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魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~

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第二十話 それぞれの『優しさ』

 ――――黒鐘にはもっと楽な気持ちで世界を見てもらいたいの。

 義母の一言をきっかけに俺、小伊坂 黒鐘は長期休暇をとって地球で暮らすこととなった。

 地球に来るまでの俺はきっと、かなり無理をしていた。

 休暇なんて月に一回くらいしかとらず、ほぼ毎日を修練と任務に費やしていたから、今思うと周りの人を心配させてしまっていたのだろう。

 気楽な生活が始まって、心に余裕ができてきたここ最近、そう思うようになった。

 ジュエルシードの回収。

 フェイトの問題解決。

 地球に来てからもやるべきことができたけど、せっかく周囲の人が俺に自由な時間をくれたんだ。

 これからは反省して楽しめる日々を過ごそう。

 そしてあわよくば姉さんも目を覚ましてお話ししたい。

 なんて思って時期が、俺にもありました。

「ぎゅ」

「むぅ……」

 右腕を雪鳴がギュッと抱きしめ、

「ふふっ」

「くっ……ぅぅ」

 左腕をすずかがギュッと抱きしめる。

「「「むぅ」」」

 その後ろを高町、バニングス、柚那の三人が、俺を睨みつけながらついてくる。

 これがここ最近の朝の登校風景だ。

 ああ、どうしてこうなったんだろ。

 現実逃避しても解決しないので、取り敢えずこの光景が始まった日のことを思い出す。

 ――――それは、俺と柚那が誘拐されたすずかとバニングスを救出した翌週の月曜の朝だった。

 誘拐事件が起こったのが金曜で土日は学校が休みだったから、実質的に次に会った時が変化の日だったのだろう。

 何が起こったかを簡単に説明すると……朝、いつものように雪鳴と柚那と揃って通学路を歩いた。

 途中の道で高町、バニングス、そしてすずかが待っていた。

 金曜にあった誘拐事件のことを高町にも話したらしく、俺と柚那に感謝を伝えたかったらしい。

 一応、すずかは俺と柚那がすぐに警察へ通報してくれたから解決できた……と言う風に誤魔化したらしいけど、高町からは念話で魔法を使って救出したことを話しておいた。

 変に不安を残らせるわけにもいかなかったしな。
 
 せっかく一緒の学校だから一緒に行こうと言う高町とすずかからの誘いもあって、俺たち六人は共に通学路を歩き出した――――はずだった。

 最初に行動をとったのは、確かすずかだ。

 歩き出そうとした瞬間、突然俺の左腕に抱きついてきたのだ。

 周囲にいるみんなが驚いた……誰よりも俺が一番驚いた。

 何事かと考える間もなく、雪鳴も同じことをした――――というのが今に繋がるまでに起こったことである。

「うん、さっぱり分からん」

「何が?」

「雪鳴が俺の右腕にくっついてること」

「落ち着くから」

「すずかはなんで?」

「ふふ、秘密ですっ」

 雪鳴は無表情ながら目がドヤっとして答え、すずかは不敵な笑みを浮かべつつ答えない。

 うん、本当に分からない。

 二人とも歩きづらいだろうに。

 しかもここ最近、気温が高くなってきてるから、こんなに密着したら暑いだろうに。

「……やっぱり離れません?」

「「イヤ」」

「……さいですか」

 正直、メチャメチャ暑いんです。

 だけど背後から冷たい視線が三人分送られてくるから丁度いい……わけもなく、ただただ辛い時間が続いていた。

 ……いや、可愛い女の子二人に挟まれるって幸せだよ?

 男としてこんな幸福なことはないんだってことくらいわかりますよ?

 でもね……でもですね?

 俺にだって羞恥心はあるんだよ?

 これ、メッチャ恥ずかしいんだよ?

 後ろからはなぜか高町達が殺気飛ばしまくってきてるしさ。

 こんなことして二人って何で嬉しそうにしてるんだろ……。

「ホント、さっぱり分からん」

「黒鐘らしい」

「俺らしい?」

 雪鳴の言葉に、俺は引っかかりを覚えた。

 俺らしさってなんだ?
  
