幽雅に舞え!
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紅玉の神秘
「……よっし!ヤミラミ、ゲットだぜ!」
モンスターボールに収まったヤミラミを見て歓喜の声を上げるサファイア。なかなかボールに収まらずモンスターボールが何個か無駄になったが、鬼火による火傷でじわじわ弱らせたのが功を奏したようだ。
「ルビーとエメラルドはどうしてるかな……」
それぞれやりたいことを終えたら洞窟の一番奥まで行くことにしていた。奥に向かう途中で、エメラルドの声が聞こえてきた。
「だっー!やってられっかよ!」
「どうしたんだ?」
「掘れども掘れどもメガストーンどころか進化に必要な石すら出て来やしねえ!くそっ、来るんじゃなかったぜこんなとこ……」
見ればエメラルドの周りの壁面はあちこち掘り尽くしてぼろぼろになっている。石掘りに駆り出されたであろう彼のポケモンたちがへとへとになっていた。散らばった土や石を見たところ、確かにそう目立つ石はなさそうだった。
「……まああれだよな。そんなこともあるって。気にすんなよ」
「うるせえっつーの!」
ご機嫌ななめなエメラルドと共に洞窟の最奥部へと到着する。ルビーもポケモンをゲットしたのだろう。長い黒髪をまとめて下ろしたような小さめのポケモンと一緒に、壁画を眺めているのが見えた。
(なんだ、これ……)
ポケモンらしき巨大な生き物二体の暴れる様子が書かれた巨大な壁画。生き物の両腕には片方にはαのような、片方にはωのような文様が浮かんでいる。それを見たサファイアはさっきの少年と相対した時と同じ、圧倒されるような不思議な気分になった。
「はあ?なんだこりゃ?」
エメラルドは特に何も感じていないらしい。サファイアもその声で我に返った。ルビーに近づいて、声をかけてみる。
「おーい!ルビーは何捕まえたんだ?」
「……メg………………」
「?」
ルビーは壁画に手を当てて何かを呟くばかりで、サファイアの呼びかけに応じる様子がない。
「ルビー、どうしたんだよ?」
近づいて、ルビーの肩に手を触れる。その時だった。彼女の隣にいたポケモンの後ろ髪だと思っていた部分がパックリと開いて、サファイアに迫る――
「え……」
「避けろバカ!!」
エメラルドに蹴り飛ばされてなんとか噛みつきを避ける。さすがのサファイアも抗議した。
「お……おい、どうしたんだよルビー!捕まえたポケモンがまだ懐いてないのか?答えろって!」
「ゲンシカイキ…暴………メガ…ンカ……対抗……」
ルビーが振り返る。だがその様子は明らかにいつもの彼女とは別物だった。紅い瞳が爛々と輝き、体はうっすらと青い光に包まれている。隣にいるポケモンも同様だった。
「ゲンシカイキの力……消滅させる!」
ルビーがメガストーンを天に掲げると、隣のポケモン――クチートの身体がより激しく輝き、光の球体に包まれていく。その光景には見覚えがあった。
「まさかこいつは……」
「メガシンカ!?」
「今目覚めよ。暴虐なる元始の力に抗う、反逆の二角!!」
光の球体が割れ、中から現れたのは――身体が一回り大きくなり、その後ろ髪のような角を二つにした新たなクチートの姿だった。
「ルビー……」
その光景を、サファイアは驚愕もしたがどこか冷静に受け止めて始めていた。クチートのメガシンカよりも、この状況には見覚えがあったからだ。だがそれがいつどこでの出来事だっ
たのかは、まだ思い出せない。
(でもどこかで、俺はこんな風にルビーと会ったことがある気がする。それは……)
記憶を手繰り寄せようとする。だがそれは、目の前のルビーにとってあまりにも大きな隙だった。
「クチート、じゃれつく!」
「ぐああああっ!」
