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幽雅に舞え!

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拭えない過去

サファイアの元にジュペッタが戻った後の経過を簡潔に示しておこう。ポケモンを失ったティヴィルと気絶したネビリムはキンセツジムトレーナー達の手によって捕縛され、ルファの連絡により国際警察に引き渡されることになった。なぜ彼がそんなパイプを持っているのかというと――

「はあ!?お前が元国際警察だとぉ!?」
「それでティヴィル団にスパイ…というか内情を視察するために入り込んでたのか」
「ま、そういうこった。最初のテレビの放送だけじゃどんな奴らかわからなかったもんでな」

 サファイアがルビー、ルファ、エメラルドの元に戻ると三人はやや疲弊しながらも無事でいた。そしてルファに事情を聞くと、そういう事実が発覚したわけである。

「それにしてもご苦労だったねサファイア君。聞いた限りじゃ一人であの博士を倒したんだろう?君も強くなったね」
「ありがとう。……だけどジムリーダーはどうしたんだろう。あの人も来るっていってたんだけど」

 その時、サファイアのポケベルに通信が届いた。誰からか見てみると、丁度ジムリーダーのネブラからだった。すぐに出るサファイア。

「無事か、貴様ら?」
「それはこっちの台詞だ。一旦どうしたんだよ?」

 そう聞くとネブラはわずかに言いにくそうに語る。サファイアにティヴィルの場所を伝えた後、得体の知れぬ子どもが自分の邪魔をし、助力が叶わなかったと。

「得体の知れない子供……か」
「……もしかしたら、あの子かもしれないね」

 思い当たるのは、カイナシティであったジャックという少年だ。特徴を聞いてみても、ほぼ一致した。

「……ともかく、本来この町を守るべき俺様に代わり危機を救ってくれたことには礼を言おう。そしてあらぬ疑いをかけたことも謝罪する。……すまなかった」

 その言葉からは、確かな誠意と、この町を守らなければいけないことへの大人の責任の重みがあった。まだ少年のサファイアには、受け止めきれないほどの。

「いいよ、もう済んだことだし。何か酷いことされたわけでもないからな」
「謙虚だねえ。もう少し恩着せがましくしといた方が生きやすいぜ?」
「元警察とは思えねえ言い草だなオイ」
「これでもお前らより大人なんでな」

 元々の因縁からか、ルファに食って掛かるエメラルド。だがルファは軽く流した。


「ひとまず、全員ジムまで戻るがいい。そこで今回の恩赦と、女狐……いや、小娘。それに緑眼の少年にはジムバッジを渡そう」
「僕は君とバトルをしていないけど、いいのかい?」
「貴様の今回の働きは、それに見合う――いや、それ以上の物だ。ではジムで待つ」


 そう言って彼は通信を切った。4人でジムに向かうと、奥でネブラが待っておりルビー、エメラルドにはジムバッジを、そしてサファイア、ルファ、エメラルドには高額のお金が手渡された。ルファ、エメラルドはま、こんなもんだよなと平気で言っているが、サファイアとしては素直に受け取れない。

「……ホントにいいのか?こんな……50万円も」
「フッ、貴様は町ひとつを救った英雄だ。これだけでは安すぎる。後日にはなるが、貴様らにはキンセツのフリーパスを用意しよう」
「フリーパス?」
「キンセツシティの施設の全てが無料になるってやつか!そりゃ俺たち金持ちでもそうそう手に入るもんじゃないぜ!」

 エメラルドが興奮気味に説明する。要するに金で買えない特別なものらしい。……そんなものを貰っていいのか、やはり不安になる。

「いいじゃないか。仮にもキンセツを支配する人間がそう言うんだ。ありがたく貰っておこう」
「でも……」
「サファイア君。自分の行いを安く見るんじゃないよ。あの博士の機械を止めていなければ、キンセツシティは壊滅していたんだ。これだけ大きな町がなくなれば、果てはホウエン全体の危機と言って差し支えない。その事実を受け止めることだね」
「嬢ちゃんの言う通りだぜ、少年」
 