 雪鳴は俺の何に、俺らしさを感じたのかわからなかった。

「そう言う、鈍い所じゃないですか?」

「いやそれ褒めてないよね!?」

 反対側からすずかによる笑顔の毒舌にギョッとしてしまう俺。

 更に驚くことに雪鳴が首を上下に振って同感を示していた。

 俺らしさが鈍感って……。

「というか俺、結構鋭い方だと思ってるんだけど?」

「「いやいやいや」」

「おい!?」

 二人が同時に首を左右に振るので思わずツッコミを入れた。

 そんな二人に振り回されながら、背後から三人の殺気を浴びながら、今日も俺の学生生活は始まる。

 ……平和を求めていた日常は、どうやら諦めた方が良いらしい。


*****


 アタシたちの日常は、気づけば色々と変化していた。

 なのはと出会った時は、なのはと喧嘩をしたのを覚えてる。

 それがきっかけ、なんていうのは不思議なことかもしれないけど、ホントにそれをきっかけにアタシはなのはと友達になって、すずかとも友達になった。

 気づけば三人でいることが当たり前になってて、三人でいる時間が一番充実していたと思う。

 そんなある日、なのはがある人の話しをした。

 最初はただの知り合いかなって程度だった。

 なのはのお家は翠屋って喫茶店だし、客の話しとか、業者の人のことかなって……ほんとにその程度に思ってた。

 その人の名前は、それから何度も話題に出すようになった。

 頼りになる人。

 困った時に助けてくれる人。

 物知りな人。

 大人っぽい人。

 かっこいい人。

 憧れる人。

 なのはの口から出てくるのは、その人に対する好意に似た感情。

 なのは自身がどう思って口にしてるのか分からないし、それが好意だって自覚してるかどうかも分からない。

 だけど、なのはがその人のことを話すときは楽しそうで、幸せそうだった。

 ここ最近、なにか思い悩んでいるように見えてたけど、その人の話しをするようになってから少しずつスッキリとした表情になってるのは長い付き合いだから分かる。

 なのはにそこまでの変化を与えた人にアタシとすずかは興味を抱いていて、そして遂に会うことができた。

 なのに、彼に……アイツに会って、アタシの考えは変わった。

 小伊坂 黒鐘。

 つい最近、海鳴に引っ越してきた転入生。

 学力、運動能力は平均値の本当に普通の男性。

 見た目も背が高いってこと、銀色の髪以外に特徴と言えるものはなかった。

 そんなアイツに不信感を抱いた理由は、アイツの眼にあった。

 アタシの一家とすずかの一家が海鳴で有名な裕福な家庭なだけあって、幼い頃から偉い人たちのパーティーに参加したことがある。

 その時に沢山の人と、沢山の眼を見てきた。

 だからその人の眼を見れば良い人だとか悪い人だとかを、ある程度なら判別できる。

 あれは、沢山のことを隠してる人の目だ。

 それが善し悪しなのか、そこまでは分からなかったけど、沢山のことを隠しながら話す姿は怪しさしか感じなかった。

 なのはと関わったことに下心とか企みがあるんじゃないかとか。

 なのはを通じてアタシやすずかに迫り、お金とかを狙おうとしたんじゃないかとか。

 なにか目的があってアタシたちに関わってきたのだとしたら、それは許せることじゃない。

 なのはの友達として、すずかの友達として、アタシはアイツを信用するわけにはいかなかった。

 ――――ある日から、すずかもアイツの名前を出すようになった。

 きっかけがあるとすれば、アタシとすずかが誘拐されたあの日くらい。

 アタシ達を助けたのは小伊坂 黒鐘らしく、アイツがすぐに警察に電話してくれたおかげで、すずかはそれから感謝の意味も含めて仲良くしてる、そう聞いた。

 そして登下校にアイツが混ざることになって、アタシたちの日常は大きく変化した。

 アイツと同じクラスの逢沢 雪鳴先輩に、同級生で雪鳴先輩の妹の逢沢 柚那まで一緒に登下校するようになって、二人ともアイツに懐いていた。

 そこにすずかもなのはも混じっている光景は、まるでアイツが中心になっているかのように見えた。

 いつの間にか、アタシ達三人の居場所はいつの間にか過去のものに変化を始めていた……なんて、嫌な夢を見てるみたいで嫌な気分だ。

「えっと、話しって何?」

 放課後、アタシはすずかやなのは達には内緒でアイツを学校の屋上に呼んだ。

 呼ばれたアイツは文句一つ言わずに頷いて、アタシに付いてきてここに来た。

「回りくどいの嫌だから、ハッキリと聞かせてもらうわよ?」

「……ああ、構わないよ」