二つの角がサファイアを蹂躙し、吹っ飛ばして壁に叩きつける。激痛で頭が朦朧とした。
「ちっ、だから避けろっつってるじゃねえか!現れろ、俺様に仕える御三家達!!」
エメラルドが自分のポケモンを出してルビーに応戦しようとする。ルビーもメガクチートだけではなく、ロコンやヨマワルを繰り出していた。
その光景をぼんやりと眺めながら、サファイアはようやく思い出す。
そう、ルビーとの出会い。その記憶を――
それは、4年程前の事。両親と共におくりびやまに来たサファイアはとてもこの日を楽しみにしていた。なぜなら今日がサファイアにとって初めてポケモンを手にする日だからだ。おくりびやまを選んだ理由は言わずもがな、新しくチャンピオンとなったシリアの虜になったからである。
「父さーん!母さーん!早くー!」
墓場だらけのこの場所に似合わぬ元気な大声で、おくりびやまを上っていく。こらこら待ちなさいと親に止められても、幼いサファイアは興奮しっぱなしだった。
「ねえ父さん、俺あのポケモンが欲しい!シリアのジュペッタの進化前なんだろ?」
サファイアは一体のカゲボウズを指さす。シリアのバトルを見てからゴーストタイプのポケモンについて調べたサファイアはカゲボウズがジュペッタの進化前であると知っていた。
「わかったわかった。じゃあ少し待っていなさい」
「うん!頑張って父さん!」
「では……頼むぞゲンガー」
サファイアの父親はゲンガーを出してカゲボウズに手加減したシャドーボールを打たせる。カゲボウズがふらふらになったところで、サファイアの父親はモンスターボールを手渡した。
「さあサファイア。よーく狙ってボールをなげるんだ」
「うん……」
渡されたボールとカゲボウズを交互に見る。自分で捕まえなければポケモンに持ち主として認められない。それがわかっているからこそ、緊張するサファイア。
「……えいっ!」
オーバースローで投げられたボールは、ギリギリ届いてカゲボウズに命中した。モンスターボールにカゲボウズの体が吸い込まれ、揺れる。
「…………」
固唾を飲んで見守るサファイア。その揺れは段々小さくなり――止まった。ゲット成功だ。
「……やったあ!やったよ父さん!」
「ああ、頑張ったなサファイア。それじゃあカゲボウズを回復させてあげよう」
「わかった!」
早速ボールからカゲボウズを出し、いいきずぐすりで回復してやりつつ相棒となったポケモンに声をかけるサファイア。
「これからよろしくな……カゲボウズ」
「----」
ボールの効果と、回復してもらっていることもあってか、カゲボウズはサファイアにすり寄った。ひらひらした布のような体が頬に当たる。
「あはは、くすぐったいな……よし、もういいかな」
カゲボウズの体を見て、傷が治ったかどうかを確認すると、サファイアはさらに上へと歩き始めた。
「それじゃ父さん、俺カゲボウズと一緒にここを探検してくるよ!」
「ああ、あまり騒ぎすぎるなよ」
「わかった!行こうカゲボウズ!」
カゲボウズと一緒に走っていくサファイア。しばらく先で、彼は一度忘れてしまう自分の運命の人と出会うことになる――
「……はあ、はあ。ここが頂上かな……?」
「--」
墓場だらけの塔を上ると、草の生い茂る山へと出た。見下ろせば、自分の乗ってきた車がはるか下に見える。ちょっとだけぞっとしつつも、さらに山を登ると――そこには、一人の女の子がいた。紅白の巫女服に、髪を後ろにまとめて結った自分と同じくらいの年の子が、魔法陣らしきものの中央で座っている。瞳を閉じているらしく、サファイアに気付いた様子はない。
「おーい!そんなところで何してるんだー!?」
「!」
単純に気になったサファイアは、女の子の――魔法陣の場所に近づく。その声で気づいたのだろう、女の子は制止の声を上げた。