 一つの町の壊滅。それがいかに恐ろしいかは、サファイアの想像をさらに上回るのだろう。二人に説得され、サファイアも納得……とまではいかないが、了承する。

「わかった。じゃあ……ありがとう」
「それでいい。後は……確か貴様はジムリーダーと本気で戦うことを望んでいたな?」
「あ、ああ」

 質問の意図がわからず、首を傾げるサファイア。ネブラは懐から一枚の書状を取り出し、サファイアに渡す。

「これは……?」
「フエンタウンのジムリーダーに会ったら、これを渡すがいい。そうすれば奴は本気で貴様と戦うだろう。――奴と俺様は唯一無二の友人だ。頼めば聞き届けられよう」

 そう言うネブラの表情は、どこか懐かしげだった。

「では悪いが俺様は町へ出させてもらう。避難させた民間人への説明があるのでな。彼らを安心させてやらねばなるまい」

 ネブラは満足げに微笑み、外へ出ていく。そしてジムの中には4人が残された。

「んじゃ、俺はもう行くわ。……ま。元警察として礼を言っとくぜ」
「バウ!」

 グラエナが吠え、一人と一匹が去っていく。エメラルドが、今度あったときはブッ飛ばすからな!といったが、軽く右手をひらひらと振って答えただけだった。

「ったく、スカしやがって……んじゃ俺様も行くとすっか。あばよ!」

 そう言って、ジム内であるにもかかわらず自転車に乗って走り去るエメラルド。残ったのは、ルビーとサファイアだけだった。

「じゃあ僕たちも行こうか。とりあえず今日はもうポケモンセンターで休もう」
「ああ、ポケモン達も回復させないといけないし……」

 二人はジムを出て、ポケモンセンターへと移動する。そうしながら、ルビーはあることを思っていた。


(この町を救った英雄、か)

(無価値、役立たず、能無しだと言われ続けたボクにも……それだけの価値が、あるのかな?)

 
 果たして自分がサファイアに偉そうなことを言えた口か、と過去を思い出し。それに囚われる自分を嗤った。そしてその夜――彼女は想起することになる。





――この程度の術も扱えんのか!?


――本気でやりなさい!!


――シリアはあんなに出来が良かったのに、お前はどうしてそんなに愚図なんだい!?


――霊に体を乗っ取られるとは……この出来損ないが!!



 夜。ルビーは久しぶりに、己の過去に苛まれていた。自分の父が、母が、祖母が祖父が。自分の不出来を、遅さを、情けなさを。徹底的に糾弾し、罵る。

 シリアがおくりび山の宮司となることを放棄した後、ルビーはおくりび山の巫女になるべく厳しく育てられた。それまではシリアが優秀だったため、甘やかされる――というかほとんど放置されていたこともあり、彼女にとってそれは生きながらにして地獄でしかなかった。


――いい!?あなたはおくりび山の巫女として、ここに住まう御霊を鎮める義務があるの!それがわかっているの!?いないからあなたはダメなのよ!

 
 そんな事は、とうにわかっていた。だがルビーには、兄ほどの才能はない。いいや、人並みですらない。地獄のような毎日を生き抜くために彼女は、少女として歪んだ。厳しく育てられ始めた後に出会ったサファイアという一筋の希望がなければ、彼女は自殺していたかもしれない。


 そして夢の中で父たちに罵られた後に出てくるのは、旅に出る前の兄。当時はまだルビーと同じ黒髪の彼は、幼いルビーの髪を掴み思い切り引っ張る。


――くそがっ!!なんで俺がこんなことしなきゃなんねーんだ!!なんでてめえはぬくぬくと菓子食ってんだよ!おかしいだろうが!!ああ!?


 おくりび山の宮司になるべく最初から厳しく(出来が良かったため、ルビーのような目にはあっていない)育てられていた彼は、他の家族に見えないところでストレスをいつもルビーにぶつけていた。幼いルビーはまだ家のことがわからず、ただ泣き叫ぶことしか出来なかった。そしてそんな彼女を助けるものは、誰もいない。

 
――俺はこんなところで一生を終えるつもりはねえ……ここの管理は、テメエがやってろ。


 彼が旅に出る直前。ルビーに放った彼の表情を決してルビーは忘れないだろう。その表情はルビーへの憎悪と――何よりも、他の誰を犠牲にしてでも何かを成し遂げようとする野心に満ちていた。

 残ったのは、役目を押し付けられた自分。役目をまともにこなせない自分。誰からも認められない自分……そんな自分を奮い立たせるために、ルビーはこんな性格になった。他人を、自分を嘲り。全てに対して無関心で無感動に生きる。そうするしか、出来なかったのだ。