 アイツは、アタシが真剣な話しがしたいのだと察したみたいで、表情から油断や柔らかさが抜けた。

 残ったのはアタシの言葉を聞き逃さないように、そして言葉に対してちゃんと意思を持って答えようとする真剣さ。

 アタシやすずかは人より裕福で、恵まれているから、どうしても同年代の人でも距離を置いた眼で見てくる。

 年上であっても変わらず、むしろ年上であればあるほど礼儀や立場を意識して距離を置いて、アタシのことを下から見て、対等に立とうとはしない。

 だけど、少なくともコイツはアタシに対して物怖じした態度はとってない。

「アンタ、なんの目的でなのはやすずかといるの?」

 そうやってアタシ相手に、対等に向かい合おうとする人を見るのは、久しぶりな気がした。


*****


 アリサ・バニングス。

 この海鳴市で有名な実業家の両親のもとに生まれた、いわゆる『恵まれた子』。

 学年トップの成績を収めており、強気でリーダー気質がある彼女はクラスでも信頼が厚い。

 中でも高町と月村……じゃなくて、すずかとの関係は彼女にとって特に大事なものなのだろうってことは、見ていればよくわかる。

 そんな彼女から見た俺って言う存在は、どうやら異物かなにかみたいだ。

 まぁ、転入生がいきなり高町やすずか、更には雪鳴や柚那と仲良くなっていけば警戒心を持った人が一人くらい現れるのは当然だろう。

 いつもの日常が俺みたいなボっと出の男一人によって大きく変化させられた、なんて考えればお嬢様って身分もあるだろうから余計警戒してしまう。

 お金目的なんじゃないかとか、高い身分だから仲良くしたいんじゃないかって、そんな理由があるんじゃないかって疑うのは当然だ。

「アンタ、なんの目的でなのはやすずかといるの?」

 単刀直入、なんて言葉が似合うような問いは俺に真っ直ぐに向けられた問いだった。

 放課後になって俺はバニングスに呼び出さ、雪鳴達を先に帰らせた後にこうして屋上にいる。

 この時間帯は屋上を使う人もなく、俺たちしかいないこの場所で、俺は真剣な眼差しで睨みつけてくるバニングスと対峙していた。

「目的なんてないよ」

 答えは迷うことなくすぐに言葉として出した。

 魔導師であることとか、俺の住んでいた世界のこととか、言えないことはかなりたくさんある。

 だけど、少なくとも俺が高町やすずかと仲良くしてる理由に『そっちのこと』は関係ない。

「高町とは、たまたま仲良くしてもらってるだけで、すずかに関しても仲良くしてもらってるだけだよ」

 きっかけは魔法だった。

 だけど、こうして仲良く出来てるのは高町もすずかも人が良いからだ。

 二人は……いや、バニングスも含めて三人は、本来は俺みたいな変わり者と仲良くするような立ち場の人じゃない。

 柚那と雪鳴の二人といられればそれでいい、そう思っていた。
 
 だけど高町もすずかも、ただただ優しくて、純粋だから、俺みたいな奴を放っておけないのだろう。

 きっと、俺と出会う前からずっとそうしてきたから、俺と仲良くしてるのもその積み重ねの延長線なんだ。

「ホントに、それだけ?」

 そんな俺の心情に対してバニングスは、表情を一つも変化させずに淡々と質問する。

 尋問されてるというか、俺も大概疑われすぎというか、複雑な気分になりながらも俺は首を縦に振って頷く。

「ああ。 ホントにそれだけだ」

「お金が目当てとか、アタシやすずかの立ち場が羨ましいからとかじゃないわよね?」

「それは絶対にないよ」

「なんで絶対って言い切れるの?」

 絶対。

 辞書とかで意味を調べると、俺みたいなガキには難しい言葉ばかり並ぶけど、俺たちはきっと、嘘一つ無い本当のことを意味するんじゃないかと思う。

 どんなことがあっても、なにがあっても変わらないと言う約束や誓いみたいなもので、本当は簡単に使っていい言葉でもないのかもしれない。

 それを使うってことは、もう二度と曲げられないから。

 だけど逆に疑いを持たれやすい言葉でもある。

 曲げられないからこそ、僅かな歪みすら許されないから……きっと、信用のない相手が使う『絶対』ほど疑わずにいられない言葉もないだろう。

 だけど俺はバニングスに対して絶対を使う。

「だってお金とか、名誉って意味がないじゃん」

「……は?」

 呆気に取られたバニングスに、俺はようやく彼女が表情を変えたことに内心ほっとした。

 まさか驚かれるとは思わなかったし、そんな強烈な言葉でもなかったような気がするけど、なにが彼女にとって驚きだったのか。

「お金も名誉も大事でしょ?」

「ああ、うん、まぁ大事っちゃ大事なんだけど」