「ダメ!それ以上近づかないで」
「え……なんで?」
「いいから」
「……なあ、これなんなんだ?触ってもいいか?」
突然のことに戸惑ったサファイアは、浮かれていたこともあって地面にかかれた魔法陣に手を触れてしまう。――それが引き金となった。
「いやああああああああっ!!」
女の子の悲鳴がして、その場の空気がびりびりと震える。サファイアも驚き尻餅をついた。何とか起き上がると――そこには、さっきまでとは打って変わった様子の、紅く目を輝かせたをした女の子がいた。
「ゲン……カ…キ!」
「えっ……?」
「……消えろっ!」
少女はヨマワルを繰り出し、サファイアとカゲボウズに鬼火を放ってくる。咄嗟のことに避けられないサファイアを、何とカゲボウズがかばった。
「カゲボウズ!俺のために……?」
瞳が赤く輝き、体からは紅いオーラのようなものを放つ少女の様子は明らかにただごとではない。サファイアは直観的に、自分が魔法陣を触ったせいだと悟った。
そして――こんなとき、逃げないのがサファイアの持つ天性の特徴だ。
「よくわかんないけど、俺のせいだっていうんなら……俺が何とかする!頼むぞ、カゲボウズ!」
「---!」
出会ったばかりのカゲボウズが、任せてくださいと言ってくれている気がした。サファイアにとって初めてのポケモンバトルが幕を開ける。
「影打ち!」
「カゲボウズ、影打ちだ!」
二匹の影が伸びて衝突する。完全に相殺しあい、どちらにもダメージは入らなかった。
「驚かす!」
「こっちも驚かすだ!」
やはりお互いの背後を取って驚かそうとするが、同じゴーストタイプの進化前、同じ場所のポケモンということがあって優劣がつかない。そして、こうしている間にも火傷のダメージでカゲボウズの体力は削られていく。
(技や威力はほぼ同じ、なんとかシリアみたいな必殺の一撃を考えないと……)
お互いに同じ技を繰り出しながらも、サファイアは自分の戦術を考える。そして――
「影打ち!」
「カゲボウズ、影分身だ!」
サファイアは、あえて攻撃ではなく変化技を命じる。影打ちは命中してカゲボウズの体力がさらに削られたが、それでもあきらめない。サファイアは自分の、カゲボウズは自分の主の作戦を信じる。
「ここからナイトヘッドだ!!」
「----!!」
「ナイトヘッド!」
影分身によって増えたカゲボウズの姿が一気に膨らんでいく。それはヨマワルのナイトヘッドを飲み込み、恐怖に包み込み――一撃で戦闘不能にした。
「よっし!よくやったカゲボウズ!」
出会ったばかりなのに自分のために頑張ってくれた相棒を褒める。ヨマワルが完全に倒れたかと思うと――巫女服の少女もまた、意識を失って倒れた。サファイアは思わず駆け寄る。
「大丈夫か!?しっかりしてくれ……」
自分のせいで大変なことになってしまったのでは、という焦燥が今頃になってわいてくる。しばらく傍にいると、少女は目を覚ました。瞳の輝きは消え、普通の状態に戻っている。
「……助けて、くれたの?」
呟く少女に対して、サファイアは申し訳なさそうに答える。
「助けて……っていうか、たぶんああなったのが俺が変なことしたからだろ?ごめん……」
「ううん、いいんだよ。こうして助けて、傍にいてくれただけでも……ボクは嬉しい。それにきっと君が来ても来なくても、ボクはああなってた」
「そうなのか?……っていうか、何してしたんだ、あれ?」
「交霊の儀式……といってわかるかな。昔の人を呼び寄せる練習をしてたんだ。だけどボクは、兄様の様な才能がなくてね。なかなか上手くいかないんだ……」
少女がうつむき加減に答える。その時、一人の大人の男がそばにやってきた。短めの黒髪の、宮司のような恰好をしている。
