘い込まれるように軍勢が動く。
嘗て、人間の女に心の底から魅了された虹色の王が居たが、
コレは明らかにソレを超える強烈な感情だった。
(コロス……! “殺せる……!” コノ女を!
このオレが! “このオレだけがッ!” )
一秒を遙かに凝縮した、意識すらも追いつかない時の随で
オルゴンの感情は著しく高ぶった。
本人すらも自覚し得ない、余りに凄まじい渇望だった。
方円を組んだ騎士群、その手に携えた白刃が全方位から一斉に迫る。
既に一切の回避圏はない、唯一空いている頭上も
外環に位置する部隊が鋼鉄弓を構えている。
戦術も知略も入り込む余地などない、
交戦する前から決着の付いている敗滅の光景。
その筈、だが。
ヴァッッッッッッッグャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァ―――――――――――――――
―――ッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!
女神の悠麗なる肢体を串刺しにしようと迫る白刃の脅威は、
そのスベテが触れるどころか目標の遙か前で土塊のように砕け、
散り散りになった破片が路面に零れ落ちた。
対するエリザベスは、僅かな変化すらない姿で悠然と佇んでいる。
「なん、と……?」
歴戦の強者、名の有るフレイムヘイズや王すらも屠ってきたオルゴンをして、
驚愕を通り越し唖然とするしかない事実。
まるで女神の周囲に不浄を滅する “結界” でも張り巡らされているかのような、
そうとしか想えない超絶なる現象。
そして女神の威光は、ソレだけに留まらない。
バグォッッ!! グシャッッ!! ズギャァッッ!! ゴシャッッ!!
強固な甲冑と大盾で護られていた先陣の部隊が、
薄っぺらな紙細工の如き脆弱さで次々に罅割れ引き裂かれていく。
破砕の衝撃で吹き飛んだ兜や手甲はそれぞれ眩い光を滞留させて輝いており、
ソレに触れた後方の者もまた同じ末路を辿る。
そしてソレに触れた者もまた、また……
時間にして10秒を待たず、女神を囲んでいた鋼鉄の軍勢は跡形もなく崩壊した。
初めから、何も存在していないかのようだった。
「……」
「む、うぅ……」
その結果を当然として見据えるエリザベスと動揺を隠しきれないオルゴン。
対照的な両者の立場を決定せしめたソノ能力
『銀 色 の 波 紋 疾 走』
特殊な呼吸により通常と 「波長」 を換え、
金属を伝わらせるコトに特化された “波紋法”
才能の在る者でも初心者は繰り出す為に相当の時間と精神集中を要するが、
波紋の 「達人」 であるエリザベスは一瞬で波長を換え放つ事が出来る。
尚、余談では有るが、色彩の違う複数の “波紋” を同時に生み出し、
ソレを 『拡散』 させたり 『融合』 させて放つコトも彼女には可能である。
「決着」 が付いていたのは、オルゴンの思惑とはまるで 『逆』
自在法を行使するでもなく、多刃を撃ち出すでもなく、
既に勝敗の趨勢は明らかだったのだ。
奇しくも徒 達が名付けてしまった、
絶対存在 “千年妃” と『出逢ってしまった』 その時から、
そして彼女の逆鱗に触れてしまったソノ時から。
「!?」
気流しか感じなかった背後の存在にオルゴンが気づいたのは
彼の力量に拠るものではない、陶然とするような滑やかな感触が
外套の両肩に触れたからだ。
眼下で自分に背を向けていた女神は、一切の過程を消し飛ばしてソコに居ない。
知覚できない意識の外から現れたかのような、
或いは全く別の空間から二人目の彼女が姿を見せたとしか想えない状況。
「アナタが、無惨にその生命を奪ったたくさんの人達へ、
心の底から謝りながら、消えて逝きなさい……!」
オルゴンと同様宙に浮き、否、 「立ち」 ながらエリザベスは永別の言葉を紡ぐ。
波紋の熟練者はそのエネルギーで液体を反発させ水面の上に立つ事を可能とするが、
エリザベス程の遣い手となると 「風」 の上にも立つコトが出来る。
(空気中に存在する微細な粒子に波紋を送り込む事によって)
その力は正に全能の域に達していると云っても過言ではなく、
天空と大地に境目は彼女にとって無いのと同じ。
ソノ極限まで練られた極彩色の波紋が、
滑らかな手を通してオルゴンの躯にゆっくりと注ぎ込まれる。
「クッ……!オ……オオォ……! オオオオオオオオオオォォォォォォォォォ!!」
悦楽と苦悶が等分で混ざったかのような、
