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がんばり入道

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第一章

                 がんばり入道
 奥田チヨは祖母のウメからだ、こう言われた。
「いいかい、便所ではね」
「絶対に?」
「そう、帽子を被って入ったりしたらいけないんだよ」
「どうしてなの?」
「便所で悪いことをしたらね」
 それこそという口調での言葉だった。
「がんばり入道が出るから」
「だからなの」
「そう、だからね」
 それでというのだ。
「便所で帽子を被ったら駄目なのよ」
「他のことも」
「便所でもしていいことと悪いことがあってね」
「悪いことをしたら」
「がんばり入道が出るんだよ」
「そのがんばり入道って何?」
 チヨはそこから聞いた、子供のあどけない顔で髪はおかっぱだ。その手元には赤い鳥や小学三年生といった雑誌がある。
「一体」
「妖怪だよ」
「妖怪なの」
「便所にいる妖怪でね」
 ウメはその真っ白な髪を持つ皺だらけの顔で孫娘に話していく。
「便所で用を足すのを見ているんだよ」
「人が小便とかうんこをするのを」
「見ているんだよ」
「そんなことをする妖怪なの」
「その妖怪が出るからね」
 だからというのだ。
「便所でもしていいことと悪いことはね」
「守るらないと」
「駄目だよ」
 そこは絶対にというのだ。
「いいね」
「そうしないと駄目なの」
「そうだよ」
「ううん、じゃあ若しも」
 チヨは祖母の話を最後まで聞いて言った。
「がんばり入道が便所に出て来たら」
「その時はだね」
「どうしたらいいの?」
 首を傾げさせての言葉だ。
「その時は」
「その時は大晦日になったらね」
「大晦日になの」
「便所の中でがんばり入道不如帰って言うんだよ」 
 便所にがんばり入道が憑いた時はというのだ。
「誰かが見ていると思ったらね」
「大晦日になの」
「そう、がんばり入道不如帰ってね」
「言えばいいのね」
「そうすればがんばり入道はいなくなるよ」
 その便所からというのだ。
「だからね」
「うん、じゃあ」
「まずは便所でそうしたことはしないこと」
 第一にというのだ。
「そしてね」
「若し憑いたらと思ったら」
「大晦日に言うんだよ」
「がんばり入道不如帰」
「そう言えばいいんだよ」
「わかったよ、お祖母ちゃん」
 チヨはウメのその言葉にあどけないが理解している顔と声で答えた。
「じゃあ私そうしたことはしないね」
「いいね」
「それでいると思ったら」
「便所でそう言うんだよ」
「がんばり入道不如帰」
「そうね」
 祖母はその孫娘に穏やかな顔で話す。
「言うんだよ」
「そうするね」
「そうすれば便所で誰か見られてると思うことはないよ」
「そうなのね」
「便所は臭いしね」
「そこで見られてると思ったら」
「余計に悪いね」
 臭い場所でそうした気分になればというのだ。 
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