「はいはい、一旦そこまでだよ。まったく、ちょっと目を離したすきにこうなるなんて……運命ってやつはせっかちだなあ」
「あんたは……?」
「……誰?」
「でももう少し、待っててほしいんだ。僕が本格的に動けるようになるまで」
よくわからないことを言う男は少女も知らない人らしく、訝しげに見ている。そんな二人に構わず、男はサーナイトを出した。
「だから一旦お休み。そしていずれまた会おう、美しい元始の原石たちよ――」
サーナイトは二人に催眠術をかける。少女もサファイアも眠りに落ち……サファイアにとって、これは夢の出来事となった――。
そして、サファイアの意識は現実へ――ムロタウンの石の洞窟へと戻る。見ればルビーのキュウコンとメガクチート、そしてヨマワルに苦戦を強いられているエメラルドたちの姿が見えた。
(そうか……あの時の女の子が、ルビーだったんだ)
今までどうして忘れていたのだろう。黒く結った髪の毛も、赤い瞳も、紛れもなくあの時から変わっていないのに。だけど今はそれを考えるよりも先にやるべきことがある。
(……なんでルビーが、またこうなったのかはわからない)
まだ体の痛みは激しくサファイアを苛んでいる。それでもサファイアはこっそり周りを探り、そして目的の物を見つける。それは当たり前のようにそこにあった。彼女がクチートのメガストーンを手にしているように。
(だけど、ルビーはあの時、傍にいてくれてうれしかったって言ってた。だったら何度だって……俺はルビーを助けて傍に居続ける!!)
「ルビッー!!」
「!」
ルビーの赤く爛々と輝く瞳が、サファイアを見る。その目に屈さず、サファイアは堂々と言った。
「今からお前を元に戻してやる……あの時と同じ、シリアから学んだ俺のポケモンバトルを魅せてやる!!
応えてくれ、俺のポケモンたち!!」
モンスターボールを取り出し、自分のポケモンを出す。フワンテ、ヤミラミ……そして、カゲボウズ。
「そしてシンカせよ!その輝く鉱石で、俺の大事な人を守れ、メガヤミラミ!!」
ヤミラミの体が光に包まれ、胸の鉱石が巨大化して盾のようになる。進化したその力を、サファイアはあくまでルビーを守るために使うと宣言した。
「さあ……行くぞルビー!」
「しぶといゲンシカイキめ……滅してくれる!」
お互いの想いを込めて、二人はぶつかり合う――
――時を少し遡り、サファイアが過去の記憶を取り戻しているころ。
「ちっ、くそったれが……!マッドショット!」
「ヨマワル、防御を」
ヌマクローが泥を波状に打ちだすのを、ヨマワルが緑色の防御壁を出して防ぐ。さっきからずっとこの調子だった。ルビー……いや、その体を借りた何者かは最初にエメラルドのポケモンたちに鬼火を当てたあとほとんど攻撃せず、防御に徹している。
「ワカシャモ、そんなチビさっさと片付けちまえ!」
ジュプトルは既にメガシンカしたクチートに倒された。ヌマクローも火傷のダメージが危うい。比較的無事なのはワカシャモだけだったが、ワカシャモの蹴りもロコンの影分身によって躱され続け、空を切る蹴りが地道に体力を消耗させていく。しかも、今はジュプトルを倒したクチートがワカシャモに噛みつこうと狙っていた。
「噛み砕く」
「躱して火炎放射をぶち込め!」
だがエメラルドも無抵抗にやられる性質ではない。ぎりぎりで噛みつきを躱し、千載一隅のチャンスとばかりに火炎放射を撃たせる。そもそもこの状況になったこと自体、ルビーがエメラルドより圧倒的に強い、というわけではなく地の利がエメラルドになさすぎるのだ。