鮮烈で強烈な体感がオルゴンの全身を貫いた。
波紋の 「達人」 は、その生命の尊さを誰よりも熟知している為、
無益な殺生や苦痛を与えるコトは決してしない。
ソレが喩え鬼畜の罪人だろうと人間ではなかろうと、
「死の尊厳」 を与え 『穏やかなる』 終局を迎えさせるコトを是とする。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――――――――――――ッッッッッッッッッ!!!!!!!!!」
慟哭のような或いは恍惚のような断末魔をあげオルゴンの存在が崩れ始めた。
紅世の徒本来の生命力に加え、DIOの血により “吸血鬼化” している為、
肉体の再生力は尋常ではないが、女神の光輝はスベテの不浄を滅する。
本来なら、何時でもこの戦形に持っていく事は可能だったエリザベス。
しかし彼女は 「生命」 を侮蔑したオルゴンを戒める為、
そして悪しき力は決して 「正しき力」 に敵わないのだという事実を知らしめる為に、
敢えて 『レギオン』 の攻撃を受けてみせたのだ。
願わくば、死の間際で己が罪科を悔い、
来世では善き存在に生まれ変われるように。
最後に一際強く弾け、街路を染める女神の光輝
名にし負う強者、 “千征令” オルゴンが指一本触れられなかったという畏るべき事実。
石作りの大地に、ピンヒールの爪先を鳴らして舞い降りる
『最強の波紋使い』
圧倒的、絶対的、比類無き華麗さを以て煌めくその姿。
「ククク……」
宝玉のイヤリングが彩るその耳に、悪辣な声が囁いた。
いきなり、街灯が、樹木が、停止する車が、無人の建物が、
それらの落とす影が太陽の存在を無視して異様に長く伸び、
暗がりの中から更に影が立ち上がり立体となる。
そして次の瞬間にはもう、悪夢の中にでも誘い込まれたような
光景が眼前に拡がっていた。
「流石だな……」
「千年妃……」
「よもやこの私が……」
「こうも容易に……」
「攻落されるとは……」
「フフフ……」
「いいぞ……」
「ますます……」
「殺したくなってきた……」
エリザベスの視界全面に、夥しい数のオルゴンが存在た。
ある者は木立の上に、ある者は壁面の中に、
またある者はアスファルトより頭部だけを抜き出して、
それぞれ全く同じ声で嗤っている。
その異様なる光景にさしものエリザベスも若干の怖気を覚えたが、
即座に残像すらも消える速度で右端のオルゴン “達” に接近、
放たれ元の位置に戻ったマフラーが5体まとめて消し飛ばす。
しかし。
「フフフ……」
「ククク……」
「無駄だ……」
「無駄……」
「何をしようと……」
「幾ら貴様の力が……」
「絶対で在ってもな……」
背後から、また影が伸びそこから新たなオルゴンが7体姿を現した。
無限に続く蟻地獄ような、そんな終わりの視えない光景。
そしてコレこそが、 “千征令” オルゴンの行使する法儀 『レギオン』
その真の怖ろしさ。
“屍拾い” ラミーのように己が存在を無数に分割、
(元の体積を上回らなければ)自在にその形容を変化させるコトが出来、
しかも司令塔であるオルゴン 『本体』 の精神を自由に移動させるコトが出来る。
“本体の精神” さえ斃されなければ、100体討とうが200体討とうが
永遠にオルゴンは存在し続け、無限に攻撃を仕掛けてくる。
そして一番厄介なのがオルゴン 『本体 (の精神)』 の移動が本人にしか解らず、
「本物」 が目の前に存在して “いないかもしれない” という点だ。
勝つ事は無論、ソレ以上に “負けない為に” 生み出された
“超広域群体型遠隔操作能力”
しかもスタンドやトーチと違い紅世の王で在る為その殺傷力は十二分。
嘗てヴィルヘルミナですらそのメチャクチャな汎用性に翻弄され、
討ち斃す事は出来ずにいる。
ましてや今のオルゴンはDIOの下僕
その能力は遙かに増大していると云って良いだろう。
「狡獪千万……!」
女で在るコトを笠に着るわけではないが、
正々堂々 『男』 らしく戦わない紅世の王に女神は不快感を露わにする。
小賢しく立ち回り、その事に優越感を持っている所も気勢を煽った。
如何に卑劣な手段を用いようと、
“最終的に勝てばよかろう”
そういう最低最悪な真似を平然と行う者を知っているからだ。
「フッ、やはり甘いな? “千年妃”
無情な現実に堪え切れぬが故に生み出された、
是弱な 「人間」 特有の 『倫理観』 ソレが貴様の弱点だ。
そこまでの力が在りながら何故そんなモノに縋る? 拠ろうとする?