 ここでようやく俺は、バニングスがなぜ驚いたのかを理解した。

 どうやら彼女はお金と名誉を人生全体の意味で見たらしい。

 確かにこれから大人になって生きるためにはお金も名誉も大事になるんだろうし、それを得ていくんだろうとは思う。

 でも、俺が意味ないといったのはそう言う意味じゃない。

「でも、それをどれだけ手に入れたって、高町とすずかは俺に仲良くなんてしてくれなかった」

 この海鳴に来て、出会いと再会があった。

 もちろん、納得してない別れもある。

 そんな中で俺と関わった人全員に共通してるのはみんな、俺に対して裏がないって所だと思う。

 俺と仲良くしてくれることは、別に彼女たちにとって何の得も利益もない。
 
 転入生の俺と仲良くしてるってことを入れたって、大人がこれといって評価する対象にだってならない。

 書類上の話しをすれば、俺の成績や運動能力は共に平均並みで、自虐ではないけどモテるモテないで言えばモテない見た目だろう。

 特徴があるって言えば、背が高いとか銀髪とかそのくらい……なんか泣けてくる。

 働いてるからお金がないわけじゃないし、休暇中とはいえ働いてるけど偉い地位でもないし、なにより『魔導師』なんて、この世界の人には話せない職業だ。

 そう考えれば俺と言う存在は、彼女たちにとって下手をすればマイナスになるかもしれない。

 なら、彼女たちが俺と仲良くする理由は?

 ――――答えは先ほどに戻って一言、『優しい』からだ。

 優しくしたいから優しいんじゃない。

 そうすることが当たり前で、ずっとそうしてきたからそうしてるだけなんだ。

 ほんの僅かなきっかけで知り合って、引っかかりを見つけて、接してみて、仲良くなっただけだ。

 何にもない俺なんかだったからこそ、彼女たちはいつものように声をかけた……そんなことじゃないかなって思う。

 さて、そこでバニングスに対する問いに戻るとするならば、もし俺がお金や名誉を持った存在だったら?

 そこで高町に出会い、その流れですずかやバニングスと知り合ったら、三人は今と同じ接し方にしてくれただろうか?

 答えはきっとNOだ。

 なぜなら必要がないから。

 お金もあって、名誉もあったら俺はきっと一人でなんでもこなしてた。

 他者もうまく使いこなして、馴染むこともできてたはずだ。

 そんな俺が三人と関わったら、きっと表面上は仲良くできるのだろうけど、今のように気を許すような間柄にはなれなかっただろう。

 高町やすずかが俺と仲良くしてくれるのは、『理解』してくれたからだ。

 俺と言う存在と、心を理解してくれたから、二人も理解して欲しいと思って裏表のない感情で接してくれる。

 何もない俺の、何もないって所を理解してくれたからこそ、二人は自身を理解して欲しいとしてくれたからこそなんだ。

 お金や名誉があって接していたら、きっと俺たちは理解し合えなかった。

 持ってる者を心配する人はいない。

 持ってる者を、それ以上理解する必要はない。

 それを望むのだとしたらそれこそ、その者が持つお金が名誉が目的になってしまうからだ。

 俺に関わってくれたみんな、その優しさには目的がなくて、目的がないからこそ俺を見つけてくれた。

「高町もすずかも優しすぎる。 だからこうしてバニングスが貧乏くじを引く立場になってしまうって俺は思う」

「アタシは貧乏くじを引いた覚えはないわよ?」

「ははっ、そうだよな。 バニングスも、同じだもんな」

 類は友を呼ぶ、なんて言葉がきっと似合うのだろう。

 ならば俺は?

 あの輪の中にいる俺は、どうなんだろうか?

「何笑ってんのよ?」

「いや、ホントに三人とも、仲が良くて羨ましいって思ってさ」

「ふん、当然よ!」

「だよな」

 答えはまだでない。

 俺はまだ、俺を認めてあげられない。

 俺自身を許すことができない。

 だけど……少なくとも、

「やっぱりアンタって変」

「ひどっ!? そ、そんな言い方ないだろう?」

「他に言葉がないのよ! アンタの考えてることも、言ってることも全部、変!」

「全部!?」

「何もかも!」

「規模が広がってるんですけど!?」

「とにかく!! アタシはぜ~ったい、アンタのことを認めないからっ!!」

「指を指すな!」

 少なくとも、こうしてこの世界で誰かと過ごしている俺自身は、嫌いじゃない。

 いつかこんな自分を認める日が来るのだろうか。

 どうなんだろ、姉さん――――。 
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