エメラルドの戦術は火炎放射、ソーラービーム、地震、波乗りといった広範囲かつ高威力の技で敵を圧倒することだ。だがこの洞窟という地形はそれを邪魔する。地震など起こそうものなら洞窟が崩れかねず、日が差さないためソーラービームも打てない。波乗りを打てばルビーやサファイアのことはともかく水が自分自身を溺れさせかねない。
よってまともに打てる大技は火炎放射のみ、後はエメラルドにしてみれば小技の類だ。残る唯一の大技でメガシンカを仕留めようとするが――
「ロコン」
「ちっ、またかよ!」
ロコンが分身の中から飛び出てクチートとワカシャモの間に入り込み、火炎放射を受け止める。しかしロコンはその体を焼き焦がさない。ロコンの特性『もらい火』が炎技を無効にして、特攻をアップさせる。チャンスをつぶされ、さらに。ルビーがある石を掲げたのを見てエメラルドは絶句する。
「炎熱纏いし鉱石よ、我が僕に力を!」
それは炎の石。それはロコンの体を赤い光で包み込み――6本の尾を9本に増やし、その体を金色に進化させる。
「マジかよ……」
鬼火で体力を削られ続けたヌマクローも倒れる。これで3対1、しかも相手はメガシンカと進化系がいる。自信家のエメラルドといえど、この状況には危機感を感じざるを得なかった――――その時。
「ルビッー!!」
「!」
起き上がったサファイアがルビーを呼ぶ。そこからのやり取りをしばらく黙って思考を巡らせながら見ているエメラルド。
「やっと起きやがったかサファイア!俺はポケモンが弱ったから助けを呼んでくる。それまで何とか持ちこたえろ!」
「ああ、頼んだぜ!」
「させない。キュウコン、炎の渦」
「フワンテ、風起こし!」
退避しようとしたエメラルドを逃がすまいとした炎を、風が舞い吹きはらう。その間をエメラルドとワカシャモは駆け抜ける。
助けを呼ぶのは嘘ではないが、まず自分が安全なところまで逃れるために――
「さあ……ここから、楽しいバトルのスタートだ」
「楽しい?……ふざけるな」
「ふざけてなんかいないさ。今から俺はこのバトルを見てるルビーを楽しませてみせる。それでルビーを取り戻す。あの時と同じように」
「……噛み砕け、メガクチート!」
「見切りだ、メガヤミラミ!」
サファイアの態度にしびれを切らしたのか、無視して指示を下すルビー。その二角による噛みつきを、メガヤミラミの宝石の大盾が防ぐ。
「キュウコン、ヨマワル、鬼火。」
「この瞬間、メガヤミラミの特性発動!」
キュウコンとヨマワルの周りから、人魂が揺らめいてメガヤミラミに放たれる。それを待ってましたとばかりに、楽しそうにサファイアは言う。
「私のメガヤミラミは相手の変化技を無効にして、更にその技を反射します。マジックミラー!」
「何!?」
ルビーは驚く。反射された鬼火は的確にメガクチートとヨマワルを狙い、命中した。
「これにより、ヨマワル、そして強力な攻撃力を持つメガクチートの攻撃力はダウンです。そして今度は私の番!カゲボウズ、フワンテ祟り目!相手が状態異常になっていることで、こちらの威力は2倍になります」
「く……!」
Vサインをしながらサファイアは指示を出し、闇のエネルギーが状態異常になっている二匹に対して力を増して放たれる。ヨマワル、メガクチートはまともに受けて吹っ飛ばされた。特にヨマワルは消耗が大きく。今にも地面に転がりそうな低さで浮かぶのがやっとの様だった。
「小賢しい……キュウコン、火炎放射!」
「影分身だ、カゲボウズ!」
キュウコンの尾から放たれる9本の業火。だが炎は強い光と共にその影も色濃く映す。それを見てサファイアとカゲボウズは口の端を釣り上げた。強くなった影が全てカゲボウズの分身と化し、全ての業火が空を切る。そのバトルを見て語るものがいるなら、シリアのバトルをイメージするものがいるかもしれない。
「そして魅せます私たちの必殺技!影分身からのナイトヘッド――その名も影法師!」