貴様も解っているだろう?
戦いの最中に 『正義』 も “悪” もない。
勝った者こそが 『正義』 だと。
敗れた者には不平を呈する事すら赦されんのだと」
「……ッ!」
頭上から足下から、あらゆる角度からエリザベスの美貌を映すオルゴンは、
論議を楽しむように言葉を紡いだ。
すぐさまに戦闘を再開しても良かったが、
自分の言葉に反論出来ず身を震わせている彼女を眺めるのもまた、
何にも代え難い甘美なる時間だった。
しかし、彼女が震えているのは、全く別の理由。
「……サマに」
「ん?」
次はどんなに、拙 くも愛くるしい言葉が返ってくるのか、
妙に優しい口調で訊いたオルゴンにその言葉は灼き付いた。
「キサマにワタシの心は永遠に解るまいッ!」
澄み切った天空のように青い瞳に宿る黄金の炎。
『正義の怒り』
短慮や粗暴な者が牙を剥いているのとはワケが違う、
余りにも純粋で無垢で、そして何よりも熱い炎。
今まで駆逐してきた幾多のフレイムヘイズの中にも、
こんな 『眼』 をした者は一人もいない。
眩暈のするような感覚にオルゴン全員がくらつくと同時に、
エリザベスの裡で感情の堰が切れ強烈な奔流が溢れ出した。
確かに嘗て自分は、忌むべき卑劣なる策によって敗れた
(“対峙した者” は策を弄した者と同等以上の遣い手だったが、アレは一体誰だったのか?)
しかし “そんな事は” どうでも良い。
鷹揚で冷静な彼女をここまで激昂させた理由は、
オルゴンが 「弱者」 を、 “踏み拉かれて当然の存在” と断じたコト。
“もし自分がその立場に置かれたなら” と、
幼子でも解る理屈を一瞥すらしない、
余りにも無思慮で傲慢な考え。
この世界には、まだ何も解らない、
『正義』 と “悪” の存在すら知らない
生まれたばかりの赤子もいるというのに、
ソレすら力無く殺されれば“悪” だと言うのか?
そんなコトを行う者が 『正義』 か!?
そんな莫迦な話が在ってたまるか!
嘗て、オルゴンと同様の理由で人間を掻き喰らっていた紅世の徒は、
皆この炎を視た。
そしてソレを視た者は、一つの例外もなく撃ち滅ぼされた。
正に、異世界の侵略者を討ち払う、紅世の徒にとっては破滅の炎。
しかしソレが、更に更に、オルゴンの裡で芽生えた当惑と倒錯に火を焼べた。
( “コノ女” は……! コノ女はオレのモノだ……!
如何なる手段を遣おうと、必ずオレのモノにするッ!
万一殺してしまっても構わん!
“今の” オレの炎を注げば復活する筈だ!
従順なるオレの下僕として!!)
無論そんなコトはオルゴン自身も望んでいないのだが
(他の何者にも屈しないエリザベスの 『気高さ』 に惹かれた為)
しかしソレもまた、背徳の愉悦に充ちた光景。
明らかに矛盾した事を考えながら、
しかし裡で迸る熱情にそれらスベテを呑み込まれながら、
オルゴンは狂喜の喚声をあげた。
「出でよ!! “ヘクトルッッ!!” 」
瞬間、立ち並ぶ高層ビルの前面に巨大な法陣が浮き上がり、
中からソレ以上の存在が這い出してくる。
全長14メートルはあろうかという、城塞のような騎士、
ソレがなんと7体!