「……また、この夢か」


 ルビーは夢から覚める。この夢を見るのは、随分久しぶり――そう、旅に出て、サファイアにあってからは初めてだろう。昼間に思い出してしまったせいだな、なんて冷静に思おうとする。それでも、濡れる瞳を乾かすことは出来なかった。ホウエンの夜は温かいのに、体が震えて止まらない。


「情け、ないなあ……」


 そう思いながらも、ルビーの足はふらふらと別室にいた彼の元へ向かう。唯一自分に温かい言葉をかけてくれた、サファイアの元へ。彼は眠っていたようだが、ドアの開く音で目を覚ましたようだ。


「ん……ルビー……?」
「……」

 ルビーは何も言わず、寝ぼけているサファイアに無言で雪崩かかる。まるで幼い子供が悲しくてぬいぐるみを抱きしめるような仕草だ。

「うわっ……!?」

 突然抱きしめられるような恰好になって驚きを隠せない。だがすぐに、ルビーの肩が震えていることには気づいた。

「ルビー……泣いてるのか?」
「……なんでもない」

 ルビーは震える声で、絞り出すように言った。そして続ける。

「ただ……このまま眠らせてもらってもいいかい……?」

 寝ぼけているサファイアには、何が何やらわからない。いや、ちゃんと起きていてもルビーが泣いて自分に縋っている状態は理解できないだろう。

「…いいよ。おやすみ、ルビー」

 ただ、彼女がそうしたいならそうさせてやればいい。そう思い、彼女の背中をさすろうとするが、その前に再び目をつぶって寝てしまった。ルビーがそれを見て苦笑する。流れる涙が、少し止まった。

「ふふっ……よっぽど疲れてるんだね。大分無茶したみたいだしそれもそうか……おやすみ、サファイア君」

 もう一度サファイアを抱きしめ、彼の温もりと匂いに少し安心しながらルビーも再び眠りにつく。朝になるまで、彼女が夢に苛まれることはなかった。




――翌朝。目を覚ましたサファイアは自身の状況に困惑した。人間、あまりに驚くと声すら出ないものである。


(……なんでルビーが俺に抱き付いて寝てるんだ!?)


 ついでに言うなら自分も彼女の背中に手を回して抱きしめているとも言えない状況である。ルビーは自分に抱き付いて離れず、すやすやと眠っている。それも何故か顔を赤くしていた。泣いていたせいなのだが、寝ぼけていたサファイアはそのあたりのことは夢の中の出来事と同じく忘れてしまっている。

(と、とりあえずそっと離れて……駄目だ!?寝てるのに離れてくれない!?)

 ルビーを起こさないようにそっと体を動かしているせいもあるが、彼女は自分にツタ植物のように絡みついて離れない。ポケモンの技のまきつくってこんな感じなのかーとか寝起きの頭で思うがそれどころではない。早くなんとかしないと彼女が起きてしまう――。

「……ん」
(起きた!?)

 ぼんやりと目を開けたルビーは、慌てふためくサファイアの顔を見て、緩み切った顔で微笑んだ。寝顔も可愛かったがこんな表情もするんだな――と思うがだからそれどころではない。
 ルビーも自分の状況が理解できず慌てるかするかと思ったが、彼女は平然と腕を離して、体を起こしていった。

「おはよう、サファイア君」
「あ、ああ。おはよう」
「昨夜は楽しかったね?」
「なっ……!?」

 にやりと笑ってルビーが言うので、健全少年のサファイアとしてはやはり困惑せざるを得ない。とりあえず、なんとか、言葉を絞り出す。

「……冗談だろ?」
「冗談だよ」

 とりあえず良からぬことにはなっていなかったようで安心する。だがしかし、ルビーがなぜ自分に抱き付いて眠っていたのかについての疑問は解決していない。

「で、なんでルビーがここに?」
「ん……そうだなあ」

 正直に話す気はない。話せばきっと、彼は自分を必要以上に心配してしまうだろうから。今はまだその時ではないだろう。

(ありがとう、サファイア君)

 そう思いながら、彼女はサファイアの知るいつも通りに――嗤って、こう言った。


「乙女の秘密、とでもしておいてくれよ」
「またそれか!いやでもこういうことは――!」
「へえ、どういうことなんだい?」
「くっ……!」

 そんなやり取りをしながら、二人は新しい朝を迎え、新しい街に旅立つのだった――。 
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