「またその技か……!」
苦々しげに顔をゆがめるルビー。それでもサファイアとカゲボウズは本当のルビーは楽しんでくれていると信じて笑顔で、優雅に、幽玄に技を放った。キュウコンを巨大な影法師がいくつも包み込み――本来のナイトヘッドの何倍ものダメージを与える。
「……まだだ。キュウコン、鬼火」
「倒しきれませんでしたか……なら『驚かす』!」
鬼火がカゲボウズに命中し火傷を負うが、『驚かす』がキュウコンにわずかなダメージを与える。だがそれで十分だった。もともとほんの少しの体力しか残っていなかったキュウコンが倒れる。
「そして甘いぞ、メガクチート、今度こそヤミラミを噛み砕け!」
「しまった!メガヤミラミ、影打ち!」
「先制技か、だが――」
メガクチートがメガヤミラミの背後から巨大な顎のような角で襲い掛かる。メガヤミラミは振り返らずに、影だけで迎え撃ち――結果は。
「相討ちか……」
「……ありがとう。メガヤミラミ」
メガヤミラミをモンスターボールに戻す。一方ルビーに憑りついた何者かは役立たずめと言わんばかりにクチートを見下げた。
「ヨマワル、痛み分けだ」
「……っ、フワンテ、小さくなる!」
「無駄だ」
「何!?」
痛み分けは攻撃技の類ではなく、小さくなっても回避は出来ない。よってお互いの体力が分かち合われる――つまり、体力の少ないヨマワルが一方的に回復し、フワンテは体力を吸い取られる。
「……フワンテ、もういい。下がってくれ。後は、俺とカゲボウズ――いや」
キュウコンを倒したことでカゲボウズの体が光り輝く。また、それはルビーのヨマワルも同じようだった。奇しくもあの時と同じ――いや、あの時より少し成長した姿で、二人は対峙する。
「俺とジュペッタに、任せてくれ!」
ジュペッタになったカゲボウズと、サマヨールになったヨマワルがにらみ合う。お互いに火傷を負っていて。あまり時間をかけている余裕はない。求められるのは、必殺の一撃のみ。ならば――
「ジュペッタ、ナイトヘッド!」
「サマヨール、守る!」
ジュペッタの体が巨大化し、サマヨールにダメージを与えようとしているとルビーは判断して一旦守りに入ろうとする。だがそれは間違いだった。このナイトヘッドは攻撃のための技ではない。
「行くぜ、これが俺たちの新しい必殺技!ナイトヘッドからのシャドークローだ!
――虚栄巨影きょえいきょえい!!」
巨大化した影の巨大な爪が、サマヨールの体を引き裂く。それで二人の戦いに、勝負がつき――ルビーは気を失った。
「……ルビー、ルビー!」
自分を何度も揺さぶる声が聞こえて、ゆっくりとルビーは目を覚ます。ルビーはやれやれと苦笑した。
「……そんなに揺すらないでくれるかな。ボクのか細い体は折れてしまうよ」
「良かった!元に戻ったんだな……」
「……!」
ぎゅっと抱きしめられて、さすがのルビーの頬が少し赤くなる。こほん、と小さく咳払いをしてルビーは言った。
「……そんなに心配してくれたのかい?その気持ちは……うん、やっぱりあの時と同じさ。少しうれしいな。それに……見てて楽しかったよ。君のポケモンバトルは。相変わらず敬語は似合わないけどね」
「そっか……俺もルビーがもとに戻って嬉しいよ。敬語は……うーん、やめた方がいいのかなあ」
「ボクはそう思うね。どうするかは君次第だけど。……さて」
「?」
サファイアが首を傾げる。ちなみにまだ二人は超至近距離のままだ。
「君も思い出してくれたみたいだし、ボクも話す必要があるだろうと思ってね……だから、少しだけ離れてくれないかい?さすがに話しづらいよ」
「ああそっか。ゴメン」