「並びに “ランスロットッッ!!” 」
今度は、ビルの屋上で次々と緑青色の炎が噴き上がり、
その全域をビッシリと埋め尽くす騎馬隊が円周状に現れる。
「そして “ホグラー!!” “ラハイア!!” 再び出でよ!!」
狂気の王の猛威は留まるコトを知らない、
路面で濁流のような炎が渦巻き近接と遠隔の武器を携えた騎士達が
先刻以上の数で以て召喚された。
“ホグラー” “ラハイア” “ヘクトル” “ランスロット”
オルゴンの持つ 『四枚の手札』 そのスベテを一斉召喚した、
コレが軍勢の 『完成形』
嘗て、ヴィルヘルミナに “初代・炎髪灼眼の討ち手”
マティルダ・サントメールの “薄っぺらな” 猿真似と酷評され、
復現した “虹の翼” メリヒムの “虹天剣” によって本体ごと
木っ端微塵に撃ち砕かれた 『レギオン』 だが、
今のコレは同様の業で在っても、その一画を崩すのが
精々といった処であろう。
それほどに、ソレほどまでに、
DIOから拝領した 『幽血』 の威力は絶大。
そしてソノ威力を受けた 『レギオン』 は、
正に騎士群を越えた 「騎士団」 否、勢力だけならソレすらも上回る
『暴 虐 の 騎 士 団ッッッッッッ!!!!!!』
山吹色の光が染める異界の街路で、夥しい軍勢が一人の女神を取り囲む。
現実感等とうの昔に消散し、凄惨な中にもある種の荘厳さを滲ませる
神話の如き光景。
「ク、クハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!
ファーーーーーーーーーハハハハハハハハハハハッッ!!
圧倒的ではないか!! 我が能力は!!
甦ってより得体の知れぬ脈動が裡で漲っていたが、
よもやコレほどのモノとはな!!
感謝するぞ統世王ッ! 我が存在をここまで高めてくれたコトにな!!」
自分でも認識仕切れない、畏怖するほどの、余りにも莫大な力の噴出と行使。
その現出にオルゴンの正気は逸脱する(元よりその境界は危うかったが)
今では辛うじて有った仮初めの忠義すら沸き出でる狂気に剥ぎ取られ、
後に反旗を翻そうと画策するのは明白だった。
「力に溺れた者の末路……ソレは、人間も紅世の徒も変わりませんわね」
黄昏に染まった街並みに響き渡る狂気の哄笑を、
静かな声音が消される事なく遮る。
「――ッ!」
すぐさまに差し向けられる、幾千もの淀んだ視線。
ソレに怯む事も、厭う事もなく、女神はただただ憐れむような瞳で
オルゴンを見つめた。
「本当に、やれやれですわ」
紡ぐ言葉に揺らめく、玲瓏なる薄布。
彩られる素肌が、沸き上がる熱情に比例して輝くように視える。
(ヌ、フゥ……ククククククク……!)
コノ女は、本当に本当に面白い。
こちらの予想に悉く反して、次々と違った表情を見せる。
もっと暴き出したい、コノ女の素顔を、オレにしか見せない表情を、
何もかもを晒け出し尽くさせ、残さず穢してやりたい。
そしてソレは、勝てばスベテ成就する。
「かかれ!! 『レギオンッッ!!』 遠慮は要らん!!
臆さば私に屠られると心得よッッ!!」
狂った統率者の号令により、4つの兵団がただ一点のみを目掛け一斉に襲い掛かった。
一対多数の暴虐を極限まで突き詰めたようなその光景は正に、
吹き荒ぶ戦風が奏でる破滅への序曲。
神々の黄昏をも凌ぐ絶戦の火蓋が、跡形も遺らず灰燼と帰した。
←TOBE CONTINUED…
後書き
はい、どうも、こんにちは。
オルゴンキメェというのはさて置いて(・・・・('A`))
まぁ確かにリサリサ先生が怒るのも無理ありませんわネ。
(シーザーが“悪”と言われたようなモノですから)
まぁ所謂○二病の人とかは所詮この世は弱肉強食、
残酷な事は数限りなくあって「そーゆーもの」だから仕方ないと
ドヤ顔で語ってソレをカッコイイとか想っちゃうんでしょうが、
(でも自分がそのダメージ受けると(○タレと祭りに行けなかったくらいで)
狼狽して泣き出すから意味が解らん・・・・('A`)
それって○ートやヒ○コモリみたいに甘ったれてるだけでしょ・・・・)
虚無主義や厭世主義は別に強くもカッコよくも
ないンですがねぇ~・・・・(そんなの○ートや○キコモリでもヤってるよ・・・・('A`))
少なくともわざわざ「作品」に描いてヤるようなコトではありません。
(普通の高校生が普通に男らしくないのが面白くないのと同じように)
仮にジョジョの主人公がそんな考えだったら、
間違いなくストーリーが「破綻」してしまうでしょう。
(仗助は吉良 吉影を探そうとしないし、
ジョルノは麻薬を流す組織を乗っ取ろうとはしない、
ブチャラティはトリッシュの右腕捨てて帰っちゃう。
ジャイロはそもそもレースに出ない)
まぁ「現実」を認めるのは悪い事ではありませんが、
大事なのはその「先」を切り拓くコトなんでしょうなぁ~。
ソレでは。ノシ
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