「いいんだよ。その気持ちは嬉しいんだから……じゃあまずボクのことから。思い出してくれた通り。ボクはおくりび山の巫女という役割でね。昔からあのように巫女になるための訓練をしていたんだけど……ボクにはあまり才能……霊感と言ってもいいかな。それがなくてね。兄上の様にはなかなか上手くできなかった
。だから家族からも、冷たい目で見られていたんだ。その癖祭事や訓練以外のことは甘やかし放題だったけどね。その結果ボクは偏食家なわけだ」
「……なんかそれって、悲しいな」
サファイアの記憶する限り両親は自分のことを優しく育ててくれたと思う。家族に冷たくみられるというのがどんな気持ちかは、サファイアには想像しきれないが、悲しいことだというのはわかった。
「次に兄様のことだ。こちらの方が君にとっては重要かな?」
「……そんなことないよ。俺、ルビーのこと知れてよかった。」
くすり、とほほ笑むルビー。そして語りはじめた。
「兄様はおくりび山の宮司としての才能があって家族からも期待されていてね。15歳になるころにはもう完璧に仕事をこなせるようになったんだけど……兄様は昔は結構荒っぽい性格でね。家族の期待の目も嫌っていたんだろう。俺はチャンピオンになると言って家を飛び出してしまったんだ。
そしてその結果。才能のないボクが代わりに仕事を教え込まれ、家族のボクに対する厳しさはますます強くなった」
「じゃあ、ルビーも家を飛び出したのか?」
「いや、旅に出ること自体は家の後を継ぐための決まりみたいなものなんだよ。15歳になったら一度各地を巡り、たくさんのポケモンと触れることも重要だと習わしにあってね。ボクは身体も弱いし正直言って憂鬱な旅だったんだけど……君に出会えて、変わったんだ」
「そうだったのか……ごめんな、忘れてて」
「思い出した以上、もう気にすることはないよ。少しやきもきはしたけどね」
「そういえば……ルビーがシリアのことを疑ってたのも、それが理由なのか?昔は荒っぽかったって言ってたけど」
今のチャンピオンとしてのシリアしか知らないサファイアには少し信じがたくはあるが、ルビーがこんな嘘をつくはずがない。事実として認め、聞く。
「そんなところだね。……はっきり言って昔の兄上はボクにも、いやむしろ、他の家族には宮司の跡取りとして接しなければいけない以上、ボクに一番きつくあたっていたから。だから正直、再会してあんな言葉を平然と口にしている兄上が信じられなかった。……でももう、それはやめにするよ」
「えっ?」
「やっぱりボクには兄上を信用できない。だけど……君は兄上を信じているんだろう?兄上を信じる、君を信じることにするさ。それがボクからの――今まで君に黙っていたことへの、誠意のつもりだよ」
「誠意なんてそんな……でも、ルビーとシリアが仲良くしてくれるなら、俺もそれが一番さ。……もう一つ聞いていいか?」
「何かな?」
「あの時は魔法陣みたいなものに俺が触ったからだと思うけど……なんでここでルビーはまた何かに憑りつかれたのかわかるか?」
そのことか、と呟くとルビーは少し考えて。
「断言はできないけど……多分この壁画は、相当昔に書かれたものだ。そして書いた人間の強い意思が宿っている。その意思が……巫女としての能力を持つボクに憑りつき、乗っ取った。体を乗っ取られるなんてボクもまだまだだね……」
「わかった。じゃあまた変なことにならないように、ここを離れよう。エメラルドも助けを呼んできてくれてるはずだし……ん」
「彼のことはともかく……そうしようか」
サファイアが差し出した手をルビーが取って、彼女は起き上がる。そして洞窟の外へと出ていった。これを機に、二人の絆は強く深まることになる――
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